「ぐっ・・・・・・!」
「力也ッ!」
カレンに肩を貸してもらいながら下水の奥へと進んでいたんだけど、毒のせいで右足に力が入らない。俺はさっき力が抜けた時のように右側へ倒れ込むと、ランタンが掛けられている壁の下に再び右肩を打ち付け、そのまま湿った下水の通路の上にうつ伏せに倒れた。
俺は左手を近くに積み上げられていた木箱へと伸ばし、その木箱を掴んで立ち上がろうとしながら先ほどスモークグレネードを放り投げた方向を確認する。俺がカレンを連れて下水へと逃げ込んだのは、屋根の上からさっきのように弓矢やクロスボウで撃たれないようにするためだったんだけど、下水の中に暗殺者が追撃してきたならば、一刻も早くこの下水か出なければならない。
下水の通路は狭いし、木箱が積み上げられているから、毒で右足が動かない状態でカレンと暗殺者から逃げるのはかなり難しいだろう。
「拙い!」
俺はレイジングブルを白煙で覆いつくされた梯子の方向へと向けると、その白煙の中から俺たちの方へと向かって突っ込んできた暗殺者にマグナム弾をぶっ放した。
ラトーニウス王国の草原で、岩石のような外殻に全身を包まれたゴーレムの頭に風穴を開けた獰猛なマグナム弾が、スモークグレネードの白煙の中から襲い掛かってきた暗殺者の顔面を叩き割った。顔面に命中したマグナム弾に上顎を吹っ飛ばされ、前傾姿勢で走ってきた暗殺者がそのまま仰向けに倒れた。
レイジングブルに残ったマグナム弾はあと1発だけだ。まだ1個もスピードローダーを使っていないが、再装填している間にまた接近してくるかもしれない。
レイジングブルをホルスターに戻し、5.45mm弾のフルオート射撃をお見舞いしてやろうと思った俺は、腰の後ろに下げていたサムホールストックのAN-94を取り出そうと、漆黒のグリップへと手を伸ばす。俺のAN-94にはドットサイトとブースターが装着されていて、銃身の下には40mmグレネードランチャーが装備されている。5.45mm弾だけではなく、強烈な40mmグレネード弾もお見舞いできるというわけだ。それに折り畳み式のスパイク型銃剣も装備してある。
アサルトライフルのグリップを握った俺は、2点バースト射撃からフルオート射撃に切り替えると、積み上げられている木箱の陰から銃口を煙の中の暗殺者へと向けようとする。
「り、力也! 他の所からも・・・・・・!」
「なっ・・・・・・・・・!?」
フルオート射撃で暗殺者たちを引き裂いてやろうとしていたその時だった。汚水の流れる水路の反対側にある通路の天井から円柱状に外の光が入り込み、その光の中に外から漆黒の服を身に着けた男が短剣を手にしながら舞い降りて来たんだ。
他の暗殺者たちと同じ恰好の男だった。その暗殺者は俺とカレンを睨みつけると、水路の前に立てられている手すりの上に飛び乗り、そのまま汚水の流れる水路の上を飛び越えて襲い掛かってきた!
「死ねぇっ!!」
「ふざけんなッ!!」
俺は既に車上荒らしの野郎に殺されてるんだ。また殺されてたまるか!
