異世界で転生者が現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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ミラの授業

 

 ネイリンゲンにあるギルドの屋敷の1階と2階には、まだまだ開いている部屋が残っている。3階にあった空き部屋は僕とミラの部屋になっているし、2階に残っていた空き部屋の1つはフィオナちゃん専用の研究室になっている。

 

 僕は2階の空き部屋に用意された椅子に腰を下ろし、目の前の机の上にノートと鉛筆を用意して待っていた。僕の目の前には少し小さめの黒板が壁に用意されていて、まるで学校の教室の中のようになっている。

 

 メガネを外してレンズを拭き始めたその時、部屋のドアがいきなり開いた。廊下から教室のようなこの空き部屋に入ってきたのは、僕よりも背の小さい銀髪の少女だった。肌は白くて、セミロングの銀髪の中からはまるでエルフのような長い耳が突き出ている。身に着けているのは高校の制服のような上着とミニスカートだ。彼女は黒板の前まで歩くと、机の上にノートと鉛筆を用意していた僕を見てにっこりと笑った。

 

(準備はいい?)

 

「うん。よろしくお願いね、ミラ先生」

 

 僕は笑いながら教壇の前に立ったミラに言うと、ノートを開きながら鉛筆を持った。

 

 今から始まるのはいつもの訓練ではなく、この世界の常識に関する授業だ。僕はまだこのギルドでは傭兵見習いだけど、実力を上げて行けばいずれは傭兵見習いを卒業することになる。でも、僕はまだこの世界に転生してきたばかりで、この世界の事をあまり知らない。だから兄さんが、カレンさんとミラとフィオナちゃんの3人に僕にこの世界の事を教えてほしいってお願いしたらしい。

 

 ミラが担当するのはこの世界の常識についてだ。カレンさんは地理と歴史についてで、フィオナちゃんは魔物や魔術に関して僕に授業をしてくれる。

 

 昨日も彼女の授業があったんだけど、その時にミラから教わったのは人間以外の種族についてだった。この世界には人間以外にも種族が存在するんだけど、その種族はミラのようなハーフエルフや彼女のお母さんのようなエルフだけでなく、ハイエルフやダークエルフも存在する。他にもドワーフやオークも存在するらしい。

 

 でも、この世界で一番数が多いのは人間で、それ以外の種族は奴隷にされていることが多い。特にハーフエルフとダークエルフは人間以外の種族からも迫害されることがあるらしい。

 

(じゃあ、今日はダンジョンと冒険者について教えるよ。シン、この世界の地図を見たことはある?)

 

「うん。確か闘技場の控室にも貼ってあったよね」

 

 4日前に闘技場に行った時、僕とミラが休憩していた控室の壁に確かこの世界の地図が貼ってあったような気がする。いろんな大陸や海があったんだけど、その地図には何か所も空白にされている場所があって、まるで書いている途中の地図のように全ての大陸や地名は記入されていなかったんだ。

 

(空白の場所があったのは気付いた?)

 

「うん。あれは何なの?」

 

(あの空白の場所は、環境や生息している魔物が危険過ぎて全く調査できていない場所なの。そういう場所は、この世界ではダンジョンって呼ぶんだよ)

 

「ダンジョンかぁ・・・・・・。全然調査できないの?」

 

(うん。闘技場で襲い掛かってきたドラゴンよりも危険な魔物がたくさんいる場所だからね。まだまだ世界中にダンジョンは残ってるけど、ダンジョンの調査を専門でする人たちのおかげであの地図の空白の場所も減ってるんだよ)

 

 危険なダンジョンを調査する人たちもいるんだね。僕はノートにミラが教えてくれたダンジョンの事を書き込みながら彼女の話を聞く。

 

(そのダンジョンの調査を専門にする人たちは、冒険者って呼ばれるの)

 

「冒険者?」

 

