「やあ、力也」
「おう、ピエール」
ネイリンゲンの街中にある喫茶店のドアを開けた俺は、カウンターの向こうにいた少年に挨拶すると、カウンターの前に並んでいる椅子のうちの1つに腰を下ろし、テーブルの上にピンク色の液体の入った瓶を2つ置いた。中身は、フィオナが作ったエリクサーだ。
彼女は治療用の魔術を使う事が出来るけど、もし彼女と別行動している時に致命傷を負ってしまったら、治療用の魔術が使えない俺たちは手当てをする事が出来ない。そこで、フィオナは俺たちのためにエリクサーの作り方を勉強し、屋敷の空き部屋を研究室代わりにして色んなエリクサーを作ってくれている。
このピンク色のエリクサーは、フィオナの治療用の魔術と同じ効果を持つエリクサーだ。一口飲むと、傷口をすぐに塞ぐ事が出来る。宿屋の売店や街の露店などでもエリクサーは売られているんだけど、フィオナが作るエリクサーほど強力ではない。フィオナのエリクサーは傷口を一瞬で塞ぐ事が出来るんだけど、他のエリクサーは傷口が塞がるまで5分くらいかかってしまうらしい。しかも、瓶の中身を全部飲まなければいけない。
遠征に行く騎士団や傭兵ギルドの傭兵たちは仲間に魔術師がいない場合は大量に購入していくらしい。
「ほら、フィオナからだ」
「ありがとう。助かるよ」
俺はエリクサーの瓶を受け取ったピエールに「紅茶を1つ頼む」と言うと、ポケットから端末を取り出してメニューの中に並んでいる『ステータス』をタッチして自分の今のステータスを確認しておくことにした。
転生者に与えられるステータスは、攻撃力と防御力とスピードの3つだけだ。スタミナや剣術などは、スキルや能力で強化するか、自分で訓練して鍛えるしかない。
あの城郭都市を支配していた転生者を倒したおかげで、俺のレベルはついに100を突破して103に上がっていた。ステータスは攻撃力が18790で、防御力は19900になっている。3つのステータスの中で一番低いステータスはスピードなんだけど、その一番低いスピードでも17900だ。
スピードのステータスには動体視力や反射速度も含まれる。だからあの転生者と戦った時、あいつの動きをすぐに見切って顔面に.600ニトロエクスプレス弾を叩き込んでやる事が出来たんだ。
「ど、どうぞ・・・・・・」
「ありがとう、サラ」
俺の目の前に紅茶を置いてくれたのは、少し浅黒い肌を持つ小柄なハーフエルフの少女だった。湿地帯で出会った時はボロボロの服を着て体も薄汚れていたんだけど、髪は綺麗になっているし、ウェイトレスの服も似合っている。
この2人がネイリンゲンで喫茶店を開店してから、俺はあの時ピエールに言った通り毎日ここに通っている。ここの紅茶は気に入っているし、ピエールはいつも来る俺によくいろんな情報を教えてくれる。転生者を狩りに行く時に情報を提供してくれるのも彼だ。
「最近はどう? この街じゃかなりモリガンは有名な傭兵ギルドみたいだけど」
「ああ。一昨日俺の弟までこっちの世界に転生して来たんだよ」
「力也の弟?」
「おう。信也っていうんだ」
「へえ。彼もモリガンに入ったの?」
「ああ。今は傭兵見習いだよ。確か今日はギュンターと筋トレしてる筈だ」
「ははははっ。ギュンターか・・・・・・」
ピエールとギュンターは知り合いだ。ギュンターが奴隷扱いされていた時、優しい性格のピエールは他の兵士たちのように奴隷のオークやハーフエルフ達に暴力を振るう事が出来ず、こっそり倉庫からエリクサーを持ち出して傷だらけの彼らを治療したり、自分の食糧を腹を空かせている奴隷の子供たちにあげていた。だから奴隷たちからは敵視されることはなかったらしい。
