色を無くしたこの世界で   作:黒名城ユウ@クロナキ

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第56話 再戦VSジャッジメント――拒絶(後編)

 カオスの蹴り返したボールがライン外に出た事により、雷門のスローインで試合は再開する事になった。

 ボールを持った霧野が位置につく間、錦はカオスを見詰め怪訝そうな声を漏らす。

 

「あん男……こっからは一人で戦うなんて、一体どういうつもりぜよ」

「心配しなくても大丈夫じゃないっすか? こっちは未だリードしてるんですし」

「いや、油断は禁物だよ。アイツはこのまま勝てるような、そんな簡単な敵じゃない」

 

 余裕綽々と言う様子で応えた狩屋の言葉に、フェイが首を振る。

 前回の河川敷での試合。あの時感じたカオスの強大な力を、今回の試合ではまだ感じられない。

 「何か仕掛けてくる」そう睨むフェイの目付きに、狩屋と錦もグッと身構えた。

 

『さあ、雷門のスローインで試合再開です!』

 

 アルの声と共に霧野がフィールド内にボールを投げ入れる。

 それを胸トラップした白竜がドリブルで攻め上がろうとした刹那、目の前を赤色の何かが過ぎ去っていった。

 ハッとして足元へ目をやるとそこにあったはずのボールは消え、背後のカオスの元へと渡っていた。

 

「何だと!?」

 

 目を丸くし驚く白竜。その表情にニヤリと不敵な笑みを返すと、カオスは地面を蹴りあげ駆けだした。

 砂塵を蹴立てて雷門陣内へ深く斬り込んでいくカオス。先程宣言した通り単独で進む彼を遠くで眺めるアビス達は、何も言わずに立ち竦んでいる。

 予想だにしないスピードで雷門サイドへ進んで行くカオスを目に、剣城が口を開く。

 

「あいつ、本当に一人でやる気か……!」

「構うものか、全員で止めるんだ!」

 

 神童の指示に促され、雷門イレブンが果敢にカオスをブロックしにかかる。が、そのことごとくが交わされ、打ち倒され、突破されていく。

 その間もカオスは常に一人で、そして不気味な笑みを崩さずにいる。

 

「これ以上は行かせない!」

 

 全身を水色の光で包みこみ、アステリがソウルを発動した。

 純白の羽根を持つソウル《白鳥》は持前の巨大な翼をはためかせると、ボールを奪わんとカオスに向かい突っ込んでいく。

 だがカオスは焦る事無く、先程よりも口角を上げ、狂ったように叫び散らす。

 

「邪魔なんだよ!!」

 

 カオスの叫びに共鳴するかのように地面から現れたギロチンの刃。それは先程とは一変して二体に増え、カオスの周りを回転するかのように飛来し、向かってきたアステリを弾き飛ばす。

 ソウルが解除され、地面に叩きつけられたアステリを見下ろすカオス。その侮辱的に歪んだ目元を睨み付けてやろうと視線を向けた時、アステリは彼の左目が赤く染まっている事に気付いた。

 確か、カオスの目は黄緑色だったはずだ。

 それに、前半戦の時に見たカオスは思う様に行かない試合展開に焦っていた。

 だが後半戦に入った今はそれも感じない。それ所かまるで、人が変わったように……。

 そこまで思って、アステリの頭にある可能性が浮上した。 

 

――まさか、コイツ……!?

 

『カオス選手! 先程の宣言通り、たった一人で雷門陣内へ攻め込んでいきます!! このままゴールも決められてしまうのか!?』

 

「カオス!!」

「――!」

 

 雷門陣内最後尾。ディフェンス陣を突破しようと猛進するカオスの前に現れたのは、天馬だった。ジャッジメント陣内からここまで戻ってきていたのだ。

 

「カオス! サッカーはチームの皆と力を合わせて……心を一つにして戦うスポーツなんだ。だから楽しいし、心の底から熱くなれる! 今のカオスがやっているのはサッカーじゃない。こんなの、サッカーも悲しんでるよ!!」

 

 「サッカーが悲しむ」……サッカーと言うスポーツを、まるで一人の友人のように大切に思っている天馬らしい言葉。

 その言葉に込められた熱い思い。そんな思いに気付く事も無く、カオスは嘲るような笑みを頬に刻む。

 

「サッカーが悲しんでる? だったらなんだっていうんだ。僕が悲しんでいた時は、誰も僕の気持ちを理解しようとしなかったんだ。なのにどうして僕が、サッカーごときの気持ちなんかを理解しなくちゃいけないんだよ!!」

 

 先程までの表情とは一変、まるで噛み付くような勢いで怒鳴るカオスの気迫に、天馬は一瞬ビクリと肩を震わせた。

 それでも負けじと、ボールを奪う為天馬は立ち向かう。

 しつこく粘る天馬を睨み付けるカオスの瞳は先程よりも赤く染まり、周囲には赤黒いオーラのようなものが立ち昇り始めている。

 不意に、カオスが口を開いた。

 

「……松風天馬、お前達にチャンスをやる。今すぐこの試合を棄権するんだ。そしてもう二度と、僕達の邪魔をするな。――さもなくば、お前達はこれから地獄を見る事になる」

 

 突然の提案に天馬は戸惑った。

 「地獄を見る」……? 一体何を言っているんだ。

 いくらカオスが強いからと言っても、彼一人で。しかもこれから最低でも二点はとり返さなければ勝てないと言う今の状況で、一体何を不安がり棄権する必要がある?

