異世界で転生者が現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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異世界で転生者が現代兵器を使うとこうなる

 

 人間は、執念を持つ怪物だ。

 

 かつて私の父は、そう言って自分に刃向かってきた1人の人間を丁寧に埋葬しながら、まだ幼かった私にそう言った。

 

 相手が強大で勝ち目がなくても、人間は戦いを挑んで来る。戦いを挑めば殺されると分かっている筈なのに、彼らは逃げ出さない。

 

 ずっとそんな人間は愚かしいと思っていた。だが、10年前の帝都での戦いで、私は父の言っていたことを理解する事ができた。

 

 私の父が怪物だと例えたのは、この速河力也のような男の事なのだ。片腕や片目を失い、身体中がボロボロになっても突っ走るのを止めない。やがて自分が燃え尽きてしまうと知っているのに、燃え上がっている自分が、後を引き受けてくれる火種を残せるだろうと信じ、必死に燃え上って暗闇を焼き尽くす。

 

 この炎のような男こそ、本当の怪物だったのだ――――。

 

「・・・・・・最高の戦いだった」

 

 ああ、最高だ。素晴らしい戦いだった。

 

 彼のような本当の怪物と、最高の一戦ができた。種族の運命や国の運命を背負うことのない純粋な戦いとは、こんなに素晴らしいものなのか。

 

 一度しか体験できない戦いだったが、悔いはない。私はもう、十分に楽しんだ。

 

 満足した。この一度の戦いが、私を満足させてくれた。

 

 敗北してもこれほど満足しているのだから、勝利したこの男はどれだけの満足感を味わっているのだろうか? この満足感には、更に上があるというのか?

 

 気になったが、これ以上は探求しないでおこう。私はもう十分に満足している。至高の満足感は、勝者であるこの男に譲ってやらねばならない。

 

 銀の小さな針に心臓を貫かれた私の身体が、ゆっくりと崩れ始めた。手足の先が崩壊していき、段々と胴体も崩壊を開始する。もう、私は死ぬのだ。この1人の怪物に心臓を貫かれ、ここで本当に死んでしまうのだ。

 

 もちろん、再生は出来ない。もし再生できたとしても、私は再生せずにこのまま死ぬことを選ぶだろう。

 

 これでいいのだ。

 

 これで、私も父上のような偉大な吸血鬼になれるのだから。

 

「――――さらばだ、速河力也」

 

 お前こそが―――――この世界の頂点にふさわしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一番最初にこの異世界で魔物を倒した直後のような静寂の中で、俺は彼女と出会った時の事を思い出していた。端末で一番最初に生産した武器で魔物を倒した俺の背後に現れた、騎士団の制服に身を包んだ彼女。あの時、俺は全く知らない異世界で少女に警戒されているというのに、何故か安心していた。

 

 どうして安心していたのだろう? 同い年くらいの異性に出会ったからなのだろうか?

 

 身体が倒れないように必死に踏ん張っているというのに、俺の頭ではそんな疑問が組み上がり始めていた。その疑問は急速に枝分かれを始めるが、疑問の答えが出る前に、俺に心臓を貫かれていたレリエルの身体が崩壊を始めた。

 

 彼の手足が、崩れていく。

 

 この異世界で最も恐ろしい伝説の吸血鬼が、封印されるのではなく、本当に死のうとしている。

 

 彼を殺したのは俺だ。

 

 俺に殺され、この男の戦いと伝説は本当に終わる。

 

 かつて世界を支配し、大天使に封印された伝説の吸血鬼の最後を、俺のようなちっぽけな怪物が見守ることが許されるのだろうか? 

 

「――――さらばだ、速河力也」

 

 胴体が崩れ落ち、彼の頭も崩れ去っていく。

 

 紫色の光になって消滅する寸前に、レリエルが俺に向かってそう言ったような気がした。自分の身体が消滅し、長い人生が終わろうとしているのに、この男はまるで満足そうに笑う子供のような笑顔で、俺の顔を真っ直ぐに見つめていたんだ。

 

 そうか・・・・・・。満足したのか。

 

 もう、悔いはないのか。

 

「――――ああ、さらばだ」

 

 ――――さようなら、レリエル・クロフォード。

 

 紫色の光になって消滅したレリエル。彼が残した残光を見上げながら、俺はそう思った。

 

 今まで俺が敵にぶつけてきたのは、殺意と憎悪だけだった。俺たちの敵は容赦なく殺してきたから、そんなどす黒いものを抱いたまま戦っていたのかもしれない。

 

