異世界で転生者が現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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ナパーム・モルフォの初陣

 

 オルトバルカ王国の歴史の中から、敗北という単語を見つけることは難しい。ラトーニウス王国の隣にあるこの大国は過去に勃発した戦争にほとんど勝利している国家で、騎士団の練度は非常に高い。騎士団だけでなく、魔術師だけで編成された部隊もあり、その魔術師たちは戦闘以外にも魔術の研究などで活躍しているらしい。

 

 他の国からオルトバルカ王国まで魔術の勉強に来る魔術師もいるってエミリアが言ってたな。オルトバルカ王国の魔術師は優秀な者が多いらしい。

 

 ネイリンゲンの屋敷を午前6時くらいに出発した俺たちは、ネイリンゲンの周囲に広がる草原を通過し、その先に広がる森を越えていた。以前にアラクネたちと戦った森戸は方角が違うけど、もしかしたらその森の中にアラクネがいるかもしれないから、休憩を取ったのは森を越えて草原に出てからだった。

 

 森を出た後に草原を進むと、近くに渓谷がある。既にそこを通過していた俺たちは、オルトバルカ王国の王都へと近づいていた。

 

「あの防壁は?」

 

『王都の防壁です』

 

「ということは、到着したのか」

 

 渓谷を通過して草原を馬に乗って走っていると、その草原の向こうに巨大な防壁が鎮座しているのが見えた。ラトーニウス王国のナバウレアにも防壁があったけど、あそこの防壁よりも王都の防壁は巨大だった。防壁の表面には魔法陣が描かれているけど、何に使うんだろうか? ナバウレアの防壁には確かあんな魔法陣は描かれていなかったような気がする。

 

 防壁の上にはクロスボウや弓矢を装備した騎士たちが警備をしているのが見える。身に着けているのは赤い装飾のついた銀色の防具だ。

 

『ここが王都のラガヴァンビウスです』

 

「防壁に描かれている巨大な魔法陣は何なんだ?」

 

『あれは魔力を増幅させるための魔法陣です。防壁の中にある部屋で魔術師が魔術を使うと、あの魔法陣から強化された魔術が放たれる仕組みになってるんですよ。20年前に王都の防壁に装備されたものらしいです』

 

 フィオナが病気で死んで幽霊になったのは今から100年前だ。だから、あの魔法陣が20年前に装備されたってことも知ってるんだな。

 

 オルトバルカ王国では魔術の研究が有名だけど、あの魔法陣は他の拠点の防壁にもあるんだろうか? 防壁の中にある部屋で魔術師が魔術を使う必要があるみたいだから、魔物や敵兵の迎撃にしか使えないだろう。でも、ナバウレアの防壁は普通の防壁だったからな。やっぱりオルトバルカ王国の魔術の方が優れているらしい。

 

「おい、お前たち」

 

「?」

 

 馬を防壁の方にある門へと向けて歩かせていると、その門の周りに立って警備をしていた4人の騎士たちに呼び止められる。防壁の上の騎士たちと身に着けている防具の種類が異なっているみたいだけど、銀色の防具に赤い装飾がついているのは同じだった。俺たちを呼び止めた騎士たちの武器は剣で、身に着けている防具は防壁の上の騎士たちよりもがっしりしている。

 

「変わった服装と武器だな。どこのギルドだ?」

 

「ネイリンゲンのモリガンだ。傭兵ギルドなんだが………」

 

 狂暴化した魔物だらけの草原や森で戦う騎士や傭兵たちは、必ず防具を着用する。弓矢を扱う者もカレンのように小型の防具を着用するらしいんだけど、俺たちは金属製の防具を一切身に着けていない。身に着けているのはフィオナに作ってもらった漆黒の制服だけだ。

 

 エミリアも最初は防具を身に着けないのは慣れていなかったけど、今では漆黒の制服と軍帽だけを身に着け、サーベルとマシンピストルで魔物の群れの中に突っ込むようになっている。

 

 俺はこの世界に転生してから一度も金属製の防具を装着したことはない。フィオナが制服を作ってくれるまではパーカーとジーンズで銃を持ってたからな。

 

「モリガン? もしかすると、カレンっていう領主の娘の護衛を担当するギルドか?」

 

「ああ」

 

 どうやら彼女の護衛の男が王都の騎士たちに伝えておいてくれたらしい。もし銃の事を聞かれたら誤魔化そうと思ってたんだけど、誤魔化さなくても問題ないだろうな。

 

「彼女の護衛が宿屋を用意してるから、案内するよ」

 

「ありがとう」

 

 俺たちを呼び止めた騎士の後ろで話を聞いていた3人の騎士たちは、剣の柄に手を近づけて警戒してたんだけど、俺たちと話をしていた騎士が街の中に案内しようとするのを見て手を剣から放し、俺たちに頭を下げてきた。

 

 俺とエミリアはフードと軍帽を取って彼らに礼を言い、フィオナはぺこりと彼らに頭を下げてからエミリアの傍らを浮いたままついて来る。

 

 分厚い防壁の中を通過した俺たちは、馬から降りて門を警備していた騎士の後についていく。俺たちがこの国に逃げ込んできた時に通過したクガルプール要塞の防壁よりも分厚いみたいだ。この王都を守るための防壁を突破できる魔物なんているんだろうか?

