色を無くしたこの世界で   作:黒名城ユウ@クロナキ

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第45話 空の街【ヒンメル】

「はじめまして。私……いや、アナタ達には"俺"……かな。【ヒンメル】の長を務める『シエル・ウィンド』と申します」

「俺……!?」

 

 一同の目の前に現れたのは白と黒の濃淡のみで構成された天馬と全く同じ顔を持つイレギュラーだった。

 

「キャプテンにそっくりやんね!」

「おい、アステリ。これはどう言う事だ」

 

 困惑した様子で問いかける神童にアステリは首を小さく横に振ると、同じく困惑した様子で囁いた。

 

「ボクにも何がなんだか……天馬と同じ顔のイレギュラーなんて……」

 

 ざわざわと戸惑う一同の反応に、シエルと名乗る男は申し訳なさそうに眉を下げた。

 

「突然この様な姿を晒し、驚かせてしまってすみません。俺はアナタ方のよく知る松風天馬と同じ姿をしていますが、全くの別人だと思ってください。そうした方が少しは戸惑いも解消されるでしょう」

「天馬と全然話し方違う……」

 

 天馬の見た目を模しながら、全く違う口調で話すシエルに葵が呟く。

 

「皆さんがこの街に来られる事は分かってました。アナタ方はあの人に会う為、黒の塔に向かっているのですね」

「! どうしてそれを……」

 

 核心を突いたシエルの言葉にフェイが驚いたように声を上げた。

 その反応に穏やかな笑みを浮かべたシエルは「信じ難い事だとは思いますが」と少し俯きがちに言葉を続ける。

 

「俺は世界中に吹く風からこの世界で何が起きているのか知る力があります。なので皆さんがこの世界に来た事も、その目的も、全て認知していました」

 

 この世界に住む種族が特殊な力を持っているのは、スキアやアステリの件で否が応にも理解出来ていた。そんな彼等だからか、今更シエルの言葉を疑う事などせず、淡々とその事実を受け止める事が出来た。

 

「じゃあ話は早いんだけど、少しの間この街で休ませてもらいたいんだ」

「ええ、構いませんよ。ちょうど街の東側に誰も使っていない大きな空き家があります。家具類も一応ですが揃ってますのでそこをお使いください」

 

 快く承諾してくれたシエルに礼を言うと、天馬達は案内役のゲイルに連れられ街の東側へと歩きだした。

 

 

 

 ゲイルの案内で空き家へと辿り着いた一同は各自振り分けられた個室に自身の荷物を下ろすと、大広間でこれからの事を話し合う事にした。

 

「それにしても、まさかこの街の長って言うのが天馬くんソックリな奴だったとはねー」

 

 木製の椅子に腰をかけながら、狩屋が言う。

 

「うん、ボクも驚いたよ」

「アステリも知らなかったやんね?」

「さっきも言った通りこの世界は日によって地形が変わるし、以前までのボクは自分が生まれた場所から出るなんて事しなかったから……」

 

 黄名子の問いにアステリは静かに答えた。

 

「とりあえず、この街を出た後どうするのか考えよう。アステリ、その黒の塔って言う場所にはあとどれ位で着きそうか分かるか?」

「ごめんなさい。正確には……」

「そうか」

 

 濁すように答えたアステリの言葉に神童が落胆したように呟く。

 その一言に少しの不安を感じ取ったのかアステリは「でも!」と椅子から勢いよく立ちあがると、強く言葉を続けた。

 

「確かにこの先にあの塔はあるんです! 言葉では上手く言い表せないけど……気配と言うか、そう言うのを感じるんです!」

 

 「だから!」と言葉を続けようとしたアステリの肩を叩くと、天馬は優しそうな表情で「大丈夫」と囁く。

 穏やかに自分を見詰める瞳にアステリはハッと我に変えると、「ごめん」と静かに椅子に腰を下ろした。

 それからも話し合いは続けられたが、これと言った収穫は無く。結局その日は体の疲れを癒そうと言う結論に至り、各々自由な時間を与えられた。

 

 

 

 その日の夜。天馬は宿泊する事になった空き家の外で空を見ていた。

 この世界に初めて来た時に見た、沈むような黒色では無い。自分達が見慣れた色のついた夜空とどこか似ている空の様子に、天馬の混乱しっぱなしの心は和んでいた。

 

「うわー、まんまるだ」

 

 空に輝く白く丸い月に向かい腕を伸ばすと、天馬はそう言葉を発した。

 以前、アステリはモノクロ世界には時間の概念が無いと言っていたが、やはり昼や夜の区別くらいはあるのだろうか。

 それともこの街だけが特殊なのか?

 

「天馬、こんな所にいたんだね」

「アステリ!」

 

 いつの間に宿から外に出てたのだろうか。アステリはその水色の瞳を細め微笑むと、天馬の隣に腰を下ろし尋ねる。

 

「何してたの?」

「空を見てたんだ。アステリも見てよ、あの月! まんまるでキレイだよ」

「わあ、本当だ。まんまるだね」

 

 空に浮かぶ白い月を見詰め笑うアステリに天馬は「だろ?」と笑い返すと、少し間を開け話し出す。

 

「あのさ、さっき白竜が言ってた事なんだけど……あんまり気にしないでね。アイツ、態度こそああだけど、悪い奴って訳じゃないんだ」

「……ああ、もちろん分かってるよ」

 

 天馬の言葉に、アステリは先程より少しだけ乾いた笑みを浮かべると、目の前の風景に視線を戻し言葉を続ける。

 

