異世界で転生者が現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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ギュンターの計画

 

レオパルト2を操縦するには、4人の乗組員が必要だ。砲弾を主砲に装填する装填手と、その砲弾を敵に向かって叩き込む砲手が攻撃に必要だし、戦車を動かす操縦士とその戦車を指揮する車長も必要だ。

 

 僕は砲塔の上にあるハッチから上半身を外に出しながら、草原を進んでいくレオパルト2A6の前方を見つめていた。時刻はまだ午前5時40分。ネイリンゲンの北に広がる草原は、まだ薄暗かった。

 

 砲塔の後ろには、兄さんとエミリアさんとフィオナちゃんが乗っている。もし魔物と遭遇してしまった場合、戦車の護衛や接近してきた魔物の迎撃は兄さんたちに任せるつもりだ。

 

(あははははっ!)

 

「楽しそうだなぁ、ミラ」

 

 操縦士の席に座ってこの戦車を走らせているのはミラだ。出発前に何度も操縦士をやりたがっていたので、僕は操縦士を彼女にお願いすることにした。

 

 装填手はギュンターさんに担当してもらっている。砲手は、このギルドで選抜射手(マークスマン)を担当しているカレンさんだ。きっと彼女ならば砲撃でも百発百中だろう。

 

 このレオパルト2A6はまだ全くカスタマイズしていないけど、ポイントに余裕が出来たらカスタマイズしてみるつもりだ。昨日の夜にどんなカスタマイズが出来るのか確認してみたけど、いろんな種類のカスタマイズがあった。主砲の砲身を伸ばしたり、装甲を追加する事が出来るらしい。

 

「カレン、魔物が出てきたら頼むぜ」

 

「任せなさい。この主砲で吹っ飛ばしてやるわ」

 

 間違いなく、この戦車に装備されている55口径120mm滑腔砲なら一撃でゴーレムやドラゴンを叩き潰すことが可能だろう。それに、砲塔と僕が上半身を出しているハッチの近くには汎用機関銃のMG3が搭載されている。それに、この戦車の装甲も厚い。ゴーレムが殴りかかってきても無傷だろう。

 

 でも、まだ魔物には1回も遭遇していない。何回か首に下げた双眼鏡で前方や周囲を見渡して確認してみるんだけど、魔物の姿が全く見当たらないんだ。

 

「主砲の試し撃ちは出来そうにないな」

 

「そうだね。でも、目的は温泉に行くことだよ? 試し撃ちなら依頼を受けた時にすればいいじゃないか」

 

「はははっ」

 

 砲塔の後ろで、兄さんはSaritch308ARを点検しながら笑っていた。兄さんの隣に座って笑っているエミリアさんも兄さんと同じくSaritch308ARを持っているんだけど、彼女のアサルトライフルの銃身の下には40mmグレネードランチャーではなく、サイガ12を小型化したショットガンが装着されている。

 

 兄さんたちから聞いたんだけど、この世界では1年前に魔王が勇者に倒されたらしい。その魔王が倒された影響なのか、魔物たちが狂暴化して街や騎士団の拠点を襲撃することが多くなり、騎士団だけでは対応できなくなったから、すぐに派遣できる傭兵ギルドが大きな利益を上げているらしい。

 

 確かに、魔物に襲撃されてこうむる被害よりも傭兵たちに支払う報酬の方が安いからね。だから転生したばかりで行き先がなかった兄さんは、エミリアさんと一緒にラトーニウス王国から国境を越えてオルトバルカ王国に逃げ込み、彼女と2人で傭兵ギルドを始めたらしい。

 

 僕はもう一度双眼鏡を覗き込むと、前方と周囲を見渡して魔物がいないか確認する。でも、双眼鏡の向こう側に見えるのは相変わらず薄暗い草原だけだ。魔物の遠吠えも全く聞こえない。聞こえるのは、レオパルト2A6のキャタピラとエンジンの音だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あれがクラグウォールかな?」

 

「ええ、あれよ。白い防壁が見えるでしょ?」

 

 双眼鏡を覗き込んで目の前に見えてきた街を確認していると、戦車の中の砲手の席からカレンさんが教えてくれた。魔物から街を守るために用意されているのは、真っ白な防壁だった。ネイリンゲンはあまり魔物に襲われることはないからあんな防壁は用意されないんだけど、他の街はよく魔物に襲撃されるから、巨大な防壁が用意されているらしい。

 

 温泉のあるクラグウォールにも、そのような防壁が用意されていた。街へと入るための門の周囲には防具を身に着けて槍を持った騎士が4人で警備をしていて、街へと入っていく商人の荷馬車を呼び止めている。

 

「そろそろ戦車から下りた方がいいんじゃないかしら?」

 

(えぇっ!? もう下りるんですか!?)

 

「だって、このまま街に入るわけにはいかないでしょ?」

 

「はははっ。ミラ、帰りにまた操縦できるんだからさ」

 

(う・・・・・・。わ、分かったよぉ・・・・・・)

 

 多分、この戦車じゃあの門は通れないよ。

 

 僕は砲塔の後ろに座っている兄さんたちに「あとは歩くよ」と伝えると、戦車から下りた。カレンさんとギュンターさんも、砲塔の上のハッチから下りてくる。

 

 ミラは残念そうに戦車を見つめてから、砲塔の上から僕の傍らに飛び降りてきた。

 

 僕はポケットから端末を取り出すと、レオパルト2A6の装備を解除してから端末をポケットに戻す。

 

「温泉か。楽しみだな、旦那ッ!」

 

「おい、ギュンター。・・・・・・頼むからやめろよ?」

 

「何言ってんだよ旦那。はははっ」

 

「俺はまだ死にたくないんだよぉ・・・・・・・・・」

 

 ギュンターさんが、荷物の入ったカバンを背負っている兄さんと話を始めたのが聞こえたんだけど、兄さんは何で死にたくないって言ったんだろうか? まさか、ギュンターさんが何か企んでるのかな?

