異世界で転生者が現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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ジョシュアの憎悪

 

  この世界には、俺が前にいた世界のように電気が通っているわけではない。それに水道もないから、水が必要ならば井戸から汲み上げてこないといけない。そのことに気が付いた俺は、宿舎の中庭にある井戸から桶に水を汲み上げ、朝のうちに自分の部屋へと運んでおくことにした。

 

 このまま水の入った桶を、階段を上って自分の部屋まで持って行かなければいけない。不便だったけど、前の世界では経験できなかったことだと思いながらも俺は水がたっぷり入った桶を静かに持ち上げ、宿舎の方へと向かう。

 

 今日で異世界に来てから2日目だ。昨日の夕飯は、宿舎の外にある食堂を利用させてもらおうかなって思ってたんだけど、何とエミリアに彼女の部屋で手料理を振舞ってもらうことが出来た。メニューはシチューとパンとサラダで、転生する前に1人暮らししてた時の俺が作った料理の何百倍も美味かった。

 

 それと、彼女が作ってくれたサラダの中に、昨日街の露店で売られてた赤い棘だらけの大根みたいな奇妙な野菜が入ってたのには驚いた。そしてそれを普通に食べるエミリア。味はタマネギみたいにさっぱりした感じで不味くはなかったけど、どうしてあの外見であんな味になるんだろうか。異世界だとこれが常識なのかもしれないけど、俺には慣れるのに時間がかかりそうだった。

 

 それと、今後の予定のことも考えておかないといけない。いつまでもここにお世話になるわけにはいかないから、早いうちに次の行き先を決め、金を稼ぐ方法を考えなければいけない。

 

 行き先はまだ未定だけど、金の稼ぎ方ならば昨日の夕食の時にエミリアがギルドの話をしていたっけ。最近は魔物が街や騎士団などの拠点を突然襲うことが多くなっていて、すぐに迎撃に派遣できる傭兵ギルドが多くの利益を得ているんだとか。当然傭兵を雇うんだから報酬を彼らに払わないといけないけど、魔物に襲撃されてこうむる損害よりも当然ながら彼らを雇った方が良いからな。

 

 それにしても傭兵か。仕事の内容は多分殆どが魔物を相手にすることになるだろうけど、悪くないかもしれない。

 

 とりあえず金を稼ぐ手段については見当がついた。あとはここを出ていった後の行き先だ。最初に行った街にまた戻るわけにもいかないし、どこか別の街に行って傭兵でも始めようか。今後の予定を考えながら桶を運んでいると、宿舎への入り口のところで装飾付きの白銀の鎧を身に纏った男が、腕を組みながらこっちの方を睨んでいることに気が付いた。

 

 あんな派手な鎧を纏って、俺を睨んでくる奴はジョシュアしかいない。俺は彼を無視して隣を通り過ぎようとしたけど、ここで待ち構えていたということは当然ながら俺に用事があったってことだ。ジョシュアが「エミリアに随分気に入られてるみたいだな」と俺を呼び止めるように言うと、腕を組んだまま俺の前に立ち塞がる。

 

「…………邪魔だ」

 

「お前がどれだけ彼女に気に入られていようとも、残念ながらエミリアは僕のものだ。自分のものに出来るとは思うなよ、余所者め」

 

 余所者ね。確かに俺は余所者だ。ナバウレアの外からやってきたというだけではなく、この世界の人間ですらないっていう点でな。ジョシュアがそれに気が付いている筈がないんだが、余所者っていう表現は今の俺にぴったりだった。

 

 俺は静かに桶を地面に置いた。ジョシュアが腕を組んでいた状態から静かに腰の剣の柄へと伸ばしたのを見た俺は、いつでも引き抜けるように腰のホルスターへと右手を近づける。

 

「あんなに嫌われてて、よくそこまで言えるな」

 

「ふん。剣も持たずに1人で旅をするようなバカが…………」

 

 ジョシュアが剣の柄を掴み、鞘から白銀の刀身を引き抜く。

 

「どれだけお前が気に入られていようが、追放するか殺してしまえば関係ない」

 

 こいつ、まさか俺をここで殺すつもりだったのか? だからこんなところで待ち伏せしてたのか?