「白竜くんの言い分はもっともだった。キミ達があまりに良い人達だから、ボクも甘えていた。彼の言葉で思い出したよ。ボクとキミ達が違う存在だと言う事を」

 

 発する言葉と寂しそうに月を見上げる横顔に、天馬は言葉を詰まらせた。

 「それは違う」と否定すれば良かったのだろうか。だが事実。自分達人間とアステリ達イレギュラーとでは違う部分が多い。

 その証拠に、先日のスキアとの戦いで自分達は多かれ少なかれ怪我を負ったと言うのに、目の前の彼はそうではない。

 怪我をすれば痛みを伴い、最悪の場合命を落とす。自分達はそんな弱く脆い存在であると、あの時、動かない体と共に思い知らされた。 

 

「……ッ。アステリ――」

「こんな夜更けにお散歩ですか?」

 

 突如、静かな空気を破って響いた声に天馬は目を見開き驚くと、体ごとその方向に視線をやった。

 そこには先程出会ったばかりの、それでいてとてもよく見慣れた姿を持つ一人の少年が立っていた。

 

「シエル」

「こんばんは、今日は良い風が吹いてますね」

 

 穏やかな笑みを浮かべながら二人の元へ歩み寄ってくるシエルにアステリが尋ねる。

 

「キミこそ、どうしてここに。ボク等に何か用かい?」

「用と言う程ではありません。アナタ達の事が少し気になりましてね。見回りがてら様子を見に来たんです」

「見回り?」

「えぇ。住人達の様子を見て回るのも、長として大切な仕事ですから」

 

 シエルの言葉に天馬が不思議そうに首を傾げた。

 

「でも、シエルは何でも知る事が出来るんでしょ? わざわざ見て回る必要なんてあるの?」

「確かに、俺には世界に吹く風から住人達の状況を知り得る力があります。ですが……やはり上に立つ者としては、実際に民と触れ合いその声を聞く事が必要なのです」

 

 凛とした口調で長としての在り方を語るシエルの姿に天馬は柔らかな笑みを刻むと「凄いね」と目の前の彼を褒めたたえる。

 そんな天馬の後ろで訝し気な視線を送るアステリ。自身に向けられる不信の眼差しに気付いたシエルは、目を細めると向かいの少年に穏やかな笑顔を返した。

 唐突に向けられた表情にアステリは一瞬目を瞬かせると居心地が悪そうに目を伏せてしまう。

 

――同じ顔で、そんな風に笑わないで。

――意味も無く、信用しそうになる。

 

「ん? アステリ、どうかした?」

 

 天馬と同じ顔を持つ得体の知れないシエルへの不信感に自然と無口になっていると、異変を察した天馬に声をかけられた。

 バッと下げていた頭を上げると心配そうに自分を見詰める灰色の瞳と目が合い、慌てて「なんでもないよ」と平然を装った。

 

 ふと空を見上げると先程まで見えていた満月にも雲がかかり、あたりを先程よりも暗く染め上げている。「そろそろ部屋に戻ろう」なんて言葉を交わす二人にシエルも別れを告げ自分の業務に戻ろうとする。

 そんな時だった。突如、大砲のような凄まじい爆音が三人の耳を劈いたのは。

 

「なんだ!?」

 

 まるで巨大な樹木が倒れたか如く響く爆音は地面を揺らし、三人の身動きをしばらく封じた後治まった。何事も無かったかのような静けさに天馬は瞳を揺らすと戸惑い気味に声を漏らす。

 

「今のは一体……」

「天馬、アステリ。怪我はありませんか?」

 

 傍にいたシエルが戸惑う二人の安否を確認する。「大丈夫だ」と言葉を返すも、未だ心臓の高鳴りは止まらず天馬は尋ねた。

 

「シエル、今のは一体……」

「分かりません……こんな事、俺も初めてです」

 

 眉間にシワを寄せ不安そうな様子のシエル。瞬間、天馬の背後の扉がバタンッと勢いよく開いた。

 

「天馬、アステリ! 大丈夫か!」

 

 開いた扉の先には円堂を筆頭に大半のメンバー達がこちらを見詰め立っていた。

 皆、先程の地鳴りと爆音を聞いたのだろう。一様に不安そうな顔をしている。

 

「何かあったのか?」

「わかりません。俺達も突然地鳴りに襲われて……」

「長ぁーっ!!」

 

 混乱する一同のざわめきを更に押し上げるかのような男の声に、一同は視線を走らせる。

 白い地面を蹴って見るからに慌てた様子で駆けてきたのは、昼間に出会ったカルムだった。

 

「カルム、どうしました。先程の音は一体なんです」

 

 緊迫した様子で尋ねるシエルにカルムは荒くなった息を整えると、必死な形相で声を上げる。

 

「長、今すぐ広場に来てください! 皆が……大変なんです!!」

「え!?」

 

 




【シエル・ウィンド】
天馬達が訪れた空の街【ヒンメル】で長を務める、顔のある変異イレギュラー。
天馬と同じ髪形、顔、背恰好を持つが口調や性格など若干違う面もあり基本的に敬語を用いて会話をする。
「世界や見た目が違えど存在する者は皆同じ」と言うイレギュラーの中では独特の考えを持っており、住人達にもその教えを説いている。
世界中に吹く風から、その場所で今何が起こっているかや、相手の気持ちを感じ取ることが出来る力を持っている。

【容姿】
髪色:灰色
髪型:天馬と同じ
瞳色:天馬と同じ。濃い灰色


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