異世界で転生者が現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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吸血鬼と黒き槍

 

 かつて私が眷族たちを率いて襲撃してきた時は、もっと木造の建物が多かった。あの時はレンガで造られていた建物はあのホワイト・クロックだけだった筈なのだが、今では街の建物の大半がレンガ造りの立派な家になっている。未だに木造の建物があるのは、家の庭にある物置や馬小屋か、スラムにあるボロボロの家だけだった。

 

 私は衰弱している同族を背負いながら、レンガ造りの建物の屋根の上を駆け抜けていた。先ほど奴隷を販売していた店からは離れている筈だが、背後からはまだ慌てて私を追っている警備兵たちの怒声が聞こえてくる。

 

 ひとまず、彼女を連れて警備兵から逃げ切ろう。彼女に私の血を与えてあるが、まだ彼女は衰弱している。歩く度にふらつくほど弱っているのだから、戦えるわけがない。

 

 黒煙を吐き出す煙突の群れを躱しながら、私は屋根の上を走っていく。下の通りで買い物をする通行人たちの声が段々と追手の怒声を飲み込んでいき、彼らの声が完全に聞こえなくなっていく。

 

 もう追手は来ないだろう。私はもう一度背後を確認すると、背負っていた少女を煙突の陰に静かに下ろした。

 

「あ、ありがとうございます・・・・・・」

 

「気にするな。数少ない同族だからな」

 

 私は微笑みながら、痩せ細った少女を見下ろした。

 

 今は昼間だが、彼女を下ろしたのは煙突の陰だ。だから彼女には日光は当たっていない。個人差はあるが吸血鬼は皆日光を苦手とするのだ。私には日光が当たっているが、私の場合は身体能力が多少下がる程度で済むため、日光に当たらないように心掛ける必要はない。

 

「日光に当たっても・・・・・・大丈夫なんですか・・・・・・?」

 

「ああ」

 

「・・・・・・強い吸血鬼なんですね・・・・・・」

 

 そう言いながら彼女は笑った。長い間血を吸っていないせいで体は痩せ細っていて、金髪も薄汚れてしまっていたが、その笑顔はとても美しい笑顔に見えた。

 

 もっと血を吸えば彼女は元の状態に戻る事が出来るだろう。だが、今の彼女は弱ってしまっている。まずは私の血を更に与え、動けるようにしてやらなければならない。

 

「私、アリアっていいます・・・・・・。あの、あなたのお名前は・・・・・・?」

 

「私か?」

 

 私は先ほど彼女に血を与えたように、指先を噛み切るために右手の人差指を牙へと近づけていく。

 

「私の名は――――」

 

 私の名を訪ねてきた吸血鬼の少女に、私の名を明かそうとしたその時だった。

 

 猛烈な衝撃が私の右側の側頭部を突き飛ばし、私の頭がぐらりと揺れた。遠距離から攻撃されたらしい。魔術なのか? だが、魔力は特に感じなかった。この攻撃は何だ?

 

 私の頭を襲った攻撃の正体について考察していると、攻撃が飛来した方向からあの時屋敷で聞いたような凄まじい轟音が聞こえてきた。

 

 そうか。私の頭を貫いたこの一撃は、あの男たちが持っていた武器か!

 

 私の屋敷を襲撃してきた男たちが持っていた、あの轟音を発するクロスボウのような武器。それが私の頭に向かって放たれたに違いない。

 

「!」

 

「―――心配するな」

 

 頭を吹き飛ばされかけた私を見て絶叫しようとしているアリアにそう言いながら、私は頭に開けられた大きな穴の修復を始めつつ攻撃が飛来した方向を睨みつけた。

 

 私の場合は、日光に当たっていると身体能力が多少下がってしまう。それは傷を再生する能力も低下してしまうため、今の私の傷が塞がる速度は、屋敷で戦っていた時よりも遅かった。

 

 攻撃の飛来した場所を確認する直前に、再び轟音が屋根の上に響き渡り、私の頭に攻撃が直撃する。しかも命中したのは、先ほどの攻撃で穴をあけられた傷口だ。

 

