私は何年封印されていたのだろうか?
私の屋敷に侵入してきた者の死体を屋敷の中へと引きずりながら、私は考えていた。私は確かにあの時大天使に心臓を剣で貫かれ、封印された筈だ。先ほど何とか目を覚ます事が出来たが、封印されてから何年が経過しているのだろうか?
「それにしても、変わった武器を持っているものだ・・・・・・」
屋敷を襲撃してきた男たちの持っていた武器は、見たことのない武器だった。凄まじい轟音を発し、私に向かって何かを飛ばしてくるのである。クロスボウやボウガンではないようだ。私の封印されている間に開発された新しい武器というわけか。
私の首を吹き飛ばす破壊力を持っているとは、素晴らしい。
だが、その凄まじい破壊力の武器は、この男たちの息の根を止めた瞬間に消滅してしまっている。魔術だろうか?
「・・・・・・ふむ」
屋敷の外で仕留めた男を屋敷の1階に引きずり込んだ私は、崩れ落ちている階段を飛び越えて踊り場に着地し、そのまま2階へと飛び上がる。
それにしても、久しぶりに人間の血を吸ったものだ。変わった味の血だったが、悪くなかった。
口の周りについていた血を舐め取った私は、そのまま埃だらけの廊下を歩き、自室に使っていた部屋へと向かう。外出の支度をするためだ。
私の自室にも大量の埃が溜まっていた。床や壁は埃で灰色になっており、天井には巨大な埃まみれの蜘蛛の巣が出来上がっている。シャンデリアは床に落下して残骸と化しており、窓ガラスはすべて割れていた。
封印される前ならば眷族共に命令して掃除させたのだが、私の眷族たちは封印されている間に殲滅されてしまったらしい。何回か呼び出そうとしたのだが、反応がない。
大天使め。眷族まで滅ぼすとは。
「む・・・・・・」
クローゼットの中に入れておいた私の服は、既にボロボロになっていた。眷族や魔物を率いて帝国を滅ぼした時に身に纏っていたお気に入りのマントには大穴が開いてしまっている。
どうやらこの黒いコート以外は着れないようだ。
「なんということだ・・・・・・」
仕方がない。私が何年封印されていたかを調べるついでに、街で手に入れてくるとしよう。
私はため息をつきながら部屋の中の宝箱へと向かった。あの侵入者たち以外にこの屋敷に入ってきたものは存在しない。だから、下種な盗賊共に私の財宝は盗まれていない筈だ。
「・・・・・・」
埃まみれの宝箱の中に入っていたのは、古い金貨の山だった。帝国を滅ぼした際に奪ってきた皇帝の王冠も残っているが、埃まみれになっている。かつてこれが当時の皇帝の頭に乗っていた王冠とは思えない。
私はその埃まみれの金属の山の中からまだ使えそうな金貨を何枚か抜き取ると、埃臭い宝箱の扉を閉じ、自室を後にした。
踊り場から1階まで飛び降り、蹴破られてドアが破壊された玄関から屋敷の外に出る。
ここはヴリシア帝国の北部だから、このまま森の中を南の方に向かえば帝都サン・クヴァントがある筈だ。
私は星空の中の満月を見上げると、かつて私が滅ぼした帝国の帝都へと向かって歩き出した。
ヴリシア帝国の帝都サン・クヴァントの街並みは、私が眷族たちを率いて攻め込んだ時とかなり変わっていたが、中央にある宮殿の近くにそびえ立つ『ホワイト・クロック』と呼ばれる白い巨大な時計塔は変わっていない。
この帝都を攻撃した時も、あの美しい時計塔は傷つけるなと眷族たちに命令したものだ。
レンガで舗装された通りを歩きながら、私は街の中を見渡していた。魔術の技術は私が世界を支配していた時代よりもかなり発展しているらしい。だが、街の中を警備している騎士たちの持つ武器は昔と変わらず、剣や槍のようだ。
あの凄まじい音がする飛び道具は使わないのだろうか?
