「ジョシュアと戦うことになったか………」
「ああ」
食堂で昼食を取った後、俺はエミリアにジョシュアと戦うことになったと報告しに行った。午前中の訓練を終え、昼食を終えて休憩していたエミリアは驚いていたけど、何となく予想していた流れらしく、納得するのが早かった。
ジョシュアとの戦いのルールは、近距離武器のみで戦うというルールだけだ。当然ながら銃は使ってはいけないし、ジョシュアも魔術を使ってはいけない。クロスボウや弓矢も使用禁止。つまり、剣や斧といった近距離用の武器のみで戦うということだ。
「それで、その剣を使うのか?」
「まあね」
戦闘開始まであと2時間。既に俺は、ジョシュアとの戦いで使う武器を端末で生産していた。左腕のパイルバンカーと、腰の左側の鞘に収まっている剣の2つで戦うつもりだ。
俺が新たに生産した剣は『ペレット・ブレード』。真っ直ぐな刃を持つ片刃の剣で、普通の剣やナイフと違って刀身まで真っ黒だ。装飾は一切ない。グリップから切っ先まで漆黒に染め上げられた不気味な剣だった。
でも、このペレット・ブレードはただの剣じゃない。
グリップの中に1発だけ、小型の散弾を仕込んでるんだ。グリップと刀身の付け根あたりから鍔のように突き出ているパーツは、その散弾を撃ち出す時に使う撃鉄(ハンマー)になっている。命中精度は最悪だが、至近距離で繰り出すのを前提にされているらしく、全く問題はないみたいだ。
確かにいきなり剣で斬り合っている時に散弾なんかぶっ放されたら回避することは不可能だ。
俺がこんな確実にルールに違反する代物を作った理由は、ジョシュアが信用できないからだ。確かにあいつは騎士だけど、何か卑怯な手を使ってくるかもしれない。そんな感じがする。だからもしあいつがルールを破るような真似をしたら、至近距離でペレット・ブレードの散弾をお見舞いしてやるんだ。
もちろん、あいつが正々堂々と戦ったならば、この散弾発射機能は封印して戦う。そんなことしたら間違いなくエミリアに嫌われちまうからな。
「勝算はあるのか?」
「分からない」
あと2時間後にジョシュアと戦うというのに、勝算は分からないとあっさり答えた俺に、エミリアは心配そうな顔を浮かべた。
「もし負けたら………出て行ってしまうのだろう?」
「そう決めたからな」
もし負けるようなことがあったら、潔くジョシュアの要求通りにここから出て行くつもりだ。いくらあいつのことが嫌いでもな。
でもそんな結果は嫌だ。だから俺は、負けるつもりはない。
心配するエミリアを見つめ返しながら、俺はそう思っていた。
そしていよいよ午後3時。宿舎の外には俺という余所者とジョシュアの戦いを見物しようと、駐屯地の騎士たちが集まっていた。どうやらこの戦いのために午後の訓練は休みになったらしい。
騎士たちが集まる中を進む俺。隣には、2時間前に浮かべていた不安そうな表情をすっかり消し去ったいつものエミリアが並んで歩いている。
俺がエミリアと並んでやって来たことすら不快だったらしく、あの派手な防具を身に着けたジョシュアは、腕を組みながら俺を睨み付けた。
「頑張れよ、力也」
「おう」
エミリアが戦いを見守る騎士たちの方へと歩いていったのを見届けると、俺はジョシュアを睨み返しながら腰の鞘からペレット・ブレードを引き抜き、左腕のパイルバンカーのトリガーを展開した。アイアンサイトを覗き込んで確認すると、マガジンがしっかり装着されているのを確認し、もう一度ジョシュアを睨み付ける。
ペレット・ブレードはジョシュアの剣に比べると細い。ジョシュアの剣は両手で扱うことを前提に作られている大型の剣だが、俺のペレット・ブレードは左手のパイルバンカーやハンドガンのような武器と併用することを前提に生産した武器だから、あいつの剣と比べると小さいんだ。
でも、スピードではこっちが勝っている。それにパイルバンカーの破壊力も考えれば、攻撃力でも間違いなく優っている筈だ。それに一応能力も余ったポイントで生産し、装備を済ませている。
