「うわ・・・・・・凄い人数だ」
スナイパーライフルのスコープを覗き込みながら、俺は以前にエミリアと共に突破したクガルプール要塞の事を思い出していた。ラトーニウス王国とオルトバルカ王国の国境にあったあの要塞を越えようとした時も、このような厳重な警備だったような気がする。
あの時は俺が敵にわざと見つかって時間を稼ぎ、エミリアに逃走用に飛竜を強奪してきてもらうっていう作戦を立ててあの要塞を突破したんだけど、見つからないように奴隷を救出しなければならない以上、今回は陽動作戦は使えない。
「敵兵は?」
「凄い人数だぞ。防壁の上に弓矢を持った兵士が10人。防壁の内側には警備の兵士が20人だ。・・・・・・見つからずに進入できるのか? これ」
サプレッサー付きのアサルトライフルを準備するエミリアに俺は言った。敵の武装は弓矢や剣などで、銃を使えば簡単に倒す事が出来る。でも、今回は見つからずに館の中に潜入し、奴隷たちを救出しなければならないんだ。
館の外は約30人の兵士が警備している。おそらく、中にもかなりの人数の兵士が警備しているだろう。
「それに、ギュンターの妹がどこにいるのかも分からないしね・・・・・・」
「どうする・・・・・・?」
防壁の門の前に剣を持った兵士が2人。おそらく裏側にある門の前も同じように警備しているだろう。正面から突破しようとすればその兵士たちを片付けなければならないし、彼らを排除したとしても門を開ければ防壁の上の兵士や庭を警備している連中に見つかってしまう。
ならば、防壁を上って弓矢を持った兵士を排除し、そこから庭に下りて潜入するべきだろうか?
「―――よし、俺とカレンがここで狙撃して見張りを排除する。エミリアとフィオナとギュンターは俺たちが防壁の上の兵士を始末したら防壁を上って庭へと向かってくれ。入口まで到着したら合図を頼む」
「了解だ、任せろ」
『了解ですっ!』
「よし、カレン。木の上から狙撃するぞ」
「分かったわ」
端末を取り出して再びギリースーツを装備した俺は、館の周囲に生えている高い木に登るためにワイヤー付きのペレット・ダガーを鞘から引き抜いた。
カレンは近くの高い木の幹に自分のペレット・ダガーを突き刺しながら登り始めている。俺はダガーを木の上へと向かって放り投げると、刀身が木の幹に突き刺さったのを確認してからワイヤーを掴み、木の幹を上り始めた。
ツタに覆われた幹を上り、太い枝の上にしゃがみ込んだ俺は、すぐにワイヤーを掴んで幹から下りる事が出来るようにダガーをそのままにしておくと、背中に背負っていたSV-98を構え、スコープを覗き込む。
俺の隣の木の上で、マークスマンライフルを構えるカレンが俺の方を見ている。俺は木の下で準備している仲間たちを見ると、俺はカレンの方を見て頷き、照準を防壁の上の兵士に合わせた。
湿地帯の町の中心に鎮座する幽霊屋敷のような館の防壁の上の兵士にカーソルを合わせ、俺はトリガーを引いた。
SV-98の7.62mm弾が霧の中を駆け抜けて行く。響き渡る筈だった銃声からサプレッサーによって切り離された弾丸は、防壁の上で弓矢を持っていた兵士の頭に襲い掛かると、金属製の兜もろとも兵士の頭を食い破った。
スコープの向こうで、頭をスナイパーライフルで撃ち抜かれた兵士が崩れ落ちる。
「・・・・・・!」
次の兵士を狙撃しようと思ってスコープを別の場所へと向けたその時、スコープの向こうで兵士たちが次々に頭を撃ち抜かれ、防壁の上に倒れているのが見えた。
もちろん、俺が狙撃したわけではない。館の兵士を片付けたのはまだ1人だ。それに、下で突入準備をしている仲間たちが撃ったわけでもない。
その兵士たちを次々に撃ち抜いたのは、俺の隣に立つ木の上でマークスマンライフルを構えているカレンだった。彼女の持つM14EMRは俺のSV-98と違ってセミオートマチック式だから、1発ぶっ放す度にボルトハンドルを引く必要がないんだ。
俺はボルトハンドルを引きながら、次に狙撃する兵士を探しつつ彼女の狙撃を見守っていた。訓練では400mの距離から1発しか狙撃を外さなかったカレンの狙撃は、次々に防壁の上の兵士たちを片付けていく。
ここから防壁の上までの距離は100mくらいだから、彼女の狙撃はまさに百発百中だった。10人もいた兵士たちが、次々に彼女の狙撃の餌食になっていく。
結局俺が仕留めたのは1人だけだった。残りの9人は、全員カレンが片付けてしまった。
スコープから目を離したカレンが、ニヤリと笑いながら俺の方を見てくる。俺は前に彼女と共に廃墟まで魔物の群れを倒しに行った時のことを思い出しながら苦笑を浮かべると、木の下で突入する準備を終えていた仲間たちに手を振った。
俺の事を見上げていたエミリアが頷き、3人が館を囲む防壁へと向かっていく。俺はそのままスコープを覗き込み、防壁の上と門の前で警備している兵士を確認した。
どうやら今の狙撃は敵に気づかれていないようだ。
