フランセン共和国からヴリシア帝国へ向かうためには、ウィルバー海峡と呼ばれる海域を船で移動しなければならない。ウィルバー海峡には様々な魔物が住んでいるため、この海域を航行する船は客船でも必ず武装した上に傭兵や魔術師を乗せることになっているらしい。
でも、この海域の上空には魔物は生息していないため、一部の貴族は移動する際は飛竜に乗って移動するらしい。
魔物が襲撃してきても返り討ちにできるように強力な武装を装備した戦闘ヘリを用意したんだけど、戦闘にならずに帝国まで到着できそうだ。
このスーパーハインドを操縦しているのは、もちろん僕の後ろの座席に座っているミラだ。僕が担当するのはターレットに搭載されている23mm機関砲の射撃と索敵で、ミラが担当するのは操縦とミサイルなどの兵装による攻撃だ。
「ヴリシア帝国到着まであと30分」
無線機を手に取り、僕はこのヘリに乗り込んでいるギルドの仲間たちに報告する。
このヘリが飛び立ったのはフランセン共和国の草原なんだけど、まだ1回も魔物に襲撃されていない。ミラは僕たちの世界の兵器の操縦を楽しんでいるようだけど、僕はさっきから全く出番がない。全く反応のないレーダーを見つめているだけだ。
『了解だ、信也』
後ろの兵員室に乗っている兄さんが無線で返事をしてくれる。
(戦車もかっこいいけど、このヘリもかっこいいなぁ・・・・・・! シン、操縦させてくれてありがとね!)
「あははっ。ヘリも気に入ったの?」
(うん!)
このままだと、ミラもミリオタになっちゃうね。
音響魔術で擬似的に出す声で鼻歌を歌いながらミラは僕の後ろの席で操縦を続ける。僕はキャノピーの向こうの海を見つめながら、彼女の鼻歌を聞いていた。
この鼻歌は、ミラとギュンターさんのお母さんがよく歌っていた子守唄で、2人の両親が亡くなってからはよくギュンターさんに歌ってあげていたらしい。
彼女の鼻歌に聞き入っていたその時だった。僕が眺めていた海原の海面に突然水柱が出現し、大量の海水が空中に向かって吹き上がり始めたんだ。僕は慌てて目の前のレーダーを確認しながらターレットに搭載されている23mm機関砲のGSh-23Lの安全装置を解除すると、機関砲の砲身をその水柱へと向ける。
レーダーには、巨大な赤い点が表示されていた。
(シン、クラーケンよ!)
「く、クラーケン!?」
水柱の中から出現したのは、巨大な吸盤がいくつも付いた非常に太い触手の群れだった。その無数の触手たちを生やしているのは、オルトバルカ王国の海軍で使用されている戦列艦よりも巨大なタコだ。
ウィルバー海峡を航行する船に一番大きな被害を与えているのが、あのクラーケンだった。
どうしよう? かなりサイズが大きいけど、スーパーハインドに搭載されているロケットランチャーや対戦車ミサイルなら倒せるだろうか?
『信也、高度を上げろ』
「りょ、了解! ―――ミラ、高度を上げて!」
(了解!)
兄さんに指示された僕は、すぐにミラにクラーケンの触手に叩き落とされない高度まで上昇するように言いながら、まだターレットの機関砲の照準をクラーケンに合わせていた。
クラーケンがこのスーパーハインドを捕まえようと必死に触手を伸ばしてくるけど、無数の吸盤の付いた触手の群れたちは高い高度を飛んでいるスーパーハインドに触れる事が出来なかった。
『よし、あのクラーケンは無視しよう』
「う、うん」
弾薬は帝国に到着するまで温存するということなんだね。
僕はクラーケンに機関砲の照準を向けるのを止めると、再び水柱を上げながら海の中に戻って行くクラーケンを眺めていた。
(見えてきたよ、シン!)