 

 そういえばエミリアさんが腕立て伏せしている間、この2人はエミリアさんの胸を見てたよね。まさか、女湯を覗くつもりなのかな?

 

 やめた方がいいと思うよ。僕も死にたくない。

 

(ねえ、シン。楽しみだね!)

 

「う、うん。僕も温泉に入るのは久しぶりだからさ」

 

 ミラは兄さんから自分の分のタオルを受け取って僕の隣にやって来ると、楽しそうに笑いながらそう言った。

 

 僕も温泉に入るのは久しぶりだ。多分1年ぶりじゃないだろうか。

 

 クラグウォールの白い防壁にある門へと向かって歩いていると、門の前を警備していた騎士が1人だけ僕たちの方に走って来るのが見えた。身に着けているのは銀色の防具で、その下には赤い制服を着ている。オルトバルカ王国の騎士団だった。

 

「クラグウォールへようこそ。どこかのギルドですか?」

 

「えっと、モリガンっていう傭兵ギルドなんですが・・・・・・」

 

「ああ、モリガンの方々でしたか! 本日は温泉に入りに来たのですかな?」

 

 このギルドはやはり有名らしい。警備していた騎士の質問に答えようとしていると、後ろにいたカレンさんが僕の隣へと歩いてきた。

 

「警備お疲れ様」

 

「これはこれは、ドルレアン様。ドルレアン様も温泉に?」

 

「ええ。ギルドのみんなとね」

 

 カレンさんは確か領主の娘なんだよね? ドルレアンっていうのは彼女の姓なんだろうか?

 

 そういえば、ギルドの女のメンバーでミラ以外はみんな貴族出身らしい。フィオナちゃんも生前は貴族の1人娘だったそうだし、エミリアさんもラトーニウス王国の貴族出身だって言ってたね。

 

「では、どうぞ」

 

「ありがと。―――行きましょう」

 

 警備をしていた騎士に礼を言ってから僕たちの戦闘を歩き出すカレンさん。僕とミラも、槍を持った騎士たちに礼を言ってから彼女の後について行った。

 

 後ろの方では、まだギュンターさんが兄さんを何かに誘おうとしているのが聞こえる。兄さんは必死に「死にたくない。止めてくれ」って言ってるんだけど、ギュンターさんはまだ兄さんを誘おうとしているらしい。そういえば、昨日も戦車をミラたちと見ている時に屋敷の中から兄さんの叫び声が聞こえたような気がする。もしかすると、あの時から誘ってたんだろうか。

 

 もし覗いているのがバレたら、絶対殺されるよ。兄さん、覗くのは絶対に止めた方がいい。僕は最後尾で必死に断り続ける兄さんを応援しながら、街に入るための門を潜った。

 

 

 

 

 

 

 

 クラグウォールはネイリンゲンの北の方にある街だ。何度か魔物に襲撃されているため、ネイリンゲンと違って街は巨大な防壁に囲まれている。オルトバルカ王国の北側に広がる雪山のせいなのか、ネイリンゲンよりも少しだけ寒い。

 

 ピエールから聞いた温泉は、街の北側にある俺たちの屋敷よりも大きな建物だった。そこに入ってからエミリアたちと別れ、男湯の脱衣所に入った俺は、黒いオーバーコートを脱いで腰にタオルを巻きながら、もう既に楽しそうに笑いながら準備を終えて大浴場の入口の前で待っているギュンターの方をちらりと見た。

 

 俺はあいつに何度も覗くのはやめておけって言ったんだけど、あいつは絶対に覗くつもりだ。しかも、もしかすると俺まで巻き込まれるかもしれない。

 

「行こう、兄さん」

 

「お、おう」

 

 タオルを腰に巻き終えた信也に呼ばれ、俺も大浴場への入口へと向かう。

 

「よし、行こうぜ旦那ぁ!」

 

「・・・・・・」

 

「何だよ旦那ぁ。覗かないのか?」

 

「なっ・・・・・・! ぎゅ、ギュンターさん、やっぱり女湯を覗くつもりだったのッ!?」

 

「当たり前だろ? 何だ? 信也は覗かねえのか?」

 

「のっ、覗くわけないでしょ! 殺されますよ!?」

 

 必死に叫ぶ信也。どうやら信也もギュンターが何をするつもりなのか予測していたらしい。

 

 俺はこいつを何度も止めようとしたんだが、ギュンターは何としても覗くつもりだ。どうしよう。もしかしたら俺たちまで巻き込まれるかもしれない。もしそうなったら確実にエミリアたちに殺される。

 

 ため息をつきながら、俺は大浴場の扉を開けた。

 

「おお、すごいな。広いぞ」

 

 屋敷の地下にある射撃訓練場よりも広いかもしれない。大浴場の中には様々なサイズの浴槽が用意されていて、入り口から見て右側にはサウナもある。どうやら露天風呂もあるようだ。

 

「じゃあ、身体洗ったら作戦を立てようぜ。信也、頼むぞ」

 

「何でッ!?」

 

「ミラから聞いたぜ。お前が立てた作戦のおかげでドラゴンを簡単に倒す事が出来たらしいじゃねえか」

 

 ギュンター。信也まで女湯を覗く計画に巻き込むなよ。

 

「お前が作戦を立ててくれれば、きっと無事に覗く事が出来るし、全員生還できる筈だ」

 

「い、嫌ですよ! 死にたくない!」

 

「なあ、とりあえず身体洗おうぜ」

 

「そうだな」

 

 俺は再びため息をつきながら、浴槽に入る前にまず身体を洗うことにした。

 

 


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