 自らが勝つ為のハッタリか。そう思ったが、彼の表情を見る限りそうでは無いと察する。

 まだ何か力を隠しているのか? いや……例えそうだったとしても、ここまで来てしまった以上、今更後戻りなんて出来る訳が無い。

 自分は決めたのだ、戦うと。あの時「必ず勝ってくれ」と願ったゲイルとも、そう約束した事を天馬は思い返す。

 

「棄権なんてするわけがない。巻き込まれたシエル達の為にも、俺達は最後まで戦うって決めたんだ!」

 

 両の拳を握って、まっすぐに答える天馬。

 真剣でゆるぎないその表情を目に、カオスは静かに息を吐いて囁く。

 

「そうか……あくまでもそうやって、僕を否定をするつもりなんだな」

 

 『否定』……またもやカオスの口から零れたそのワードに、天馬は複雑そうに眉を顰める。

――やっぱり、こいつは夢に出てきた子と同じなのか……?

 

 ハーフタイムの時、シエルとの会話で生まれたある仮説。カオスと夢の中の少年が同一人物である可能性。

 もしそれが本当ならば、天馬の思う『カオスは本当に悪なのか?』と言う疑問も、ただの思い過ごしではないのかも知れない。

 今のカオスには先程のようなあからさまな怒気は感じない。今なら、もしかすると……そう思い、天馬はカオスに尋ねようとした。

 

「……カオス、君はやっぱり――」

「だったら、もういい」

 

 天馬の問いを遮るように短く、低い声でカオスが言う。

 瞬間、カオスから立ち昇っていたオーラが炎のように一気に噴き上がった。

 赤黒いオーラから凶暴なまでに伸びたスパークが、雷光のように突き刺さり、目の前に立つ天馬をおもむろに吹き飛ばした。

 

「天馬ッ!」

「アイツ、やっぱり……ッ」

 

 地面に叩きつけられた天馬の身を案ずるように声を上げた剣城も、何やら焦ったように呟いたアステリも、砂塵を噴き上げ炸裂するスパークから身を守る事しか出来ない。

 突然の衝撃にゴホゴホと咳こみながら、天馬が体を起こす。「一体何が」……痛む部位に手をあてながら、カオスの方へ視線を動かす。

 先程よりも高く、高く、天を突きささんばかりに伸びるオーラの中で立ち尽くすカオス。その髪はおどろに揺れ、瞳は先程よりも真っ赤に染まっている。

 

「カオス……ッ」

 

 痛む体をおして立ちあがる天馬。ユニフォームは土で汚れ、手足には吹き飛ばされた時に出来たのだろう、赤黒い擦り傷が出来ている。

 そんなボロボロになった天馬を見詰め、カオスは口を開いた。

 

「松風天馬。お前は何も知らない。お前の住む世界がどれだけ理不尽で、残酷で、どうしようも無い所なのか。お前の今まで感じた幸せが、どれだけの存在を犠牲にして成り立っているものなのか。あまりにも知らない、知らな過ぎるんだ。……だから、僕が教えてやるよ」

 

 直後。カオスから立ち昇っていたオーラはその姿を変え、三又の管のような形を模しながら彼の周りを旋回し始めた。

 そしてそのままカオスを足元に転がったボールごと飲みこむと、グロテスクな赤黒い球体へと変貌する。

 

「うっ……なにアレ……」

「まるで、心臓みたい……」

 

 雷門ゴール前、顔をしかめ呟いた信助に次いで黄名子が小さく唱える。他のメンバーも同様に気味が悪そうに顔をしかめ、ベンチエリアではマネージャー達が怯えたように手を握り合い、目を背けている。ついでに言うとワンダバも。

 だがシエル――それと陰で試合を見ている黒フードの男だけは、複雑そうな表情でソレを見詰めていた。

 ドクドクと妙に生々しい音を立てながら脈動する球体は、その内ボコボコと歪み始め、何かが千切れるような……これまた生々しい音を立てながら

 ――爆発した。

 

「ッ――!!」

 

 鼓膜に突き刺さる強烈な破裂音に、天馬達はとっさに耳をふさいだ。

 まるで水風船が割れるかのように球体は破裂すると、中に溜めていたオーラを液体としてグラウンド中に飛び散らしていく。

 グラウンドにシミとなった液体が蒸発していく様を眺めながら、天馬は首筋に伝う冷や汗を拭う。

 

「一体何がっ……」

 

 異様な状況に混乱する頭をどうにか落ち着かせながら、球体のあった場所へと目を向ける。

 そこには、爆発の影響で噴きあがった砂煙に紛れながら佇む、カオスの姿が見えた。

 ……だが、その様子は先程と比べ、明らかにおかしい。

 声をかけようと天馬が一歩前に踏み出た。その時、周囲に漂っていた砂煙が一瞬の内に消え去り、彼の姿がハッキリと見えた。

 

「――ぇ」

 

 思わず後ずさってしまう程の高圧的なオーラ。

 白い肌に映える逆立った髪。

 包帯が外れ、無残な傷跡が並ぶ左手首。

 そして何より露わになった右目には、白目も黒目も全てが赤く染まっており、黒い十字架の紋章が不気味に刻まれている。

 

 そこで見たカオスの姿は、先程までとは全く違う。

 狂気に溢れた『異形』そのものだった。

 

「これがクロト様に貰った、僕だけの自己色……!!」

 

 足元に転がるボールを踏み潰し、興奮に打ち震える少年。

 肌に触れる冷たい空気を感じながら、異形と化した彼は自らが解放した『自己色』の名前を叫ぶ。

 

「カルディア解放……『エリュトロン』……ッ!」

 


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