彼は俺に「ちょっと待って」と言うと、厨房の方へと向かった。厨房の中からはアップルパイの匂いがする。
「はい。エリクサーのお礼だよ」
「おお、ありがとう。これはサラが焼いたやつかな?」
「は、はい。・・・わ、私が焼きました」
サラが焼いてくれるアップルパイもお気に入りだ。ここに来ると必ず注文するし、屋敷にも持って帰るようにしている。
「ふ、フィオナちゃんとミラちゃんによろしくお願いします・・・・・・」
「おう」
ミラとフィオナはサラと仲がいいからな。喫茶店が休みの日はよく一緒に遊んだり、買い物に行くらしい。
「あ。そういえば、北の方にあるクラグウォールっていう街に温泉が出来たらしいね」
「温泉?」
「うん。北の方は寒いけど、温泉に入るには丁度いいんじゃない?」
温泉か・・・・・・。ミラと信也の歓迎会はもうやっちゃったけど、みんなで温泉に行くのもいいかもしれない。
それに、転生する前も温泉にはあまり入ってなかったな。貸家の狭い風呂か実家の風呂にしか入っていなかったから、多分温泉に入るのは3年ぶりくらいかもしれない。
「悪くないな」
「みんな喜ぶと思うよ? 行ってみたら?」
「そうするか。ありがとな、ピエール」
俺は彼に礼を言うと、サラが焼いてくれたアップルパイに手を伸ばした。
「おう、お帰り。旦那」
「ギュンターか。信也の訓練は?」
「終わってるぜ。今は裏庭で戦車とかいう兵器をミラとフィオナちゃんと一緒にいじってる」
「戦車?」
端末で生産したのか? じゃあ、あいつが初期装備を生産に必要なポイントの少ない武器ばかりにしていたのは、初期装備に戦車を作ったからなのか?
そういえば、あいつは戦車が好きだったな。何を作ったんだろうか? M4シャーマンか? それともソ連のT-34か?
「そういえばギュンター。明日、ギルドのみんなを連れて温泉に行かないか?」
「温泉だって?」
「おう。北にあるクラグウォールっていう街に温泉が出来たらしい。ピエールが教えてくれたんだが・・・・・・」
「いいじゃねえか。行こうぜ旦那ッ!」
屋敷の2階にある応接室で休んでいたギュンターは、昨日の腕立て伏せの時に俺を肘で突いてきた時と同じようにニヤリと笑いながら言った。
こいつ、まさか女湯を覗こうとしてるんじゃないだろうな? 何だかそんな感じがするぞ。
「上手くいけば、女湯を覗けるかも知れねえッ!」
予想通りだった。俺は思わずため息をついてしまう。
「何だよそのため息は? 旦那だって見てみたいだろ?」
「いや、それは・・・・・・」
「おいおい旦那ぁ。昨日は一緒に姉御の胸を見てたじゃないか。今度は姉御の巨乳以外にもバリエーションが増えるんだぜぇ? 最高じゃないか!」
確かに昨日の筋トレの時、俺はギュンターに誘われて腕立て伏せしてるエミリアの胸を見てたさ。エミリアのはギルドのメンバーの中で一番大きいから滅茶苦茶揺れてたよ。それに、前に彼女に抱き付かれた時は顔を真っ赤にしてしまったしな。
昨日俺とギュンターがエミリアの胸を見てたというのはまだバレてない。でも、バレたら―――絶対殺される。
「・・・・・・し、死にたくない」
「え?」
「お前、考えてみろよ。エミリアに覗いてるのがバレたら殺されるぞ? それにカレンも――――」
「そういえば、カレンの胸もなかなかでかいよな」
「・・・・・・う、うるせえ! 何考えてんだよ変態ッ!!」
「い、いいじゃねえかッ! 旦那、一緒に見ようぜ!?」
「断るッ! お、俺は・・・・・・まだ死にたくないからなッ!」
カレンにも覗いてるのがバレたら殺される。絶対にマークスマンライフルで頭を狙撃されちまうぞ。それに、女湯を覗くってことはフィオナとミラも覗くってことになるんだぞ?