(そう。世界中にあるギルドの中で人口が多いのは、傭兵ギルドと冒険者ギルドの2つなんだよ)

 

 ミラは背後にある黒板にチョークでいろんなギルドの種類を書き込むと、白いチョークから赤いチョークに持ち替え、傭兵ギルドと冒険者ギルドの2つを赤い丸で囲んだ。

 

 傭兵ギルドは危険な魔物との戦いを得意とし、冒険者ギルドは危険な場所の調査を得意とする。冒険者の目的はダンジョンの調査だから魔物と戦う羽目になる傭兵よりも楽かもしれない。でも、冒険者は調査のために魔物から逃げることは可能だけど、調査する場所の環境からは逃げることは出来ないんだ。

 

 でも、逃げる事が出来ないのは僕も同じだ。

 

 僕はあの世界で死んで、この異世界へと転生する羽目になった。元の世界に戻る方法は分からない。だから僕は、半年先にこの世界に転生していた兄さんと共に、傭兵をやることにしたんだ。

 

 この世界は僕がいた世界ではない。魔物やドラゴンが人間に襲い掛かって来る危険な世界だ。

 

 その危険な魔物たちと、僕は戦わなければいけないんだ。当然ながら逃げるわけにはいかない。立ち向かって打ち倒さなければ、この世界で生き残ることは出来ない。

 

 僕は冒険者の事もノートに書き込むと、椅子に座ってミラの話を聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 漆黒の刀身を何度弾き返しても、すぐに次の一撃が俺に向かって振り下ろされてくる。先ほどから攻撃を弾き返すのに使っている小太刀をへし折ってしまうほどの猛烈な破壊力の剣戟を再び受け止めた俺は、左手の小太刀を前に押し出して漆黒の刀身を押し返すと、右手に持っているライフルのような形状の奇妙な刀を右から左へと振り払う。

 

 でも、おそらく彼女はこの攻撃を回避してしまうだろう。今戦っている相手は、ステータスで強化された俺のスピードを見切ってしまうほどの相手なんだ。

 

「!」

 

 やはり、俺が振り払った刀の刀身は何も切り刻むことはなかった。彼女は愛用の軍刀で俺の攻撃をガードしたのではなく、俺の攻撃を見切って回避したんだ。

 

 いくらレベルが100を超えている俺でも、本気で振り払った剣をすぐに引き戻して攻撃を回避した相手を追撃するのは不可能だ。彼女は俺の攻撃を見切って回避し、追撃しようとしている間に反撃を叩き込もうとしているに違いない。

 

 俺は振り払った漆黒の刀が通過した向こうで、漆黒の軍帽を左手で押さえながらニヤリと笑う蒼い髪の少女を見つめていた。身に着けているのは軍服のような漆黒の制服で、スカートではなくズボンを穿いている。少女が身に纏うには似合わない服装かもしれないけど、俺は凛々しい雰囲気の彼女にはよく似合っていると思う。

 

 俺の剣戟を回避したエミリアは、軍帽を押さえていた左手を離して軍刀の柄を両手で握ると、漆黒の軍刀を振り上げる。

 

 すぐに左手の小太刀でエミリアの一撃をガードするのはできるけど、右手の93式対物刀を振り払った状態でガードする羽目になる。さっきまで彼女の強烈な剣戟を体勢を崩さずに受け止める事が出来ていたのは、押し込まれないように前傾姿勢でガードしていたからだ。こんな状態でガードすれば、確実に体勢を崩される。

 

 もし体勢が崩されれば、間違いなくすぐに止めを刺されるだろう。

 

 ならば、刀を振り払い終えた状態を利用して反撃するしかない。俺はエミリアの紫色の瞳を睨みつけると、そのまま反時計回りに一回転し、逆手で左手に持った小太刀の切っ先を軍刀を振り上げているエミリアの喉元めがけて突き出した。

 

「!」

 

「ふふっ」

 

