カレンさんとギュンターさんを下ろした建物の窓や庭からマズルフラッシュの凄まじい輝きが見えたのを確認すると、僕はメガネをかけ直してからキャノピーの向こうを睨みつける。
これでアリアを2人の所に誘導する事が出来た。ホワイト・クロックの最上階で兄さんたちとレリエルが睨み合っている時にちょっかいを出されれば、レリエルの眷族のアリアは主君の戦いの邪魔をさせないため、必ず僕たちを追って来る筈だ。吸血鬼はプライドが高い種族らしいからね。
アリアはギュンターさんとカレンさんに任せることにしよう。僕たちは兄さんたちを支援しに行かないといけない。
「ミラ、進路変更を」
(了解!)
ミラは返事をすると、スーパーハインドの操縦桿を倒して機体を旋回させた。キャノピーの向こうに見えていた景色が右側に吹き飛ばされていき、僕たちの目の前に最上階から黒煙が吹き上がるホワイト・クロックが姿を現す。
あの黒煙が発生しているのは突入する時にC4爆弾を使った場所ではなかった。グレネードランチャーか対戦車手榴弾でも使ったんだろうか?
「兄さん。聞こえる? 応答して」
『・・・・・・・・・』
「兄さん? ・・・・・・兄さん、応答して!」
僕は無線機に向かって言ったけど、僕が右手に持っている無線機は黙ったままだった。兄さんの声は全く聞こえない。
まさか、やられてしまったんだろうか?
そんな馬鹿な。だって兄さんは、レベルが100を超えている転生者なんだよ!?
(急ぐよ、シン!)
「ああ!」
ターレットの機関砲の発射スイッチに手を近づけた僕は、ホワイト・クロックの最上階を睨みつける。僕が担当するのは索敵とターレットの砲撃で、ミラが担当するのは機体の操縦と翼に搭載している兵装による攻撃だった。
今スーパーハインドに搭載されている兵装は、対戦車ミサイルとロケットランチャーと大型ライトの3種類だ。翼に搭載されているライトは兄さんたちが装備している紫外線を放つ特殊なライトを大型化したもので、紫外線も強烈になっている。しかもロケット弾とミサイルの中には、兄さんが持って行った対戦車手榴弾と同じく水銀が入っている。
最上階の窓の中で煌めいているのは、恐らくマズルフラッシュの光だろう。まだ戦いは続いているんだ。つまり、兄さんたちは全滅していない。
もしかしたら、無線機が破損しただけなのかもしれない。
「支援準備」
(任せて!)
ターレットの砲口を時計塔の最上階に向け、発射スイッチの近くに用意されているモニターをちらりと見たその時だった。
ホワイト・クロックの真っ白な壁を突き破り、何かが火の粉をまき散らしながら塔の外へと向かって吹っ飛ばされていったのが見えたんだ。黒い服を着ていて、フードにはハーピーの真紅の羽根を付けていた。
レリエルも黒い服を着ているけど、彼のコートにはフードはついていない筈だ。まさか、今吹っ飛ばされていったのは兄さんなのか!?
「兄さんッ!!」
兄さんは回転しながら、そのままホワイト・クロックの近くにある帝都の宮殿へと落下していく。何とかナパーム・モルフォを召喚して彼らに炎を噴射させ、ジェットエンジン代わりにしたみたいだけど、体勢を立て直すのが間に合わなかった兄さんはそのまま宮殿の塔に叩き付けられてしまう。
美しい黄金の装飾がついていた宮殿の塔の天井に大穴が開き、その大穴の中からナパーム・モルフォが放つ橙色の光が見える。
あれが伝説の吸血鬼の力なのか。
僕はメガネをかけ直すと、制服の袖で冷や汗を拭い去った。
「ぐあ・・・・・・・・・!」
何とか激突する前にナパーム・モルフォを召喚し、減速した状態で塔に墜落する事が出来た。あのまま叩き付けられていたら即死してたぞ。
でも、背中には塔の装飾の破片がいくつか突き刺さっているし、左側の肋骨が3本くらい折れてしまっている。レリエルのボディブローを喰らっても内臓がぐちゃぐちゃにならなかったのは、レベルを上げて強化した防御力のステータスのおかげだ。
「ゲホッ・・・・・・」
口から血を吐いた俺は、制服の袖で口元の血を拭い去ってからフィオナのエリクサーを取り出し、中に入っているピンク色の液体を一口だけ飲んだ。普通のエリクサーならば瓶の中身を全て飲み干さなければならないんだけど、フィオナが研究したこのエリクサーは、一口だけで傷を塞いでくれる強力なエリクサーだ。もちろん、肋骨を骨折している状態でもすぐに骨折を治す事が出来る。
俺は傷口の再生が終わる前に、ポケットから端末を取り出した。武器の生産のメニューをタッチし、武器の種類の中から銃を選ぶ。そしてすぐにショットガンと書かれているメニューをタッチした俺は、ずらりと表示されたショットガンの名前の中から『水平二連ソードオフ・ショットガン』を選ぶと、すぐに生産してからカスタマイズを開始する。
