異世界で転生者が現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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音響使いの少女

 

 真っ白な光が完全に消え去った向こうに広がっているのは、高い木々の群れだった。巨木の幹にはツタが何本も絡みつき、地面から突き出ているその巨木たちの根は両手を使って登らなければならないほど高い。

 

 ここはどうやら森の中のようだ。僕は木々を見渡すと、あの端末が入っている筈のズボンのポケットの中に手を突っ込んだ。

 

 僕をこの異世界に連れてきたと思われる奇妙な端末は、やっぱり僕の制服の右側のポケットに入ったままだった。僕はさっき、この携帯電話くらいの大きさの奇妙な端末で武器と戦車を生産して装備したんだ。

 

 僕が今身に着けているのは、僕が通っている高校の制服だ。服装はバスの中で来ていたものと同じなんだけど、腰にはいつの間にか左右にホルスターが用意されていて、その中には旧日本軍で採用されていた南部大型自動拳銃が2丁も収まっている。制服の上着のポケットの中には、8mm弾が入ったマガジンが3つずつ入っているようだ。生産しておいたブーツナイフは、両足の太腿の部分に鞘と一緒に装備されている。

 

「ここは・・・・・・どこなんだろう? 日本かな?」

 

 何度も周囲を見渡してみるけど、僕の周りにあるのは巨木たちと草むらばかりだ。

 

 とりあえず、この森を離れよう。この森を出れば多分町がある筈だ。

 

 僕は草むらの中を歩きながら、腰のホルスターの中に入っている南部大型自動拳銃を1丁だけ取り出した。この銃は本物なんだろうか? あの端末で生産した武器なんだけど、この南部大型自動拳銃は本当に撃てるのか?

 

「・・・・・・試し撃ちしてみようかな」

 

 僕は手に持って眺めていたそのハンドガンの銃口を、目の前に立っていた巨木に幹に向けた。グリップをしっかり両手で握り、照準器を右目で覗き込む。

 

 このハンドガンが使用するのは普通のハンドガンで使用されるような45口径の弾丸や9mm弾ではなく、8mm弾だ。だから反動は小さい。力のない僕でも扱いやすい筈だ。

 

 巨木の幹へと照準を合わせ、僕はトリガーを引いた。

 

「わぁっ!?」

 

 トリガーを引いた瞬間、太平洋戦争で活躍した旧日本軍のハンドガンの銃声が、森の中に響き渡った。

 

 空になった薬莢が1つだけ南部大型自動拳銃から飛び出し、銃口を向けていた木の幹に小さな穴が開く。

 

 間違いない。この南部大型自動拳銃は本物だ。

 

「な、何なんだ、この端末は・・・・・・!?」

 

 本物の銃を生産できるのか?

 

 じゃあ、他にもあった銃は全部本物? 僕が生産したレオパルト2も?

 

 ということは、僕は本物のレオパルト2に乗る事が出来るということ!?

 

「す、すごい・・・・・・! 何だよこの端末! すごいぞ!」

 

 僕は南部大型自動拳銃を右手に持ったまま、左手でポケットから端末を取り出してはしゃいでいた。僕がトリガーを引いた瞬間に響き渡ったのは間違いなく本物の銃声だ。そしてあの木の幹にめり込んだのも、間違いなく本物の弾丸。

 

 本物の武器を、この端末で生産してしまったんだ!

 

「と、とりあえず森を出ないと・・・・・・」

 

 いつまでもここにいるわけにはいかないし、早くこの森から脱出するべきだ。もしかすると、あの端末に書いてあった通り、ここは日本ではなく異世界なのかもしれない。

 

 まずは森を出て町を探し、この世界が日本なのか異世界なのか調べないといけない。

 

 僕は南部大型自動拳銃をホルスターに戻すと、端末もポケットに戻し、木の根を踏み越えながら前へと歩き出した。

 

 そういえば、僕はバスに乗っていた筈なんだけど、どうなってしまったんだろうか?

 

 この端末を手に入れる前、確かに僕の乗っていたバスはガードレールを突き破り、谷底へと向かって落ちていた筈だ。僕はそのバスの中で何度も床や窓に叩き付けられていた。

 

 助かる筈がない。あんなところからバスごと転落したのだから、乗客は間違いなく全員死んでいる筈だ。

 

 じゃあ、僕もやっぱり死んでしまったんだろうか? ―――兄さんと同じように。

 

「ん?」

 

 その時、僕の頭上の木の枝が揺れたような気がした。

 

 今、風は吹いていない筈だ。なのにあの枝はどうして揺れた? 何かいるのか?

 

 僕は立ち止まり、右手を南部大型自動拳銃の収まったホルスターに近づけていた。

 

 右手で南部大型自動拳銃のグリップを握り、細い銃身をゆっくりとホルスターの中から引き抜く。僕は木の枝の上を見上げながら、銃口をゆっくりと今揺れた木の枝の方へと向けた。

 

「あれは・・・・・・?」

 

 確かに、木の枝の上に何かがいた。漆黒のオーバーコートに身を包み、首の辺りには真っ赤なマフラーを巻いている。セミロングくらいの長さの銀髪を揺らしながら、その何かは木の枝を飛び移りながらどこかへと移動しているようだった。

 

 あれは人間なんだろうか?

