異世界で転生者が現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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信也が殺意を手に入れるとこうなる

 地面からつい出た太い木の根に腰を下ろし、僕は暗闇の中で持ってきた水筒の水を飲んでいた。僕の目の前では、地面に腰を下ろした兄さんが、ロシア製アンチマテリアルライフルのOSV-96を装備して、そのライフル本体に装着されていた折り畳み式のモニターを眺めているところだった。

 

 そのモニターは狙撃補助観測レーダーと呼ばれる装備で、装着した武器の射程距離内にいる敵を感知してモニターに表示してくれる特殊なレーダーだ。そのため、スナイパーライフルやアンチマテリアルライフルなどの射程距離の長い武器と相性がいい。銃口の方を向いているレーザーサイトを大型化したようなセンサーとモニターはケーブルで繋がっているようだ。

 

 さっきの盗賊の男からアジトの場所を聞き出せなかったため、兄さんと僕は少しずつ移動しながら敵の拠点をあのレーダーで探しているところだった。OSV-96の射程距離は2kmであるため、あのモニターに表示されている範囲は半径2kmということになる。

 

「・・・・・・北北東に1.5km先に反応がある。数は25だ」

 

「・・・・・・」

 

「さっきの盗賊たちのアジトだろうな。反応は魔物じゃなくて人間のものだ」

 

 腰を下ろしながらアンチマテリアルライフルを肩に担ぎ、兄さんは腰に下げていたランタンを地面の上に置いた。夕日はとっくに沈んでしまったらしく、巨木の幹の間からはもうあの赤黒い夕日は見えなくなってしまっている。

 

 水筒から口を離した僕に、兄さんは非常食の入った袋を差し出しながら「移動前に食っとけ」と言った。僕は何も言わずに兄さんから袋を受け取ると、中に入っていたドライフルーツをつまんで口へと運ぶ。

 

「・・・・・・」

 

「ねえ、兄さん」

 

「あ?」

 

 ドライフルーツを飲み込んでから、僕はランタンの明かりを見つめていた兄さんに問い掛けた。

 

「・・・・・・転生してから最初に人を殺した時、兄さんは躊躇った?」

 

 兄さんはとても優しい性格だった。だから、いきなり躊躇わずに人を殺す筈がない。

 

「―――ああ。躊躇った」

 

「・・・・・・!」

 

 兄さんの答えを聞いて、僕は安心した。

 

 兄さんも躊躇っていたんだ。

 

 僕が安心していると、兄さんは水筒を取り出して水を飲んでから「最初に殺したのは、フランシスカっていう女だ」と言った。僕は水筒を木の根の上に置き、黙って兄さんの顔を見つめる。

 

「俺がエミリアを連れ去って、ラトーニウス王国の森の中をクガルプール要塞に向かって逃げている最中に、エミリアの許婚のジョシュアって奴が送り込んできたのさ。・・・・・・ヤバい奴だった。血の臭いと惨殺する事が大好きなハーフエルフの女だったんだ」

 

 兄さんはこの世界に転生してきた時、ラトーニウス王国で騎士団に所属していたエミリアさんと出会い、彼女と共にナバウレアという騎士団の駐屯地がある街へと向かった。そこで兄さんの事を嫌っていたジョシュアと言う男と戦い、兄さんは彼を倒してエミリアさんと共に彼の元から逃げ出した。そしてクガルプール要塞をたった2人で突破し、オルトバルカ王国まで逃げて来たんだ。

 

 兄さんが最初に人を殺したのは、その途中らしい。

 

「返り血だらけの防具を身に纏って、フランシスカは森の中で俺たちに襲い掛かってきた。彼女にバレットM82A3の銃口を向けながら、俺はもしかしたら彼女は敵ではないかもしれないと思った。でも、彼女は返り血だらけで、剣を持って俺たちの方に向かって突っ込んできたんだ。そんな奴が敵じゃない筈がない」

 

「・・・・・・」

 

「でも、俺はトリガーを引く事が出来なかった。スコープのカーソルを彼女に合わせたままだったんだ。何とかトリガーを引いたんだが、狙撃が外れてな。フランシスカに接近されちまったんだ」

