転生者が仲間と傭兵ギルドを始めるとこうなる
振り下ろしたトマホークの刃がゴブリンの頭をかち割る。俺はゴブリンが絶叫しながら崩れ落ちたのを確認すると、動かなくなったゴブリンの死体を蹴って頭に刺さったままのペレット・トマホークを引き抜き、左手でホルスターからレイジングブルを引き抜き、俺に飛び掛かろうとしていた狼の腹へと強烈なマグナム弾を2発お見舞いした。
唸り声を上げ、マグナム弾に貫かれた狼が地面へと叩きつけられる。これでレイジングブルに残ったマグナム弾は3発。それを撃ち尽くしたら、スピードローダーを利用してまた5発のマグナム弾を再装填(リロード)しなければならない。
「やぁっ!!」
その時、銃声ではなく少女の短い掛け声が草原に響き渡った。空気を簡単に引き裂いた漆黒のサーベルが、逃げようとしていたゴブリンの背中へと叩きつけられる。そのまま斜めに両断されたゴブリンの鮮血が草原を真っ赤に汚し、このネイリンゲンの街に近い草原での戦いを終わらせた。
俺はトマホークを腰の右側のホルダーへと戻すと、レイジングブルもホルスターに戻した。
「お疲れ様。これで魔物は全滅だな」
「そのようだな」
エミリアは漆黒の軍帽を片手で押さえながら、俺たちが倒した魔物たちが転がる草原を見渡していた。
フランツさんを北の森まで助けに行ってから3日が経過したんだが、傭兵ギルドを始めてからたったの5日で、モリガンと名付けた俺たちのギルドはネイリンゲンの街で有名になっていた。俺とエミリアの2人だけで魔物の群れを殲滅し、北の森のアラクネたちを壊滅させたんだからな。そのおかげで、ギルドの看板とポスターを出すだけであまり宣伝しなくても依頼が来るようになっている。
「よし、街に戻ろう」
軍帽をかぶり直し、踵を返して止めていた馬の方へと歩き出すエミリア。彼女が今身に着けているのはラトーニウス王国の騎士団の制服ではなく、フィオナが編んでくれたギルドの漆黒の制服だった。騎士団の制服はスカートだったんだけど、ギルドの制服はズボンになっている。頭にかぶっている漆黒の軍帽とエミリアの凛々しさのせいで、まるで指揮官のようだ。
俺も今、ギルドの制服を身に着けている。フィオナに作ってもらった漆黒のズボンと、フードのついたオーバーコートだ。
「それにしても、防具がないというのは何だか落ち着かないものだな………」
制服の上着の袖や肩を眺めながら馬に乗るエミリア。俺も馬に乗ると、頭にかぶっていたフードを外す。
この制服が出来上がる前までは、エミリアはラトーニウス王国の騎士団の制服と防具を身に着けていた。でも今はギルドの制服だけで、腕や足などに装備していた金属製の防具は一切身に着けていない。
銃を使うならば、騎士団の防具は邪魔になってしまう。確かに、もし魔物や敵に接近されて攻撃された場合、防具があればそれで防御することもできるだろう。でも、遠距離攻撃で敵を倒せる銃を装備するならば不要だ。接近される前に敵を射殺できるのだから、防具で防御する必要はない。
俺はこの世界に転生してきてから防具は身に着けていなかった。いつも私服か、ジーンズとパーカーだけだったからな。
「でも、動きやすい方がいいだろ?」
「まあ、こっちの方が戦いやすいが………落ち着かんな」
でも、いくら金属製の防具でも防げない攻撃だってある。それにエミリアの剣の技術ならば、相手の攻撃を剣一本で受け止めることだって可能だろう。
軍帽を片手で押さえながら手綱を握った彼女が馬を走らせ始める。俺も手綱を握ると、彼女の見様見真似で馬を走らせ、ネイリンゲンの街へと向かった。
『お帰りなさい、2人とも』
「ただいま、フィオナ」
ネイリンゲンの街から少し離れた所にある屋敷で待っていたのは、真っ白なワンピースを身に着けた白髪の少女の幽霊だった。玄関で宙に浮きながら出迎えてくれた彼女にクライアントから受け取った銀貨入りの袋を渡すと、俺はオーバーコートを脱ぎながら2階への階段を上り始める。