「む・・・・・・。あれは鍛冶屋か」
剣や鎧が並んでいる店を見つけた私は、その店の方へと向かった。もしかすると屋敷に侵入してきた男たちが持っていたあの飛び道具を売っているかもしれない。もし売っているのならば手に入れたいところだ。
「いらっしゃいませ」
「店主。大きな音のするクロスボウのような飛び道具はあるか?」
私は店の中から出てきた坊主頭の中年の男に尋ねたが、男は「大きな音のする飛び道具ですか・・・・・・?」と首を傾げている。
あの飛び道具の事を知らないのか? ここは帝都サン・クヴァントだぞ。帝都の大きな鍛冶屋であの飛び道具を売っていないわけがないだろう。
「お客様。ボウガンでしたら販売しておりますが、そのような大きな音のする飛び道具は取り扱っておりません」
「何だと?」
売っていないのか?
私は店の中に並んでいる数々の武器を見渡してみたが、確かに売られている武器の中にあの男たちが使っていた飛び道具は並んでいない。ならば、あれは他の国の技術で作られた物なのか?
残念だな。売られているのならば手に入れたかったのだが、仕方がない。
「では、どこで売っているかは知らないか?」
「申し訳ありませんが・・・・・・分かりません」
「ふむ・・・・・・分かった」
私は店主にそう言うと、鍛冶屋を後にした。
あの侵入者たちはあの武器をどこで手に入れたのだろうか? 血を吸って殺す前に問い掛けておけば良かった。
あの飛び道具は素晴らしかった。もし手に入れる事が出来たら、従えた眷族たちに装備させたいところだ。そうすれば再びこの世界を支配することもできるだろう。
だが、今の私は1人だけだ。私と共に戦った眷族たちは、大天使によって全滅させられてしまっている。だから、また眷族たちを集め直さなければならない。
封印される前の事を思い出しながら王都の大通りを歩いていると、私の周囲に並んでいた筈の露店が見えなくなっていた。いつの間にか広場に出ていたらしい。
「奴隷はいかがでしょうか!?」
「ふん。奴隷か・・・・・・」
広場にある大きな建物の入口の前で叫ぶ小柄な男をちらりと見てから、私はため息をついた。私が封印される前も奴隷を売る者は存在していたのだ。
「なんと今日は、珍しい吸血鬼の奴隷も販売しております!」
「・・・・・・なに?」
吸血鬼の奴隷だと?
なんということだ。同族が人間共に囚われ、奴隷にされているというのか。
この広場から立ち去ろうとしていた私はすぐに踵を返すと、その店へと向かって歩き出した。店の前で大声を出していた男が「いらっしゃい!」と私に言うが、私は返事をせずにそのまま店のドアを開けると、中に足を踏み入れる。
店の中にはいくつも牢屋が並んでいた。その中に入っているのはボロボロの服を身に着けた様々な種族の奴隷たちだ。ハイエルフやダークエルフだけでなく、オークやドワーフの奴隷も売られている。
だが、その中に私の同族は見当たらない。もう買われてしまったのか?
「お客様、どのような奴隷をお探しでしょうか?」
「吸血鬼の奴隷がいると聞いた。どれだ?」
「はい、こちらでございます」
私は檻の中を眺めながら店員の後について行った。
鉄格子の向こうでは、奴隷たちが鎖で牢屋の中につながれている。しかも牢屋の中で売られているのは、男性よりも女性の奴隷が多い。中にはまだ10代と思われる少女の奴隷もいるようだ。
「お客様、この奴隷でございます」
「これか」
私の目の前の牢屋の中には、他の奴隷たちと同じようなボロボロの服を着た金髪の少女が座り込んでいた。見た目は16歳ほどの少女だが、おそらく100年くらいは生きているのだろう。
少女は両手に手枷を付けられ、鎖で牢屋の中に繋がれたまま俯いている。彼女の体内を流れている魔力は間違いなく吸血鬼の魔力だが、かなり弱っているようだ。血を吸っていないせいで手足がかなり痩せ細っている。
「・・・・・・この奴隷と話がしたい。席を外してもらえるか?」
「しかし、危険です。弱っているとはいえこの女は吸血鬼なんですよ? もしお客様が血を吸われてしまったら――――」
「――――やかましい。席を外せ」
私は店員を睨みつけながら低い声でそう言った。店員は裏返った声で「か、かしこまりました!」と叫ぶと、慌てて檻の前から離れていく。
ため息をつくと、私は檻の前にしゃがみ込み、檻の中の少女を見つめた。