 

 いつの間にか、兄さんの目つきはあの盗賊に止めを刺した時のような鋭い目つきではなく、いつもの優しい目つきに戻っていた。

 

「あいつは俺よりもスピードが速かったんだ。もし照準を合わせた時点で躊躇わずに次々に撃っていれば、接近を許さずに勝利していた筈だった。・・・・・・俺が躊躇ったせいで、不利な戦いになっちまったんだ」

 

 きっと、兄さんも僕と同じようにトリガーが引けなかったんだろう。照準を合わせたのが魔物ならば簡単にトリガーを引けたんだけど、そのターゲットが人間になった瞬間、トリガーを引く事が出来なくなる。

 

「何で殺せるようになったの?」

 

「―――そいつを殺すのを躊躇ったせいで、エミリアが連れ戻される上にまた殺されるっていう後悔は絶対にしたくないって思ったからさ」

 

 ランタンを見つめていた兄さんが、今度は僕の顔を見つめてきた。橙色の明かりに照らされている兄さんの目つきは、やっぱり優しい兄さんの目つきだ。

 

「信也。この世界はもう俺たちの住んでいた世界じゃない。生き残るためには戦わなければならないんだ」

 

 兄さんは生き残るために、そのフランシスカという人を殺したのか。

 

 確かにここはもう僕たちの住んでいた世界ではない。僕は転生した時にドラゴンに襲われて、そのドラゴンをミラと2人で倒して生き残る事が出来たんだ。

 

 相手が魔物やドラゴンではなく人間でも、戦わなければならないということなんだろうか。

 

「―――殺意が必要になる世界だ。でも、良心は絶対に捨てるな。・・・・・・お前は優しい奴だからな」

 

「兄さん・・・・・・」

 

 ランタンの明かりの向こうで、兄さんが微笑んだのが見えた。

 

 兄さんが僕をこの依頼に連れてきたのは、これを教えるためだったのかもしれない。

 

 僕は今まで一度も人間と戦ったことはない。でも、この世界で傭兵をやるということは、魔物だけではなく人間とも戦わなければならないということだ。そしてレベルが上がれば、いつかは他の転生者と戦う事になる。

 

 だから兄さんは、同じギルドで傭兵を始めた僕に、今のうちにこのことを教えようとしてくれているんだ。

 

「・・・・・・分かった」

 

「そうか。―――よし、そろそろ行こうぜ」

 

 僕は頷いてから立ち上がり、背中に背負っていたSaritch308PDWを両手に持つ。兄さんは僕が立ち上がってからランタンの明かりを消すと、地面に置いていたランタンを腰に下げ、アンチマテリアルライフルを担いだまま歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 狙撃補助観測レーダーに反応があった方向へと進んでいると、森の中にランタンのような橙色の明かりが見えてきた。僕が暗視スコープを覗き込んで周囲に敵がいないのを確認している間に、兄さんはアンチマテリアルライフルに搭載されているモニターを覗き込んで、目の前に見えたあの光が敵のアジトかどうかを確認している。

 

 暗視スコープの向こうに見えたのは、どうやら家の廃墟のようだった。2階建ての木造の建物で、壁は苔やツタに覆われている。魔物に襲われたのか天井にも穴が開いているようだ。

 

「あれだ」

 

 モニターを折り畳み、兄さんが隣でそう言った。

 

 あの廃墟の中からランタンの明かりが見える。間違いなく、あれが盗賊団のアジトなのだろう。

 

「奴らを殲滅するぞ。―――いいな?」

 

「ああ。もう躊躇わない」

 

「よし」

 

 ここはもう僕たちの住んでいた世界ではない。殺意が必要になる世界なんだ。だから僕も兄さんのように、殺意を手に入れて生き残らなければならなかった。

 

 ミラのためにも、生き残る。

 

「ロケットランチャーで先制攻撃を仕掛ける。奴らが出てきたら突撃するぞ」

 

「了解!」

 

 兄さんはOSV-96の銃身の下に取り付けられているロケットランチャーのRPG-7を点検すると、サムホールストックのホルダーの中から焼夷弾の入ったマガジンを取り出し、通常の12.7mm弾が装填されているマガジンを取り外してからそのマガジンを装着する。