正面の暗殺者たちにフルオート射撃を叩き込むために向けていたアサルトライフルを持ち上げると、俺は展開していたスパイク型銃剣で、俺へと向かって落ちてくる暗殺者の短剣を振り向きながら殴りつけた。空中で短剣を逸らされた暗殺者が体勢を崩している隙に再び銃剣が装着された銃身を持ち上げ、スパイク型銃剣の切っ先を暗殺者の背中へと叩き込む。
「がっ・・・・・・!」
「うおおおおおおおおおおッ!!」
銃剣を暗殺者の背中に突き刺したまま、俺はAN-94のトリガーを引いた。銃弾たちが男の肉体を引き裂いていき、フルオート射撃の銃声が断末魔を木端微塵に砕いていく。
俺は穴だらけになった男の体を左足で思い切り蹴飛ばして水路の中に突き落とすと、左手で積み上げられていた木箱を掴み、左足に力を入れながら立ち上がった。
「ナパーム・モルフォ! 援護しろ!」
俺が端末で生産したナパーム・モルフォたちが、俺の傍らへと集まってきて暗殺者たちへと炎の弾丸を掃射し始めた。
右足に力が入らない俺に止めを刺し、カレンを暗殺するために短剣や剣を持って突っ込んでくる暗殺者たちを、まるで5丁の機関銃が焼夷弾で一斉射撃を開始したかのような炎の弾丸の弾幕が迎え撃った。
炎の弾丸に被弾した暗殺者の服に炎が燃え広がり、次々に暗殺者たちが火達磨になった。炎を操る5匹の蝶が生み出した炎の輝きが、壁に掛けられたランタンの橙色の光を飲み込んでいく。
ナパーム・モルフォの焼夷弾に被弾した暗殺者が、絶叫しながら下水の水路へと向かって飛び込んだ。俺はAN-94をその暗殺者へと向けると、フルオート射撃から2点バーストに切り替えてトリガーを引いた。
「ギャアッ・・・・・・!」
2発の5.45mm弾が、先ほどまで火達磨になっていた暗殺者の肉体を食い破った。銃弾に止めを刺された暗殺者が汚水の中に崩れ落ち、水面に鮮血を浮かべながら茶色い汚水の流れる水路の中へと沈んでいった。
「!」
大火傷を負った暗殺者に止めを刺したその時だった。ナパーム・モルフォの焼夷弾の掃射で火達磨にされる暗殺者が続出して火の海を形成し、ランタンの橙色の光が弱々しくなってしまった下水の通路に、俺たちの前方の天井からまた円柱状に光が入り込んできた。
赤黒く見える通路の床が外の光で真っ白に照らされる。その中へとマンホールの蓋の上から飛び降りてきたのは、剣を持った3人の暗殺者の男たちだった。
「・・・・・・諦めろ」
「くそ・・・・・・!」
俺は右手でAN-94をその暗殺者たちへと向けながら、彼らの近くの壁にある梯子を睨みつけた。マンホールは空いたままになっているらしく、まだ天井から白い光が入っている。
この暗殺者を食い止め、その間にカレンを外へと逃がすべきかもしれない。彼女に肩を貸してもらえなくなるため、俺は歩けなくなってしまうけど、AN-94とレイジングブルとペレット・トマホークがあれば暗殺者たちを返り討ちにできるかもしれない。
立ち塞がった3人の暗殺者へフルオート射撃をぶっ放そうとしたその時だった。
突然、以前に屋敷の地下室で俺がアンチマテリアルライフルをぶっ放した時のような轟音が、反響と1発の弾丸を引き連れて通路の中を駆け抜けて行った。
その弾丸が、3人の暗殺者の真ん中に立っていた男の背中へとめり込んだ。血飛沫が木箱と壁を真っ赤に汚し、肉片と手足が通路の上に舞い上がる。黒い服を身に着けていたその男を粉砕した元凶が俺とカレンの隣を突き抜けていき、壁に掛けられていたランタンと木箱の山を破壊していく。
「なっ・・・・・・・・・!?」
「!」
いきなり仲間がバラバラにされたことに残った2人の暗殺者が驚く。俺はその隙にAN-94を向け、2点バースト射撃で暗殺者の顔面に5.45mm弾を叩き込み、左側の頬と鼻の上に風穴を開けた。
「ひっ・・・・・・!」
