俺の目の前に転がっているのは、喉を引き裂かれた上に首の骨をへし折られた金髪の少女の死体だった。身に着けているのは赤いリボンの付いた白い上着とミニスカートで、純白のマントを纏っているようだ。さっき屋根の上で俺たちを見下ろしていた人影の正体が彼女なんだろう。
ということは、この少女があの店から逃げ出した吸血鬼の奴隷ということなんだろうか。
俺は彼女の死体を見下ろしながら腰の鞘から小太刀を引き抜くと、エミリアの両手と両足に絡みついている漆黒の触手たちを切り落すために彼女の近くへと向かう。
エミリアの両手と両足に絡みついている触手は、路地に置かれている樽の陰から伸びているようだった。これは魔術なんだろうか? 端末で生産できる能力の中に魔術が使えるようになる魔術師という能力があるんだけど、基本的に装備できる能力は1つだけであるため、既にナパーム・モルフォを装備している俺は魔術師の能力を装備したことはなかった。
「力也、すまない・・・・・・」
「気にすんなよ」
微笑みながら彼女の腕に絡みついている触手を小太刀で切り裂こうとしたその時、俺はエミリアが胸に防具をつけていないことに気付いた。どうやらあの吸血鬼に外されたらしい。漆黒のドレスのような制服の胸元も切り裂かれていて、黒いブラジャーに包まれたエミリアの大きな胸が少しだけ見えている。
でも、このままエミリアの胸をじっと見ているわけにはいかない。バレたら絶対に殺されてしまうからな。
「な、何を見ているのだ・・・・・・!?」
「えっ? いや、何も・・・・・・」
顔を真っ赤にしながら問い掛けてくるエミリア。俺も顔を赤くしながら、目を逸らすように小太刀の刃を彼女の腕に絡みついている触手にめり込ませる。すると触手の中から黒い霧のようなものが噴出し、彼女の右腕に絡みついていた触手が静かに消えていく。
次は左手の触手だな。両腕から触手を取り除けば、あとは地面に転がっているバスタードソードを拾い上げて両足の触手を切り裂く事が出来るだろう。
左腕に絡みつく触手に小太刀の刃を向けた瞬間だった。顔を赤くしながら俺の顔を見つめていたエミリアが、俺の背後の方を見ていきなり驚愕したんだ。
彼女が見ている方向にあるのは、さっき倒した吸血鬼の死体の筈だ。
「力也、後ろだッ!!」
「!?」
切り裂こうとしていた触手から慌てて小太刀の刃を引き離し、木立を構えながら俺は慌てて後ろを振り向こうとする。でも、俺が後ろを振り向くよりも先に長い爪の生えた白い腕が小太刀を持っている俺の左手を掴み、そのまま壁に叩き付けてしまう。
左手を掴んだ腕を引き剥がすために右手をその腕に向かって伸ばすけど、もう1本の長い爪の生えた白い腕が俺の右手も掴み、左手と同じように壁に叩き付ける。
その白い腕を伸ばしていたのは、さっき俺が喉を引き裂いて殺した吸血鬼の少女だった。
真っ白な上着の胸元に自分の血をつけながら、その少女がゆっくりと両腕を押さえつけられている俺に顔を近づけてくる。
「り、力也ぁッ!!」
「うふふふっ・・・・・・。この女の子と一緒にいた男の子ね?」
「お前・・・・・・!」
まさか、この吸血鬼は俺たちがこいつの事を調査していることに気付いていたのか?
少女は楽しそうに笑いながら長い舌で自分の口元を舐めると、更に俺に顔を近づけ、俺の右側の頬についていた返り血を舐め取った。その返り血は、さっきこの少女の喉を切り裂いた時に付着した彼女の血だった。
「貴方も美味しそうね・・・・・・」
彼女はそう言いながら俺を押さえつけていた両腕を離した。すぐに小太刀で斬りつけてやろうと思ったんだけど、エミリアを押さえつけている触手が俺の背後の壁からいきなり生え始め、俺の両手と両足に絡みついてしまう。
「ぐっ!」
「ふふふっ。また私を殺すつもり?」
拙い。両手と両足が動かないぞ。
吸血鬼の少女はちらりとエミリアの方を見てから再び俺の方に近づいて来ると、俺が左手に持っている小太刀を奪い取った。俺の小太刀はワイヤーで鞘と繋がっているからワイヤーを引っ張ればすぐに手元に呼び戻す事が出来るんだけど、両腕と両足が触手で押さえつけられている状態ではワイヤーを引っ張ることなんて出来なかった。
俺から奪い取った小太刀を放り投げた彼女は静かに俺に抱き付いて来ると、楽しそうに笑いながら俺の顔を見上げる。
「離れろ・・・・・・!」
「嫌よ。せっかく美味しそうな男の子を捕まえたんだから」
また俺に顔を近づけると、彼女はニヤリと笑った。彼女の口には長い吸血鬼の牙が生えているのが見える。
吸血鬼の少女が、俺の口に自分の唇を近づけてくる。まさか、俺にキスをするつもりなんだろうか?
