色を無くしたこの世界で   作:黒名城ユウ@クロナキ

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第53話 再戦VSジャッジメント――激情

「申し訳ありません、リーダー」

 

 スコアを映し出すビジョンの前。俯くカオスに向かいアビスがそう頭を下げた。

 後ろを見やるとMFのリンネ、シータ、デルタまでもが同様に頭を下げている。

 その姿が、いつかの自分に似ていて、カオスは不愉快そうに眉を顰めた。

 

「なあ」

 

 低く気怠そうな声が響く。

 

「どうして、僕がこんな目にあわなきゃいけないんだ? どうして、こんな惨めな思いをしないといけない? 僕は頑張ってるのに、いつも、いつも……それなのに、どうしてお前達は、僕の望むように動けない? 分身のくせに、どうして僕の望む事が分からない……」

 

 冷たく、追い詰めるような口調でカオスは言葉を繰り返す。

 「どうして」「なぜ」。いくら問いかけても分身達は返事をする事は無い。下げた頭を上げる事もしない。ただ黙ってカオスの言葉を聞いているだけ。

 それが余計に、腹に立った。

 

 ドカッ

 

 鈍い何かを殴るような音に、天馬達は反射的にその方向に目を向けた。

 そこにあったのは、地面に倒れるアビスとそれを見下ろすように佇むカオスの姿。

 「一体なにが」そう目の前の状況を理解するより先に、カオスが倒れたアビスを強く殴りつけた。

 

「なんで、言われた通りに出来ない。怒られるのは嫌だって、痛いのも嫌だって、分かってるだろ? それなのに、どうして、わざわざ勘に障るような事ばかりするんだ……」

 

 馬乗りになって

 何度も

 何度も

 カオスは殴打を繰り返す。

 

 突如として起こったカオスの奇行に驚き固まる天馬達とは裏腹に、ジャッジメントのメンバー達は顔色一つ変えない。

 殴られているアビスでさえ、何も言わず。ただ黙って、その現状を受け入れている。

 

「全部、全部、お前のせいだ。お前達のせいだ。ああ、もう、こんな目にあうなんて、こんな惨めな目にあうなんて分かっていたなら」

 

 熱く激昂した思考のまま、カオスはアビスの胸倉を掴む。そして何度も、何度も、地面にその体を打ち付けると、握り絞めた拳を勢いよく振りあげた。

 

「お前なんて――」

 

 刹那、組み敷いたアビスと視線がぶつかる。

 痛いはずなのに、辛いはずなのに。涙一つ流す事の無い乾いた瞳は

 記憶に残る惨めな誰かとよく似ていた。

 

「やめろッ!!」

 

 叫ぶ声と共に、カオスの右腕を天馬が掴んで制止させた。

 突然の行動に雷門、ジャッジメント両者が目を丸くし、驚いている。

 

「ッ……またお前か……」

 

 先程までの虚ろな物とは違う、確かな殺意を孕んだ瞳が天馬を睨み付ける。

 その瞳の迫力に怯む事無く、天馬が辛そうな表情で口を開く。

 

「ダメだ、カオス。そんな事しちゃいけない」

「どうして邪魔をする。こいつ等は僕の分身だ。何をしようが僕の勝手だろ」

「例え分身でも、一緒に戦う仲間だろ。どんな理由があってもチームメイトを殴るなんて事、絶対しちゃダメだ!」

 

 発せられる言葉の強さと共に、腕を掴む手にも力が込められる。

 至近距離で映る天馬の真っすぐな瞳と、腕から伝わる確かな温度にカオスの感情が激しくかき乱される。

 

「うるさい……うるさいうるさいうるさい! お前には関係ない事だろ! そうやっていつもいつも僕の邪魔ばかりしやがって、いい加減ウザイんだよッ!!」

「うわっ!!」

 

 掴まれていた右腕を勢いよく振り払い、カオスが天馬をなぎ倒す。

 咄嗟の事に受け身も取れず、地面に叩きつけられた天馬を目に、神童達が慌てて駆け寄ってきた。

 

「天馬、大丈夫か!」

「お前……ッ」

 

 倒れた天馬を支え起こし、心配そうに声をかける神童の横で、フェイが珍しく険を含んだ目でカオスを睨んだ。

 その視線にカオスはまた苛立ったように髪をかきむしると、ぶつぶつと独り事を言い始める。

 

「ッ……どいつもこいつも、みんな、僕の邪魔ばかりしやがって。どうしてなんだ。どうして、どうして……」

 

 両手で顔を覆うようにしながら、俯くカオス。そんな彼の事を見詰める雷門イレブンの目は敵意と、怒気と、奇異の感情に包まれている。

 殺伐とした空気の中。天馬は倒れた体を起こすと、俯くカオスの表情を伺い知ろうと視線を向けた。

 

(え……?)

 

 瞬間、天馬は自分の目を疑った。

 目の前で俯くカオス。皆から一斉に非難の目を向けられている彼は――

 

 なぜか、泣いていた。

 

――なんで。

 

 初めて見るカオスの涙に、天馬は驚き、そして混乱した。

 なんで泣いているんだ? 自分達に負けて悔しいから? それとも怒りのあまり、自然と涙が出てしまっているのか?

