色を無くしたこの世界で   作:黒名城ユウ@クロナキ

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第17話 世界の危機

 あれから木枯らし荘に戻ってきた三人は、天馬の部屋でアステリの話を聞こうとしていた。

 先ほどまで試合をしていたカオスの事。

 そのカオスが来たと言っていた【モノクロ世界】の事。

 そして、アステリ自身の事も……

 

 ハーフタイムのあの時……アステリは、少なからず自分達にも関係のある素振りを見せていた。

 だったら、聞かなければならない。

 それがどんなに滅茶苦茶で非・現実的な事だったとしても。

 

「えっと……こう言う時、どこから話せばいいのかな……」

 

 そう、少し困った様な表情をすると彼は「とりあえず」と、自分とカオスが住んでいたと言う【モノクロ世界】の事を話し始めた。

 

「モノクロ世界は、ボクやカオスが元々住んでいた……その名の通り、色の無い世界。そこには『イレギュラー』と呼ばれる、キミ達人間とは姿の異なった種族が住んでいる」

 

 「ボクやカオスもその一人さ」とアステリは、ハーフタイムにした話をもう一度簡単に話してみた。

 つい先ほど聞いた話に天馬もフェイも何も言わず、ただ黙って耳を傾けている。

 二人の反応を一瞥して質問が無い事を確認すると、アステリはそのまま言葉を続けた。

 

「そんなモノクロ世界やイレギュラーを創り出したのが『クロト』――――ハーフタイムに言った『モノクロの王』の名前だよ」

「クロト……」

「そんな彼に従い、仕えるのが四代親衛隊【モノクローム】」

「さっきの、カオス達の事だね」

 

 フェイの言葉に「あぁ」と頷くと、今度はその【モノクローム】について話を始めた。

 

「四代親衛隊【モノクローム】はその名の通り、四つのチームによって成り立つ、一つの組織の事。さっき戦ったカオス達【ジャッジメント】もその内の一つで、組織のメンバーは全て顔と色のあるイレギュラーで統一されているんだ」

 

 アステリの話は続く。

 イレギュラーには……

 1(通常)色も顔も無く、容姿も様々な黒一色の存在

 2(変異)色は無いが顔があり、容姿も人に近い姿をしている存在

 3(特殊)色も顔も両方持ち、人間と変わらない姿をしている存在

 の3種類があり。特に最後の、色と顔を持つイレギュラーは"特殊"の部類に入り、通常や変異イレギュラーと比べ強い力を持つ事。

 

 そしてモノクローム達が従う、クロトの事も。

 

「クロトは"王"と言う肩書を持つだけあって、どんな存在よりも強く、絶対的な力を持っている」

「確か……モノクロ世界やアステリ達イレギュラーを創ったのも、その、クロトって人なんだよね?」

 

 天馬は自分でそう言いながら、未だ信じる事が出来なかった。

 それもそうだろう。世界を創るとか……自分達と見た感じ変わらない姿を持つアステリ達を生み出したとか……

 明らかに夢物語レベルの話をパッとされても、いかんせん信じられる訳がなかった。

 

 アステリの事を疑っている訳では無いし、頭では理解しているつもりだ。

 でも理解は出来ても納得が出来ないのが人間。

 どうしても、いまいち現実味がないのだ。

 

「クロトはその力を使って自らが望む『理想郷』の為、あらゆる世界線から『色』を奪い続けている……。『色』を奪われた世界は一つの『街』へと変換され、彼が暮らすモノクロ世界の一部になってしまうんだ」

 

 そこまで聞いて、天馬は気になっていた質問をアステリにぶつけた。

 

「あのさ……その、クロトって言う人はどうして世界から色を奪っているの?」

 

 色と言うモノは自分達にとってごく当たり前にソコにあって、特別害を与えるモノでも無い。

 それなのに、話を聞いている限り、クロトと言う男は『色』と言う存在自体を極端に嫌っている様に聞こえる。

 それは何故なのか……アステリは『理想郷』がどうのこうのと言っていたが……

 そのクロトが望む『理想郷』と『色』には何の関係があるのだろうか?