このままではエミリアの目の前で彼女にキスをされてしまう。でも、触手のせいで両手と両足は全く動かない。
「おい、吸血鬼! や、やめろ・・・・・・!」
「ふふふっ・・・・・・」
彼女に向かって必死に右手を伸ばしながら叫ぶエミリア。でも、彼女の手はこの吸血鬼の少女には届かない。彼女が持っていたアサルトライフルのG36Cは地面に転がっている。
でも腰のホルスターにはハンドガンのUSPが収まっている。エミリアはそれを慌てて引き抜こうとするが、壁から漆黒の触手が再び出現し、ハンドガンを引き抜いたばかりのエミリアの右手に再び絡みつき始める。
「力也ぁッ!!」
「―――大丈夫だ」
俺はエミリアを見つめながらニヤリと笑った。
両手と両足は触手が絡みついているせいで動かない。でも、俺の唇にキスをしようとしているこの少女を引き離すために両腕と両足を動かす必要はなかった。
「―――ぐぅッ!?」
その時、俺に唇を近づけていた吸血鬼の少女が呻き声を上げながら慌てて俺から顔を離すと、俺の体を抱き締めていた両腕を離し、自分の腹を押さえ始めたんだ。
彼女が両手で押さえている腹の周りの上着はいつの間にか焦げていた。肉の焼ける臭いが、真っ白な霧と共に路地を包み込む。
「なっ・・・・・・!?」
「―――いいぞ、ナパーム・モルフォ」
俺は腹を焼き切られて呻き声を上げる吸血鬼の少女を見下ろしながら、彼女を攻撃したナパーム・モルフォを傍らに呼び戻す。霧に包まれた路地の中を照らし出していたランタンの明かりと同じような橙色の輝きが火の粉を散らしながら段々俺に近づいて来るのが見えた。
俺が端末で生産した能力のナパーム・モルフォだ。炎を自由自在に操ることのできる蝶を召喚する事が出来る。
俺はこの蝶に吸血鬼の少女を攻撃させたんだ。だから両腕が触手に押さえつけられている状態でも、彼女を攻撃することは可能だった。
両手と両足に絡みついている触手をナパーム・モルフォに焼き切らせると、俺はワイヤーを掴んで小太刀を引き戻しながら、右手でホルスターの中のミニUZIを引き抜く。この小型SMGに装填されているのは、銀で作られた9mm弾だ。
「―――奴隷の店から逃げた吸血鬼はお前だな?」
「ふふふ・・・・・・。そうよ。あの店から逃げ出したのは・・・・・・私よ」
ナパーム・モルフォに腹を焼き切られた筈の少女は、腹から両手を離しながら言った。身に纏っている白い上着は傷口の周りが焦げたままなんだけど、傷があった筈の場所には彼女の真っ白な肌があるだけだった。焼き切られた傷跡は見当たらない。
これが吸血鬼の再生能力か。
「行け、ナパーム・モルフォ!」
俺の傍らを飛んでいたナパーム・モルフォが燃え上がり、羽根の部分に炎で形成されたブレードを展開する。先ほど少女の腹を焼き切った炎のブレードだ。
火の粉をまき散らしながら、炎のブレードを展開したナパーム・モルフォが傷の再生を終えたばかりの吸血鬼の少女に襲い掛かっていく。少女は再びあの黒い触手を呼び出し、その触手でナパーム・モルフォを叩き落とそうとしたけど、その触手が叩き潰したのはナパーム・モルフォがまき散らす火の粉だけだった。
触手を全て回避したナパーム・モルフォの炎のブレードが、吸血鬼の少女の右肩を焼き切った。少女の呻き声が響き渡り、霧の中で橙色の流星が燃え上がる。
ナパーム・モルフォはすぐに反転すると、傷口を再生しながら触手を操る彼女に向かって急降下し、今度は首筋を切り裂いた。焼けた首筋の肉を片手で押さえながら、少女は必死にナパーム・モルフォを叩き落そうとしている。
「なんという再生能力だ・・・・・・!」
触手に押さえつけられたまま、ナパーム・モルフォが少女の体を次々に焼き切っていく光景を見ていたエミリアが呟いた。
何度もナパーム・モルフォが彼女の体を焼き切っているが、少女はすぐに火傷や傷口を再生させてしまう。あれが吸血鬼の持つ再生能力なんだろう。
やっぱり、あいつらに致命傷を負わせるには銀の弾丸が必要か。
「戻れ!」
「くっ!」
ナパーム・モルフォを呼び戻した俺は、右手のミニUZIの銃口を傷の再生をしている彼女に向けた。
「あら・・・・・・あの時の獲物と同じ武器を持ってるのね」
「なに・・・・・・?」
あの時の獲物だと? まさか、こいつは転生者の血も吸っているのか!?
