今回はカオス達モノクロームおよび、クロトが成し遂げようとする野望の内容が語られます。
それと、カオスの過去の話も……
お楽しみいただけると幸いです。
『ジャッジメントのキックオフで、試合再開です!』
ホイッスルが鳴りカオスがボールにタッチする。受けたボイドが後方のデルタにバックパスを送った。
すかさずボールを奪わんと駆けて来た雷門イレブンを冷ややかに見詰めると、デルタは全身から黒い光を発し、ソウル《クロヒョウ》を発動させる。
黒檀のように輝く体毛を持った巨大な獣は、そのしなやかな動きで雷門イレブンの間をかいくぐると、前線を走るカオスへとボールを繋げた。
「君達は何も分かっちゃいない。君達の守りたがっているその心が、どれだけ世界に仇成すモノなのか」
「俺達の心が、世界にとって悪い物だとでも言うのか!」
猛然とドリブルで進むカオスの言葉に、ディフェンスに入った神童が詰め寄るように言い放った。
「ああ、そうさ。そんな物があるから、世界はいつまでも醜いまま。世界中に色が、心がある限り、クロト様の望む『真の意味で平等な世界』は誕生しない!」
叫ぶ言葉の勢いのまま、カオスが地面を強く踏み鳴らす。途端、地面に亀裂が入り、割れたフィールドから鎖に繋がった巨大なギロチンの刃が出現した。
「貫けッ! パニッシュメント!」
振り下ろされた刃は、立ちふさがる神童に容赦無く突き進み、その身を打ち付ける。
熱く、電流のようなダメージにたまらず顔を歪めた神童を、見下ろすようにカオスが笑う。
「痛いだろ、苦しいだろ、悔しいだろ……そうやって感じるのも全部、君等に心があるから。感情があるからなんだよ!」
強く蹴り出したボールを追って、カオスは再度、進撃を開始した。
「怒り、悲しみ、憎しみ、痛み……ありとあらゆる負の概念を消した、全ての者達が平和に・平凡に・平等に存在出来る世界。それこそがクロト様の、そして僕等の理想卿! その理想を完成させるには、君等が必死に守ろうとしている心が、どうしても邪魔なんだよ!」
サイドからスライディングをしかけた錦を軽く交わし、前方から向かってきたフェイを勢いよく吹き飛ばす。
雷門の数々のディフェンスを物ともせず、自らの野望を流暢と語るカオスの瞳はギラギラと揺れ、輝いていた。
「だから、心と表裏一体である色を消そうとしているのか……!」
「だけど、そんなの間違ってる!」
地面を転がったフェイの横を過ぎ去り、猛然と進むカオスに天馬が叫ぶ。
風を纏い真剣な眼差しで自身の前に現れた天馬に、カオスは再度ギロリと目を尖らせた。
「なぜ、君は僕の邪魔をする。今言って分かっただろ! 醜い世界を変えるには、心を奪う以外方法はないんだ!」
「俺達の持つ心は、そんな悲しみや憎しみだけを感じさせるモノじゃない! 試合に勝って嬉しいとか楽しくて笑ったりとか、そう言う明るい気持ちを感じさせてくれる! 俺達にとって無くてはならない、大切なモノなんだ!」
天馬はカオスの言葉を否定するように、強く自分の思いを口に出した。
真っすぐに自分を見据える灰色の瞳に、カオスの脳裏に再び、過去の記憶が蘇る。
「黙れ……! そんな感情を得られるのは、君のような恵まれた存在だけだ!」
「そんな事は無い! 誰しもが皆、当たり前に持っている普通の感情だ!」
顔を朱色に染め上げ、怒気を含んだ声でカオスは吼える。
目の前でしつこく自分を追う天馬への感情が昂るたびに、脳裏によぎる記憶も鮮明な物に変わっていく。
見慣れた誰かの姿が見える。何度味わっても慣れない痛みが、かつての自分を襲っている。
――嫌だ。
脳裏にこびりつく記憶を振り払うように、カオスは激しく頭を振るった。
「君にだってあるはずだ、何かを好きとか大切だって思う気持ちくらい!」
「ッ、そんなもの――!!」
感情のまま、天馬は叫ぶ。
