色を無くしたこの世界で   作:黒名城ユウ@クロナキ

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第49話 再来する赤

 空の街【ヒンメル】西側、風のグラウンド。

 薄灰色の地面を挟むように佇む二つのゴールを目に、天馬は左腕のキャプテンマークを強く握り絞める。

 グラウンドの外ではマネージャーや監督達に加え、今回の試合を一目見ようとヒンメルの住人達が集まって来ていた。

 その中にはカルムやゲイル、それに長のシエルも他の住人達とは違う、グラウンドを一望出来る高台でその光景を眺めている。

 街中に吹き巡る穏やかな風に髪を揺らしながら、カオスの到来を今か今かと待ちわびる一同。

 緊迫した様子で立ち並ぶ雷門の頬を、突如、鋭い冷気が掠めた。

 

 ぶるっと身を震わせ、不快感に顔をしかめる。途端、先程まで晴れていた空に厚く暗い灰色の雲が、渦を巻くように辺り一面へ広がっていく。

 

「……来ます」

 

 異変に眉を顰めたシエルの言葉を合図に、渦巻く雲の中心から赤黒い塊が落下して来た。

 塊は地面に衝突すると、辺りに砂埃を巻き起こし一同の視界を奪う。目を凝らすメンバーの耳に、あの男の声は響き渡った。

 

「これはこれは、有象無象おそろいで」

 

 砂煙の中から現われた男の姿に、天馬は力のある眼差しを向けるとその名を強く叫ぶ。

 

「カオス!」

 

 赤い髪をなびかせ現れたカオスは、天馬の姿を見つけた途端、口角を横に広げニタリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「やあ、松風天馬。それに色彩の人間達も。改めて、僕が四代親衛隊【モノクローム】の一角であり、ジャッジメントのキャプテン。カオスと言う」

 

 「以後、お見知りおきを」と馬鹿丁寧にお辞儀をする姿に、天馬は自然と身構えた。

 その姿にまたニヤニヤと笑みを浮かべては、ぐるりと一同の顔を見回した後、残念そうに肩を落とす。

 

「なんだ。新しく仲間が増えたって聞いたから期待していたけど、どいつもこいつも対した事なさそうだね」

 

 眉と口あたりを歪ませ、あからさまな嘲笑を浮かべるカオス。その言葉に、雷門イレブンの怒りが激しく刺激された。

 

「聞いたよ。君達、あのスキアにも負けちゃったらしいじゃん。動けないくらいボロボロにされて、仲間も奪われて、それなのに試合中に逃げだしたんだって? アッハッハッ! 惨めったらありゃしないな。そんなんでよく、クロト様の世界に来られたもんだ」

「キサマ……!」

 

 両の拳を握り締め、神童が声を上げた。他のメンバーも目を険しくつり上げ、怒りにグラグラと瞳を揺らしている。

 今にも飛びかからんばかりの様子で睨み続ける一同。そんな張り詰めた空気の中、口を開いたのは

 

「御託はそれだけかい、カオス」

 

 アステリだった。

 

「アステリ……」

「……何、裏切り者風情が逆ギレかい? 言っとくけど、僕はさっきから真実しか話していない。あの異形共にボコボコにされたのも、運に助けられ、惨めに試合から逃げた事も、仲間を奪われた事だって、全て、君達の弱さが招いた嘘偽り無い真実じゃないか。……止めてくれよな、自分の弱さも理解せず、現実から目を背けるなんて」

 

 一つ二つ三つと指を折りながら、カオスが言う。吐きだされる言葉の数々にスキア達との試合の光景がフラッシュバックし、天馬は悔しさで奥歯を軋ませた。

 だけどアステリは、そんな言葉など気にしないと言わんばかりに、カオスを真っすぐに見詰め、吐き捨てる。

 

「それなら、キミがボク等との試合で途中棄権をした事だって、嘘偽りない真実って事になるよね」

「……は?」

 

 アステリの言葉に、カオスの動きが止まった。

 

「確かにボク等はザ・デッドに負けた。でも、だからといって、一度負けたキミにとやかく言われる筋合いはない」

「ッ……!」

「弱いと罵ったボク達に、キミはもう一度負けるんだよ」

 

 普段の穏やかな表情を消し、鋭く、トゲのある声でアステリが言い放つ。

 毅然とした様子でカオスの前に立つアステリの姿に、天馬も怒りで血が上った頭を落ち着かせると、カオスを見据え声を張り上げた。

 

「俺達は絶対に勝つ! いなくなってしまった仲間や、傷付けてしまったこの街の人の為にも!!」

 

 拳を握りしめ、舌峰鋭く天馬が言う。

 射貫くように向けられたその瞳と言葉に、カオスの表情がみるみるうちに赤く、険しく歪んでいった。

 

「黙って聞いていれば好き放題言いやがって……」

 

 怒りに満ちた瞳をギラリと輝かせながら、カオスは腕に巻かれた包帯を勢いよく引き破る。

 露呈した手首に刻まれた無数の傷跡に、全員の顔が引きつった。

 傷跡をなぞるようにあてがわれる銀色の刃を目に、天馬の脳裏にあの時の光景が蘇る。――生々しい、血の光景が。

 

「こっちだって……これ以上、クロト様に無様な姿を見せる訳にはいかないんだよ!」

 

 そう叫ぶのと同時に、カオスは持っていたカッターナイフを思い切り引き抜いた。

 皮が裂かれ、肉が裂かれ、おびただしい量の血液が溢れ出る様に、目をふさぐ事さえ出来ない一同は、愕然と目の前で行われた光景を見詰めていた。

 天馬・フェイ・アステリの三人も一度見た程度で見慣れるはずも無く、出来るだけその様子から目を逸らそうとしている。

 そんな誰しもが恐れおののく状況で、唯一、カオスだけは不気味に笑みを浮かべては流れていく血を虚ろに見詰めていた。

 

「出ておいで……」

 

 零したカオスの言葉に呼応するかのように、血溜まりはぐつぐつと煮え立つように蠢くと、十体の人型のイレギュラーへと姿を変えた。

 あまりにも異常な現象に、信助が怯えた様子で後ずさる。

 

「血が人に!?」

「あれも、あの男の力なのか……ッ」

「痛そうやんね……」

 

 噛み締めるように吐き捨てた白竜の言葉に、震えた声で黄名子が言う。

 生死の概念は無くとも痛覚だけは存在する……その事実を昨夜の倒壊事故で目の当たりにした天馬は、黄名子の言葉に改めてカオスの方へ視線を向けた。

 傷だらけの腕を撫でながらカオスが言う。

 

「ご心配なく。痛みなんて、とっくの昔に忘れちゃったから」

 

 ぐるぐると出血の治まった腕に新たな包帯を巻きながら、囁くような声で言葉を続ける。

 

「……痛覚なんてあっても何の得も無い。泣こうが、喚こうが、誰も聞いちゃくれやしないんだから……」

 

 冷たく、乾いたカオスの瞳は深い怨恨を湛え、天馬達へと向けられている。

 反して、口から発せられる言葉は目の前の自分達では無い、この場にいない別の誰かに向けられているように感じて、天馬は眉根を顰めた。

 

「さて、そろそろ試合を始めよう。今度こそ、君達を虚空の彼方に葬り去ってあげるよ!」

 

 高々と指を鳴らし、カオスが叫ぶ。

 緊迫した両者の間を、冷たい風が吹き抜けていった。

 


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