「あれがサン・クヴァントか・・・・・・!」
ウィルバー海峡をスーパーハインドで越えた僕たちは、1回も発砲しなかった上に無傷のままヴリシア帝国の帝都サン・クヴァントの上空に到着していた。
サン・クヴァントは海の近くにあるヴリシア帝国の帝都で、海の方には海の魔物や敵国の海軍の攻撃から帝都を守るための巨大な防壁がある。港があるのはその防壁の内側のようで、船は水門から出入りするらしい。
帝都の建物は殆どがレンガ造りで、中心にある宮殿の近くにはホワイト・クロックと呼ばれる巨大な白い時計塔がある。
「・・・・・・飛竜が接近してる。騎士団かな?」
帝都を見下ろしていた僕は、レーダーの反応をちらりと見てから呟いた。
帝都の上空を旋回している僕たちのスーパーハインドの近くに飛んできたのは、白い外殻を身に纏った美しい飛竜だった。その飛竜の背中には、銀色の甲冑を身に着けた騎士が乗っている。
「ここは帝都サン・クヴァントだ! 貴様らは何者だ!?」
あの騎士が無線を持っている筈がない。返事をするにはキャノピーを開けて叫び返さないといけなかった。僕はキャノピーを少しだけ開けると、僕は隣を飛んでいる飛竜に乗った騎士に向かって叫んだ。
「ネイリンゲンのモリガンです!」
「モリガン!? 傭兵ギルドか! よく来てくれた!」
帝国でもモリガンは有名なんだね。
「ついて来てくれ!」
騎士はコクピットの僕に叫ぶと、乗っていた飛竜を操って帝都の防壁の近くにある騎士団の砦に向かって高度を落としていく。
あそこに着陸しろって事なんだね。
「ミラ、あの騎士について行って」
(任せて!)
ミラが操縦するスーパーハインドも、防壁の近くにある騎士団の砦に向かって高度を落としていく。
防壁の内側にあった騎士団の砦の外には飛竜の発着場があるらしい。僕たちよりも先に着陸していたさっきの騎士は、飛竜から下りると、その隣にある発着場を指差している。そこに着陸しろって事なんだろうか。
スーパーハインドが案内してくれた騎士の隣の発着場に舞い降りる。僕はキャノピーを開くと、ミラと一緒に発着場に降り立った。後ろの兵員室のハッチも開き、兄さんたちが下りてくる。
「あの乗り物は何だ?」
「飛竜じゃないぞ」
「奇妙な形状だな」
発着場の近くにいた騎士たちが、僕たちの乗ってきたスーパーハインドを眺めながらそう言っている。
僕は端末を取り出してスーパーハインドの装備を解除する。
「き、消えたぞ!」
「な、なんだ!? 魔術か!?」
僕はメガネをかけ直しながら、ミラと一緒に兵員室から下りてきた兄さんたちと合流した。
「2人とも、操縦お疲れ様」
(いえいえ、楽しかったです!)
「あははは」
「あなた方がモリガンですね?」
発着場から砦に向かって歩きながら兄さんたちと話していると、護衛の騎士を引き連れた男性が僕たちを呼び止めた。身に着けている甲冑は他の騎士たちよりも装飾が多く、腰には派手な装飾の付いたバスタードソードを下げている。
おそらく、この人が砦の指揮官なんだろう。
「ええ、そうです」
「お待ちしておりました。砦の外にホテルを用意しております」
「助かります」
「ついて来てください」
その指揮官は護衛の騎士を2人引き連れながら、砦の外へと向かって歩き出した。どうやら僕たちのためにホテルを用意してくれているらしい。
僕は指揮官の後について行く兄さんたちと一緒に、砦の外を目指した。
帝都サン・クヴァントの街の中に建っている建物は、殆どレンガ造りの立派な建物ばかりだった。木造の建物もいくつかあるけど、その木造の建物は家の庭にある物置や馬小屋くらいだ。
大通りの地面もしっかり白いレンガで覆われている。大通りの左右には街路樹と街灯がいくつもあって、大通りの真ん中を馬車が何台も走っていく。
そんな立派な通りを歩いていると、騎士団の指揮官がホテルの看板の前で立ち止まった。
「こちらです」
「本当にありがとうございます。・・・・・・ところで、吸血鬼の話を聞きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ええ、構いません」