 今まで体験したことのない満足感の理由を考察していると、いきなり俺の身体が後ろに向かってぐらりと揺れた。そういえば、今の俺は片腕がないんだ。しかも右目も見えないし、心臓の近くにも大穴が開いている。さっきから血が止まらない。

 

 ヤバい。このままでは死んでしまう。

 

 瓦礫の上に崩れ落ちた俺は、痙攣する左腕を何とかスーツの内ポケットに潜り込ませ、中に入っている筈のエリクサーの瓶を探った。

 

 だが、中に入っている筈のエリクサーの瓶は、どうやら戦闘の衝撃で全て割れているようだった。それはそうだよな・・・・・・。レリエルとあんな戦いをしたんだから。

 

 家に戻ったら、フィオナに瓶のほうも頑丈に改造してくれるように伝えておこう。

 

「リキヤっ!」

 

「が、ガル・・・ちゃん・・・・・・」

 

 紅い空を見上げていると、遠くから幼い少女の声が聞こえてきた。激痛に耐えながら首をゆっくりと声の聞こえてきた方へと向けると、真っ黒なベレー帽をかぶった赤毛の幼女が、倒れている俺に向かって必死に走ってくるのが見える。

 

「やったのう! お主、あのレリエルを倒したのか!!」

 

「ゆ、揺らすな・・・・・・」

 

 頼む、揺らさないでくれ。

 

「凄いぞ! お主はドラゴンの誇りじゃ!」

 

「俺は・・・・・・ドラゴンじゃない・・・・・・」

 

「ふふっ、気にするでない! さあ、早く帰ってエミリアたちに自慢するのじゃ! 子供たちも待っておるぞ!」

 

 ああ、そうだな。家族の所に帰らないと・・・・・・。

 

 置手紙を残してきたが、エミリアにはどこに行っていたのかと問い詰められるかもしれないからな。しかもガルちゃんも同伴だったから、普通の仕事ではないとバレてしまうだろう。

 

 言い訳も考えておかないと。

 

「待っておれ、今回復してやるぞ。――――ヒール!」

 

 レリエルのエネルギー弾をほぼ全身に喰らったせいで、俺の身体はもうボロボロだった。背中の皮膚は裂けているし、頭から生えている片方の角も折れている。しかも片腕は消滅してしまっている。無事に王都に戻れたら、またレベッカにお願いして義手でも移植してもらおう。

 

 最古の竜に治療してもらえば、すぐに立ち上がれるようになるだろう。ガルちゃんが治療してくれなければ、俺も死んでいたかもしれない。

 

 安心しながら紅い空を見上げていると、俺に向かって両手を突き出し、真っ白な光を俺に放って傷口を治療していたガルちゃんが少しだけ目を見開いた。何があったんだろうかと思いながら彼女の顔を見上げると、ガルちゃんはまるで認めたくないかのように唇を噛み締め、更に俺に大量の魔力を流し込み始める。

 

 彼女は何をしているのだろう。なぜ、そんなに魔力を流し込むんだ?

 

 彼女に問いかけようとして左腕を動かそうとした瞬間、俺は自分の左腕が全く動いていないことに気付いた。

 

 持ち上げようとしても全く動かない。指も同じく、全く動いていない。

 

「り、リキヤ・・・・・・変なのじゃ・・・・・・!」

 

 目を見開いて首を振りながら涙を浮かべるガルちゃん。ありったけの魔力を俺に向かって流し込みながら涙声で言う彼女を見上げていると、ガルちゃんは涙を拭ってから言った。

 

「―――――傷口が、塞がらん・・・・・・・・・!!」

 

「え・・・・・・?」

 

 傷口が塞がらない? 全然治療できないって事か・・・・・・?

 

 嘘だろ・・・・・・?

 

 何とか首を動かして大穴が開いている筈の胸元を見下ろす。レリエルに開けられた胸元の穴も、ガルちゃんの治療魔術ならば簡単に塞ぐ事ができる筈だ。しかもあれだけ魔力を流し込んでいるのだから、治療できないわけがないだろう。冗談はやめてくれよ。

 

 冗談だと思いながら胸元を見下ろした俺は、猛烈な絶望に握りつぶされる羽目になった。

 

 ガルちゃんの言葉は冗談ではなかった。

 

 ――――本当に、傷口は塞がっていなかった。

 

 胸元だけではない。抉られた右目も、消滅させられた右腕も、レリエルの攻撃を喰らった直後のままだ。全身の火傷の痕も残っているし、傷口からは鮮血が流れ続けている。

 

