後半戦が開始される。先攻は雷門からだ。
剣城が蹴り出したボールがフェイへと繋がり、バックの天馬の元へと渡る。
ドリブルで前線へ進む天馬は、後半戦開始直前。シエルに告げられたある言葉を思いかえしていた。
「後半戦。例えどんな事が起きようとも、自らの意思を貫き続けてください。……彼の色に、決して負けぬように」
神妙な面持で「これは忠告です」と語ったシエル。
何故、自分だけにそんな事を言ったのか。その真意は分からずにいたが、円堂も「気持ちで負けるな」と言っていたし、それと似たような事なのだろうと天馬は無理矢理に自分を納得させた。
(とにかく、用心するにこした事はないよな……)
心で唱えた天馬の視線は、自然と背後のカオスへと向けられている。
前半戦の終わり頃と同様に、フィールドの中央で立ち尽くすカオス。ここからじゃ後ろ姿しか見えず、表情を確認する事は出来ない。
ハーフタイム中の彼の奇行、夢に出てきた少年の謎……その全てが突然起きた事で、天馬自身、未だ理解も納得も出来ていない。
でももし、あの夢の出来事が本当にカオスの記憶だとしたら。
心はいらないと訴える思想も、暴力的な言動の理由も、全てがその過去が影響しているのだとしたら。
カオスは本当に、自分が思っていたような、理不尽で身勝手な『悪』なのだろうか――?
「剣城!」
ディフェンス陣を交わし、天馬はゴール前の剣城へとパスを繰り出す。
更なる追加点を得る為、剣城はボールの動きを目で追いながら、ミキトランスを発動した。
「ミキシトランス! 沖田!」
全身をオレンジ色の闘気で包みこみ、幕末の剣豪と謳われる武士『沖田総司』のパワーを全身にまとう。
「菊一文字!」
一瞬の静寂の中、稲妻のように鋭い一閃がボールに力を与える。
黄金色に輝く光の刃はまるで、大輪の菊が見事に開花し、そしてすぐに儚く散華するような演出を見せながら、ジャッジメントゴールを目指す。
強力なシュートを前にアビスはキッと睨みをきかせると全身に力を込める。
これ以上、点差が開かぬよう。これ以上、カオスに嫌な思いをさせぬよう。そんなイレギュラーらしからぬ“感情”を抱きながら、アビスは必殺技の体勢に入ろうと腰を低く構えた。
だが――。
「もういいよ。アビス」
静かに響いた声と共に、ゴール前にアビスとは違う影が現れる。
それは、先程までフィールドの中央で立ち尽くしていたカオスの姿だった。
いつの間に、と驚く周囲の事など気に留める事無く。カオスは向かってくるシュートを視界へ捉えると、自身の右足をボールに叩きつけた。
剣城の放ったシュートの威力等ものともしないと言わんばかりに、カオスは無表情のままボールを見詰め続ける。
ついにボールはその威力を無くし、そのままラインの外へと蹴り返されてしまった。
「リ、リーダー……?」
アビスは困惑していた。
血液を源として生まれた彼等『ブラッドイレギュラー』は、同時に複数人の思考を受け持ち、尚且つ常にオーラの消費を行わなければならないデュプリとは違って、発生者から完全に分断された存在である。
感情や思考・行動原理等、その全てが生まれた瞬間に各々で確立されており、発生者の操作無しで勝手に行動してくれる。
生み出す際に多少の流血が必要になるだけで、その他のデメリットは無く。発生者側からすれば理由も無く自分に従い行動してくれる便利な物なのだが。
発生者の一部を源にしていると言う性質上、分身側は発生者の思考・感情・記憶全てを一方的に受け取る仕組みになっている。(簡単に言えばデュプリの逆バージョン)
だからと言って分身側が発生者を操作する事は無いし。そもそも思考や感情を受け取れるからこそ、発生者の望むような行動が出来ると言える。
その例に漏れずアビス達もカオスが望むならと理不尽な暴力に耐え、試合中もカオスを勝たせる為の行動をしてきた。
今の今まで、カオスの事など手に取るように分かっていた。
そのはずなのに、どうしてだろうか。
今は、彼の感情や思考が全く分からないのだ。
揺れる瞳でカオスからの返答を待つアビス。
アビスだけでは無い。周囲の分身達も今まで見た事も無いような、不安そうな表情でカオスを見詰めている。
皆、突然カオスの思いが分からなくなって困惑しているのだろう。そんな彼等の姿を見る訳でも無く、カオスは右腕を高々と掲げると大きな声でこう言った。
「ジャッジメントイレブンに告ぐ。この試合中、お前達は何もするな。――あとの試合は、僕だけで戦う」
「――!?」
『な……なんとカオス選手! ここに来てまさかの単独試合を宣言!! これを本当に行うのであれば、この後の試合はジャッジメント一人! 雷門十一人での戦いとなります! サッカーの試合でこんな展開アリなのでしょうか!?』
カオスの告げた衝撃的なセリフにアビス達はもちろん、天馬達も驚愕した。
実況者のアルも驚きに声を震わせては、はち切れんばかりの大声を上げている。
「アイツ、舐めてんのかよ!」
「自分達は1対2で負けてるのに……」
「それだけ、自分の力に自信があるって事なんでしょうか……」
イラ立った様子で話す水鳥の隣で茜がスコアボードを見ながら呟く。
そんな二人の声を耳に葵も不思議そうに首を傾げた。
「リーダー、お言葉ですがそんなの無茶です! ただでさえこちらは1対2で負けているのに……その上一人で戦うなんて――」
「それはさあ」
ゆらり、振り返ったカオスの姿にアビスは硬直する。
その目に留まったのは、赤。
それも血のように黒く、赤い瞳。
まるで自分達の源でもあるソレを模した瞳の色は、自分達を拒絶するように、冷たく乾いていた。
「お前達がいたからじゃないの」
「……え」
「お前みたいな使えない奴等がいなければ、2点も失点する事は無かったし、僕が惨めな思いをする事もなかったんだよ。分身のくせに、そんなのも分からないなんて……あーあ、本当に。こんなに使えないって分かっていたなら、お前達なんて生まなかったのに」
笑うカオスの言葉と共にアビス――いやアビスだけでは無い、ジャッジメントのメンバー全員が同じように感じたもの。
それは、強い拒絶。
自分達には決して向く事は無いと思っていたその感情が、カオスの口から言葉となって零れている。
「なあ、お前もそう思うだろ?」
にっこりと笑顔で同意を求めるカオス。
その姿を愕然と見詰めると、脱力したようにアビスはその場に座り込む。それは他のメンバーも同じで、その様子に周囲の雷門はざわめいている。
その全てを隠すように両手で顔を覆えば、頭上から強い拒絶が伝わってくる。
ああ、そうか。
あの時のように、また壊れてしまわぬように。
あの日の事は忘れて、大切に、大切に、守って、耐えていたはずなのに。
それすらも、今は出来なくなってしまったんだね。
顔を覆い隠していた手を下ろし、力無く顔を上げる。
自分を見下ろすカオスの笑顔。その顔にアビスはにっこりと笑い返すと
「うん。そうだね」
と、頷いた。
思ったより長くなったので、本日分の更新は前編・後編で分けます。