「・・・・・・よし。俺は吸血鬼の話を聞いてから行く。カレン、みんなを連れて部屋に行っててくれ」
「分かったわ。行きましょう」
兄さんとエミリアさんは宿屋の前に残り、騎士団の指揮官から吸血鬼の情報を聞いてから部屋に来るらしい。
僕たちはカレンさんたちとホテルの入口のドアを開けると、先に部屋に向かうことにした。
「吸血鬼が人を襲い始めたのは、3週間前らしい」
騎士団が用意してくれた豪華なホテルの一室で、俺は仲間たちに吸血鬼の情報を話し始めた。
「帝都の西側にある広場に奴隷を販売している店があるんだが、そこで1人だけ吸血鬼の奴隷を売っていたらしいんだ」
『吸血鬼の奴隷ですか?』
「ああ」
大昔に伝説の吸血鬼と言われたレリエル・クロフォードという吸血鬼が大天使に倒されてから、この世界に生息していた吸血鬼たちは勇者たちによって次々に倒されているため、生き残っている吸血鬼は非常に少ないらしい。
「3週間前にそこから吸血鬼の奴隷が逃げ出している。おそらく、人々を襲撃しているのはその逃げ出した吸血鬼だろう。その店の店員の話だと、抵抗できないように血は全く与えていなかったらしい。だからその吸血鬼は痩せ細っていて、逃げられる筈はないって言っていたらしいんだが・・・・・・・・・」
吸血鬼も人間と同じ食べ物を食べるが、彼らの主食は血だ。だからパンやスープを食べていても、血を吸わなければ痩せ細っていく。奴隷を売っていたその店の吸血鬼の奴隷も、血を全く与えていなかったと店員は言っていたらしいんだけど、痩せ細った状態でどうやって逃げたんだろうか?
牢屋の鉄格子はへし折られていて、その部屋の壁には大穴が開いていたらしいんだ。
「それと、その吸血鬼の奴隷が逃げ出した日に、屋根の上で2人の少年の死体が見つかっている。2人とも腹に何かで貫かれたような大穴が開いていて、片方の犠牲者の首筋には噛みつかれたような傷跡があったらしい。おそらく、吸血鬼が血を吸って行ったんだろう」
だが、その吸血鬼は長い間血を与えられていなかったためかなり痩せ細り、衰弱した状態だったらしい。そんな状態で鉄格子をへし折り、壁に大穴を開けて逃げ出せるのか?
その店も調べた方がいいかもしれない。
「まず、この作戦は2つの段階に分ける。第一段階は調査だ。目撃者や被害者が襲われた場所を調査して、吸血鬼についての情報を集める。吸血鬼が襲撃してくる可能性もあるため、一応武器は持って行くように。そして第二段階は吸血鬼の撃破だ。こっちはいつもの装備でいい。――――ただし、どちらの段階でも夜間での行動は厳禁だ。吸血鬼は日光が苦手だからな。弱点が減った状態では危険だ」
調査で持って行く武器は軽装で十分だろう。でも、調査中に吸血鬼に襲撃される可能性もあるから、吸血鬼と戦えるように火力の高い武器が望ましいだろう。第二段階ではいつも通りの重装備で問題ない筈だ。
俺はさっき騎士団の指揮官から貰った聖水の入った瓶を仲間たちに渡すと、作戦の説明を続ける。
「まず、俺とエミリアで奴隷を売っていた店を調査する。カレンとギュンターは目撃者から話を聞いてくれ。信也とミラとフィオナは被害者が襲われた場所を調査するんだ」
信也たちとフィオナを一緒にしたのは、もし彼らが襲撃された場合にすぐ魔術で治療してもらえるからだ。戦闘中にエリクサーの瓶を割られてしまう可能性もあるからな。
何度も依頼で敵と戦っている俺たちならば問題ないと思うが、信也とミラはまだ実戦を経験した回数が少ない。
「質問は無いか?」
「大丈夫だ」
「うん、質問はないよ」
「よし。作戦開始だ」
俺は椅子から立ち上がると、端末を取り出して調査に持って行く武器を次々に装備してから仲間たちに渡し始めた。
この作戦で相手になるのは吸血鬼だ。この世界に転生してからまだ一度も戦ったことはない。
間違いなく吸血鬼は強敵だろう。転生者よりも手強いかもしれない。
もしかしたらレベルを上げた状態の俺でも苦戦するかもしれない。でも、俺は隣にいる蒼い髪の少女をちらりと見てから、その不安をすぐに消し飛ばした。
「行こうぜ、エミリア」
「ああ」
俺は彼女を連れて部屋の外に出ると、仲間たちが部屋から出たのを確認してからドアに鍵をかけた。