「カレン。エミリアたちが防壁を上り始めたら、俺たちも移動だ。今度は防壁の上から狙撃する」
「任せなさい」
再びマークスマンライフルを覗き込みながらニヤリと笑うカレン。俺は苦笑を浮かべたまま、スナイパーライフルのスコープを館の方へと向けた。
防壁の内側には、館の庭が広がっている。庭には花壇があったが、そこに植えられているのは私たちの屋敷や王都で見た貴族の屋敷の庭に植えられていたような花ではなく、湿地帯の植物のようだ。
その湿地帯の植物の植えられた花壇の周囲や玄関の前を、兵士たちが警備している。さっき力也が言っていた通り、約20人ほどだ。
力也とカレンは防壁の上にいた兵士たちを狙撃で殲滅したが、さすがに庭を警備している奴らを殲滅するわけにはいかないだろう。素早く館の内部に侵入し、ギュンターの妹と奴隷たちを救出しなければならない。
『力也さんたちがこっちに来ます』
「よし、彼らには防壁の上から援護してもらおう。行くぞ」
私は片手で迷彩模様の軍帽をかぶり直すと、彼らが仕留めた兵士たちの死体が転がる防壁の上から庭へと向かって飛び降り、すぐに植えられていた木の陰に隠れた。
フィオナとギュンターも防壁の上から下り、花壇の陰に隠れる。
私が飛び降りた位置から玄関までは40mほどだろうか。花壇や庭に植えられている木に隠れながら進めば見張りの兵士に気づかれずに玄関までたどり着く事が出来るかもしれない。玄関を見張っている2人の兵士を始末すれば、館の内部に侵入できるだろう。
だが、庭を警備している兵士は20人だ。玄関の兵士を始末すれば、他の兵士に気づかれてしまうかもしれない。
私は隠れていた木の陰から周囲を確認した。目の前にある花壇の向こうに兵士が1人立っていて、その右側の花壇の縁の所にもう1人の兵士が腰を下ろしているのが見える。一番近くにいる兵士はその2名だ。
あの2人は片付けておくか?
ギュンターとフィオナもその2人の兵士に気づいているらしい。ギュンターがスモークグレネードを装填したグレネードランチャー付きのOTs-14をちらりと見てから私を見てくるが、私は彼に向かって首を横に振った。
こんなところでスモークグレネードを使えば、他の兵士たちが集まってくる。スモークグレネードを使わずにあの2人の兵士を始末するか、気づかれないように通過するべきだ。
私はもう一度周囲を見渡して他の兵士たちがいないことを確認すると、OTs-14の銃口をまず花壇の向こうに立っている兵士へと向けた。花壇の縁に腰かけている兵士は後回しだ。
「・・・・・・?」
突然、ギュンターがアサルトライフルを背中に背負い、背中の鞘からマチェーテを引き抜いて移動を始めた。まさか、あのマチェーテで兵士を仕留めるつもりなのか?
花壇と木の陰に隠れながら、ギュンターは前へと進んでいき―――花壇の縁に腰かけて警備をサボっている兵士の後ろへと回り込んだ。
「・・・・・・なるほど。同時に仕留めるという事か」
彼があの兵士を片付けてくれれば、もう1人の兵士に向かってアサルトライフルのトリガーを引く手間は省けるし、それに弾丸も節約できる。ギュンターに死体を隠しながら周囲を確認してもらう事が出来れば、移動してからすぐに作戦を立てることもできるだろう。
私はギュンターを見つめながら頷いた。ギュンターも私を見つめながら頷き返すと、花壇の陰から立ち上がり、逆手に持ったマチェーテの切っ先をサボっていた兵士の首元へと突き立てた。
私もすぐに、OTs-14のトリガーを花壇の向こうの兵士へと向けて引く。弾丸が兜を貫通し、兵士が頭から鮮血を流しながら崩れ落ちたのを確認すると、私はフィオナを連れてすぐにギュンターと合流するために移動した。
血まみれのマチェーテを背中の鞘に戻し、しゃがみながらアサルトライフルを取り出すギュンターの隣へと移動すると、私もすぐに周囲を確認し始める。
庭の中央部に噴水があり、その周りに槍を持った兵士が4人立っている。中央部を通過するつもりはないため問題ないだろう。目の前にはまた花壇があり、その奥に2人の兵士が横に並んで立っているのが見える。
またギュンターに後ろに回り込んでもらうべきか?
「!」
『えっ!?』
アサルトライフルを向け、照準を合わせようとした瞬間だった。突然その横に並んでいた2人の兵士が、頭を後ろに揺らしながら仰向けに倒れたのが見えた。
おそらく、今のは力也とカレンの狙撃だろう。私は後ろを振り向くと、木の上から頭に風穴を開けられた死体だらけの防壁の上に伏せてこちらに銃口を向けている2人に向かってニヤリと笑った。
あの防壁の上からならば、私たちの隠れている花壇の周囲も見渡せるだろう。あの2人が見張りの兵士を狙撃したという事は、近くに他の兵士はいなかったという事だ。
『び、びっくりしました・・・・・・』
「はははっ。―――よし、前進だ」
私は傍らに浮かんでいるフィオナの大きなベレー帽をかぶり直させると、2人を連れて目の前の花壇を飛び越えた。