 天馬……そしてフェイも、それが気になっていた。

 

「あのね。この世に存在するモノにとって、『色』はとても大切なんだ」

「どう言う事……?」

 

 アステリはそう言葉を並べると、傍にあった紙に何かを描き始めた。

 何を書いているのだろうか……天馬とフェイはそれを覗きこむ様に見つめる。

 「これを見て」とアステリは何かを書き終わった紙を二人に見せた。

 そこには黒で『色、心、生、死』の文字が、まるで相関図の様に書いてあった。

 

「何? これ」

「これはね、この世の全てを支える大切な存在達。キミ達は知らないだろうけど、世界はこの『色、心、生、死』の四つの概念で成り立っているんだ」

 

 そう言うとアステリは、紙に書かれた四つの文字を丸で囲う様な素振りをしながら話し続ける。

 

「『生』と『死』、『色』と『心』……これらは全て共存関係にあるんだ」

 

 アステリはキュッとマーカーのフタを取ると『生』と『死』、『色』と『心』の間に、それぞれ矢印を書いた。

 矢印は両者を差す様な形で、二つの言葉の間に書かれている。

 これで何となく、『生』と『死』、『色』と『心』が共存関係だと言うのが図を見て分かる様になった。

 次にアステリは、そんな四つの言葉を今度は大きな丸で一纏めにして見せた。

 

「そしてこの四つの概念が揃うと初めて“世界”が成り立つ。機械に埋め込まれたネジの様に、どれか一つが抜けただけで全てが台無しになってしまう。……それがキミ達が今存在している、世界の仕組みなんだ」

 

「『生』と『死』は何となく分かるんだけど、どうして『色』と『心』が共存関係なの?」

 

 そう尋ねるフェイの言葉にアステリはしばらく考え込むと「例えば」と口を開いた。

 

「二人が普段食べている、野菜だとか果物だとかが、キミ達の良く知る綺麗な色では無く、黒と白の濃淡だけだったら……どう思う?」

 

 アステリの問いに天馬は頭を働かせる。

 

 例えば……秋がよく作ってくれるケーキの上に乗っかっている苺。

 あれがあんな美味しそうな赤では無く、真っ黒だったら……?

 苺だけじゃ無い。

 普段、自分達が口に運ぶ野菜や飲み物までもが黒や白の濃淡のみだったら……?

 

「美味しそうには……見えないね」

「て、言うか。口に運ぶのにも躊躇しそう……」

 

 そう、苦笑いをしながら話す二人の言葉に「そうだよね」と笑うと、アステリは例え話を続けた。

 

「じゃあ次はキミ達が好きな景色……なんでも良いよ。自分が感動したり、見たら元気になる様な景色を想像して……」

 

 “自分が好きな景色”

 それを聞いて天馬が真っ先に思い出すのは、熱い戦いや様々な仲間と出会える、鮮やかな緑色のグラウンド。

 小さい頃から慣れ親しんだ沖縄の海や……この稲妻町がずっと遠くまで見える鉄塔。

 どれも見たら心の底から力が沸いてくる様な……明るい気持ちにさせてくれる大切な場所だ。

 

 そんな景色達を思い出してか、天馬の心もホッと温かくなって、自然と頬が緩んでしまう。 

 が、アステリの口から発せられた次の言葉で天馬は現実に引き戻されてしまった。

 

「その、自分にとって大切で大好きな景色が……ただのモノクロ色だったら。黒と白しか無い、無機質で何の個性も無い景色だったらどう思う? 感動する?」

 

 アステリの言葉を聞いて二人は顔を見合わせると、揃って首を横に振った。

 想像する必要もないだろう。

 そんな景色を見ても、きっとなんとも思わない。

 いつも見てる景色が、モノクロ色だけだったらなんて……

 

――なんだか……凄く寂しい気分になる……

 

