色を無くしたこの世界で   作:黒名城ユウ@クロナキ

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第57話 再戦VSジャッジメント――『カルディア』

 冷たい。

 

 まるで身を切るようだ、と男は心で呟く。

 バサバサとやかましい音をたてながら、身に纏ったローブがはためいている。それを少しだけうっとおしく感じながら、男はグラウンドの方へと視線を向けた。

 

 目に映るのは数人の少年少女。黄色、茶色、青色、緑……そんなカラフルな色合いの中で揺らぐ、赤色一つ。

 幼い頃に遊んだ折り紙や、絵を描く時によく使ったクレヨンのような、あんな綺麗で単純な物では無い。

 もっと複雑で、それでいて記憶に深く残る、あの黒く生々しい色。

 その中心で不敵に笑みを浮かべ佇むは、クロトの配下の一人である少年・カオス。

 炎のように立ち昇るオーラに髪を揺らす彼の姿は、人の形を模していながらも、人らしからぬ姿をしていて。

 逆立った髪はおどろに揺れ、包帯が外れ露わになった右目は真っ赤に染まり、刻まれた十字架の紋章が不気味に光っている。

 

 何よりも大切に想っていた者達に自らを否定され、絶望の底に沈んだあの日。

 全てを棄てようと決めたあの場所で、王に見初められ、歪み、逆転した彼の色。

 どうしようもなく理不尽で残酷な世界から、自分自身を守る事だけに特化した心の力。

 

 何者も認めない、絶対的な拒絶。

 『エリュトロン』。

 

「なんなんだ、あれは……」

 

 グラウンドにて。愕然とする一同の中で剣城が言葉を発した。

 普段、誰よりも冷静につとめている剣城。そんな彼の放った声ですら、今はわずかに震えており。現在のカオスがどれほど異質な姿をしているかを物語っている。

 頬に触れる風が冷たく感じる。先程出来た擦り傷の痛みですら構っていられぬ程に、今のカオスの姿は天馬を釘づけにさせる。

 

「……本当に、カオスなのか?」

「フフッ……なんだ。さっきまではあんなにお喋りだったのに、今は驚きすぎて声も出ないのかい?」

 

 飄々とした態度で言い放つカオスに対し、青白い顔を強張らせ立ち竦む天馬。

 他のメンバーも先程までの強気な表情など消えて無くなり、ただただ目の前のカオスを見詰め続けている。

 その姿がとても滑稽に見えて。まるで自分が強大な力を持った独裁者にでもなったかのような気分になって、カオスは愉快さに目元を歪ませた。

 

「でも、驚くのはまだ早いよ」

 

 両の腕を大きく振り上げ、自身から迸る赤いオーラを一点に集中させる。

 辺り一面を吹き飛ばさんばかりに発せられるオーラの圧力に負けぬように踏ん張る天馬は、徐々に集約していくオーラの動きに見覚えがあった。

 それは、今までの戦いで何度も見てきた、自分達も持つ力の姿。

 

「時を司る神よ、今ここに! 不滅の時エターナル!!」

 

 高々と告げられた口上と共に姿を現したのは、赤色の髪を持つ巨大な化身だった。

 

「あれが、カオスの化身!?」

 

 その場にいる全員の視線がカオスの発動した化身へと注がれる。

 翠色の砂時計を浮かばせ、白い衣を身に纏うその化身は、神々しい女神のような風貌をしている。

 だが、その顔に感情は無く。まるで白い仮面をそのままくっつけたような、薄気味悪い顔をしていた。

 

「松風天馬、言っただろう。これ以上戦いを続ければ、お前達は地獄を見ると」

「!」

 

 無表情な化身の下、天馬の方を一瞥し、カオスは声を上げる。

 

「さあ、行くぞ! これが僕、カオスの力!」

 

 足元に転がるボールを拾い上げ、脱兎の勢いで駆け出すカオス。

 姿勢を低く構え、弾丸のように衝撃波をはらみながら走るカオスに対し、霧野、狩屋、黄名子のディフェンス陣が立ちはだかる。

 激突する両者。だが、カオスの先程とは比べ物にならないパワーとスピードに霧野達は弾き飛ばされ、ゴール前への進出を許してしまう。

 両手を打ち鳴らし睨む信助を嘲るカオスの頭上で、エターナルの掲げている砂時計にヒビが入り始めていた。

 

「宣言通り、見せてやるよ。血よりも赤い地獄をな!」

 

 カオスの言葉を合図に砕け散った砂時計から噴出された翠色のエネルギーは、浮かび上がるボールに吸着されると、巨大な岩塊へとその姿を変える。

 キラキラと宝石のような輝きを発し浮遊するボールを見据え、自身も高く跳躍すると、禍々しいオーラをこめた右足を旋回させ、叩きつけた!