 

 ジョシュアが俺に殺意を向けてきたところで、俺のホルスターからスコープ付きのトーラス・レイジングブルを引き抜く。12インチの長い漆黒の銃身と白銀の刀身を持つジョシュアの剣。この距離では、明らかに俺の方が有利だった。

 

 この距離からジョシュアが俺を斬りつけるには、少なくとも2歩か3歩は踏み込んで来なければならない。それに対して、既にジョシュアにマグナム弾の照準を合わせている俺は、このままトリガーを引けば良い。しかもジョシュアは俺がこの世界には存在しない銃という武器を持っているということは知っているが、その銃がどんな武器かは知らない。つまり、俺の攻撃にどういう対応をすればいいのか分からないのだ。

 

 あいつはさっき、俺に「剣も持たずに1人で旅をするようなバカ」と言ったけど、バカはあいつだ。銃を知らないから仕方がないだろうけどな。

 

 ジョシュアが一歩踏み込もうとした瞬間―――俺はジョシュアの頭に定めていた照準をほんの少し右にずらし、トリガーを引いた。

 

 レイジングブルの猛烈な反動と銃声。きっと、まだ宿舎で寝ていた騎士たちは今の銃声で叩き起こされたことだろう。

 

「…………っ!?」

 

 寝ているときにいきなり銃声が響けばびっくりするだろうけど、一番驚いているのは俺の目の前にいるバカだった。剣を構え、俺に踏み込もうとしたところで轟いた銃声に驚いたジョシュアは、俺が右手に構えているレイジングブルをじっと見つめたまま動けなくなっている。

 

 照準をずらさなければ、今頃ジョシュアはヘッドショットされていた。俺が照準をずらしたのは威嚇のつもりだ。

 

「――――剣を収めろ。さもないと、今度はお前の頭を吹き飛ばす」

 

 ずらしていた照準をジョシュアの頭に合わせながら、俺は冷たい声で言ってやった。

 

「貴様……何だ、その武器は…………!?」

 

 答えるつもりはない。黙ってそのまま銃口をジョシュアへと向け続ける。

 

「――――おい、何だ今の音は!? 2人とも何をやっている!?」

 

 レイジングブルの銃声の残響が消え始めた時、宿舎の入り口の中からエミリアが飛び出してきた。まだ朝だというのにこれから訓練に行くところだったのか、防具を身に着けて剣を腰に下げている。ジョシュアに銃を向ける俺と剣を手にしたジョシュアを睨み付けながら、エミリアは「2人とも、武器をしまえ」と言った。

 

 いきなり俺を襲撃してきたのはジョシュアなんだが、そのことは後で彼女に話しておこう。彼女の言うことに逆らってまでジョシュアにマグナム弾をお見舞いする必要はないと判断した俺は、黙ってレイジングブルをホルスターに戻した。

 

 それにしても、ただ水を汲みに行くのに襲撃されるとは。一応ホルスターにこの大型リボルバーを収めておいて良かったと思いながら、俺はジョシュアが剣を鞘に戻し、静かに引き返していくのを見守った。

 

「………力也、どういうことだ?」

 

「あいつがいきなり襲撃してきたんだ」

 

「何だと……!?」

 

 エミリアもジョシュアが俺の事を嫌っているということは知っていただろう。でも、さすがに俺を殺すつもりで襲撃してくるとは思っていなかったらしく、宿舎の中へと戻っていくジョシュアを見つめながら驚いているようだった。

 

「…………とりあえず、部屋に戻れ。朝の訓練が終わったら朝食にしよう」

 

「ああ」

 

 訓練に向かうエミリアと別れた俺は、傍らに置いた桶を拾い直すと、自分の部屋へと戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 エミリアの部屋に足を踏み入れるのはこれで2回目だった。1回目は昨日の夜、彼女の手料理をご馳走になった時だ。

 

 ベッドはしっかり直されていて、本棚に並ぶ本もちゃんと整理されている。毎日ちゃんと自分で掃除しているのか、床や壁には汚れが見当たらない。

 

 朝食に彼女が作ってくれたサンドイッチを頂きながら、俺はどうしてジョシュアがエミリアは僕のものと言っていたのかを考えていた。彼女のことを好きだというのは分かるが、多分他にも理由があるんだろう。

 

「それにしても、エミリアって料理が上手いよな」

 

「そ、そうか?」

 

「ああ。昨日のシチューも美味しかったし、このサンドイッチも最高だよ。どうやったらこんなに美味しくなるんだ?」

 

「騎士団に入ってからは1人暮らしだったから、色々と勉強したんだ」

 

 俺も前の世界で就職してから1人暮らしだったんだけど。

 

「それにしても、すまない。私がここに連れて来たばかりに………」

 

「そんなに気にしないでくれ。エミリアのおかげでかなり助かってるんだ」

 

 異世界に来たばかりの俺に、次の行き先を考える時間をくれたのは彼女だ。俺は彼女の言葉を否定するように言った。

 

