異世界で転生者が現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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焔刻のリキヤ

 

「リキヤ・・・・・・!?」

 

 宮殿の反対側から火山の噴火よりも巨大な火柱が吹き上がった瞬間、リキヤの気配が完全に消え失せた。奴から魔力を分けてもらったおかげなのか、あの男の気配は余程離れていない限り感じ取る事ができる。それにあの男の体内には同胞(サラマンダー)の血が流れているから、人間とドラゴンの気配が混じった独特の気配になっているため、感じ取るのは容易いのだ。

 

 その気配の中から、いきなりリキヤの気配が消えた。リキヤの気配そのものが消えてしまったわけではなく―――――彼の人間としての気配が、消失してしまったのだ。

 

 リキヤの気配が消滅し、代わりに残ったサラマンダーの気配が強まる。まるでサラマンダーがリキヤの身体を乗っ取ってしまったかのような感覚だ。まさか彼は、決戦の最中だというのにサラマンダーに身体を奪われてしまったのだろうか?

 

 いや、それは考えられない。10年前から乗っ取られることなく生活していたし、サラマンダーの血を抑え込んで支配するのではなく共生するようになっていたから、乗っ取られる筈がない。

 

 ならば、意図的に身体を明け渡した・・・・・・?

 

 レリエルを倒すために、自分を殺したのか・・・・・・?

 

「あれは・・・・・・!!」

 

 彼の気配が消えた原因について考えていると、いきなり日傘を差しながら宮殿の向こうの火柱を眺めていた小娘(アリア)が目を見開きながら、その火柱を指差した。

 

 まるで太陽から噴き出す炎(プロミネンス)のように巨大な火柱の表面から炎の塊が剥離し始め、火柱が崩壊を始める。剥離した炎の塊が巨大な火球となり、まるで隕石のように魔界の街に降り注ぎ続ける向こうには、巨大な武器を右肩に担ぎ、頭から長い真っ赤な頭髪を生やした見たこともないドラゴンが鎮座していた。

 

 一見するとサラマンダーのように見えるが、サラマンダーには前足はない。外殻や翼の形状などはサラマンダーとは同じなのだが、それ以外の部分は普通のドラゴンと比べるとかなり異様だった。ドラゴンを圧倒するエンシェントドラゴンの中にも、あれほど異様な怪物は存在しないだろう。

 

 その怪物は、見覚えのある銃を全身に装備していたのだ。サラマンダーよりも巨大な身体に合わせて巨大化したかのような重火器を全身に装備し、頭の上には大昔に人類が私に戦いを挑んで来た頃に世界中で使われていた古代文字が刻まれた魔法陣が、まるで天使の輪のように浮かんでいる。

 

 非常に長い銃身を持つセミオートマチック式アンチマテリアルライフルのOSV-96を右肩に担いでいる怪物の腰には、同じく見覚えのある仕込み杖や巨大なリボルバーのプファイファー・ツェリスカの入ったホルスターが吊るされている。腰の後ろにあるのはアサルトライフルのようだ。

 

 どの武器も一撃で転生者を仕留めてしまうような大口径の代物ばかりだ。あの怪物には、そんな大口径の武器を好んで使う赤毛の男の面影が少しだけ残っていることに気が付いた私は、ぎょっとして絶句してしまう。

 

 間違いない。あの長い赤毛と、その赤毛の中から突き出た2本の角。顔はすっかりドラゴンのような顔だが、足元にいると思われるレリエルを見下ろす真紅の瞳には、2人の妻と2人の子供を持つ幸せ者の目つきの面影が若干残っている。

 

 馬鹿な・・・・・・。

 

「そんな・・・・・・!?」

 

 馬鹿者・・・・・・! サラマンダーの血液の比率を上げたのか!

 

 確かにレリエルは恐ろしい再生能力を持つ怪物じゃ。たとえ吸血鬼の弱点で攻撃したとしてもすぐに再生されてしまうため、決め手にはならん。複数の弱点で攻撃するか、限界まで強化した奴らの弱点で攻撃するしかない。

 

 力也はあのまま戦っていては怪物には勝てぬと判断したのじゃろう。

 

 何をやっておるのだ・・・・・・。

 

 お前は生きて帰らねばならん。お前の子供は、まだ6歳なのだぞ・・・・・・!