もう1人の暗殺者の顔面にも、俺は2点バースト射撃をお見舞いした。顎と右目の下に5.45mm弾を叩き込まれた暗殺者が、血を吹き出しながら後ろへと倒れていった。
「・・・・・・・・・さっきの攻撃は何?」
「分からん・・・・・・」
真ん中に立っていた暗殺者がバラバラになった時に聞こえた轟音は、間違いなく銃声だ。しかも、あの銃声はアサルトライフルやショットガンの銃声ではないだろう。
もしかしたらエミリアとフィオナが助けに来てくれたのかと思ったけど、俺は彼女たちにアサルトライフルやPDW(パーソナル・ディフェンス・ウェポン)しか渡していない筈だ。あんな銃声が出るのはありえない。
俺はAN-94の銃口を下ろさず、まだ目の前の通路へと向けていた。もしかすると今の弾丸をぶっ放したのはエミリアたちではないのかもしれない。
「・・・・・・・・・?」
「どうしたの?」
「あれは・・・・・・!?」
通路の奥に、人影のようなものが浮かんでいるのが見えた。何か大きな武器を抱え、俺が召喚したナパーム・モルフォのように火の粉を散らしながら俺たちの方へと向かってくる。
俺はその人影へとAN-94の銃口を向け続けたけど、その人影から『カレンさん! 力也さんっ!』という声が聞こえ、俺は驚きながら銃口を下げた。
「・・・・・・フィオナか?」
「あの時の・・・・・・幽霊の子? でも―――」
通路の奥から飛んできたフィオナは、笑顔を浮かべながら俺とカレンの目の前に降り立った。彼女はエミリアと共に会場の外で暗殺者たちと戦っていた筈なんだけど、恐らくエミリアが俺たちに合流させたんだろう。
俺たちの前に舞い降りた小柄な少女は、間違いなく俺とエミリアがネイリンゲンの幽霊屋敷で出会った幽霊の少女だ。でも、髪の色と服装が違う。
いつもは真っ白なワンピースを身に着けているんだけど、今の彼女は、まるで俺がいつも着ているギルドの制服のサイズを小さくしたような漆黒のオーバーコートを身に着けていた。フードはかぶらず、後ろ髪の下に隠れている。
彼女の髪は白髪の筈なんだけど、俺と同じオーバーコートを身に着けて目の前に現れたフィオナの髪は、白髪から黒髪へと変色していた。毛先のほうは炎のように赤くなっている。
「フィオナ、どうしたんだ・・・・・・?」
『この子の力を借りたんです』
「それは・・・・・・・・・ナパーム・モルフォ?」
フィオナは微笑むと、左手をそっと頭に髪留めのように止まっていたナパーム・モルフォへと近づけた。俺のナパーム・モルフォは6匹まで召喚できるんだけど、エミリアとフィオナを援護するために1匹だけ彼女たちの所に置いてきたんだ。
『―――あの暗殺者たちは私がやっつけます』
「なに?」
微笑むのをやめたフィオナは、再び浮き上がりながら俺たちの後方でナパーム・モルフォの群れから焼夷弾の一斉射撃を受けている暗殺者たちを睨みつけた。
彼女は俺から訓練を少しだけ受けているけど、フィオナが地下室で俺から受けた訓練で使用した銃はマシンピストルのスチェッキンだけだ。それに、彼女は治療用の魔術しか使えない。
俺は彼女を呼び止めようとしたけど、フィオナが右手で抱えていた武器を見て、呼び止めるのをやめた。
フィオナが右手で抱えていたのは、さっき暗殺者を一撃でバラバラにしたアンチマテリアルライフルのゲパードM1だった。銃身の上にはスコープが装着されていて、銃身の脇にはキャリングハンドルが装備されている。スナイパーライフルよりも銃身が長く、マガジンは見当たらなかった。
銃身の下には、折り畳まれた大型の鎌のような刃が装着されている。フィオナは漆黒のゲパードM1を抱えながら俺たちの方を振り返って微笑むと、ナパーム・モルフォたちと同じように火の粉を散らしながら、通路の奥の暗殺者たちの方へと飛んで行った。