俺はアイアンサイトの向こう側でニヤリと笑う彼女に向かって、銀の9mm弾が装填されているミニUZIのトリガーを引いた。
路地を包み込む霧を引き裂くかのように、銃口でマズルフラッシュが煌めく。そのマズルフラッシュの中から次々に放たれる銀の9mm弾の群れは、傷の再生を終えたばかりの彼女に襲い掛かると、容赦なく彼女の体に突き刺さった。
ナパーム・モルフォの炎ならばすぐに再生できるだろう。でも、この銀の弾丸のフルオート射撃はどうだ!?
「ぐっ・・・・・・がぁぁっ!?」
「効いている! 力也!」
「ああ!」
銀の弾丸を次々に撃ち込まれ、吸血鬼の少女は風穴を開けられながら苦しみ始めた。真っ白だった彼女の上着は彼女の血で赤くなり、身に纏っていた白いマントは穴だらけになっていく。
空になったマガジンを取り外し、新しいマガジンをグリップの下から押し込む。再装填を終えて照準を合わせようとした瞬間、傷を再生しながら少女が俺に向かって飛び掛かってきた。
「ガァァァァァァァッ!!」
「ぐっ!」
銀の弾丸は効いているようだ。さっきナパーム・モルフォが傷をつけた際はすぐに傷口が再生していたのに、銀の弾丸で開いた風穴はまだ塞がっていない。段々傷口が小さくなっているけど、さっきの火傷よりも再生するのが遅いようだ。
飛び掛かってきた彼女が腕を振り回し、俺の右手のミニUZIを叩き落とす。そのまま反対の手の指から生えている長い爪で俺の胸元を斬りつけると、俺の上にのしかかりながら爪についた俺の血を長い舌で舐め取った。
「やっぱり・・・・・・貴方の血は美味しいわ。他の男の血よりも美味しい!」
彼女は俺にのしかかりながら叫ぶと、吸血鬼の牙の生えた口を開け、俺の首筋に口を近づけてくる。今度は俺から血を吸うつもりなんだろう。
でも、今は彼女に両腕を押さえつけられていない。俺はすぐに左手の小太刀を振り上げて切っ先を彼女の首筋に思い切り突き刺すと、小太刀を彼女に突き刺したまま手を離し、背中からイギリス製ボルトアクション式スナイパーライフルのL42A1を取り出す。
首に刺さった小太刀を引き抜こうとしている彼女の腹をスナイパーライフルの銃口で殴りつけると、そのまま銃口を彼女の腹に押し付け、トリガーを引いた。
「がッ・・・・・・! ま、また銀を・・・・・・!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
すぐにボルトハンドルを引き、彼女の腹に銀の7.62mm弾を連続で叩き込む。トリガーを引き終えてからすぐに手を離してボルトハンドルを掴み、空の薬莢を排出してからまたトリガーを引く。銀の弾丸が彼女の腹を食い破る度に、俺の上にのしかかっている彼女が呻き声を上げながら鮮血を吹き上げた。
マガジンの中の銀の弾丸を全て腹に叩き込まれ、吸血鬼の少女が仰向けに崩れ落ちる。俺はL42A1のマガジンを交換して再装填(リロード)を済ませると、銃口を痙攣しながら地面に転がっている彼女に向けた。
「しぶといな・・・・・・!」
「なっ!? あれだけ銀の弾丸を撃ち込んだのに、まだ再生しているだと!?」
少女の腹には10発も銀の7.62mm弾を叩き込んだ筈だった。でも、10発の弾丸に食い破られた彼女の腹の肋骨が見えるほどの大穴は、段々と再生している。
「痛いわねぇ・・・・・・」
「!」
口から自分の血を垂らしながら吸血鬼の少女がゆっくりと起き上がる。俺はすぐにもう1回トリガーを引き、彼女の頭に銀の7.62mm弾を叩き込んだけど、頭を少し後ろに揺らした彼女はニヤリと笑いながら再び起き上がった。
吸血鬼の弱点は銀の筈だ。9mm弾とスナイパーライフルの7.62mm弾をあんなに叩き込んだというのに、この吸血鬼はまだ死なないらしい。
銀が弱点でない筈はない。銀の弾丸で撃たれた風穴の再生は、ナパーム・モルフォが追わせた傷よりも遅かったんだ。
どういうことなんだ?