「色はね、この世で生きている者に様々な思いを抱かせてくれる。楽しかったり、嬉しかったり、寂しかったり、悲しかったり……そんな様々な思いを生み出すのが色。そして、そんな色を見て感じる様々な感情の事を、ボク等は総じて『心』と呼ぶ……」

 

 その言葉を聞いて初めて天馬は、確かになと妙な納得をした。

 

 例えば、赤い炎の絵を見て熱いと思うのも、青い氷の絵を見て冷たいと思うのも、あくまで見る側のイメージでしか無い。

 実物がある訳でも無いのにそう思うのは、アステリの言う通り『色』のお陰だ。

 これがもし黒白の炎と氷の絵だったら……熱い寒いは愚か、それが炎や氷だと言う事すら分からないかもしれない。

 そう考えると『色』と言う概念は自分達の感情や心にとって、とても大切で無くてはならないモノなんだと天馬は改めて感じた。

 

 そんな天馬の心情を知ってか知らずか、アステリは言葉を続ける。

 

「色が存在しなければこの世の全てから感情と言う概念が無くなってしまう。感情は心の一部。この世界から『色』と言う一つの概念が消えると、それに伴った感情や心、生や死と言う世界を成り立たせる為に必要な存在までもが芋づる式に消えてしまうんだ」

「え……っ」

 

 『色が消える=心(感情)が消える』……?

 

――そんな事が現実で起こってしまったら……

――サッカーをやって楽しかったり、勝負に負けて悔しかったりとか……

――そう言う事も無くなってしまうんじゃ……っ

 

 天馬にとって、最も大切な『仲間とのキズナ』。

 それも元を辿れば、その様な感情を抱く『心』から来ている。

 もし、世界中から色が……心が消えれば……

 そんな『友情』や『キズナ』までもが一瞬の内に消えてしまうだろう。

 

 自分の頭で導きだした最悪な結末に、天馬の視界が薄暗くなる。

 ハッと我に返ると、頭を横に振り、気を持ちなおそうとする。

――駄目だ……こんな悪い方にばかり考えちゃ……

 

 そう、辛そうな難しい顔をする天馬を見て「大丈夫?」と尋ねたアステリに「平気だよ」と言うと、天馬は彼の話へと意識を戻した。

 

「じゃあ、続けるね。さっき言った四つの『色、心、生、死』が無くなった街、人、動物……挙句の果てには世界までもが本来果たすべき機能を果たさなくなる」

「四つの概念は機械を動かす為の大切な部品……それが消えれば、当然『世界』と言う機械は動かなくなっちゃうもんね」

「あぁ。そうして世界を廃化させ、自らが理想とする新たな世界を創る為の材料にする……それがクロトの狙いだよ」

 

 その言葉を聞いて、「そんな勝手な理由でっ」と天馬は感情を露わにした大きな声を発する。

 それと同時にハッとした表情で慌てて口を両手で抑え、黙り込んだ。

 現在の時刻は早朝の四時近く。

 管理人の秋はもちろん、木枯らし荘に住んでいる他の人達もまだ眠っている時間だ。

 周りの人を起こさない様に、静かにしていなければいけない。

 もちろん、大声など絶対にダメだ。

 

 「ふぅ」と息を吐いて心を落ち着かせると、改めてアステリの方を向いて口を開いた。

 

「そんな勝手な理由で無関係な人達の心を……世界を壊して良い訳ないよ……!!」

「うん。そんなの、絶対にやめさせなくちゃね」

 

 天馬の言葉に続いて隣に座っていたフェイもそう言葉を発する。

 自分達にとって、大切な感情が……心が消えた世界なんて絶対にあってはならないのだ。

 

「クロトのせいで廃化になった世界は、すでに十箇所にも及ぶ。そして次のターゲットは……キミ達が住む、この【色彩の世界】だ」

「!!」

 

――次のターゲットが、俺達が今いる……この世界……?!