 この一撃ならば命中するだろうと思っていたけど、俺が突き出した小太刀はいきなり回転を終えた俺から見て右下へと逸らされてしまう。

 

 エミリアが振り上げた軍刀をすぐに振り下ろし、俺の小太刀の刀身を軍刀の刀身ではなく柄で殴りつけたんだ。柄で殴られた俺の小太刀の切っ先はエミリアの脇腹の隣を通過してしまう。

 

 そしてエミリアはまたニヤリと笑うと、小太刀の刀身を殴りつけるために振り下ろした軍刀の切っ先を俺の喉元に向け、そのまま軍刀を突き出してくる!

 

 俺は慌てて右手の93式対物刀を投げ捨てると、軍刀の切っ先を何とか回避してから右手を伸ばし、エミリアの制服の襟を掴む。そして左手の小太刀も投げ捨ててエミリアが軍刀を引き戻す前に彼女の制服の右手の袖を掴むと、彼女を抱き寄せるかのように引っ張り―――俺を引き剥がそうとするエミリアの右足を、俺の右足でかかと落としでもするかのように払った。

 

 柔道の大外刈りだ。

 

 俺に右足を払われ、そのまま地面に背中を叩き付けるエミリア。俺は彼女が起き上がろうとする前にさっき投げ捨てた小太刀を拾い上げると、起き上がり始めた彼女の首元に小太刀の切っ先を突き付け、ニヤリと笑った。

 

「ぐっ・・・・・・。ま、負けたか・・・・・・」

 

「大丈夫か?」

 

「ああ・・・・・・」

 

 小太刀を腰の鞘に戻すと、俺は背中を片手で押さえながら起き上がろうとする彼女に右手を差し出した。

 

「り、力也。どうだった?」

 

「かなり強くなってたぞ。もう転生者を倒せるんじゃないか? ―――フィオナ、エミリアに治療を頼む」

 

『わ、分かりました!』

 

 俺とエミリアの訓練を見ていたフィオナは、屋敷の裏にある塀に立て掛けていた蒼白いクリスタルで作られたような杖を拾い上げると、その杖を抱えながらエミリアの近くに舞い降り、地面に背中を叩き付けられたエミリアの治療を開始する。

 

 彼女が持っている杖は『灯(ともしび)の杖』という名称の杖だ。彼女に端末を貸した時にフィオナが俺のポイントを使って生産した武器で、使ったポイントは1800ポイントだった。蒼白い杖の先端には、同じく蒼白いクリスタルで作られたようなランタンがぶら下げられていて、そのランタンの中では真っ白な炎が揺らめいている。この灯の杖には、治療用の魔術と炎属性の魔術を強化する機能があるらしい。

 

『動かないでくださいね。―――ヒーリング・フレイム』

 

 ランタンのぶら下がった杖をかざしたフィオナが詠唱すると、ランタンの中の白い炎がいきなりエミリアの背中に向かって伸び始め、彼女の背中に燃え移り始める。

 

 でも、彼女の体や服が燃えているわけではないようだ。やがてその白い炎は段々小さくなり始め、真っ白な火の粉を放って消えてしまう。

 

『・・・・・・どうですか?』

 

「―――すごいな。もう痛くないぞ」

 

 エミリアは肩を回しながらそう言うと、地面に落ちていた軍刀を拾い上げて鞘に戻した。

 

 ヒーリング・フレイムは、フィオナが使う事の出来る治療用の魔術の1つだ。魔力の塊である白い炎を傷口などに流し込むことによって、傷口を塞ぐ事が出来る。しかもヒーリング・フレイムは光属性と炎属性の2つを持つ魔術で、その両方の属性を強化する機能を持つ杖を使った事により、かなり強力になっているようだった。

 

「ありがとう、フィオナ」

 

『気にしないでください。・・・・・・それにしても、2人ともすごい戦いでしたよ。きっとエミリアさんならもう転生者を倒せますよ?』

 