 様々な疑問がふって湧いてくるが、目の前で落ちていく雫の理由は、そのどれとも違って感じた。

 

「……どうしていつも……ぼくを否定するの……」

 

 地面に落ちて行く雫と共に、小さく、誰にも聞こえないように吐きだされた言葉。

 今までのカオスとはどこか違う、幼い少年のような声。

 その言葉と声に、天馬は聞き覚えがあった。

 

 

 

 頭によぎるのは、つい先日見た夢の光景。

 

 締め切られた窓。

 散乱した本の数々。

 蹲って泣く少年の姿。

 

 夢から覚める直前に聞こえた、『否定しないで』と言う少年の声。

 

 あの時はただの夢だと思っていた。

 なんの脈略も理由も無い、ただの夢だと。

 いや……あの時だけじゃない。今の今までだってそう思って、夢の事自体忘れかけていた。

 それなのに。どうしてこうも、あの少年と目の前の彼が重なって見える――?

 

 混乱に揺れる瞳のまま、天馬はもう一度、カオスの姿を確認しようと目線を上げた。

 瞬間、目の前が暗くなる。何事かと目を瞬かせると、カオスとは違う、別の少年の声が聞こえてきた。

 

「……やめて」

 

 神童達が向ける非難の視線からカオスを守るように立ち塞がったのは、先程まで倒れていたはずのアビスだった。

 思いもよらない乱入者に驚く雷門イレブンを一瞥すると、アビスは背後のカオスに視線を移し、話し出す。

 

「……ごめんね、リーダー。僕が悪かったの、僕が役立たずだから。リーダーに迷惑をかけて……本当にごめんなさい。次こそはちゃんと、ちゃんと止めるから……」

 

 そう綴るアビスの声は優しく、それでいて穏やかで。例えるなら、そう。

 親が子供を優しく諭す時のような。

 そんな様子とよく似ていた。

 

「だから、もう落ち着いて……?」

 

 痣だらけの顔で平然と笑顔を繕うアビスに、カオスは当て所の無い苛立ちを飲みこむと、小さく舌打ちを残し去ってしまった。

 

「……どうして、止めた?」

「え」

 

 自軍ベンチに戻っていくカオスの姿を眺めながら、不意にアビスが天馬に尋ねた。

 

「自分が痛い目にあうかも知れないのに、どうして敵の僕をかばうようなマネをしたの?」

 

 地面に座り込む天馬に向かい、アビスは言葉を続ける。

 先程と比べ薄くなった顔の痣を目に、「イレギュラーって言うのはこうも怪我の治りが早いのか」なんて場違いな事を考えながらも、天馬は答えた。

 

「敵とか味方とか、そんなの関係無いよ。誰かが傷ついているのを見かけたら、助けるのが当たり前じゃないか」

「ふぅん……当たり前、ね」

 

 か細く消えうるような声で呟くアビス。

 自分にとっては当たり前の事。それをただ口にしただけなのに、どうしてそうも寂しそうな顔をするのか。

 カオスと良い、目の前に立つ少年と良い。彼等の気持ちを理解出来ない天馬は、不思議そうに眉を顰めた。

 

「ねえ、アビス……だったっけ。君達はいつもあんな事をされているの?」

「ああ。でも平気だよ。慣れてるから」

「ダメだ! あんな事、慣れちゃいけない。嫌な事は嫌だって、ダメな事はダメだって、ちゃんと言わなくちゃ!」

 

 「暴力じゃ何も解決しない」と激しく首を振る天馬に、アビスがクスッと小さな笑みを零す。

 

「いいんだよ、あれで」

「どうして……」

「僕達はカオスの一部だから。カオスが僕達を殴る事で少しでも楽になるなら……それで構わない」

 

 自嘲気味に歪んだ笑みを浮かべながら、アビスは言う。

 先程まで頬にあった痛々しい痣はいつの間にかその姿を消し、特徴的な白い肌がより映えて見える。

 

「……そろそろ戻らなきゃ。それじゃあね、雷門。後半戦、今度こそ君達のシュートを止めて見せるから。覚悟しててよ」

 

 カオスに似た尊大な口調でそう言い放つと、アビスは天馬達に軽く手を振り、カオスの待つ自軍のベンチへと戻っていった。

 

「アビス……」

「……天馬、ボク達も戻ろう」

「うん……」

 

 促すフェイにそう頷き天馬は立ちあがる。

 ふと、背後に視線を向けると、ベンチで項垂れるように座るカオスの姿が目に留まった。

 

(カオス……)

 

 天馬はこの試合が始まる前、カオスに対して敵意しか持っていなかった。

 カオスは、関係の無いシエル達を傷付けた。

 そして、世界から心を無くそうとしているクロトの仲間。

 自分達にとって敵以外の何者でも無い。言うなれば、悪。

 絶対に許せないと、そう思っていた。

 それなのに。

 

――どうして、こうも気になるんだ。

 

 揺れる心の中。天馬のカオスへの思いが、少しずつ変化しようとしていた。

 




年明け早々重たい話を書いていくスタイル。



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