「ところでエミリア。ジョシュアは君のことを僕のものだって言ってたんだけど…………?」

 

 できるならば聞きたくなかった。彼女に聞いた瞬間に俺は後悔したが、もし助けられるのならばそれで恩返しがしたいと考え直し、俺はエミリアの瞳を見つめながら彼女の答えを聞くことにした。

 

「――――ジョシュアは、私の許婚なのだ」

 

「許婚?」

 

「そうだ。ジョシュアの父と私の父が勝手に決めたことだ。…………私の父が、自分の地位を守るためにそうしたんだろうな」

 

「反対は………出来なかったのか」

 

 皿の上のサンドイッチを手にしながら、エミリアは静かに頷いた。自分の地位を守るためってことは、エミリアの実家は貴族なんだろう。その貴族同士の決定だから、エミリアが逆らえる筈がない。

 

 ジョシュアがエミリアは僕のものと言っていたのはそういう理由だったんだな。

 

 父親が自分の地位を守るために、娘を利用するのか。

 

 俺は彼女が作ってくれたサンドイッチをかじりながら、何とか彼女を助けて恩を返すことはできないかと考え始めた。

 

 

 

 

 

 

 朝食を終えて部屋に戻った俺は、端末の電源をつけて能力のほうを少し見てみることにした。ポイントも確か900ポイントくらい残っていた気がするし、武器ばかり作っていたからまだ能力の方は1回もチェックしていない。

 

 電源をつけ、武器と能力の生産のメニューをタッチしようと人差し指を画面へ向けた時、誰かが俺の部屋のドアをノックしたのが聞こえた。

 

 誰だ? エミリアか?

 

 俺は端末をパーカーのポケットの中に隠すと、静かに部屋のドアを開けた。

 

 そこに立っていたのはエミリアではなかった。今朝、俺を襲撃してきたジョシュアだった。派手な防具はさすがに身に着けてはいないが、手には鞘に収まった剣を持っている。まさかまた襲撃しに来たのかと思った俺は、ドアノブを握っていた右手を離し、素早くホルスターへと右手を向ける。

 

「何の用だ?」

 

「……お前を追い出しに来た」

 

「俺を?」

 

「そうだ。エミリアの近くにお前がいるのは気に入らないんでね」

 

「どうするつもりだ? まだ俺に剣を向けるのか?」

 

「――――いや。今日の午後3時に剣術の訓練がある。その時に僕と戦ってもらう」

 

 相変わらずジョシュアは俺を睨み付けてきていたが、俺はそれを無視していた。もちろん、話している間はずっと右手をホルスターの近くに置いている。

 

「僕が勝ったらお前にはすぐにナバウレアから出て行ってもらう。もちろん、今後ナバウレアには入れるつもりはない」

 

「なるほど、悪くないな。…………でも、そっちだけ要求を決めてるのは不公平だろ」

 

「ありえないけど、お前が勝ったら僕に好きな要求を呑ませてもいい。これならどうだ?」

 

 俺が負けたらここから出て行くというルールか。俺が勝った時の要求はどうしようか。

 

「言っておくけど、君が持ってた武器は使用禁止だ。使っていいのは近距離の武器だけにしよう」

 

「構わない」

 

 ちょっと待てよ。構わないって言っちゃったけど、今の俺の近距離用の武器ってパイルバンカーだけじゃん! 射程距離がたったの30㎝なんだけど!?

 

 俺はできるだけ取り乱さないようにしながら、どうすればいいか考え始める。残ったポイントは900ポイントだから、これを使ってパイルバンカー以外に何か近距離武器を作れば問題ないだろう。下手をすれば、また能力の生産が後回しになるかもしれないけど。

 

「午後3時だな?」

 

「ああ。…………今日で絶対にお前を追い出してやる」

 

「逆に追い出されるかもしれないのにか?」

 

「ふん。言っておくけど、僕が負けることは無いよ。お前に勝ち目はないんだ」

 

 そう言い残すと、ジョシュアは俺の部屋の前から立ち去って行った。

 

 彼との戦いは今日の午後3時。今はまだ午前9時くらいだから、5時何くらい時間がある。

 

 しかし、銃が使用禁止か。パイルバンカーは30㎝しか射程距離がないから、ジョシュアが持っているような剣をこれだけで相手にするのはさすがに難しい。

 

 能力を作って補うか、それとももう一つ近距離武器を用意するか。俺はドアを閉めてベッドに腰を下ろすと、端末をポケットから取り出して作戦を考え始めた。

 

 


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