 

 防壁の下に開いている街への出入り口である門の中は、まるでトンネルのようだった。

 

「おお………!」

 

 防壁のトンネルの向こうに広がっていた街並みは、俺たちが住んでいるネイリンゲンよりも巨大だった。大通りに並ぶ露店や店の数は多く、小さい路地にも露店が出ている。建物の壁にはギルドや店の広告のためのポスターや看板が並んでいて、建物の煉瓦の壁を埋め尽くしてしまっていた。

 

 騎士は門から真っ直ぐに進み、大通りへと向かって歩いていく。俺たちも彼の後についていきながら、露店で売られている品物や広告のポスターをきょろきょろと見ていた。

 

「ところで、たった2人で魔物の群れを殲滅したっていうのは本当なのか?」

 

 歩きながら王都の傭兵ギルドの広告のポスターを眺めていると、俺たちを宿屋へと案内してくれている騎士が質問してきた。俺たちはまだ作ったばかりのギルドなんだが、まさか王都の騎士まで知っているのか?

 

「本当だ。あの時は私と力也の2人だった」

 

「なるほど。………ネイリンゲンに所属してる騎士の中に俺の友人がいるんだが、そいつがモリガンっていうギルドに仕事を取られたって言ってたぞ」

 

 多分、彼の友人の騎士は俺たちが初めて依頼を受けて魔物を倒しに行った時、クライアントの人が応援を要請した駐屯地の騎士なんだろう。その駐屯地の騎士団が来てくれる前に俺たちは魔物を殲滅してしまったから、彼らはあの農場を襲撃していた魔物と戦うことはなかったんだ。

 

 俺は騎士団が来るまで時間を稼ごうと思ってたんだけど、エミリアに渡したMG3のおかげですぐに魔物を殲滅してしまったからな。

 

 騎士と共に大通りを通過して巨大な橋を渡ると、真っ赤な煉瓦で埋め尽くされた坂道へとやってきた。喫茶店の看板を通り過ぎ、坂道を登り始める騎士。坂道に並ぶ喫茶店やギルドの事務所を眺めながら坂道を登り終えると、俺たちを防壁の門から案内してくれた騎士が宿屋の看板のところで立ち止まった。

 

「この宿屋だ。宿泊費は彼女の護衛が支払っているらしいから、お前たちが金を出す必要はないだろう」

 

「ああ。ありがとう」

 

 案内してくれた騎士は「頑張れよ」と言うと、再びさっきの坂道へと向かって歩き出す。多分また門の警備に戻るんだろう。

 

 俺たちはその騎士を見送ると、カレンの護衛の男が用意してくれた宿屋のドアを開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 安い宿が用意されているかもしれないと王都に向かう途中で思ってたんだけど、カレンの護衛の男が俺達のために用意してくれた宿屋は、貴族が利用するような立派な宿屋だった。

 

 ネイリンゲンの屋敷にある部屋よりも大きな部屋の中には真っ赤なソファがあり、その後ろには巨大なベッドが2つも並んでいる。真っ白な部屋の壁には絵画と鏡と時計が掛けられていて、床には紅と金色のカーペットが敷かれている。

 

 部屋にあるドアの向こうにはバスルームがあり、シャワーや水道の蛇口が用意されていた。ネイリンゲンでは井戸から水を汲み上げる必要があったんだけど、ラガヴァンビウスでは井戸から水を汲み上げる必要はないようだ。転生する前と同じように過ごす事ができるかもしれない。

 

『り、立派な宿屋でしたね………』

 

「実家にある私の部屋より広い………」

 

「………」

 

 そういえば、エミリアも貴族だったな。フィオナもあの屋敷に住んでいた貴族らしい。庶民は俺だけだ。

 

「確か、力也は東のほうから一人旅をしているんだよな?」

 

「ああ」

 

「実家の部屋はどんな部屋なんだ?」

 

「………狭い部屋だったよ」

 

 もちろん、俺が話しているのはこの世界の部屋の話ではなく、転生する前の俺の実家の部屋の話だ。この世界に俺の実家なんて存在しないからな。

 

「ベッドも小さいし、ソファも置いてない。小さいベッドと机と本棚が置いてある狭い部屋だよ」

 

 俺は装飾のついた立派な窓を眺めながらソファに腰を下ろしている2人の貴族の美少女に俺の実家の部屋の話をすると、俺は端末をポケットから取り出しながら「それより、明日の作戦でも立てよう」と言った。

 

 会議は明日開催される。カレンはこのラガヴァンビウスへと会議のためにやってきているため、前に一緒に魔物を倒しに行った時に持っていた弓矢は持って来れないだろう。

 

「そうだな。暗殺者の索敵はどうする?」

 

「俺が狙撃補助観測レーダーとナパーム・モルフォを併用して索敵するよ」

 

『力也さんの端末で召喚した蝶々ですね?』

 

「ああ。あいつらは6匹まで召喚できる。俺は遠距離から索敵と狙撃をするつもりなんだけど、エミリアはどうする?」

 

「私はカレンの近くで警備をする。会場にも入れる筈だ」

 

 確かに、エミリアにはカレンの近くで警備してもらった方がいいかもしれないな。

 

「分かった。頼むぞ」

 

「任せてくれ」

 

「フィオナもエミリアと一緒にカレンの近くにいてくれ。もし怪我人が出たらすぐに魔術で治療を頼む」

 

『分かりました』

 

 エミリアには接近戦のためにPDW(パーソナル・ディフェンス・ウェポン)を渡しておいた方がいいかもしれない。フィオナにも護身用にPDWかハンドガンを渡しておこう。

 

 もし襲撃してきた暗殺者を取り逃がしてしまった場合、俺たちが会議を襲撃したと情報操作をされる可能性もある。暗殺者は取り逃がさないようにしないといけないな。

 

 この依頼がナパーム・モルフォの初陣だ。俺は作戦を考えながら1匹だけナパーム・モルフォを召喚すると、右手の人差指を伸ばしながら近づけ、炎を纏った蝶を指先に止まらせた。

 

 

 


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