俺とエミリアが2人で調査に向かったのは大通りの向こうにある吸血鬼の奴隷を売っていた店だ。間違いなく3週間前から帝都の人々を襲っているのは、その店から逃げ出した吸血鬼だろう。店員からその吸血鬼の事を聞き出せれば調査がし易くなる筈だ。
でも夜間での調査は出来ないため、日が沈む前にホテルに戻る必要がある。もう午後3時を過ぎているため、今日調査できる時間は2時間くらいになるだろう。
調査中に吸血鬼に襲われる可能性もあるため武器はしっかり装備している。俺の近距離武器はワイヤー付きの小太刀と、93式対物刀を端末でアップグレードした『アンチマテリアルソード』の2つだ。アップグレードは端末がアップデートされた際に追加された機能で、持っているポイントを使って武器を強化する事が出来る。93式対物刀をアップグレードして出来上がったのがアンチマテリアルソードだった。
93式対物刀はブレイザーR93のような銃床を持つ刀だったんだけど、アンチマテリアルソードは、まるでフランス製アンチマテリアルライフルのヘカートⅡのグリップを曲銃床にし、銃身の代わりに真っ直ぐな日本刀の刀身を装着したような外見をしている。93式対物刀はボルトハンドルを引いてから12.7mm弾を再装填(リロード)しなければならなかったんだけど、このアンチマテリアルソードには5発入りのマガジンが装着されているため、ボルトハンドルを引くだけですぐに強烈な斬撃をお見舞いする事が出来る。
しかも装填する弾丸を通常の12.7mm弾から12.7mmキャニスター弾に変更すれば、薬室の中で爆発したキャニスター弾の爆風を刀身の中で斬撃の散弾に変換し、まるでショットガンのように敵に向かってぶっ放す事が出来るようになっている。そのため、照準を付けるためのスコープが装着されている。
俺が装備している近距離武器はその2つだ。銃はイスラエル製
俺の隣を歩いているエミリアの近距離武器は、ヴリシア帝国に出発する前にレベッカの鍛冶屋で購入してきたバスタードソードと、俺が彼女にプレゼントしたチンクエディアだった。どちらも端末で生産した武器ではないためカスタマイズはされていないけど、エミリアにとっては使い易い武器らしい。
彼女が持っている銃はドイツ製アサルトライフルのG36Cと、同じくドイツ製ハンドガンのUSPの2つだ。背中に背負っているG36Cにはホロサイトとフォアグリップを装備していて、ホルスターの中のUSPにはライトとドットサイトを装備している。吸血鬼と戦闘になった場合は、彼女に接近戦を担当してもらい、俺が狙撃で援護する予定になっている。
「あの店か?」
「おそらくそうだろうな」
大通りを広場に向かって歩いていると、銀色の防具を身に着けた2人の騎士が槍を持って警備している店を見つけた。店の窓の向こうには奴隷を入れておくための檻のようなものが見える。
その店の入り口に近づいていくと、入り口に立っていた2人の騎士が俺たちを睨みつけながら槍の先端を向けてきた。
「変わった格好だな。何者だ?」
「モリガンだ。吸血鬼の調査に来た」
「モリガン? 確かに変わった武器を持ってるな。いいぞ、入れ」
やっぱりこの国でもモリガンは有名らしい。
俺は警備をしていた2人の騎士に礼を言うと、エミリアを連れて店の中へと足を踏み入れた。
店の中には、やっぱり奴隷の入った檻がずらりと並んでいた。檻の中に入っているのは人間以外の様々な種族の女性たちで、中には少女もいるようだ。