「なあ、旦那ぁ!」
「やめろ! マジで死にたくないんだって!」
「じゃあ遺書を書いてから覗こうぜ!」
「だから死にたくないって言ってんだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
俺は必死に叫ぶと、まだ俺を覗きに誘おうとするギュンターの腕を振り払い、応接室の外へと向かって走り出した。
ギュンターさんとの筋トレを終えた僕は、肩にタオルを乗せながら屋敷の裏庭で水を飲んでいた。ギュンターさんは相変わらず愛用の武器を装備した状態で筋トレを3000回くらいやってたんだけど、僕は何も装備しない状態で43回しかできなかった。
タオルで汗を拭きながら、僕は端末で現在のステータスを確認する。基本的に転生者のステータスは攻撃力と防御力とスピードの3つで、それ以外は自分で鍛えるか、スキルや能力を装備しなければならない仕組みになっている。だからレベルやステータスが高い転生者の中にも、体力がないせいで息切ればかりする情けない転生者もいるって兄さんが教えてくれた。
兄さんはこっちの世界に転生して来てから半年くらいでかなり自分を鍛えてるみたいだった。アンチマテリアルライフルやアサルトライフルを背負った状態でギュンターさんとスタミナがほぼ互角なんだ。
今の僕のステータスは、攻撃力が102で、防御力は80になっている。スピードは98まで上がっていた。今朝兄さんにステータスを見せてもらったんだけど、兄さんのステータスは凄かったよ。ステータスが全部10000を超えていたし、持っているポイントもかなり余ってた。きっとレベル上げを頑張ったんだろうね。
『こ、こんな兵器が信也さんの世界にあったんですか・・・・・・?』
(すごい・・・・・・。かっこいい・・・・・・!)
「はははっ」
僕の目の前には、迷彩模様の巨大な戦車が鎮座していた。
ヨーロッパの貴族が住んでいたような屋敷の裏庭に鎮座しているのは、ドイツ製
(ねえ、シン! 今度、何か依頼があったらこの戦車を使ってみようよ!)
楽しそうに笑いながら、ミラが乗っていた戦車の砲塔から飛び降りてきた。他のみんなは僕の事を名前で呼ぶんだけど、ミラは僕の事をシンっていうニックネームで呼んでくれる。
「お。レオパルト2じゃないか」
「ああ、兄さん。お帰り」
「おう。・・・・・・これ、お前の戦車か?」
「うん。初期装備で生産したんだけど、僕1人じゃ操縦しかできなくて・・・・・・」
兄さんは「お前、戦車が好きだからな」と笑いながら、戦車のハッチの中を覗き込んでいるフィオナちゃんを見上げていた。
「ところでさ、さっきピエールから北にあるクラグウォールっていう街に温泉が出来たって聞いたんだが、明日みんなで行ってみないか?」
「温泉?」
「ああ。ネイリンゲンから北に30kmくらいだ」
『いいですね。行きましょう!』
(じゃあ、みんなでこれに乗って行かない!?)
「え?」
ミラは楽しそうに笑いながら、目の前に鎮座している僕のレオパルト2A6を指差している。
まさか、彼女は戦車に乗って温泉に行くつもりなの?
「ははははっ。いいな。戦車の試運転だ!」
「ええッ!?」
本当に戦車に乗ってみんなで温泉に行くつもりらしい。
確かに距離は30kmもあるし、途中で魔物も出てくるかもしれない。
「わ、分かった。役割分担は決めておくよ」
「頼むぜ」
(やった! ありがとう、シン!)
ミラがはしゃぎながら兄さんの目の前で僕に抱き付いて来る。僕は顔を真っ赤にしながら、僕に抱き付いている彼女の頭を優しく撫でた。