 

 僕も突撃するために、今のうちにSaritch308PDWのナイフ形銃剣を展開しておくと、フルオート射撃の準備を開始した。

 

「―――行くぞ、信也ッ!」

 

「ああ、兄さん!」

 

 キャリングハンドルを左手で掴んだ兄さんが、巨木の幹の群れの向こうに見える盗賊団のアジトへとロケットランチャーの照準を合わせ、ランチャー本体に取り付けられているトリガーを引いた。

 

 銃身の下に取り付けられているランチャーの先端部に装填されていたロケット弾が射出され、暗闇の中に炎と灰色の煙を残してランタンの明かりを目がけて飛んで行く。盗賊たちは、自分たちのアジトへと恐ろしい破壊力を持つロケット弾が放たれたことに気付いていない。

 

 そして、暗い森の中に真っ赤な輝きが出現した。幹の群れの間に広がっていた暗闇を焼き尽くし、荒々しい炎の光が轟音と共に森の中を照らし出す。

 

 兄さんの放ったロケット弾は、狙い通りのあの建物に命中した。そのままボロボロだった壁を簡単に突き破り、建物の中で爆発を起こしたらしい。穴だらけだった屋根が完全に吹き飛び、森の中に火柱が出現する。

 

「ギャアアアアアアアアアッ!!」

 

「あ、熱いッ!! だ、誰か! 火を消してくれぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 燃え上がった建物の中から盗賊たちが現れる。さっきの爆発でかなり人数が減ったみたいだけど、まだ生き残っているようだ。中には爆発で腕を吹き飛ばされ、火達磨になっている者もいる。

 

「突撃だッ!!」

 

「了解ッ!!」

 

 アンチマテリアルライフルの焼夷弾を放ちながら、兄さんが建物の中から出てきた山賊たちに向かって突撃する。僕も隠れていた木の幹の陰から飛び出すと、銃剣を展開したPDWのフルオート射撃を放ちながら山賊たちに向かって突撃していた。

 

 こいつらは人々を襲って困らせているクズなんだ。だから僕と兄さんはこいつらを倒してくれと依頼されたんだ!

 

 いつの間にか、僕はもう盗賊たちに照準を合わせ、トリガーを引けるようになっていた。

 

 火達磨になりながら絶叫している男に、僕が放った7.62mm弾が何発も突き刺さる。彼の絶叫が他の男たちの絶叫に飲み込まれ、炎に包まれたその盗賊は地面から突き出た木の根の上に崩れ落ちる。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 僕も叫びながら銃を撃ちまくっていた。グリップとフォアグリップをしっかり握り、射撃訓練場で散々的を撃っていた時と同じように次々に盗賊たちに照準を合わせ、トリガーを引いている。

 

 火達磨になって飛び出してきた男たちに次々に止めを刺し、僕は空になった50発入りのマガジンを取り外す。新しいマガジンを装着するためにポケットに手を伸ばそうとしていると、僕の方にロングソードを持った男が叫びながら突っ込んでくるのが見えた!

 

「うわぁッ!!」

 

 マガジンを掴まずにポケットの中から手を引き抜き、そのままフォアグリップを握った僕は、既にナイフ形銃剣を展開していたSaritch308PDWを振り払って男のロングソードにナイフ形銃剣を叩き付け、その隙にフォアグリップを握っていた左手を離すと、腰の鞘の中から試製拳銃付軍刀を引き抜き、片手でその男の胴体を左下から右上に向かって斬りつけていた。そのまま刀身を振り下ろすと、鍔の部分に装着されている南部小型自動拳銃(ベビーナンブ)の銃口を向け、僕はその盗賊の男の頭に7mm弾を叩き込んで止めを刺す。

 

 男が崩れ落ちたのを確認すると、僕はSaritch308PDWのナイフ形銃剣を折り畳んでから背中に背負うと、右手に試製拳銃付軍刀を持ち替えて左手でホルスターから南部大型自動拳銃を引き抜き、僕に向かって突っ込んでくる盗賊たちを睨みつけながらスーパーナンブタイムを発動させた。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 剣やダガーを振り上げて僕に突っ込んでくる男たちの動きが、闘技場で僕とミラと戦った魔物たちと同じように急に遅くなる。