高くフィールド中に響くその言葉に、カオスの心が揺らいだ。
ノイズまみれの光景が、ハッキリと色濃く蘇る。
再生されていく映像の中で、かつての自分が力無く倒れている。
頬から伝わる冷たい床の感触。
ズキズキと痛む体。
感覚が麻痺した右目から滴る赤色を横目に、目の前に立つかつて愛した人の姿を見る。
怒りに顔を真っ赤に染め涙を流す彼女は、倒れた自分を見下ろしながら何かを言っている。
「どうして、私がこんな目にあわなくちゃいけないの」
「私だって、頑張ってるのに。それなのに、どうして」
握り絞めた白い手がワナワナと震えている。
頬に出来た真新しいアザに、心が痛くなる。
――『ごめんなさい』。
床に横たわる、かつての自分が小さく言う。
「お前のせいだ。お前のせいで、私ばっかり、私ばっかり辛い目にあって」
視界に飛び込んで来た拳に、咄嗟に目を瞑る。
視覚が絶たれ、鋭くなった聴覚が、ヒステリックな彼女の声を嫌でもよく拾う。
「こんな目にあうなんて分かっていれば、お前なんて――」
「はあああ!!」
「……!?」
勢いよく突っ込んできた天馬の姿と、ボールを奪取される音にカオスの意識は現実に引き戻された。
『松風選手、カオス選手からボールを奪った!』
「ッ……リンネ、シータ!!」
カオスの指示を受け、二人のMFがドリブルで進む天馬の行く手を阻む。それでも天馬は怯む事無く、必殺技の構えをとった。
「アグレッシブビート!」
溢れんばかりに輝く緑色の光を胸に叫ぶ天馬は、素早い動きでMF達の間を抜き去っていく。瞬間、天馬の通った軌道に激しい衝撃が走り、二人のMFを弾き飛ばしていった。
「神童先輩!」
「神のタクト・ファイアイリュージョン!」
進化した神のタクトが、天馬達の進むべき道を炎で導く。神童が放ったパスが霧野に繋がり、次々と雷門イレブンの間を巡っていく。
カオスの強襲から一変、今度は雷門がジャッジメントへ攻め込むチャンスだ。
「錦さん!」
フェイが炎の軌道に沿って錦にパスを出す。
ジャッジメントのディフェンスを交わしながらボールをトラップした錦は、すかさずゴールを睨みつけた。
「どぉりゃああ! 戦国武神ムサシ!」
全身から沸き立つオーラは鎧兜を身に纏った荒武者の姿を形作ると、舞い散る紅葉の中、必殺シュートの体勢に入る。
「武神連斬!」
携えた二刀流から繰り出される無数の斬撃を力に、唐紅色の弾丸と化したシュートは、強大なエネルギーを放ちながらキーパーのアビスを打ち倒し、見事ゴールに命中した。
『ゴォーール!! 雷門、化身のパワーで二点目を奪取!! ジャッジメントを追い抜きました!』
実況のアルが興奮した様子で声を上げる。チームベンチからも試合を見ていた葵達が歓喜の声を上げはしゃいでいる。
「すごいすごい、逆転ですよ!」
葵が水鳥と茜の手をとって満面の笑みを浮かべると、水鳥も歯を見せてにんまりと笑った。
「剣城と白竜のプレーで勢いがついたようだな! このままなら、いける! いけるぞ!」
「ああ」
体をピンク色に染め叫ぶワンダバに円堂も強く頷き返す。
そうして雷門サイドが歓喜に沸く一方で、カオスは愕然と目の前の光景を見詰めていた。
「……なんでだ。どうして、どうしてこうなる……」
瞳に映る、1-2の文字にカオスはそう言葉を零した。
ぐらり、眩暈のような感覚に、たまらず視線を地面に落とす。
あり得ない。
クロト様の力を受けた自分が負けているなど、あり得るはずがない。
自分はあの時誓ったはずだ。
「もう二度と、無様な試合はしない」と。
それなのに、なのに。
――この様はなんだ?
ぐるぐると巡る思考の中、前半戦終了を知らせる笛の音がフィールドに鳴り響いた。
《パニッシュメント》
カオスの必殺技。
地面を強く踏み鳴らし、呼びだした巨大なギロチンの刃を相手選手にぶつけ突破するドリブル技。