「む・・・・・・。いい腕だな」

 

 優秀な武器を持っている上に、私を攻撃している奴は腕のいい奴だ。敵は私の頭に攻撃を何度も命中させ続け、私に傷の修復を許すつもりはないらしい。

 

 私は頭の傷を修復させようとするが、更に敵は私の傷口に攻撃を直撃させて来る。またしても傷口が大きくなり私の頭が揺れる。

 

「―――バッド・ウォール」

 

 おそらく、そろそろまた私の頭に攻撃が直撃するだろう。私はまたしても詠唱せずに魔術を発動させ、次の一撃を防御することにした。

 

 バッド・ウォールは、闇属性の魔術の1つだ。自分の影から無数の蝙蝠たちを出現させ、その蝙蝠たちを盾にする防御用の魔術である。

 

 発動させた瞬間、私の影が先ほど壁を破壊したダークネス・ウィップのように盛り上がると、そのまま無数の蝙蝠に分裂し、私の目の前に漆黒の蝙蝠たちで形成された壁が出来上がった。

 

 その無数の蝙蝠たちの壁に、3回も私の頭に直撃した敵の攻撃が命中する。だが、今度はその攻撃が私の傷口を広げるようなことはない。

 

 すぐに蝙蝠たちを消滅させ、私は攻撃が飛来してくる方向を確認する。

 

 おそらくあの攻撃が飛来してくるのは――――300mほど離れた屋根の上だろう。煙突の陰に誰かが隠れているのが見える。その手に持っているのは、やはり屋敷を襲撃してきた男たちが持っていたような武器だった。

 

 あれを手に入れることは出来ないだろうか?

 

「―――マジかよ。頭に3発も弾丸を叩き込まれたんだぜ?」

 

「・・・・・・」

 

 声が聞こえたのは背後からだった。

 

 振り返ってみると、いつの間にか私の背後に少年が立っていた。右手には刀を持っていて、左手には小型のクロスボウのような武器を持っている。おそらく左手の武器も、轟音を発するあの飛び道具と同じなのだろう。

 

「動くなよ、吸血鬼。また狙撃手に頭を撃たれたくないだろ?」

 

「・・・・・・貴様らの使っているその轟音を発する飛び道具は・・・何だ?」

 

「ああ? 銃のことか?」

 

「銃というのか・・・・・・。なるほど」

 

 私は後ろを振り向くと、背後に立っていた少年を睨みつけた。

 

「どこで手に入れた?」

 

「教えられないな。・・・・・・教えても、お前はここで死ぬんだからよ」

 

 少年が左手の銃を私に向け、ニヤリと笑う。

 

 この少年も屋敷を襲撃してきた奴らの仲間なのだろうか?

 

「だから死ねよ、吸血鬼ッ!!」

 

 銃を私に向けた少年が、私に向かって銃の引き金を何度も引いた。先ほどの攻撃でも死ななかったのを見ていたから、私を1発で仕留めることは出来ないと知っていたのだろう。銃から放たれた物が私の胸にめり込み、いくつも風穴を開けていく。

 

「まったく・・・・・・。この女は返してもらうぜ。商品だからさ」

 

「い、嫌ッ・・・・・・! やめて・・・・・・!!」

 

「うるせえんだよ、吸血鬼が。てめえはもう奴隷なんだ。黙って買われちまえよ。――――でも、こんな痩せた気色悪いカスを買う奴なんているのか? ハハハハッ」

 

 少年は私が煙突の陰に下ろしておいた少女の髪を掴むと、無理矢理アリアを立たせようとする。彼女は叫びながら腕を振り回して抵抗するが、衰弱している状態の彼女ではあの少年から逃げるのは不可能だった。

 

「――――おい、少年」

 

「あ?」

 

 傷口を再生させながら、私はアリアを連れて行こうとしている少年を睨みつけた。

 

「―――その子を離せ」

 

「うるせえ」

 

 左手の銃から何かの部品を取り外し、新しく部品を取り付け直しながらその少年は私を見下ろした。

 