奴隷の説明をする店員の声や客に買われて檻の中から無理矢理連れ出されるエルフの少女の悲鳴を聞きながら、俺とエミリアは店の奥へと向かった。出来ればこの奴隷たちを全員助けてあげたいけど、俺たちが今引き受けている依頼は吸血鬼を倒す事だ。そのためにはこの店の店員から吸血鬼の奴隷の話を聞かなければならない。
俺は檻の前に立っている店員を見つけると、その店員に声をかけることにした。
「傭兵ギルドのモリガンだ。ここから逃げ出した吸血鬼の奴隷について聞きたいんだが」
「モリガンですか?」
「ああ。騎士団からの依頼でな。――――どんな奴隷だった?」
「はい。金髪の少女でした。外見は16歳か17歳くらいでしたね」
「なるほど」
「抵抗できないように、与えていた食事はパンとスープだけでした。血は全く与えていませんでしたよ。かなり弱っていた筈なんですけどね・・・・・・」
確かに、かなり弱った状態で鉄格子をへし折って逃げられる筈がない。吸血鬼は人間と同じ食べ物を口にするが、主食は血だ。だから血を吸わなければ段々弱っていく。
「その吸血鬼を閉じ込めていた牢屋はまだあるか?」
「はい。まだそのままにしてあります」
「見せてもらいたい」
「かしこまりました。どうぞ」
店員は俺たちを連れて店の奥へと向かって歩き始める。その吸血鬼を閉じ込めていた檻は、店の奥の方にあるらしい。
その檻のある部屋に向かって歩いていると、檻の中で座り込んでいたエルフの少女と目が合った。薄汚れたセミロングの銀髪の少女で、年齢はミラと同じくらいだろう。まるで彼女をあの転生者の屋敷から助け出した時のような姿をしている。
もしここにギュンターが来ていたら、奴隷たちを助けようとしていたかもしれない。
「・・・・・・すまない」
「力也・・・・・・」
俺の事をじっと見つめてくるそのエルフの少女に向かって呟くと、俺は制服のフードをかぶって歩き続けた。
「ここでございます」
「ここか」
店員が俺たちを案内した部屋の中には、鉄格子がへし折られた状態の檻が鎮座していた。反対側にある壁は崩れている。おそらくそこから逃げ出したんだろう。
崩れた壁の外の景色は少し薄暗くなっていた。早く調査を済ませないといけない。
俺は檻の近くでしゃがみ込むと、へし折られた鉄格子を調べ始めた。ハンマーのようなもので殴打されてへし折られたわけではないようだ。ハンマーでへし折ったならば鉄格子が傷ついている筈なんだけど、へし折られて曲がっている鉄格子の表面には何かで叩かれたような傷はない。まるで何かで押し広げたようだ。
吸血鬼の身体能力は当然ながら人間よりも高い。鉄格子を素手でへし折ることは可能かもしれないけど、この中に入っていた吸血鬼の奴隷はかなり衰弱していた筈だ。弱った状態で鉄格子をへし折れるわけがない。
「ん・・・・・・?」
「どうした?」
壁の穴を調べていたエミリアが、俺の後ろにやって来る。
「鉄格子が少し窪んでるぞ」
へし折られた鉄格子の表面は、何ヵ所か窪んでいるようだ。この牢屋の鉄格子を押し広げる時に窪んだんだろう。
「素手でへし折ったのか?」
「馬鹿な。吸血鬼は衰弱してたんだぞ?」
「では、誰かが逃がした?」
窪んだ場所から手を放しながら言うエミリア。でも、この中に入っていた吸血鬼は全く血を与えられていなかった吸血鬼だ。もし誰かが鉄格子をへし折って彼女を助け出したとしても、真っ先に彼女に血を吸われてしまうんじゃないか?