ギルドを始めてまだ5日だ。なのに、魔物の群れを倒したこととアラクネの群れを壊滅させたことのせいで有名になっていた俺たちのギルドには、ほぼ宣伝していないというのに依頼が来るようになっている。俺たちがさっき草原で戦っていたのも依頼で、街の近くの草原に集まり始めた魔物の群れを倒してきてくれというものだった。
「それにしても、5日でこんなに依頼が来るとはな………」
2階から3階への階段を上がりながら言うエミリア。今まで受けた依頼は殆ど魔物を倒してほしいという内容の依頼で、既に10件以上も依頼されている。
「まあ、その報酬のおかげで馬も購入できたんだし」
前までは馬を街から借りてたんだけど、報酬の金貨で俺たちは移動用の馬を購入していた。屋敷の裏には馬小屋も建っている。
部屋のドアを開けた俺は、壁にオーバーコートの上着をかけるとソファの上に腰を下ろした。エミリアも軍帽を壁にかけてからサーベルを外し、壁に立て掛けてからソファへと腰を下ろしてくる。
『今回はどうでした?』
「まだできたばかりの群れだったらしくてな。大規模な群れではなかったよ」
それでも騎士団が重装備の部隊を派遣するくらいの数はいたような気がする。それをまた2人で殲滅してきたんだけどな。
「あれ? まだ薪って足りてたっけ?」
『そういえば、そろそろ少なくなってきました』
電気がないこの世界では、風呂を沸かしたり調理する際に薪が必要になる。薪は依頼が終わって帰ってくる途中やなにも依頼がない時に拾いに行くようにしているから、後はそれを割るだけだ。
最初は俺とエミリアが交互にやってたんだけど、最近トマホークを生産したせいなのか、俺が薪割りを担当することになっていた。俺は「じゃあ、ちょっと薪割りしてくる」と言って立ち上がると、端末を取り出して背中に背負っていたアンチマテリアルライフルの装備を解除して部屋の出口の方へと歩き出した。
「では、私もそろそろ夕飯の準備をするか」
『じゃあ、報酬の整理が終わったら私も手伝います!』
「ふふふっ。ありがとう、フィオナ」
フィオナはこの屋敷に100年も住んでいる少女の幽霊だ。大昔に12歳で病死してしまった彼女は、幽霊になってずっとここにいるらしい。彼女の家族は幽霊になってしまった彼女の事を怖がって、この屋敷を出て行ってしまったため、ずっとフィオナは一人ぼっちだったんだ。
この屋敷に住んだ人たちも彼女を怖がって逃げ出してしまい、不動産屋のジャックさんは買い手がいないって言ってたっけ。でも、今ではフィオナもモリガンの一員として一緒にギルドで働いてくれている。さすがに一緒に魔物と戦わせるわけにはいかないので、屋敷で報酬の管理などをしてもらっている。
ちなみに、生前に治療のための魔術を勉強していたらしく、傷口を塞ぐのはお手のものらしい。前に狼の爪でかすり傷をつけられた時があったんだけど、その時は帰ってきてから彼女に魔術ですぐに治療してもらった。
屋敷の裏口から外に出た俺は、馬小屋に立ち寄って馬たちの様子を確認してから、物置に使っている小屋の中から次々に薪を取り出し、いつも薪を割る時に使っている台の上へと乗せる。
「ちょっと多めに割っておくかな」
腰の右側のホルダーから、俺はペレット・トマホークを取り出した。今はライフルグレネードを装着していないから普通の漆黒のトマホークに見えるけど、ライフルグレネードを装着すると、まるでドイツ軍のパンツァー・ファウストに斧の刃を装着したような形状になる。しかも使用する散弾も小型の散弾ではなくて、普通のショットガンで使用される12ゲージだ。威力だけでなく命中精度もかなり上がっていて、普通の散弾以外にもドラゴンブレス弾やスラッグ弾も発射できるようになっている。
俺はそのペレット・トマホークを振り上げると、薪を乗せた台へと向けて振り下ろし始めた。本気で振り下ろすと、攻撃力のステータスが600を超えているせいで台まで一刀両断してしまうので、手加減して振り下ろしておく。
そういえば、俺のレベルはまだ9のままなんだよな。アラクネは強敵だったし、その後も魔物と戦い続けてたんだけど、なかなかレベルが10に上がらない。何でだ?