問題は、俺に剣を使った戦闘の経験がないということだ。それに対し、相手は訓練を積んだ騎士。だから俺は、勝率は分からないと言ったんだ。
「ジョシュア、俺が勝ったら俺の要求を呑んでもらうぞ」
「何だ?」
「俺が勝ったら…………」
俺はさっきエミリアが歩いていった方を振り向き、騎士たちの中から彼女を見つけると、ペレット・ブレードの切っ先をエミリアへと向ける。
「――――エミリアを貰う」
「えっ!?」
「何だとッ!?」
顔を真っ赤にして驚くエミリア。ジョシュアが今の俺の発言でキレたらしく、剣の柄を掴む両手に力を込めたのが分かった。
「…………俺を倒せばいいだろう。そうすればエミリアはお前のもので、邪魔者を追い出せるんだから」
「…………ふん」
軽いペレット・ブレードを振り回してから構えると、ジョシュアも剣を構える。
そしてジョシュアが一瞬だけ姿勢を低くし、剣を振り上げながら突っ込んできた。
「!!」
さすがに訓練している騎士のスピードは速かった。あんな防具を身に着けてる状態とは思えない速度で突っ込んでくるジョシュア。周りの騎士たちは、俺がそのスピードに驚いているのを見てもう勝負は決まったと思てるだろう。
確かにスピードには驚いていた。でも、それに全く対応できないわけじゃない。
今の俺には身体能力だけじゃなく、端末で生み出した能力があるんだ。
右手のペレット・ブレードを持ち上げ、俺は一歩も動かないままジョシュアの一撃を受け止める。突っ込んできた勢いと剣の重量が生み出した猛烈な衝撃がペレット・ブレードと俺の右腕を震わせたが、俺の握る漆黒の剣は折れることは無かった。
「なに……!?」
今の一撃で勝負が決まると思っていたらしいジョシュアは、攻撃がこんな簡単な動きで受け止められたということが信じられないようだった。
今のは俺の身体能力だけじゃない。ペレット・ブレードの生産で200ポイントを使った俺が、残った700ポイントのうち300ポイントを利用して作った能力のおかげだ。
俺が初めて生産した能力は『剣士』。装備した近距離武器に適したステータスに調整するという能力だ。全体的にステータスが少しだけ上がる以外に、装備している武器の戦いに最も適したステータスが上昇するという効果がある。
今の俺の装備はペレット・ブレードとパイルバンカー。どちらも片手で扱える武器で、リーチも短い。
つまり、そんな装備に最も最適なステータスは――――スピードだ。
「ぐっ!?」
「はぁっ!!」
ジョシュアの剣を押し返した俺は、彼が体勢を崩している間にそのまま左肩でタックル。崩れていたジョシュアの体勢を更に崩し、ペレット・ブレードで追撃する。
右斜め下から左上へと振り上げ、途中で受け止められた剣をすぐに引っ込めてから突き出す。ジョシュアが何とかガードしたのを確認すると、弾かれて逸らされたペレット・ブレードを引き戻そうとはせず、体勢を立て直したばかりのジョシュアの右足へ、剣を引き戻す動きを利用して左のローキックを防具で覆われていないいない部分に叩き込む。
反撃しようと体重を乗せていた足だ。そこに予想外の攻撃を叩き込まれ、ぐらりとジョシュアの身体が揺れる。
「っ!!」
引き戻したペレット・ブレードを振り上げる俺。そのまま思い切り振り下ろすように見せかけて、俺はフェイントをかけてから別の軌道で剣戟を叩き込んだ。
ジョシュアはガードし損ねたが、刃がジョシュアの防具に弾かれる。彼が使っているような剣だったら鎧すら断ち切っていたかもしれないが、ペレット・ブレードでは無理だった。刀身が脇に弾き返され、今度は俺が体勢を崩してしまう。
でも、転倒しかけていた上にガードまで空振りしたジョシュアと、剣を鎧に弾かれただけの俺では、当然俺の方が体勢を立て直すのは早い。剣を左上から下へと振り下ろして追撃すると、起き上がったジョシュアがその一撃をガードした。
