「それじゃあ三人共、行ってらっしゃい」
そう見送る秋の言葉を背にアステリ、フェイ、ワンダバの三人(二人と一体?)は天馬が待つ雷門中へ向い歩きだす。
十五時ちょっと過ぎ。
授業が終わり、天馬達が部活に向かうのが大体夕方の十六時頃……。
天馬と約束していた時間には大分早くて、アステリはフェイに尋ねた。
「ねぇフェイ、どうしてこんなに早く出たの? 天馬の言っていた時間には大分早いみたいだけれど……」
そう不思議そうな顔をするアステリにフェイはニコッと笑うと、彼の腕を引いて駆け足気味に歩き出した。
不意に前へと引っ張られる身体に戸惑いながら、アステリは声をあげる。
「ちょっ、フェイ……!?」
「アステリに、見せたいモノがあるんだ」
「見せたいモノ?」
フェイはそれ以上は何も言わず。アステリの腕を引きながらただひたすら歩き続ける。
フェイの隣を歩くワンダバも、先程までのお喋りとは打って変わって大人しい。
(一体どこに行くつもりなんだろう……)
一人答えの出るはずの無い考えを巡らせながら、アステリは黙ってフェイの後ろを着いて行った。
「アステリー、大丈夫ー?」
「う、うん……」
カンカンと金属で出来たハシゴを上りながら、返事をする。
あれからどれ程の距離を歩いただろう。
昨夜、カオス達と戦った河川敷を通り、賑やかな商店街を過ぎ去り、人の手を加え作られた町の片隅にソレはあった。
辺り一面を緑で包み込み、この稲妻町をはるか昔から見守り続けたその塔は、この町を象徴する巨大なイナズママークを掲げては今日も平和な稲妻町を見守っていた。
「よいっ、しょ……と」
「アステリ、ほら見てごらんよ!」
「うん……」
フェイに促され、アステリは恐る恐る柵の隙間から周りを見る。
「うわぁ……」
目の前に広がる光景にアステリは感嘆の声を漏らした。
どの建物よりも高い場所に建設されたこの塔の上では、木枯らし荘も、河川敷も、雷門中だってあんなに小さく見える。
「すごい……」
「ここね。前、天馬に教えてもらったんだ」
「天馬に?」
この世界に来て初めて見た素晴らしい景色に感動しているアステリの隣でフェイが語りだす。
「ただ遠くまで見えるって言うだけなのに、この景色を見ると不思議と何でも頑張れるような気がするんだ」
「……フェイ」
「今日ここに来たのはね、アステリにも一度この景色を見てもらいたくて。……ボクが天馬にそうして貰ったみたいに」
そう笑うと、フェイは再度目の前の景色へと視線を移した。
仲間が集まり、準備が揃えばアステリの故郷であるモノクロ世界に行かねばならない。
その前に、フェイはどうしてもアステリにこの景色を見せたかった。
この世界には素晴らしい物が沢山ある事を、アステリに知っていてもらいたかったのだ。
「そうだぞ。アステリ君!」
「クマさん……」
「クマではなぁーいっ!」
アステリの言葉に興奮気味に叫ぶと、ワンダバは「フンッ」と胸の前で腕を組んで続けた。
「君の事情を深くは知らないが、この世界には良い物が沢山ある! 決して、そのクロトと言う奴の様な悪いモノだらけでは無いと言う事を覚えておいてほしいのだ!」
「……もちろん、分かってるよ。ボクもこの世界が大好きで、ずっと憧れてたんだから」
そう嬉しそうに笑うと、アステリはポケットから何やら二つに折りたたまれた一枚の紙を取り出した。
「それは?」
フェイが不思議そうに尋ねる。
アステリは二つに折り畳まれた紙をフェイに手渡し、そこ描かれている物を見せてみせた。
「写真?」
「だいぶ古いモノみたいだな……」
「でも、綺麗な写真だよ」
色あせ、端の方などボロボロになりかけた古い写真はそれでもハッキリと青く、透き通る様な綺麗な空を映し出していた。
「その写真……だいぶ前に、あっちの世界で見つけたんだ」
「モノクロ世界で?」
フェイの言葉にアステリは頷くと懐かしそうに目を細め語り出した。
いつだったかは忘れてしまったが、色の無い世界で読んだ古い本。
この写真は、その本に挟まっていたと言う。
白と黒の濃淡しか見た事がなかった彼にとって、この写真の青空は強く印象に残った事だろう。
「この写真があったから、ボクはキミ達の住む世界がとても素晴らしいモノなんだと言う事を知る事が出来た。今ボクがここにいるのも、全部この写真のおかげなんだよ」
「そっか……アステリにとって、この写真はとても大切なモノなんだね」
「はい」とフェイは持っていた写真をアステリに渡す。
アステリは受け取った写真を大事そうに見詰めると、「うん」と呟き、少し照れくさそうな笑顔を浮かべた。
「この写真はボクにとって大切な宝物なんだ」
アステリの屈託の無い笑顔に、目の前のフェイとワンダバの表情も自然と綻んでいく。
「そっか。じゃあ、大切にしないとね」
「うん」
「良いですね~、まさに青春真っ只中!って感じで」
「!!」
愉快そうに笑う中性的な声。
突然聞こえた聞きなれぬ声に驚くと、三人は一斉にその方向へと目を向ける。
「やあ。やっと見つけました、アステリさん」
三人が聞いた声の先。
そこにいたのは、黒い日傘をさし宙を浮遊する
黒い獣の様な人間の姿だった。