真っ二つになった薪をまとめておくと、俺は次の薪を台の上へと乗せるために、並べておいた薪へと手を伸ばす。その時、屋敷の陰からこっちへと歩いてくる人影が見えた。
黄金の立派な装飾が付いた真っ赤なドレスに身を包んだ金髪の少女だった。恐らく俺やエミリアと同い年くらいだろう。後ろにレイピアを装備した護衛の男を1人引き連れて、薪割りをしている俺の方へとゆっくり近付いてくる。
貴族だろうか? 俺たちのギルドに依頼をしに来たのか?
夕日で真っ赤になった裏庭でその人影を見つめていた俺は、トマホークを薪割り用の台に突き立ててから手放すと、肩を回しながら「依頼か?」と問いかけた。
貴族の少女何だろうな。身に着けているドレスの装飾も豪華だ。たしかエミリアの許婚だったジョシュアの装飾も、こんなに派手だったような気がする。
俺が彼女に敬語を使わなかったのが気に食わなかったのか、彼女の後ろに立っていた護衛の男がレイピアの柄を掴んで引き抜こうとする。もしそのまま引き抜いて襲い掛かってきたら、ナバウレアでジョシュアに威嚇したようにレイジングブルをぶっ放そうかと思った俺は、左手を腰の左側にあるレイジングブルのホルスターの近くへと移動させた。
「やめなさい」
「お嬢様………!」
レイピアの刀身を護衛の男が鞘から引き抜こうとしたんだけど、真っ赤なドレスを身に着けたお嬢様は彼の方を振り向かず、一言で彼を止めた。
レイピアから手を離し、彼女に頭を下げる護衛の男。俺もホルスターから手を離すことにした。
「ここがモリガンっていう傭兵ギルドよね?」
「ああ」
彼女は何歩か更に前に歩いてくると、俺がさっき引き抜こうとしていたホルスターの中のレイジングブルを見つめながら「変わった武器ね」と呟いた。
この端末で生産しない限り、この世界に銃という武器は存在しないんだ。
「私はカレン。領主の娘なの」
「俺は速河力也。モリガンのメンバーだ。仲間は中にいる」
「力也ね。あなたともう1人で魔物の群れを殲滅したのね?」
最初に引き受けた依頼の事だろうな。やっぱり有名になっていたみたいだ。
「ああ」
「へえ………」
腕を組みながら俺を見つめてくるカレン。確かにあの時はクライアントの人が農場まで確認しに行くまで信じてもらえなかったし、報酬も確認が終わるまでもらえなかった。きっと彼女も信じていないのだろう。
「明日、私1人で西の方にある草原と村の廃墟に住み着いた魔物を倒しに行く予定なの。それで、あなたたちに私の護衛をお願いしたいの」
「護衛?」
恐らく、かなりの数の魔物がいるんだろうな。それを1人で倒しに行くってことは、彼女はかなり強いという事だ。魔物の恐ろしさも知らないお嬢様というわけではないだろう。もしそんなお嬢様ならば、さっき俺に向かってレイピアを引き抜こうとした護衛の男をたった一言で止められる筈がない。
俺は台の上に突き立てたままにしておいたトマホークを引き抜くと、腰のホルダーに戻した。
「分かった。どこに集合すればいい?」
「ネイリンゲンの西側にある水路で待ってるわ。明日の10時頃に来てちょうだい」
「ああ」
護衛の男を引き連れ、踵を返して屋敷の門のある庭の方へと歩いていくカレン。俺は彼女を門まで見送ると、薪割りを続行する前に屋敷の玄関へと向けて歩き出した。
俺がたった今領主の娘から引き受けた依頼の事を、エミリアとフィオナに話しておかないといけない。それと、彼女と共に魔物を倒しに行くのは明日だ。今のうちに明日使う武器を生産しておいて、地下の射撃訓練場で練習もしておくか。
俺は生産する武器を考えながら、屋敷のドアを開けた。