「何を言ってるんだ。力也に負けてしまったのだぞ?」

 

 いや、今のエミリアならば確実に転生者を倒す事が出来るだろう。

 

『では、私はそろそろ研究室に戻りますね』

 

「ああ。あまり無理はするなよ?」

 

『はい。大丈夫です』

 

 蒼白い綺麗な杖を抱え、フィオナは静かに屋敷の2階の窓へと向かって飛んで行くと、閉まっている窓を通り抜けてそのまま自分の研究室の中へと入っていった。

 

 俺はさっきエミリアに大外刈りをするために投げ捨てた93式対物刀を拾い上げて鞘に戻すと、右肩を回しながら後ろを振り向く。

 

「エミリアは二刀流で戦わないのか?」

 

「1本の剣を使う戦い方に慣れているからな」

 

「ああ、騎士団の頃に習った剣術か」

 

「そうだ。入団した時から習っていた剣術だからな」

 

 エミリアが所属していたラトーニウス王国の騎士団は、剣や槍での攻撃を重視した戦い方をするため、騎士たちは優秀な剣士ばかりらしい。更にエミリアは魔物や転生者との戦いを経験しているし、毎日俺と戦闘訓練をしているため、ギルドを作った時よりもかなり強くなっている。

 

「ところで、防具を付けない状態で剣を使うのには慣れたか?」

 

「ああ。最近慣れてきた」

 

 騎士たちは防具や甲冑を身に纏った状態で敵と戦うため、防具を一切身に付けずに戦うのは慣れないと何度も言っていた。カレンはまだ慣れないらしいけど、エミリアは慣れ始めたらしい。

 

「でも、その・・・・・・」

 

「ん?」

 

「は、恥ずかしい話なのだが・・・・・・いいか?」

 

「え? 恥ずかしい話?」

 

 顔を赤くしながら頭にかぶっている軍帽を取るエミリア。下を向いていた彼女は、顔を赤くしたまま紫色の瞳で俺の顔を見つめてきた。

 

「じ、実は・・・・・・戦っている最中に、胸が揺れて・・・・・・邪魔なのだ」

 

「・・・・・・えっ?」

 

 俺は思わず彼女の胸元を見つめてしまう。確かに、今までの訓練中も剣を振るったりガードをする度に滅茶苦茶揺れてたよ。

 

 彼女は大きな胸を隠すように腕を組むと、更に顔を赤くして下を向いてしまう。

 

「き、騎士団にいた頃は防具をつけてたから・・・・・・揺れることはなかったのだが・・・・・・」

 

 確かに、ナバウレアから逃げる途中にエミリアが身に着けていた防具は、腕や足だけでなく胸の部分も少し覆っていたような気がする。あの防具を身に着けていれば、間違いなく胸が揺れることはないだろう。

 

「ど、どうする? 街の鍛冶屋に頼んで防具でも作ってもらう? 前に使ってた防具は捨てちゃったし・・・・・・」

 

 前にエミリアが身に着けていたラトーニウス王国の騎士団の防具は、さすがにオルトバルカ王国内で装着するわけにはいかないのでギルドの名前をモリガンに決めたあたりに捨ててしまったんだよな。

 

 だから、街にある鍛冶屋に依頼して彼女のための防具を作ってもらわなければならない。でも、そうすればエミリアのでっかい胸も戦ってる最中に揺れることはなくなるだろう。

 

 そういえばカレンも防具のない状態で戦うのはまだ慣れないって言ってたけど、彼女もエミリアと同じ理由なんだろうか?

 

「い、いや、それでは金がかかってしまうだろう・・・・・・?」

 

「気にするなよ。防具があれば・・・・・・ゆ、揺れないんだろ?」

 

 俺は黒い制服のフードをかぶりながら顔を赤くして下を向いている彼女に言うと、俺も顔を赤くしながら、後ろを振り向いて空を見上げた。

 

 


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