「何故じゃ・・・・・・!? 何故傷が塞がらんのじゃ!?」

 

「そうか・・・・・・」

 

 レリエルの魔力は、大天使の剣を魔剣にしてしまうほど汚染されている。その魔力が生み出したエネルギー弾を全身に叩き込まれたんだ。きっと、奴の魔力が俺の身体を汚染しているから、普通の治療魔術が効かないんだろう。

 

「・・・・・・きっと、奴の魔力に汚染されておるのじゃ・・・・・・」

 

「治せるか・・・・・・?」

 

 家族に会いたい。また子供たちを狩りに連れて行きたい。結婚記念日になったら、また妻たちを連れて買い物に行きたい。

 

 だから頼む。この傷を治してくれ。

 

「・・・・・・無理じゃ。この汚染を治す方法は・・・・・・存在しないのじゃ・・・・・・」

 

「そんな・・・・・・」

 

 この傷は、治らない。

 

 つまり、俺は助からない。このまま魔界の大地で仰向けになり、血のように紅い空を見上げながら、家族の元に帰ることなく死ぬのだ・・・・・・。

 

 もう、子供たちと一緒に狩りに行くことは出来ない。妻たちと一緒に買い物にも行けない。最愛の家族を抱き締めることも出来なくなってしまった。

 

 俺のあの置手紙が、家族への遺書になっちまった・・・・・・。

 

 なんてこった・・・・・・。

 

「死にたくねえよ・・・・・・」

 

 死にたくない。

 

 妻たちに会いたい。子供たちの所に帰りたい。

 

 また、家族と一緒に生活したい。

 

 弱音は吐きたくなかったんだが、助からないという絶望が開けた大穴から漏れ出した弱音が、俺の口の中で膨れ上がり、俺はついにガルちゃんの前で弱音を吐いてしまった。

 

「嫌じゃ・・・・・・リキヤ、死ぬなぁ・・・・・・! 子供たちは・・・どうするのじゃ・・・・・・! 妻たちを置いていくのか・・・・・・!?」

 

 俺が吐いた弱音を聞いたせいなのか、ガルちゃんは治療を止めると、血まみれになっている俺の胸に小さな顔を押し付け、そのまま号泣し始めた。彼女は最古の竜だというのに、今の彼女はまるで父親にしがみついて大泣きする幼い子供だ。

 

 俺が死んだということを家族が知ったらどうなるだろうか?

 

 間違いなくみんなを悲しませてしまうだろう。泣き崩れる妻たちと子供たちの姿を思い浮かべた俺の左目には、段々と涙が浮かび始めた。

 

 どうすれば、家族を悲しませずに済む・・・・・・?

 

「――――――リキヤ」

 

「・・・・・・?」

 

 俺の名前を呼んだガルちゃんが、血で真っ赤に汚れた小さな顔を俺の胸から静かに離す。真っ赤になってしまった彼女の顔には、まだ涙の跡が残っている。

 

 いつものように、彼女の頭を撫でてあげられないのが悔しい。最初の頃は彼女は頭を撫でられるのを嫌がっていたんだが、一緒に生活しているうちに認めてくれたのか、頭を撫でられると喜ぶようになっていた。

 

 エンシェントドラゴンの王としてあまり泣き顔は見せたくないのか、ガルちゃんは自分の手まで俺の血で真っ赤になるのもお構いなしに涙の跡を拭おうと足掻き続ける。でも、死にかけている俺の顔を見るとまた耐えられなくなるのか、再び涙を浮かべ、その涙を真っ赤な手で拭い去る。

 

「――――安心せい。お前が助からぬのならば・・・・・・私が、お前になってやる」

 

 最古の竜(ガルゴニス)が、怪物()になる。

 

 どういうことなのだろうかという疑問は、組み上がる前に燃え尽きた。

 

 今のガルちゃんの姿は、俺の魔力に含まれる遺伝子情報を参考にした姿だ。だから髪の色も同じだし、顔つきも俺にそっくりになっている。

 

 ならば、俺の体内に残っているすべての魔力を彼女に託し、彼女に俺の遺伝子情報を完全に複製させれば、彼女は俺と全く同じ姿になる事ができるというわけだ。

 

 だが、エミリアやエリスたちならば見破ってしまうかもしれない。特にエミリアは、俺がこの世界に転生したばかりの頃からずっと一緒にいる古参の仲間だ。仕草や口調が少し違うだけで、彼女は見破ってしまうに違いない。

 

「なら・・・・・・記憶も・・・持って・・・・・・行け・・・・・・」

 

「・・・・・・!」

 