「・・・・・・分からん。ところで、壁の方は?」
「何かで斬られたような傷がある。おそらく魔術だ」
「衰弱した状態でも魔術は使えるのか?」
「魔術を使うには、血液中の魔力を使う必要がある。衰弱した状態でも使えるが、更に弱る羽目になるぞ」
そんな状態では逃げられる筈はないな。
どういう事なんだ? 全く分からないぞ。
俺は立ち上がって壁も確認しようと思ったけど、穴の開いた壁の外の景色は更に暗くなり始めていた。そろそろホテルに戻らなければならない。
「エミリア、そろそろ戻ろう。暗くなってきた」
「そうだな・・・・・・」
俺はポケットの中からメモ帳と鉛筆を取り出してメモを済ませると、店員に礼を言ってから壁の穴から外に出た。
ホテルの部屋の中には、もう他のメンバーたちが集まっていた。一番帰りが遅かったのは俺とエミリアだったらしい。
「遅かったな、旦那」
「すまないな。―――ところで、どうだった?」
「目撃者から話を聞いたんだけど、被害者を襲撃した人影は小柄だったらしいわ」
被害者を襲った人影は小柄だった? 大人ではないということか?
あの店の檻の中に入っていた吸血鬼の奴隷の外見も16歳か17歳だったらしい。やっぱり、被害者を襲った吸血鬼はあの店から逃げ出した吸血鬼の少女だったのか?
「力也たちは?」
「ああ。吸血鬼の奴隷の外見は16歳か17歳で、金髪の少女だったらしい。かなり弱っていたらしいのだが、その吸血鬼の奴隷が入っていた牢屋の鉄格子は素手でへし折られたようだった」
腕を組みながらエミリアが説明してくれた。俺は胸のポケットからメモ用紙を取り出すと、それをエミリアの説明を聞いていたカレンに手渡す。
俺のメモを見たカレンは「確かに、衰弱した状態では逃げられないわね・・・・・・」と呟きながら、そのメモ用紙を近くにやってきたフィオナに渡した。
「そういえば、信也たちはどうだった?」
「被害者はいろんな場所で襲われてたよ。外だけじゃなく、家の中でも襲われたらしい」
「家の中でも?」
(はい。ですから、今夜は部屋を警備した方がいいかもしれません)
家の中でも吸血鬼に襲われたのか。ということは、俺たちも眠っている間に吸血鬼に襲撃される可能性があるということなんだな。
「分かった。今夜は俺とエミリアが警備をしておく」
『私もご一緒します!』
「ふふっ。ああ、ありがとう」
「では、今日の調査はこれで終了だ。出来るだけ部屋から出るなよ」
俺はメンバーにそう言うと、腰のホルスターからミニUZIを引き抜いて後ろに会ったソファに腰を下ろした。
ご主人様が私を逃がしてくれてから、私は何人も人間を襲って血を吸い続けた。あの店の人間共は私に全然血をくれなかったから、ずっとお腹が空いていたわ。
あんなパンとスープを食べても、吸血鬼の主食は血だからお腹が空いたままだったの。お腹がいっぱいにならない上にあまり美味しくなかったから、私はあの牢屋の中で何も食べなかったわ。
でも、ご主人様は私に血をくれた。とても美味しかったわ。
ご主人様のおかげで檻の中から逃げ出す事が出来た私は、人間たちの血を吸い続けたおかげで元の状態に回復していた。人間の騎士が私に襲い掛かってきたとしても、簡単に返り討ちにする事が出来る。
「・・・・・・ごちそうさま」
私は噛みついていた女性の首筋からそっと突き立てていた牙を引き抜くと、傷口の近くについている血を舐め取ってから、自分の口元に残っている血も舐め取る。
そういえば、騎士団の砦の近くのホテルにモリガンっていう傭兵ギルドが宿泊してるみたいね。昼間に街の中を歩いていたけど、私たちの調査をしているのかしら?
あの蒼い髪の女の子の血は美味しそうだったわ。それに、彼女と一緒にいた黒髪の男の子の血も吸ってみたいわね。
明日も私たちの調査をするかもしれないわ。その時に血を吸わせてもらおうかしら?
「ふふふっ。楽しみね・・・・・・」
私はそう呟くと、踵を返してお腹をさすりながら路地裏へと向かって歩き始めた。