 

「背中に何か背負ってるぞ・・・・・・?」

 

 その人影は、背中に武器のようなものを背負っていた。漆黒のオーバーコートと同じくその背負っている武器も黒かったから形状はよく分からなかったけど、銃のマガジンのような部品が見えたような気がする。おそらく、ブルパップ式のライフルだろう。

 

「す、すごい運動神経だなぁ・・・・・・。僕には無理だよ」

 

 僕は絶対に木の枝を飛び移って移動できないだろう。きっとすぐに落ちてしまう筈だ。体育は昔から苦手分野だったしね。

 

 あの人を追いかけて何か聞いてみようと思ったけど、多分僕じゃ追い付けない。諦めてこのまま森を抜けた方がいいだろう。

 

 僕は南部大型自動拳銃をホルスターに戻そうとした。

 

 その時だった。いきなり強風が襲いかかってきて、僕の頭上の木の枝が揺れ始めたんだ。強風が木の葉を引き千切っていく中、今度はさっきの銃声よりも大きな何かの咆哮のような轟音が、森の中に響き渡った。

 

 僕は走り出しながら南部大型自動拳銃を引き抜いていた。間違いなく、この本物の拳銃の出番だ。僕の足の速さと体力では逃げ切ることは出来ないだろう。

 

 一体今の咆哮は何だ!?

 

 僕は全力で走りながら、後ろを振り向いた。

 

 木の葉を毟られながら揺れる枝たちの向こうに、巨大な影が見えた。間違いなく鳥ではない。鳥にあんな長い尻尾はないし、首も長くない筈だ。それに口から炎を吐いているようにも見える。

 

 その巨大な影は頭を僕の方へと向けると、僕の頭上の木の枝の群れを容赦なくへし折りながら森の中へと急降下してきた!

 

「ど、ドラゴン・・・・・・!?」

 

 木の枝の破片が舞う中を急降下してきた巨大な影は、間違いなくドラゴンだった。赤黒い外殻に包まれ、口の中にはティラノサウルスのような牙がある。その怪物の狙いは、もちろん僕だ。

 

 僕はすぐに横に向かって思い切りジャンプしていた。あのまま迎撃しようとして銃で狙っていたら、間違いなくあの牙で噛み殺されていたに違いない。横に回避した僕は硬い木の根に右肩を打ち付けながら草むらの上を転がると、南部大型自動拳銃を慌てて拾い上げて立ち上がり、すぐに走り出した。

 

 僕を食い殺そうとしたドラゴンは再び木の枝を突き破って上空へと戻っていく。この木の枝に紛れて逃げていれば、あのドラゴンは僕を見失ってくれるだろうか?

 

「こ、ここは本当に異世界なんだ・・・・・・! どっ、ドラゴンなんて日本にいるわけない!」

 

 もう、ここは日本じゃない。間違いない。あの時僕は死んで、あの端末に異世界に連れてこられてしまったんだ。

 

 僕は必死に森の中を突っ走った。小さい頃に僕を虐めていた子からよく必死に逃げていたけど、いつも簡単に追いつかれて僕は虐められていたんだ。

 

 多分、あのドラゴンにも追いつかれてしまう。―――でも、今の僕には武器がある。

 

 2丁の南部大型自動拳銃と2本のブーツナイフ。そして、端末が用意してくれたポイントの大半を使って生産した、ドイツ製主力戦車(MBT)のレオパルト2。

 

 そうだ。レオパルト2を使えば、あんなドラゴンなんて簡単に叩き落とせる!

 

 でも、レオパルト2には4人の乗組員が必要だ。まず、砲弾を主砲に装填する装填手が必要だし、その装填してもらった砲弾を発射する砲手もいなければならない。それに戦車を動かす操縦士と、その戦車を指揮する車長も必要だ。

 

 ここでレオパルト2に乗り込んだとしても、僕1人ではあの怪物を叩き落とすのは無理だ!

 

「あ、アサルトライフルでも作っておけばよかった・・・・・・!」

 

 多分、あのドラゴンにこの南部大型自動拳銃を撃ち込んでも通用しないだろう。

 

「ひっ・・・・・・!」

 

 再びドラゴンが木の枝の群れを突き破り、僕に向かって急降下してきたらしい。めきりと木の枝が折れる音が何度も聞こえた瞬間、僕は再び横に向かって飛び、今度は左肩を草むらの上に擦り付ける羽目になった。

 

 そして右手の南部大型自動拳銃をあのドラゴンに向け、トリガーを2回引いた。

 

 最初に放った8mmは外れてしまい、へし折られて落下する木の枝に命中したみたいだけど、2発目は僕を食い殺し損ねて再び上昇するドラゴンの背中に命中したらしい。でも、僕の思った通り8mm弾ではあのドラゴンを倒すのは無理だ。あの外殻に簡単に弾かれてしまう。

 

 装甲車に拳銃で挑むようなものだ。勝ち目がない。

 

「くっ・・・・・・!」

 

 ドラゴンが木の枝たちを突き破って上昇し、宙返りしながら再び急降下を開始する。

 

 僕は慌てて立ち上がって逃げようとするけど、ハンドガンで反撃したせいでさっきよりも走り出すのが遅れている。次の一撃は回避できるだろうか?