 ガルちゃんならば、俺の記憶を奪うことも出来る筈だ。確か、大昔に廃れた魔術の中にそんな恐ろしい魔術があったらしい。大昔から生き続けている最古の竜ならば、廃れてしまったその魔術も知っている筈だ。

 

 俺と全く同じ姿で、俺の記憶があれば見破られることはない。記憶を奪われる俺は文字通り抜け殻になっちまうが、どうせ助からないのならば俺の持っている記憶や技術を全て彼女に預け、家族を託したい。

 

 涙を流しながら彼女を見上げていると、ガルちゃんはもう一度涙を拭い去った。彼女も姿だけではエミリアたちに見破られてしまうと思っていたんだろう。

 

 記憶を奪えば、俺はすべて忘れてしまう。

 

 エミリアとデートに行ったことや、エリスに抱き締められて泣いた夜の事も。

 

 子供たちが生まれた時の感動も。

 

 全て、消え去ってしまう。

 

 でも、消え去ったそれらはガルゴニスが受け継いでくれる筈だ。

 

 涙を拭ったガルゴニスが、唇を噛み締めながら俺の額へと右手を近づけた。これから俺の頭の中にある記憶を、体内の魔力と一緒に奪い去っていくんだろう。

 

「―――お前みたいな人間に、出会えて本当に良かった」

 

「・・・・・・ああ」

 

 俺も、お前みたいなドラゴンに出会えて良かった。

 

 最後に頷いた直後、ガルゴニスの手の平が真っ赤に輝き始め―――――身体の中の魔力が吸い上げられ始めた。死にかけている身体の中に残っている魔力が赤い光に変貌し、彼女の小さな手に吸い込まれていく。

 

 やがて、記憶も消えてしまうことだろう。俺はその前に、仲間たちや家族の顔を思い出そうと足掻くことにした。

 

 だが、もう記憶が奪われ始めているのか、仲間たちの顔が思い出せない。かつて共に傭兵として戦った仲間たちの顔を思い出す事ができない。せめて家族の顔を思い出そうとするが、家族の顔も同じだった。思い出す直前にその記憶が分断され、白い光に呑み込まれていく・・・・・・。

 

 ミラって、誰だ?

 

 信也って、誰だ?

 

 ギュンターって、誰だ?

 

 カレンって、誰だ?

 

 ガルゴニスって、誰だ?

 

 フィオナって、誰だ?

 

 ラウラって、誰だ?

 

 タクヤって、誰だ?

 

 エリスって、誰だ?

 

 エミリアって、誰だ?

 

 力也って・・・・・・誰だ?

 

 なにも思い出せない。

 

 何で俺は、こんな紅い空を見上げながら倒れているんだ? 

 

 地面に倒れている俺を見下ろしている、この赤毛の男性は誰だ? 何でこの男性の頭には角が生えているんだ?

 

 ここはどこなんだ?

 

 何も分からない。噴出する無数の疑問の海で頭の中が満たされていく。

 

 いつの間にか、倒れている俺を見下ろしている男の周囲に、2人の女性と2人の子供が立っていることに気が付いた。片方の女性は凛々しい雰囲気を放つ蒼いポニーテールの女性で、隣にいる顔立ちがそっくりな少年と手を繋ぎながら微笑んでいる。彼女の息子だろうか?

 

 もう1人の女性は、優しそうな雰囲気を放つ蒼い髪の女性だった。ポニーテールの女性と顔立ちが似ているが、姉妹なんだろうか? 彼女も隣の女性と同じく、微笑みながら赤毛の少女と手を繋いでいる。

 

「エミリア・・・・・・エリス・・・・・・タクヤ・・・・・・ラウラ・・・・・・」

 

 忘れてしまった筈なのに、俺はいつの間にかその4人の名前を呼んでいた。

 

 俺の大切な妻たち。俺の大切な子供たち。

 

 忘れられるわけがないだろう。

 

「会いに・・・来て・・・・・・くれたのか・・・・・・」

 

 動かなくなった筈の左手が、動いた。

 

 左腕だけではなく、両足も動く。いつの間にか、俺の身体中にあった筈の傷も全て消えて、元通りになっている。

 

 でも、このまま家族の元に帰るわけにはいかない。行かなければならない場所がある。

 

 どういうわけかそう思った俺は、少しずつ紅い空に向かって浮かび上がり始めた。

 

 俺を見下ろしていた赤毛の男と、俺の大切な4人の家族が、空へと舞い上がっていく俺に向かって手を振っている。その5人の傍らには、最初に俺を見下ろしていた赤毛の男と全く同じ姿の男が、片腕を失い、胸に大穴を開けられた状態で横たわっているのが見えた。

 

 みんな、最後に会いに来てくれてありがとう。

 

 さようなら――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の目の前に横たわっているこの男は、幻でも見ていたのだろうか?

