俺はAN-94を装備した時、あまりフルオート射撃は使わない。ポケットの中に入っている端末で武器を装備しても、一緒に用意されるのは再装填（リロード）３回分のマガジンだけなんだ。弾丸がなくなってしまったら、次のマガジンが用意されるまで別の武器を使わなければならない。
銃が存在しない世界の人間や魔物ならば、この現代兵器があれば簡単に倒すことができるんだけど、俺はどうしても残りの弾薬のことを気にしてしまう。
でも、今残りの弾薬のことを気にしているわけにはいかない。今はこの暗殺者たちから、カレンを守り切らなければならないんだ。
ドットサイトを机の向こうに立つ暗殺者の上半身に合わせ、俺はフルオート射撃を叩き込んで撃ち殺すと、カレンを連れて会議室の出入り口のドアの近くまで移動する。ドアノブに黄金の装飾がついている豪華なドアだったけど、会議室の中で戦闘を繰り広げたせいで、ドアは暗殺者たちの返り血で真っ赤に汚れ、5.45mm弾の流れ弾で穴だらけになっている。
俺は折り畳んでいたスパイク型銃剣を素早く展開すると、会議室の窓から新たな暗殺者が入ってこないか警戒していたエミリアに「行くぞ」と伝え、俺は会議室から廊下へと飛び出した。
カーペットが敷かれた廊下には暗殺者はいない。脱出した領主たちの護衛に返り討ちにされた３人の暗殺者の死体があるだけだ。
「エミリア、マガジンは何個使った？」
「P90は２つ使った。AEK-971はまだ１つも撃ち切っていない」
確か、俺が会議室に突入した時もサーベルで応戦してたな。俺は彼女みたいに接近戦が得意じゃないから、多分接近戦になっても銃を使うだろうけどな。
「フィオナは？」
『わ、私はまだ……マガジンが３つ残ってます』
「つまり、１つ使ったってことか」
彼女も屋敷の地下で訓練を受けていたけど、その時使っていたのはマシンピストルのスチェッキンだし、それに彼女が一番得意とするのは治療用の魔術での治療だ。でも、この4人の中で傷を負っているのは１人もいないみたいだ。カレンはエミリアにテーブルの陰に隠れているように言われていたらしく無傷だし、会議のために着てきた服にも返り血はついていない。エミリアも無傷だけど、漆黒の制服にはサーベルで切り裂いた暗殺者たちの返り血がついている。フィオナが身に着けているワンピースは、戦闘が始まる前と同じく真っ白なままだった。
俺は廊下から階段のところまで移動すると、階段の下に暗殺者がいないか確認。カレンを連れて会議室の中から脱出する時にフルオート射撃をぶっ放していたけど、まだマガジンの中に入っている３０発の5.45mm弾を撃ち尽くしたわけじゃない。おそらくあと１５発くらいは残っている筈だ。
「………いないな」
「カレン、行こう」
「ええ」
俺が屋根の上で迎撃した暗殺者たちは２０人以上。俺がその暗殺者たちを追撃している間にこっちに接近してきた奴らは確か３０人くらい。この暗殺者たちにカレンを暗殺させようとしているクライアントは、暗殺者を何人雇ったんだ？ もう５０人以上の暗殺者が返り討ちにあってるんだぞ？
突入する時にライフルグレネードで吹っ飛ばした扉を潜り抜け、会場の庭へと出た俺は、屋根の上や門の方へと銃口を向けて警戒しながらエミリアたちが追い付いて来るのを待つ。
まだ暗殺者の増援は来ていないようだ。もう増援は来ないんだろうか？ 俺はAN-94をぶっ壊れた扉の近くの壁に立てかけると、背中のチェイタックM200を取り出し、狙撃補助観測レーダーを確認しておくことにした。
「………ヤバい」
『どうしたんですか？』
P90を抱えながら扉の向こうから出てきたフィオナに、俺は見ていたモニターを見せた。
狙撃補助観測レーダーのモニターには、俺たちのいるところへと接近してくる赤い点が既に表示されていた。距離は800mで、赤い点の数は２０個だ。
つまり、暗殺者たちの増援が２０人もこっちに向かっているらしい。
『こ、こんなに………！』
「どうした？」
「ヤバいぞ。暗殺者たちの増援が２０人もこっちに向かってる」
「２０人！？ 何人雇ってるのよ！？」
「くそ………！」
俺も２０人くらいの暗殺者を屋根の上で追撃したし、エミリアは会場で３０人の暗殺者を相手に戦っていた。でも、カレンを連れたまま更に２０人の暗殺者を相手にするわけにはいかない。
「力也、お前はカレンを連れて行け」
「エミリア？」
折り畳んでいたAEK-971のナイフ形銃剣を展開しながらエミリアが言った。まさか、ここで暗殺者たちを相手にするつもりなのか？
「待て、エミリア。お前も逃げた方がいい」
「少しだけ囮になるだけだ。そうした方がお前も逃げやすいだろう？」
「………分かった。フィオナ、もしエミリアが傷を負ったらすぐに手当てを頼むぞ」
『分かりましたっ！』
エミリアの持っている銃はAEK-971とP90とFive-seveNの３つ。P90はマガジンを２つも使ってしまったらしいけど、おそらく弾切れになる心配はないだろう。それに、フィオナのP90もある。
「―――エミリア」
「何だ？」
AN-94の銃剣を元に戻すと俺はアサルトライフルを腰の後ろに下げ、エミリアの腕をつかんで、ナバウレアから彼女と共に逃げてきた時のように近くへと引き寄せた。
落ちそうになった彼女のお気に入りの軍帽をそっと被りなおさせると、俺は顔を真っ赤にしている彼女の瞳を見つめながら囁いた。