少女は笑いながら長い舌で口から垂れた自分の血を舐め取ると、いきなりジャンプして路地の地面から近くの建物の屋根の上に着地すると、風穴だらけのマントを揺らめかせながら別の屋根の上に飛び移り、そのまま走って逃げていく。
「くそ・・・・・・!」
スナイパーライフルを背中に背負い、俺は小太刀でエミリアに絡みついている触手を切り裂きながら無線機に向かって言った。
「こちら力也。吸血鬼の少女を発見した。現在、彼女はホワイト・クロックの方へと屋根の上を移動している。誰か追撃を頼む」
『―――こちらギュンター! 了解だ。任せてくれ、旦那!』
「頼んだぞ、ギュンター!」
どうやらギュンターが追撃に向かってくれるらしい。確かギュンターはカレンと一緒に行動していた筈だから、カレンもあの吸血鬼を追撃してくれるかもしれない。
彼女に絡みついていた漆黒の触手を小太刀で切り裂いた俺は、エミリアの防具とUSPを拾い上げると、バスタードソードとG36Cを拾い上げていた彼女にそれを手渡した。
「すまない、力也・・・・・・。助かった」
「キスはされてないな?」
「あ、当たり前だろうッ! 女同士でキスなんて・・・・・・!」
エミリアは俺から武器を受け取りながら言うと、防具の胸当てを再び装着し、腰の鞘にバスタードソードを収める。
「よし、追撃するぞ」
「ああ」
俺はエミリアの手を握ると、屋根の上に向かってワイヤー付きの小太刀を放り投げた。漆黒の小太刀は回転しながら霧の中で舞い上がると、そのまま建物の上から突き出た煙突に突き刺さる。
小太刀が突き刺さったのを確認した俺は、鞘についているスイッチを押した。すると小太刀から伸びているワイヤーが鞘の上に装着されているリールに引き込まれ始めたんだ。
俺はエミリアの手を握ったままワイヤーを使って2人で屋根の上に上ると、吸血鬼の少女を追撃するため、屋根の上を走り始めた。
私が構えるマークスマンライフルのスコープの向こうで、血まみれの服を着た金髪の少女がすごい速さで屋根の上を走っているのが見えた。きっと、あの少女が吸血鬼なのね。
吸血鬼のスピードはとても速かったけど、私が屋敷の地下の射撃訓練場で毎日やっているレベル10の射撃訓練の的よりも遅いわね。簡単に命中させられるわ。
「当てられるだろ?」
「当たり前よ」
私はマークスマンライフルのSDM-Rのスコープを覗き込んで吸血鬼の少女に照準を合わせながら、隣で腕を組んで彼女を眺めているギュンターに言ったわ。
レベル10の射撃訓練をクリアしているのは、モリガンのメンバーでは私と力也の2人だけなの。
スコープの向こうの吸血鬼の少女が、目の前の建物に飛び移るためにジャンプする。私は彼女が着地する予定の屋根の上に照準を合わせると、すぐにトリガーを引いたわ。
銀で作られた5.56mm弾が霧の向こうで屋根の上に着地しようとする彼女に向かって飛んで行き、屋根の上に彼女が着地した瞬間に襲い掛かった。彼女の右足に5.56mm弾がめり込み、スコープの向こうで吸血鬼の少女が血を流しながら屋根の上から落ちていく。
「さすがだな」
「簡単だったわね。―――行くわよ、ギュンター」
「了解!」
私はマークスマンライフルのバイボットを折り畳むと、SDM-Rを背中に背負ってから腰の鞘からペレット・レイピアとマンゴーシュを引き抜き、ギュンターと2人で吸血鬼の少女を追撃した。