使用する散弾を12ゲージではなく8ゲージに変更し、更にその変更した散弾を吸血鬼用に銀の散弾に変更。ホルスターも生産しておくと、俺はすぐにそのソードオフ・ショットガンを装備する。
すると、制服の胸の部分にホルスターに納まった漆黒の水平二連ソードオフ・ショットガンが装備された。大型の撃鉄(ハンマー)が突き出ているせいで、まるで黒いフリントロック式のピストルのように見える。
用意された散弾の数は最初に装填されている2発と、再装填(リロード)5回分の銀の散弾だ。散弾の数は少ないが、接近戦での破壊力はプファイファー・ツェリスカ並みだろう。
「すぐに戻らないと・・・・・・!」
ナパーム・モルフォたちをジェットエンジン代わりにして舞い上がった俺は、炎と火の粉をまき散らしながらホワイト・クロックの最上階を目指して飛び始める。最上階の方からはエミリアがSMG(サブマシンガン)のフルオート射撃をぶっ放す轟音が聞こえてくるから、まだ彼女たちは無事だろう。
左手で早速胸のホルスターから漆黒のソードオフ・ショットガンを引き抜いた俺は、2つの大きな撃鉄(ハンマー)を引きながら上昇していく。
ホワイト・クロックについている巨大な時計を通過した。今の時刻はもう午前1時になっている。この時計の上に、さっき俺たちが戦っていた部屋がある。
壁に向かって銃口を向けていると、真っ白だった壁ではなく、スーパーハインドの攻撃によって粉砕された窓が目の前に出現した。その窓の中では、黒いスーツを身に纏った男とエミリアが戦っているのが見える。
エミリアの頬や手にはかすり傷がいくつも付いていた。フィオナは何度も必死にヒールを発動させ、エミリアが傷を負う度にすぐに塞いでいく。
「レリエルゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
エミリアのバスタードソードを受け止めていたレリエルに向かって叫ぶ。エミリアは俺が銃口をレリエルに向けているのを見た瞬間、すぐに後ろにジャンプして俺の射撃に巻き込まれないようにしたのが見えた。
レリエルは俺の方を振り向き、手に持っていた闇の棘を俺に向かって投擲しようとしたけど、俺はもう既にあいつに銃口を向けていたから、レリエルが棘を投擲するよりも先にトリガーを引く事が出来た。
右側の大きな撃鉄(ハンマー)が潜り込み、まるで.600ニトロエクスプレス弾をぶっ放したような猛烈な轟音が響き渡った。短くなった銃口からレリエルに向かって襲いかかっていったのは、8ゲージの散弾の中から飛び出した銀の散弾たちだった。
12ゲージの散弾よりも大きな散弾たちが割れた窓の中に飛び込んでいくと、対戦車手榴弾に入っていた水銀で抉られていた柱たちを更に削り、跳弾しながらレリエルの肉体を引き裂いた。
銀の散弾に抉られたレリエルの右腕が、闇の棘を握ったまま千切れ飛ぶ。レリエルはやっぱり呻き声を全く上げずに腕を再生させながら、塔の外に殴り飛ばした筈の俺を睨みつけると、左手のレイピアを構えて転生者以上のスピードで突っ込んでくる!
右手ですぐに小太刀を引き抜き、俺はその小太刀を塔の屋根に向かって放り投げた。切っ先が屋根に突き刺さったのを確認してから鞘のスイッチを押し、鞘についているリールがワイヤーを引き込み始める。
「うおッ!!」
何とかレリエルの突撃をワイヤーで上に移動して回避した俺は、そのまま塔の屋根へと上ると、さっきフィオナがC4爆弾で開けた大穴から再び部屋の中に飛び込んだ。
「2人とも、大丈夫か?」
「ああ。大丈夫だ」
『私も大丈夫です!』
エミリアは今のところかすり傷だけ負っているようだ。フィオナはエミリアを魔術で援護していたため、まだ無傷らしい。
俺は中折れ式の水平二連ソードオフ・ショットガンに1発だけ銀の散弾を装填しておくと、窓の外から戻ってきたレリエルに銃口を向ける。
「・・・・・・今まで倒してきた人間よりも強いな」
「そうかよ」
さっき散弾で吹っ飛ばしてやった右腕はもう再生していた。レリエルは左手に持っていた闇の棘を捨てると、銃口を向けている俺を見てニヤリと笑う。
「―――出でよ、ブラック・ファング」
その時、レリエルの周囲にあった影が盛り上がり始め、細長い槍のような形状に変貌していった。あいつはその影で形成されたような槍をそこから引き抜くと、漆黒の刃を俺に向けて構えた。
2mくらいの長さの黒い槍だった。先端部にはサバイバルナイフのような刃がついていて、刃の部分には魔法陣に描かれているような奇妙な紅い記号が刻み込まれているのが見える。