「―――お前は俺が貰ったんだ。だから………死ぬな」
「あ、当たり前だッ！」
エミリアなら大丈夫だ。暗殺者が２０人も襲い掛かってきたとしても、間違いなく彼女に勝てないだろう。
いつもはエミリアが「お前は私を貰ったのだろう？」って言ってくるんだ。前にフィオナを怖がっていた時も言ってきたな。
俺は顔を真っ赤にしている彼女に微笑みながら、そっと手を放して腰のAN-94を取り出そうとしたんだけど、右手をアサルトライフルに伸ばそうとしたその時、エミリアが顔を真っ赤にしたまま俺の右手をつかみ、そのまま俺を近くに引き寄せた。
「あんな暗殺者共に、私が負けるわけがないだろう？」
「そうだな。お前なら………」
エミリアは近くに引き寄せた俺に囁くと、微笑みながら俺を抱きしめた。
「………お前も死ぬなよ」
「任せろ」
俺もあんな暗殺者共に殺されるつもりはない。
俺から手を離した彼女に微笑むと、俺は腰の後ろに下げていたAN-94を取り出し、銃身の右側に装着しておいたスパイク型銃剣を展開する。３０発入っていたマガジンの中に残っている弾丸の数はあと１５発だ。俺はフルオート射撃からいつも使っている２点バースト射撃に切り替えると、俺の後ろに立っていたカレンに「行くぞ」と言ってから路地へと向かって走り出した。
レンガ造りの建物の間からちらりと見える大通りを歩いている住人はいなくなっていた。おそらく、会場から脱出した領主たちが騎士団に応援を要請し、騎士団たちが住民を避難させたんだろう。大通りに並ぶ露店にも店主はいなくて、舗装された道には野菜や果物がいくつか転がっているだけだった。
俺たちが逃げているのはその大通りではない。大通りに立つ建物の裏側にある細い路地だ。置かれている木箱を飛び越え、ながら突っ走る俺の後ろには、真っ赤なドレスを身に着けたカレンがついてきている。スピードのステータスのおかげで屋根の上を走っていた暗殺者たちに追いつくほどのスピードを持ってるんだけど、護衛する彼女を置いてきぼりにするわけにはいかない。
積み上げられている木箱を蹴飛ばした俺は、路地を飛び出す前に立ち止まり、AN-94を構えながら大通りと屋根の上を確認した。
屋根の上には誰もいない。大通りの方にも、あの黒い服を身に着けた暗殺者たちの姿はなかった。
「大丈夫だ。行こう」
「ええ………」
カレンを連れ、細い路地から飛び出そうとしたその時、背後から銃声が何度も轟いてきた。エミリアとフィオナに持たせた武器にはサプレッサーが装着されているんだが、エミリアに会議室の中で渡したAEK-971にはサプレッサーが装着されていない。おそらく彼女がAEK-971のフルオート射撃を、襲撃してきた暗殺者共にぶっ放したんだろう。
俺は大通りへと飛び出すと、反対側にある路地へと向かって突っ走る。とりあえず会議が開催されていた会場から離れて、騎士団のところまでカレンを連れていくつもりだ。
店主のいなくなった露店の陰に隠れ、警戒してから反対側にある路地へと向かおうと思った俺は、近くにあった露店の陰へと向かう。
その露店はどうやら野菜を売っていた店のようだ。ニンジンやキャベツが並んでいて、隅の方には例の棘だらけの紅い大根のような禍々しい野菜が置かれている。
その時、急に俺の右足が揺れたような気がした。大通りで立ち止まると暗殺者に狙われてしまうかもしれないため、俺はそのまま露店の陰に向かって走って行こうとしたんだけど―――右足が震え始め、俺はぐらりと揺れながら露店の陰へと転んだように飛び込んだ。
俺は露店の陰に隠れながら、急に力の入らなくなった右足を睨みつけた。カレンを護衛しなければならないというのに、どうして急に力が入らなくなった？
「くそ………！」
フィオナが作ってくれた制服の黒いズボンの太腿の辺りに、漆黒の矢が突き刺さっているのが見えた。もちろんズボンは貫通していて、俺の右足に突き刺さっている。
「力也ッ！」
「き、気を付けろ！ 矢で狙ってるッ！！」
屋根の上に隠れていたのか？ 俺は右足に突き刺さっている矢を掴むと、激痛を黙らせながら無理矢理その矢を引き抜き、大通りの真ん中へと放り投げた。
愛用のAN-94を拾い上げた俺は、俺を狙撃した奴に5.45mm弾の２点バースト射撃をお見舞いしてやるために、先ほど矢が飛来した方向へとすぐに銃口を向ける。ブースターとドットサイトの向こう側に見えたのは２階建てのレンガ造りの建物で、その屋根の上にクロスボウを持った暗殺者が２人立っているのが見える。
屋根の上からチェイタックM200で狙撃していた時のように、おそらく煙突の陰に隠れていたんだろう。俺はその２人を睨みつけると、俺を狙撃したお返しに２点バースト射撃をぶっ放す。
ドットサイトとブースターの向こう側で、２人のうち１人が突き飛ばされたかのように倒れたのが見えた。俺はもう１人の暗殺者に照準を合わせ、もう一度２点バースト射撃をお見舞いしてやる。
暗殺者の頭から鮮血が一瞬だけ舞い、漆黒の服に身を包んだ暗殺者が屋根の上に崩れ落ちていく。どうやら２発ともヘッドショットだったようだ。
「力也、大丈夫！？」
「ああ………。行こう、カレン」
俺の傍らまでやってきたカレンが、俺に右手を差し出してくれる。俺は彼女の右手につかまって立ち上がると、右足の激痛を黙らせながら路地へと向かって歩き出した。