 

「ブラッディフェイト!!」

 

 翠色の岩塊を打ち砕いて解放されたシュートは、赤黒いエネルギー体となりながら雷門ゴールに襲い掛かる。

 地面を抉り、荒れ狂うように突き進むカオスの超絶シュートはキーパーの信助に技を出させる暇も与えず、その小さな体を吹き飛ばしゴールに突き刺さった。

 

『ゴォォォル!! カオス選手、化身必殺シュートで一点をとりかえしたー!!』

 

 アルの絶叫がフィールド中に響きわたる。観客として見ていたヒンメルの住人達がざわざわと騒ぎ立てるのを、雷門ベンチに立つシエルがじっと聞いている。

 

「なんだ今のパワーは……」

 

 フィールドに立つカオスを見つめたまま、ワンダバが呟く。

 

「――『カルディア』」

 

 シエルとアステリがそんな言葉を口に出したのは、ほぼ同じ時だった。

 

「アステリ、知っているの?」

 

 グラウンドにて、アステリの言葉を聞きとめた天馬が詰めるように問いかける。

 

「……『カルディア』は、人間の中に秘められたその人本来の色の力の事。解放すれば通常の何十倍もの力を発揮する事が出来るんだ」

「それも、イレギュラーの力?」

 

 自身。化身やアームド、ミキシマックスやソウルと言った特殊な力を使う事が出来る天馬だったが、『カルディア』なんてものは今まで聞いた事も見た事も無い。

 クロトから力を貰ったと言うイレギュラーならではの力なのか。当然のように降って湧いた天馬の疑問にアステリは首を振った。

 

「いや、カルディアは化身と同じく心の力。だから、生死と色の概念が存在するキミ達人間ならば、誰しもが持っているはずの力なんだ。ただ、普通に生きている内はその力が覚醒する事は無いし、知らなくて当然さ」

 

 そんなアステリの言葉に「ちょっと待て」と割り込んできたのは、白竜だった。

 少し離れた所で二人の会話を聞いていたのだろう。神妙な面持でツカツカと近寄ってきては言葉を続ける。

 

「生死や色の概念がある『人間』なら持っている力だと言ったな。ならばなぜ、イレギュラーであるアイツがその力を使う事が出来ている?」

「そうだよ。それにアステリ、前に言ってたじゃないか。色はイレギュラーにとって毒だって。だから前に戦った時、カオスは試合を途中で棄権したのに……」

 

 あの時……河川敷でカオス達と初めて戦った時。色の影響で体が溶け、消滅寸前にまで陥ったカオス達を見てアステリは言っていた。

 「色はイレギュラーにとって毒である」と。

 カルディアは色の力……もしそれが本当ならば、イレギュラーにとっては猛毒に近しい力と言う事になる。

 アステリやカオスのように色も顔もある特殊イレギュラーは、毒に対する免疫力を持つと言っていたが。

 それにしてもあんな風に自ら毒を浴びるような行為をして平気なのか?

 

「カルディアには、二つの種類があるんだ」

 

 次々に湧いてくる疑問に頭を悩ませる天馬。そんな彼の姿を見て、アステリがこう綴る。

 

「一つは人間が生まれながらにして持ち、ボク達イレギュラーにとっては毒となる力。そしてもう一つはクロトが創った、イレギュラーに害を与えず、なおかつオリジナルよりも強い力を宿す、歪な力」

 

 天馬達、人間が持つ力を『オリジナル』。そしてクロトに創られた方を『レプリカ』とアステリは例える。

 

「じゃあカオスの今の力も、クロトに創られた力って事か……」

 

 世界を創り、イレギュラーを生み出し、そのうえ今度は自分達にとって大敵である色の力ですら都合の良いように改変してしまった。

 そんなクロトのまるで神のような力に、改めて驚きの感情を抱かざるを得ない天馬の視線は、自然とカオスの方へと向けられる。

 自身のポジションにつき静かに試合再開の時を待つ彼は、先程と同じ、赤く禍々しいオーラを放ち続けている。

 その影響か、辺り一面が薄ら寒い空気に包まれていて、天馬はぶるりと体を震わせた。

 冷たい空気と共に伝わってくる、強い拒絶。自分が今まで生きてきた中で感じた事も無い程の、冷たく攻撃的な感情。

 一体何に対して、そこまで強い感情を抱くのか。全てクロトに創られた力のせいだとでも言うのか。

 でも、それならあの夢は……。

 

(カオス、君は一体……)

 

 そんな天馬の言葉に出来ない問いは、誰にも聞かれる事は無く。その心に留まり続けた。




・『カルディア』
人間の中に秘められたその者本来の色の力の総称。
力を解放する事によって身体能力を通常時の何十倍にも飛躍させる事が可能。
この能力は普段平凡に暮らしている人間の中にもごく当たり前のように存在しているが、通常は覚醒する事無く一生を終える為、認知されていない。
性格やその人らしさの根源のような物。
例を上げると、短気な人間の場合は色濃くハデな色。穏やかな人間の場合は淡いパステルカラーのような色になる傾向がある。

身体能力の上昇とは別に特殊な力(以下ここでは特色と呼ぶ)を宿しており、その力の効果は様々である。中には超能力のような他と比べ飛びぬけた力を秘めた物も存在する。
特色はカルディアの保有者の思考・感情・行いによって変化・成長していく。
極端に言えば、善い行いをすれば善い力を宿し、悪い行いをすれば悪い力を宿す。

化身やソウル同様、何かの拍子に覚醒する事が多いが、明確な覚醒方法は不明。
カルディア解放時はその力にあった姿や色に変化し、体のどこかに紋章が浮かび上がる。

 ――黒の塔・記憶の間 Mのメモより抜粋

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