どうやらあの槍がレリエルの本当の武器のようだ。
『ぶ、ブラック・ファング・・・・・・!?』
「フィオナ?」
レリエルが取り出した槍を見た瞬間、フィオナが震え始めた。
『レリエルの祖先の初代クロフォード家当主が、魔神の心臓を貫いたとされている伝説の槍です。レリエルはあの槍で大天使と戦ったんですよ・・・・・・!』
「ほう。私だけでなくこのブラック・ファングも伝説となったか」
フィオナの話を聞いていたレリエルは、笑いながら自分が構えている槍を眺めた。
闇の棘をレイピア代わりにして戦っている状態でも、レリエルはエミリアにかすり傷を付けるほどの実力を持っていた。でも、あいつが使う武器は剣やレイピアではなく、あの槍のようだ。
『兄さん、聞こえる!?』
「信也か!」
『今から支援を開始するよ!』
レリエルを睨みつけていると、無線機から信也の声が聞こえてきた。レリエルの背後にある砕け散った窓の向こうにも、スーパーハインドに搭載されているライトの明かりが見える。
アリアをカレンたちの所に誘導した信也たちが戻ってきてくれたらしい。
「2人とも、外に出るんだ!」
「わ、分かった!」
『了解です!』
俺はソードオフ・ショットガンをすぐに胸のホルスターに戻すと、後ろにある通路に向かって走り出した。通路の奥にも大きな窓があるから、そこを突き破って外に出ればスーパーハインドの攻撃に巻き込まれることはないだろう。
レリエルは俺たちを追いかけて来なかった。ブラック・ファングを持ったまま、割れた窓の向こうに姿を現したスーパーハインドを睨みつけている。
『攻撃開始!』
『いくよッ!!』
そして、スーパーハインドのターレットが猛烈なマズルフラッシュを煌めかせながら23mm弾でレリエルの肉体を引き千切り始めた。更に、翼に搭載されているロケットランチャーと対戦車ミサイルもスーパーハインドを睨みつけているレリエルに向かって放たれ、レリエルの肉体を粉々にしていく。
スーパーハインドのロケットランチャーとあの対戦車ミサイルの中には、俺がさっき放り投げた対戦車手榴弾と同じように吸血鬼用に水銀が入っている。爆風と爆炎だけではなく、爆風で吹き飛ばされた水銀たちも千切れ飛んだレリエルの肉体に襲い掛かり、再生しようとしているレリエルを次々にズタズタにしていく。
そしてその爆風と水銀は、俺たちの方にも襲いかかってきた!
「エミリア、掴まれ!」
「くっ!!」
『行きますよ!』
フィオナが目の前の窓に向かってSaritch308PDWの7.62mm弾を放ち、窓ガラスを木端微塵に粉砕すると、俺はワイヤー付きの小太刀を引き抜きながら、隣を走っているエミリアの手を掴んだ。
そのまま割れた窓から飛び降り、エミリアの手を掴んだまま落下しながら小太刀を壁に向かって放り投げると、鞘のスイッチを押してワイヤーを引き込む。
エミリアは片手でバスタードソードを鞘から引き抜くと、その剣を壁に突き立ててから俺の手を離し、自分の剣に掴まった。
フィオナは自由に空を飛ぶ事が出来る幽霊だから、俺たちのように壁に掴まる必要はない。俺たちの傍らに浮かびながら、頭上の窓から吹き出す爆風と水銀を見上げている。
スーパーハインドから放たれたロケットランチャーや対戦車ミサイルに入れられていた水銀は、俺が持っていた対戦車手榴弾よりも多い。だから水銀が撒き散らされる範囲もかなり広くなっている。
対戦車手榴弾の時のように柱の陰に隠れていようとしていたら、俺たちもあの衝撃波と水銀で引き裂かれていただろう。
窓から噴き出ていた爆風が薄れ始め、代わりに黒煙が窓から出てくるのが見える。そろそろ部屋の中に戻り、再生中のレリエルを追撃した方がいいだろう。レリエルが再生を終える前に戻ろうとしていると、いきなり金属が何本もへし折れるような音が響き渡り、ホワイト・クロックが揺れた。
「な、何だ!?」
「落ちるなよ!」
エミリアにそう言いながら、俺は今の音が何の音なのかを考え始めた。
そう言えば、スーパーハインドのローターの音が聞こえなくなっている。どういう事なんだろうか?
「おい、信也。応答――――」
無線機で信也を呼ぼうとしたその時だった。
俺たちのぶら下がっている壁の近くを、蒼い迷彩模様の戦闘ヘリが地上に向かって落ちていくのが見えたんだ。丸いキャノピーは割られていて、機体の上で回転していたメインローターは何本もへし折られてしまっている。機首のターレットは何かに叩き潰されたようにひしゃげていて、武装をぶら下げていた翼も折れていた。
そのヘリは、信也とミラが乗っていたスーパーハインドだった。