「・・・・・・食事はパンとスープだけか。可哀想に」
檻の中の少女に与えられている食事はパンとスープだけのようだった。確かに吸血鬼も人間と同じ物を食べるが、我々の主食は血だ。血を吸わなければ弱っていくだけである。
この店の奴らが彼女に血を与えていないのは、抵抗できないように弱らせておくためなのだろう。
私は鉄格子の間から少女の前に置かれているスープの皿に手を伸ばすと、少女が全く口を付けていなかったスープを床に捨てた。彼女にはこんな奴隷に飲ませるための不味いスープよりも、血を与えるべきだろう。
私は右手の指を自分の口に近づけると、口の中にある吸血鬼の牙で指先を噛み切り、空になった皿の上に私の血を注ぎ込んだ。傷口を再生させた私は、再び鉄格子の隙間から手を伸ばし、血の入った皿を少女の前に置く。
「――――そっちの方がいいだろう」
「・・・・・・!」
少女は顔を上げると、手枷で繋がれた両手で皿を持ち上げ、私の血を一気に飲み干した。やはり長い間血を吸っていなかったようだ。
「この味・・・・・・普通の人間の血じゃない・・・・・・」
口元についていた血を舌で舐め取った少女は、牢屋の前でしゃがみ込んでいる私を見上げた。
「吸血鬼の血・・・・・・? あなたは人間じゃないの・・・・・・?」
「私もお前と同じだ」
封印される前に何度か私も吸血鬼の血を吸ったことがある。吸血鬼の血の味は、血液中の魔力の量が人間よりもはるかに多いせいで全く違う味なのだ。
「―――どうして奴隷にされた?」
「・・・・・・・・・勇者に襲撃されたのよ」
「勇者だと?」
「ええ。伝説のレリエル・クロフォード様が大天使に倒されて、吸血鬼たちの戦力はかなり減ってしまったの。私も眷族を連れて西の山脈に逃げていたんだけど、勇者に襲撃されてしまって・・・・・・」
「なるほど」
「他の吸血鬼たちも次々に殺されていったわ。多分、この世界に吸血鬼はほとんど残っていないわね・・・・・・」
封印されている間に、吸血鬼がそんなに減ったというのか。なんということだ。
それにしても、この少女は私が封印されたことを知らないのか?
「ところで、レリエルが倒されたのは何年前だ?」
「知らないの・・・・・・? 200年前よ」
私は200年も封印されていたということか。
「―――なるほど」
「あなたも生き残ったんでしょう? なら、人間共に掴まらないうちに早く逃げた方が―――」
少女の話を聞きながら私は立ち上がると、両手で鉄格子を掴み、そのまま少女の檻の鉄格子をへし折った。金属製の鉄格子が軋む音を立てながら折れ曲がり、千切り取られていく。
私はそのまま檻の中に足を踏み入れると、少女を檻の中につないでいる鎖を引き千切り、彼女の両手についている手枷も千切り取った。
「な、何を――――」
「逃げるぞ」
痩せ細った少女の腕を掴み、私は彼女を檻の外へと連れ出した。彼女は先ほど私の血を飲んでいるが、まだ弱ったままだ。歩くことは出来るようだが、足を動かす度にふらついている。
これでは逃げることは出来ないだろう。
私は漆黒のコートの上着を脱ぐと、ボロボロの服を着ている彼女にそれを羽織らせ、彼女を背負ってから後ろの壁を睨みつけた。
先ほど彼女の鉄格子を破壊した音は、店を警備している連中や店員に聞こえているだろう。店の入り口から逃げるのは難しいかもしれない。
だから、この壁を粉砕させていただく。
「―――ダークネス・ウィップ」
私が魔術の名を呟いた瞬間、ランタンの明かりで照らし出されていた私の影の中から漆黒の触手が伸び始めた。自分の影を鞭のように敵に叩き付けて攻撃するダークネス・ウィップだ。普通の魔術師がこの魔術を使用すると影の鞭は敵を叩き付けるだけなのだが、吸血鬼のように凄まじい量の魔力を持つ者が発動させれば、この影の鞭は敵を叩き付けるのではなく、切り刻んでしまうのである。
本来ならば詠唱が必要な魔術なのだが、私は詠唱せずにこの魔術を発動させていた。
私の影から伸びた鞭が壁に叩き付けられる。レンガ造りの建物の壁は一瞬で切り刻まれ、無数のレンガの破片を床にぶちまけて崩れ落ちていた。
「ま、魔術を詠唱しないで・・・・・・!?」
「行くぞ」
私はコートを羽織った少女を背負って壁の穴から外に飛び出すと、隣にあった建物の壁を上り始めた。