 

「ま、拙いッ!」

 

 ドラゴンが咆哮しながら、また僕に向かって急降下してくる!

 

 その時だった。僕に向かって急降下してきたドラゴンの右目に、僕から見て左側から何かが撃ち込まれたんだ。ドラゴンの右目から血と一緒に眼球の破片が吹き上がり、ドラゴンが吠えながら巨大な木の幹に激突すると、そのまま外殻を木の幹に擦り付けながら木の根が何本も突き出ている地面に墜落した。

 

「・・・・・・え?」

 

 今の攻撃は何だ? もしかして、ドラゴンの目に撃ち込まれたのは銃弾なのか?

 

「わっ!?」

 

 僕が墜落したドラゴンを見つめていると、いきなり目の前に黒いオーバーコートに身を包んだ人影が飛び降りてきた。右手にはさっき背負っていたブルパップ式の銃を持ち、首の周りには真っ赤なマフラーを巻いている。セミロングの銀髪を揺らしながら下りてきたその人影は、さっき木の枝の上を飛び移りながら移動していた人物のようだった。

 

 背は僕よりも少し小さい。女の子なんだろうか? 肌は真っ白で、セミロングの銀髪の中からはまるでエルフのような長い耳が突き出ている。

 

 彼女が手にしている武器は、どうやらロシア製アサルトライフルのSaritch308のようだ。銃身は短くなっていて、銃口にはサプレッサーが装着されている。さっきドラゴンの右目を撃ち抜いたのはこれだろう。

 

(耳を塞いで!)

 

「え?」

 

 すると、僕の目の前に降り立ったエルフのような耳の少女は、いきなりオーバーコートの袖の中から、まるでククリナイフのように曲がったナイフのような鉤爪を5本も伸ばすと、その鍵爪の先端を右目を潰されて墜落したドラゴンへと向けた。

 

 あれは明らかに近距離武器だよね? しかも、コートの袖の中に隠していたから、多分暗殺用の暗器の筈だ。まさか、それでドラゴンに斬りかかるつもりなんだろうか? でも、斬りかかるならばどうして耳を塞げと僕に言ったんだ?

 

 その時、突然彼女がドラゴンに向けていた人差し指の部分の鍵爪の爪の部分が、いきなりドラゴンに向けて放たれたんだ。

 

 まるでロシアのスペツナズ・ナイフのようだ。彼女が放った鍵爪の爪は装着している指の鞘とワイヤーで繋がっているらしく、爪が飛んで行った奇跡には漆黒のワイヤーが伸びている。

 

(早く、耳を塞いでっ!)

 

「わ、わかった・・・・・・!」

 

 僕は彼女の言うとおりに両手で耳をしっかりと塞いだ。

 

 彼女の放った鍵爪が起き上がろうとしていたドラゴンの頭を覆っていた外殻に突き刺さる。爪が外殻を貫き、ドラゴンの頭から鮮血が吹き上がった。

 

 恐ろしい切れ味の鍵爪だ。でも、まだドラゴンは生きている。

 

 その時、いきなり耳元で大音量でエレキギターの無茶苦茶な演奏を聞かされたような騒音が聞こえてきたんだ。僕は確かに両手で両耳をしっかりと塞いでいる筈なんだけど、その騒音は容赦なく僕の耳元で暴れ回っている。

 

 これが、彼女が耳を塞げといった理由なんだ。もし耳を塞いでいなかったら一瞬で鼓膜が破れていただろう。

 

「!」

 

 僕の目の前で、頭に彼女の爪を刺されていたドラゴンが頭から鮮血を吹き上げていた。眼と鼻と口から血を吐き出し、外殻の亀裂から鮮血を流しながら必死に大暴れしている。

 

 そして、何度も咆哮を上げながら大暴れしていたドラゴンは、そのまま木の根だらけの地面に崩れ落ち、頭から血を流したまま動かなくなった。

 

 僕はゆっくりと両耳を塞いでいた手を離した。もう、あのエレキギターの滅茶苦茶な演奏のような騒音は聞こえなかった。残響も全く聞こえない。

 

「ど、ドラゴンを倒した・・・・・・?」

 

 今の音はいったい何だ?

 

 僕の目の前の少女は、ドラゴンの頭に突き刺していた鍵爪の爪を引き抜いてから左手の指に装着している鍵爪の鞘までその爪を戻すと、ゆっくりと後ろにいる僕の方を振り向く。

 

 僕はドラゴンを簡単に倒してしまった少女の紅い瞳を、静かに見つめていた。

 

 

 

 


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