 

 アステリの言葉に天馬の身体はブルリと震え、全身に鳥肌が立つのを感じた。

 不意に感じたソレが不快な冷風の様に自らを襲う。

 “恐怖心”

 天馬を突如として襲ったソレは、クロトに対するモノか……

 それとも大切な仲間やサッカーを失うかも知れないと言うモノか……

 分からない。

 でも、ただ一つだけ、天馬にも分かる事があった。

 

 『自分が何をすれば良いのか』が……

 

「ボクはそんなクロトを止める為、力を貸してくれる仲間を探す為、この【色彩の世界】に来た。この世界には今、危機が迫っている。天馬、フェイ。こんな事、急に言われても戸惑うと思うけど……ボクに、力を貸してくれないかな……」

 

 「カオス達を倒したキミ達にしか頼めないんだ」と頭を下げるアステリ……

 そんな彼の様子を見て、天馬とフェイは互いの顔を見合わせる。

 二人の目に映った互いの瞳。それは困った様な表情でも、迷惑そうな表情でも無い。

 強く、真っすぐな眼差しだ。

 二人の気持ちは、すでに決まっていた。

 

「アステリ。顔を上げて」

 

 フェイに促され、アステリは下げていた頭を上げて二人を見る。

 アステリの表情は真っすぐな瞳をする二人とは反対に、心配そうな表情だった。

 きっと、天馬とフェイから返ってくるであろう言葉に不安を抱いて居るのだろう。

 そんな彼の心配と不安を打ち払う様に、天馬は笑って見せる。

 

「アステリ。俺達も大切なモノを……世界を守る為、一緒に戦いたい」

「えっ」

 

 天馬の返答が意外だったのか、アステリは目を丸くして天馬を見つめた。

 そんなアステリに笑顔を向けながら天馬は言葉を続ける

 

「だから、アステリに力を貸すよ!」

「ボクも。あんな話聞いて放ってなんておけないしね」

「…………本当に、良いの……?」

 

 自分から頼んだくせに、アステリは真剣な表情で天馬とフェイに言った。

 クロトの野望を止めると言う事は、自分達が今いるこの世界とは全く別の【モノクロ世界】に行かなくてはいけない。

 それにクロトは今日戦ったカオスなんて非じゃない程の力を持っている。

 自分の知る限り、クロトは自らの理想の為なら手段を選ばない……非道な奴だ。

 そんな奴に逆らえば……天馬達、人間は殺されてしまうかも知れない。

 ……それでも本当に良いのか……

 命をかけてまで、自分を信じて着いて来てくれるのか……

 

 アステリは天馬とフェイに尋ねた。

 それでも二人の答えは変わらなかった。

 

「大丈夫。覚悟は出来てるよ」

「あぁ。バッチリだよ」

「でも……っ」

「それにこのまま、ここでずっと何もしなさずにいたら……俺、きっと後悔すると思うんだ。だったら、少しでも前に進める道を歩みたい。それで結果的にどこかで倒れたとしても……きっと、何もしないで死ぬよりはマシだと思うんだ」

 

 「それに楽しいが無い世界なんて嫌だし」と天馬は笑って言葉を続けた。

 その笑顔がとても心強く見えて、先ほどまで強張っていたアステリの表情も自然と緩んでいく。

 

――凄いな。この人間は

 

 まだ出会ってから一日も経っていない。

 それでも分かる。彼、『松風天馬』の凄さが。

 試合の時も思ったが……普通「死ぬかも知れない」なんて言葉を聞いたら、どんなに意志の強い人間でも動揺して、すぐに決断するなんて事は出来ないだろう。

 それなのに彼は……まだ中学生だと言うのに、自分の大切なモノを守る為ならば真っすぐ前だけを見つめ、進み続けようとする。

 

――この子なら……クロトの野望も……

 

「? アステリ?」

「! あ、あぁ……ごめん。それじゃあこれからも、よろしくね。天馬、フェイ」

 

 そうアステリは二人の前に右手を差し出す。

 

「あぁ!」

「うんっ」

 

 そう言うと、二人は差し出されたアステリの手に自らの片手を重ねて、笑った。


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