 彼女をあの店に連れ戻すつもりだ。おそらくこの少年と先ほど私の頭を狙ってきた奴を雇ったのは、あの店の店長なのだろう。

 

 私が大天使に封印されてから、世界中の吸血鬼たちは次々に人間たちによって殺されていった。今では数がかなり減ってしまい、吸血鬼は非常に珍しい種族になっているらしい。

 

 その吸血鬼の奴隷なのだから、間違いなく高値で売れるだろう。奴隷を売る者としては絶対に手放したくない商品だ。

 

「―――人間共が、ふざけおって」

 

「あ?」

 

 まずこの少年に、吸血鬼の恐ろしさを教えてやろう。

 

「何睨んでんだよ。死ね」

 

「黙れ、人間が」

 

 久しぶりにあの槍を使ってみるとするか。今の私には1人も眷族がいないが、私がクロフォード家に生まれた吸血鬼として受け継いだあの漆黒の槍は、まだ残っている筈だ。

 

 かつて帝国を眷族たちと共に侵略した際、数多の騎士たちを貫き、赤黒く汚れた私の槍だ。

 

「――――出でよ、ブラック・ファング」

 

 その時、またしても私の影が盛り上がった。その影は盛り上がりながら細長い槍のような形状に変わっていくと、そのまま影の中から引き抜かれ、宙を舞いながら私の目の前へと舞い降りる。

 

 やはり、この槍を召喚することは可能だった。

 

 かつて初代クロフォード家当主が、魔神の心臓を貫いたとされる漆黒の槍。眷族をすべて失っても、この槍は私の手元に残っていた。

 

「な、なんだ・・・・・・!?」

 

「あの槍・・・・・・!」

 

 私が召喚したブラック・ファングをじっと見つめながら、アリアが驚愕する。

 

 そういえば、彼女にはまだ私の名を名乗っていなかった。だが、彼女もこの槍とその持ち主の名を知っているだろう。

 

 少年が左手の銃を私に向けてくるが、私はすぐに重心を低くしながら前傾姿勢になり、彼が銃から放った攻撃を潜り抜けるように回避していた。少年は攻撃を回避されたことに驚きながら再び銃を私に向けてくるが、私は既に少年をこの槍で貫く事が出来る間合いまで接近していた。もし銃を撃ったとしても、私を倒すことは出来ないだろう。

 

 少年が慌てて銃の攻撃を放とうとするが―――彼が発射するための引き金を引くよりも先に、私のブラック・ファングの先端が少年の腹に突き立てられていた。

 

「ふんッ!」

 

「ガッ・・・・・・!!」

 

 槍の先端部が少年の内臓と背骨を粉砕し、少年の肉体を貫通する。彼は口から血を吐きながら私にまだ銃を向けてきたが、腹を槍で貫かれた状態で人間が反撃できるわけがない。彼はそのまま左手から銃を落とすと、呻き声を上げながら動かなくなった。

 

 全く勝負にならなかった。

 

「む・・・・・・」

 

 少年を蹴飛ばして強引に槍を引き抜いた瞬間、私の背中にもう1人の敵の攻撃がめり込んだ。彼の攻撃は私の左側の肩甲骨を粉砕し、そのまま肩の骨を粉砕しながら私の左肩を貫通する。

 

「まだ敵が・・・・・・!」

 

「心配するな、アリア」

 

 私はニヤリと笑いながら、私を狙撃している敵を睨みつけた。

 

「あれは敵ではない」

 

 煙突の陰に隠れている彼女にそう言いながら、私はブラック・ファングの先端部を遠距離の敵へと向ける。

 

 普通の槍ならば狙撃している敵まで全く届かない。だが、この槍は吸血鬼の一族であるクロフォード家の当主たちに引き継がれてきた伝説の槍だ。しかも、魔神の心臓を貫いて殺した槍なのだ。

 

 槍の柄をしっかり握り、私は体内の魔力をこの漆黒の槍に流し込み始めた。すると、少年の血が付着した槍の先端部が変形を始め――――凄まじい速度で槍が伸び始めたのだ。

 

