エピローグ
炎は燃え尽きる際、火種と陽炎の2つを遺す。
俺は間違いなく後者だろう。速河力也という業火が残した、陽炎という名の灼熱の幻だ。
俺は幻でいい。燃え上がるべき火種の役割は、子供たちに任せるべきなのだ。だから俺は陽炎でいい。燃え上がる子供たちの傍らで揺らめく、灼熱の幻でいい。
死んでしまった男から、容姿と記憶を奪い取った存在なのだ。だからこそ、俺は幻だ。実体を持ってはいけない。ただの幻として、これから燃え上がり始める子供たちを見守らなければならないのだから。
そして、子供たちが成長して燃え尽きる時、彼らもお前と同じく
俺はこれから、子供たちがこんな悲しい幻を生み出さぬように見守るつもりだ。
俺はただの、炎が生み出した灼熱の幻にしか過ぎないのだ。
懐かしい場所に立っていた。
スーパーの前に広がる広い駐車場には、車が1台しか停まっていない。暗闇の中の駐車場を照らし出すのは、近くの電柱に用意された小さな照明だけだ。
何十台も車を止める事ができる広い駐車場をあんな小さな照明で照らしたとしても、駐車場は薄暗いままだ。この暗闇を照らすのは、小さな照明には荷が重すぎる。
その薄暗い駐車場の中に、2人の男がいた。片方の男は痩せ細っていて、来ている服も薄汚れている。手にはナイフを持っているようだが、どうやらそのナイフは既に一仕事したらしい。銀色の刃には真っ赤な血が付着している。
もう片方はがっしりした体格の男性で、仕事帰りなのかスーツに身を包んでいる。彼はアスファルトの上でうつ伏せになりながら、財布を奪って逃げだす男性を睨みつけ、彼を追いかけようと足掻き続けている。だが、腹を刺されて出血した状態で起き上がり、あの男を追う事ができないのは火を見るよりも明らかだ。
その倒れている男性には、見覚えがあった。
髪は黒く、頭から角は生えていない。
あの男性は――――まだ怪物になる前の俺だ。
彼はあのまま死に、異世界へと転生しようとしているのだ。
ならば、俺が仇を取ってやろう。そう思いながらホルスターからプファイファー・ツェリスカを引き抜き、俺は道路の方へと逃げていく車上荒らしの男へと銃口を向ける。
そして、車上荒らしの背中に照準を合わせ、レリエルに叩き込むはずだった銀の弾丸をぶっ放した。
スコープのカーソルの向こうで、銀の.600ニトロエクスプレス弾を叩き込まれた男が、まるで爆発で吹っ飛ばされたかのように粉々に砕け散る。いつものように親指で撃鉄(ハンマー)を元の位置に戻した俺は、愛用の得物をホルスターの中へと戻すと、死にかけている過去の自分の傍らへと向かう。
「――――仇は取ってやったぞ」
血を流しながら横になっている自分に言いながら、俺はここで死んだ時の事を思い出していた。確かあの時も、俺の目の前で車上荒らしがいきなり粉々になって、その直後に随分と低い男の声が聞こえてきたんだ。
そうか。あの声は、未来の俺の声だったのか。
俺の仇を取ってくれたのは、10年後の俺だったのか。
「だが、お前はもう助からん」
これからこいつも異世界に転生し、またエミリアと出会うのだろうか。もし俺と同じように異世界で生きるのならば、レリエルと相討ちになるのではなく、家族の元へと生きて帰って欲しいものだ。
「いいか? 次に目を覚ましたら、ポケットの中身を確認してみろ。大切な物が入っている」
この端末がなければ、異世界では生き残れない。
俺はもう死んだ。役目は
それに、過去の俺もこれから異世界へと向かう。もう死んでしまった俺は、彼らの戦いを見守るべきだ。
「―――――頑張れよ、力也」
全てを受け継いだ親友に向かってそう言った俺は、踵を返して暗闇の中へと歩き出した。
そろそろ眠ろう。――――俺はもう、死者なのだから。
重々しい防壁の向こうには、蒼と緑だけの開放的な世界が広がっていた。俺の親父たちが傭兵として活躍していた頃は、この開放的な世界は人間と魔物の戦場だったらしい。王都を取り囲む防壁も魔物から街を守るための設備だったんだけど、最近は魔物の襲撃も減っているから、この開放的な景色を遮っているだけの邪魔者でしかない。
今まで俺たちは、近くにある森に訓練や狩りに行く時しかこの景色を見たことはなかった。でも、これからはこの開放的な世界が、俺たちの旅路になるんだ。
「――――いよいよ冒険が始まるんだね、タクヤ」
「ああ・・・・・・」
隣に立つ赤毛の少女は、ラウラ・ハヤカワ。俺の腹違いの姉ちゃんだ。胸元が開いた黒い上着と黒いミニスカートを身に着けていて、頭には角を隠すための黒いベレー帽をかぶっている。
なんとなく、小さい頃によく遊び相手になってくれたガルちゃんにそっくりだった。
今から俺とラウラは、冒険者として旅に出る。戦い方は親父や母さんたちから教わったし、既に親父にも旅に出ていいと許可をもらっている。エリスさんは冒険者になるって言った時には号泣しながら「行かないで! 寂しくなっちゃうわ!」って言ってたけどな。しかもラウラまで寂しがって泣き始めたから、俺と母さんと親父の3人で何とかエリスさんを説得したんだ。
「行こうぜ、ラウラ」
「うんっ!」
親父から受け継いだ転生者ハンターのコートについているフードをかぶり直した俺は、隣に立っているラウラと手を繋ぎながら、開放的な世界へと向かって歩き出す。
転生者は親父が若い頃に狩り続けたせいで激減しているらしいが、まだこの世界には転生者が残っている。もし人々を虐げているクソ野郎に出会ったのならば、隣を歩くラウラと共に狩るつもりだ。
俺たちは、2人で2代目の転生者ハンターなのだから。
次の物語の主人公は―――――俺たちだ。
『異世界で転生者が現代兵器を使うとこうなる』 完
第二部『異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる』へ続く
読者の皆様方。ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。力也たちの異世界での戦いはいかがでしたでしょうか? この物語の結末を想像していた読者の方はいないだろうと思うのですが、予想できた方はいらっしゃるでしょうか?
容赦のない主人公でしたが、彼の戦いはこれで終わりです。ですが、力也やエミリア達から力を受け継いだ子供たちの戦いは、これから始まります。
エピローグの最後に書いたとおり、この作品の第二部を投稿する予定になっております。もちろん主人公はタクヤとラウラの2人です。力也たちは傭兵だったのでバトルを重視しましたが、今度の主人公は冒険者ですので、冒険や日常も重視した物語にしてみようと思います。もしよろしければ、第二部もよろしくお願いいたします。
では、本当にありがとうございました!