「なめるなよ…………!?」
今度はジョシュアが俺の剣を押し返す。俺の剣を簡単に振り払ったジョシュアが雄叫びをあげながら剣を横に薙ぎ払ったが、俺はその一撃をガードせず、ジャンプして飛び越えて回避していた。
「!?」
今の俺のステータスは、剣士の能力によって130から一気に450まで上がっている。どうやらスピードのステータスは動く速さだけではなく、ジャンプ力にも影響するらしい。
剣戟を飛び越えられたことに驚くジョシュアから少し離れた位置に着地した俺は、ジョシュアが俺に追撃しようとするよりも先に攻撃を開始。姿勢を低くしたまま突撃し、下から剣を振り上げてからジョシュアの背後へと回り込んで距離を取った。
「この………ッ!!」
ジョシュアが激昂して突っ込んでくる。その速度は、一番最初に突っ込んできた時よりも速い。
「力也ッ!!」
エミリアが叫ぶ。きっと、いくら俺でもこの攻撃は回避できないと思ってるんだろう。
大丈夫だ。勝率は分からないと言ったけど、負けるつもりはない。
俺は展開したままになっていた左手のトリガーをぎゅっと握った。ペレット・ブレードの切っ先を下げ、代わりに左腕に装着したガントレットのアイアンサイトを左目で覗き込む。
照準はもちろん、こっちに突っ込んでくるジョシュアだ。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
おい、俺を追い出すんじゃなかったのか?
アイアンサイトの向こう側からジョシュアが突っ込んでくる。もしタイミングが合わなければ、あの剣に頭から真っ二つにされてしまうだろう。
射程距離はたったの30㎝。しかもボルトアクション式。必ずこの一撃を成功させなければならなかった。
ゴーレムを狙撃した時をはるかに上回る緊張感が俺を呑み込む。ジョシュアの殺気が迫って来る中、俺は左腕のパイルバンカーのトリガーを引いた。
轟音が左腕のパイルバンカーから轟く。凄まじい反動に左腕が押し返されそうになるのを耐えると、俺は逆に左腕を前へと押し込んだ。火花が飛び散り、真っ赤になった金属の破片が四散する。火薬と金属が解けるような臭いが混ざり合う中、何かが空へと舞い上がり、地面へと突き刺さったのが見えた。
地面に突き刺さっていたのは、ジョシュアの手にしていた筈の剣の上から半分だった。
「なっ…………!?」
「俺の勝ちだな、ジョシュア」
俺がぶっ放したパイルバンカーの一撃は、ジョシュアの振り下ろした剣を正面から貫き、へし折っていた。ジョシュアの手に残っているのは柄と亀裂だらけの刀身だけで、あんな状態で戦いを続けられるとは思えない。ジョシュアはあと数㎝で顔面に届くところで停止している杭の先端部を見つめながら、身体を震わせていた。
戦いが始まって力也が最初の一撃を受け止めた瞬間から、私は彼の戦いに見惚れていた。あんな細い剣で、騎士団の中でも手強いジョシュアの攻撃を受け止め、そして恐ろしい勢いで反撃を始めたのだ。しかも剣術は我流なのか独特な動きばかりで、中には蹴りも混じっていた。
力也の攻撃はジョシュアに受け止められてはいたものの、明らかに有利なのは力也の方だった。何度もジョシュアの体勢を崩し、彼を追い込んでいたからだ。
ジョシュアの攻撃はほとんど防がれ、更に恐ろしいジャンプ力で回避され、全く力也にダメージを与えられていない。
勝率が分からないと力也は言っていたが、彼の言葉は大外れだな。
圧倒的だ。間違いなく、ジョシュアがお前に勝つことなど不可能だろう。
力也がジョシュアの剣を貫いた杭のような武器についているハンドルを引き、小さな金属をその武器から排出すると、ジョシュアの目の前で止まっていた杭が静かにガントレットの中へと戻っていった。
ペレット・ブレードの元ネタは、ロシアのNRSナイフ型消音拳銃です。散弾にしたのは近距離での殺傷力を上げるためです。