 

 僕は左手の拳銃と右手の軍刀の鍔に装着されている南部小型自動拳銃の照準を敵に向けると、絶叫しながら次々にトリガーを引いた。

 

 8mm弾と7mm弾が僕に向かって突っ込んでくる男たちに襲い掛かり、彼らの肉体を簡単に食い破っていく。拳銃から空になった薬莢が排出される度に、僕が狙った盗賊の男たちが草むらの中に崩れ落ちていく。

 

 ハンドガンのマガジンの中の弾丸がなくなり、スーパーナンブタイムが解除される。今のスーパーナンブタイムの連続射撃から生き残ったのは―――1人だけだった。

 

「ああああああああああッ!!」

 

 試製拳銃付軍刀からマガジンを取り外し、僕はその生き残った盗賊へと向かって突っ走りながら刀を振り上げる。その盗賊も僕に向かって剣を振り上げて応戦しようとしていたけど、その盗賊は手負いだった上に、僕は端末から与えられているステータスでスピードが強化されている。だから、その盗賊の男が僕に剣を叩き付けようとする前に、僕の振り下ろした軍刀の刃がその男の頭にめり込んでいた。

 

「がっ・・・・・・!」

 

 頭を軍刀で切り裂かれた男が、目から血を流しながら静かに崩れ落ちる。

 

 僕はそいつから軍刀の刃を強引に引き抜くと、真っ赤になってしまった軍刀の刀身を見つめてから鞘に戻した。

 

「――――よくやった、信也」

 

「兄さん・・・・・・」

 

「これでお前はもう見習いじゃない。傭兵だ」

 

 兄さんも盗賊の生き残りを殲滅し終えたらしい。アンチマテリアルライフルを背中に背負い、返り血の付いた刀を鞘に戻した兄さんが、僕の近くにやってきて僕の肩を手で軽く叩く。

 

「―――異世界にようこそ」

 

 兄さんに肩を軽く叩かれながら、僕は震えている自分の両手を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 灰色のYシャツに赤いネクタイを締め、黒い軍服のような制服の上着を着た僕は、自室のテーブルの上に置いておいた自分のメガネを拾い上げると、そのメガネをかけてから軍帽をかぶり、腰のホルスターに愛用の南部大型自動拳銃を収めた。

 

 今の僕の格好は、まるで軍の指揮官のような恰好だった。

 

 この黒い指揮官の軍服のような制服が、正式に傭兵となった僕に与えられたモリガンの制服だった。

 

 鏡の前に立ってネクタイを少し直した僕は、部屋のドアを開け、階段を下りて裏口のドアへと向かう。

 

(シン、早く!)

 

「ああ。ごめんね、ミラ」

 

 僕は裏口のドアの前で待っていたチャイナドレスのような制服姿のミラに微笑みながらそう言うと、裏口のドアを開け、裏庭へと足を踏み入れる。

 

 傭兵見習いを卒業するために兄さんと盗賊を倒しに行った僕は、兄さんと同じように殺意を手に入れる事が出来た。この世界は僕たちが住んでいた世界ではない。魔物だけでなく、人間や他の転生者と戦わなければならないんだ。

 

 僕も、兄さんと同じように生き残るために戦う。

 

 でも、僕の良心は絶対に捨てない。

 

(ねえ、バイクの運転は私にやらせてよ!)

 

「はははっ。分かったよ、ミラ」

 

(やった!)

 

 裏庭に用意されていたバイクの運転をミラに任せることにして、僕はブローニングM1919重機関銃が用意されているサイドカーに乗り込む。

 

 僕とミラが受けたこの依頼が、正式に傭兵になった後の初めての出撃だった。

 

(出発するよ!)

 

「ああ。行こう!」

 

 裏庭の塀の門がゆっくりと開いていく。

 

 いきなり死んで、奇妙な端末を渡されてやってきた異世界。その異世界で転生していた兄さんが率いる傭兵ギルドに入った僕は、この異世界で生き残るために仲間たちと共に戦うことにした。

 

 

 


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