 

 全ての記憶を奪い取り、俺の頭の中へと移し終えたというのに、この男は忘れ去った筈の家族の名を呼ぶと、いる筈もない家族に向かって手を伸ばし、そのまま力尽きてしまったのだ。

 

 家族だけは忘れる事ができなかったのだろう。この速河力也という男は、敵には全く容赦をしない怪物だが、家族や仲間をとても大切にする優しい男だったのだから。

 

 俺はその男から、全てを受け継いだ。

 

 容姿は全く同じだ。この男から記憶を受け継いだおかげで、仕草や戦い方まですべて分かる。おそらく妻たちには見破られることはないだろう。

 

「・・・・・・力也」

 

 彼のスーツの中から転生者の端末を取り出し、まだ機能を停止していないことを確認する。転生者の端末は持ち主が死亡すれば機能を停止するようになっているが、どうやらこの端末は俺が本物の力也だと錯覚しているらしい。

 

 端末をポケットの中にしまった俺は、あのレリエル・クロフォードと相討ちになった英雄の亡骸を静かに抱き抱えた。

 

「―――――お前を、置き去りにはしない」

 

 この言葉は、かつてこの男が雪山でリョウを撃ち殺した時に、友の亡骸に向かって言った言葉と同じだった。あんな雪山で眠らせるよりも、暖かい場所に埋葬してやりたいと力也は思っていたのだろう。

 

 俺も同じだ。俺はかつて人間を嫌っていた。ドラゴンを虐げ、奴隷のように扱う人間共を蹂躙し、この世界をドラゴンたちの世界にしてやると誓った。

 

 だが、この男は俺のその憎悪を消し去ってくれた。俺を憎悪の海の中から解放してくれたのだ。

 

 だから、その恩人を静かなところに埋葬してやろう。こんな禍々しい場所ではなく、静かな草原に眠らせてやるのだ。

 

「――――帰るぞ、力也」

 

 俺に全てを託して力尽きた男に優しく言った俺は、彼を抱えたまま歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 王都の朝は重々しく閉鎖的だが、やっと慣れ始めた。王都を取り囲む分厚い防壁は、家のキッチンの窓からもよく見える。

 

 子供たちの使った皿を洗い終え、水滴を拭き取っていた私は、窓の向こうに見える重々しい防壁を見つめながらため息をつく。

 

 夫は相変わらず無茶をする男だ。置手紙を残して朝早くから仕事に出かけているようだが、一体いつになったら家に戻ってくるのだろうか? しかもガルちゃんも見当たらないから、おそらく彼女もいっしょに連れて行ったのだろう。今日は私も姉さんも仕事が休みになっているから、家族全員で買い物に行こうかと考えていたというのに。

 

 だが、彼も私たちのために大黒柱として頑張ってくれているのだ。

 

 ハムエッグを乗せていた皿を拭き終えた瞬間、玄関のドアが開いた音が聞こえた。拭き終えた皿を棚の中に戻し、私はちらりとキッチンに置いてある小さな時計を見て時刻を確認する。

 

 今の時刻は午前9時16分。いつもならば夫が、子供たちの遊び相手になっている頃だ。

 

 まったく、遅刻しおって。

 

 身に着けていたエプロンのボタンを外し、椅子の上に置いた私は、タオルで手を拭いてから大急ぎで玄関へと向かう。妻として、帰ってきた夫を出迎えてやらなければならない。

 

 ドアを開けて廊下へと出ると、やはりシルクハットをかぶったスーツ姿の赤毛の男が、苦笑いをしながら玄関のドアの近くに立っていた。そっと取ったシルクハットの下から覗くのは、赤毛に隠れてしまいそうなほど短い2本の角。間違いなく、頭から角を生やした夫がいるのは我が家だけだろう。

 

 彼も仕事を頑張ってきたのだ。許してやろう。

 

「ガルちゃんは?」

 

「別の仕事を頼んだんだ。きっと、もう少しで帰ってくるよ」

 

「うむ、そうか」

 

 私は微笑むと、仕事を終えて帰ってきた夫の近くへと歩み寄り、両手を彼の背中に回して夫を抱き締めた。

 

「―――――おかえり、力也!」

 

 

 

 エピローグに続く

 

 


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