 このブラック・ファングは、魔力を流し込むと自由自在に長さを変えられるという特徴がある。私を攻撃していた敵は私から300mほど離れているのだが、このブラック・ファングならば簡単に遠距離の敵を貫く事が出来る。

 

 一瞬で私を狙撃していた敵の元まで伸びた槍の先端部が、逃げようとした敵の脇腹を貫いた。私はすぐに槍を引き戻し、先端部で敵を貫いたまま召喚した時の長さまで縮め始める。

 

「ぐっ・・・・・・!」

 

 敵を貫いたまま槍の長さを元に戻したため、縮んできた先端部に貫かれた男が槍に引っ張られ、私の立っている屋根の上まで引きずられて来る。私はこの男も先ほどの少年と同じように強引に蹴飛ばして脇腹から槍を引き抜くと、大穴の開いた脇腹を押さえながら屋根の上を転がり始めたその男を、アリアの隠れている煙突の近くまで蹴飛ばした。

 

「――――アリアよ。腹が空いているだろう?」

 

「え・・・・・・?」

 

 アリアは驚きながら私を見つめると、足元で呻き声を上げている男を見下ろした。

 

 吸血鬼は人間と同じ食べ物を口にするが、主食は血だ。アリアが衰弱した原因は、人間に逆らえないように血を与えられなかったからだった。

 

 きっと腹が空いているだろう。あんな奴隷に食わせるようなパンとスープで満腹になる筈がない。

 

 アリアは呻き声を上げている男の近くまで這って行くと、そっと口を開けた。彼女の口の中には、私と同じく吸血鬼の牙が生えている。

 

 彼女がその男から血を吸うために首筋に牙を突き立てた瞬間、男の呻き声が断末魔に変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――お会いできて光栄です、レリエル・クロフォード様」

 

 ボロボロの服の上に私のコートを羽織りながら、あの人間から血を吸い終えたアリアが私の目の前で跪く。彼女の背後に転がっているのは、血を全て吸い尽くされた男の死体だ。

 

 先ほどまで痩せ細っていたアリアの体は、人間の血を吸った影響で回復しているようだった。だが、まだ少し痩せている。元の状態まで回復させるには、もっと人間の血を吸う必要があるだろう。

 

「大天使に倒されたと聞きましたが、生き残っておられたのですね?」

 

「いや。私は大天使に倒され、封印されていたのだ」

 

 だが、封印はもう解けている。

 

「―――レリエル様。お願いがございます」

 

「何だ?」

 

「私を、レリエル様の眷族にして頂きたいのです」

 

 私の眷族になりたいだと?

 

 確かに、今の私には眷族はいない。かつて私が従えていた眷族は全て殺されてしまっている。

 

「―――いいだろう、アリア。貴様を私の眷族にしてやる」

 

「ありがとうございます、レリエル様」

 

 これで吸血鬼の生き残りという強力な眷族が1人か。私は跪いているアリアに「立て、アリア」と言うと、立ち上がった彼女を見つめた。

 

 彼女も日光を浴びても身体能力が低下する程度で済むらしい。日の光に照らされ、彼女の長い金髪が煌めく。

 

「まず、貴様を回復させなければならん。それに、いつまでも奴隷の服を着ているわけにはいくまい」

 

 今の彼女が身に着けているのは、私のコートの上着とボロボロの奴隷の服だ。吸血鬼の生き残りにそんな格好をさせたままにするわけにはいかない。

 

 他に生き残っている吸血鬼たちも集めたいが、まずは彼女のために服を手に入れ、衰弱した私の眷族を回復させてやらなければならない。

 

「ついてこい、アリア」

 

「はい、レリエル様」

 

 まだ生き残っている吸血鬼たちはいるだろう。アリアを回復させたら彼らを探し出し、彼らと共にこの世界を再び支配するつもりだ。

 

 私は眷族となったアリアを従え、屋根の上を歩き出した。

 

 

 

 


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