 

 

 

 

 

 

 

 怪物の近くにあった建物が、怪物の放つ猛烈な熱風を浴びて発火していく。奴の吐き出すブレスを浴びたわけでもないのに、私の全身はまるで烈火の海に叩き込まれたかのような凄まじい熱に包み込まれていた。

 

 まるで太陽が、ドラゴンの姿になって目の前に降り立ったかのような熱だ。真紅の瞳で私を見下ろす怪物を見上げ、無数の火球が降り注ぐ中でにやりと笑った私は、再び背中から翼を生やし、熱風の中へと舞い上がる。

 

 面白いではないか、速河力也。

 

 辛うじて人間であり続けた貴様が、人間の心を捨てて具現化させたその力を、私に見せてみろ。

 

「勝負だ、魔王ッ!!」

 

 両手に魔力を集中させ、エネルギー弾を形成。通常時のように球体状にして放つのではなく、あの熱風と分厚い外殻を貫通できるように、更に魔力を圧縮してニードル状にする。

 

 近くにあった建物が、奴の体温だけで発火しているのだ。しかもサラマンドル・イェーガーの巨体は太陽のようなフレアとプロミネンスを纏っている。熱風を耐え切る術を持っていたとしても、迂闊に近づけばあの炎に呑み込まれ、完全に消滅してしまうことだろう。

 

 いくら吸血鬼でも、完全に消滅してしまえば再生など出来る筈がない。しかも、サラマンドル・イェーガーの炎に照らされていると、まるで日光を浴びているような感覚がする。もう子供のように焼かれるような激痛で苦しむことはないのだが、この状態では再生能力と身体能力が落ちてしまう。

 

 奴の炎に呑み込まれるわけにはいかない。

 

『ゴォォォォォォォォォッ!!』

 

 舞い上がった私を迎え撃つかのように、サラマンドル・イェーガーが咆哮する。ブレスでも吐き出すつもりなのだろうか。

 

 ならば、撃ち出す前に貫いてくれる。

 

 右手を突き出し、ニードル状に変形させたエネルギー弾を発射。狙ったのは奴の頭だ。頭の外殻を貫くことさえ出来れば、20mはあるあのドラゴンでも一撃で即死する事だろう。

 

 どんな巨体でも、弱点を貫かれれば即死することに変わりはないのだ。あのエネルギー弾が外殻を貫通したならば、そのまま体内で爆発させ、脳味噌を消し飛ばしてくれるッ!

 

 だが、私が放った一撃は、目の前の巨体に命中するという最低限の目的すら達成することはなかった。

 

「なっ・・・・・・!?」

 

 ニードル状に変形した紫色の閃光は、サラマンドル・イェーガーの巨体が纏うフレアやプロミネンスに触れることなく外殻へと直進していた。だが、そのエネルギー弾は奴の巨体へと接近するにつれて色が炎のような赤へと変色していき、最終的には全体から火柱を噴き上げて発火し、焼失したのだ。

 

 エネルギー弾を焼き尽くしただと・・・・・・!?

 

 触れてもいないエネルギー弾を、体温だけで・・・・・・!?

 

「馬鹿な・・・・・・!」

 

 魔力の出力を上げて更にもう1発攻撃を叩き込もうとしたが、その前に再びサラマンドル・イェーガーが咆哮を発し、巨大な口腔の前に頭上の天使の輪を移動させた。複雑な古代文字が点滅しながら回転を始めると同時に、奴の口腔の中が真っ赤に煌めき始める。

 

 間違いない。この怪物はブレスを放つつもりだ。だが、この怪物に狙われているという恐怖と威圧感は、今まで私が葬ってきたエンシェントドラゴンが発する恐怖や威圧感の比ではなかった。マッチの火と太陽の炎を比べるようなものだ。このサラマンドル・イェーガーの前では、吸血鬼でも恐れるエンシェントドラゴンはマッチの火にしか過ぎないということなのか。

 

 防御するべきかと思ったが、サラマンドル・イェーガーのブレスに耐えられるとは思えない。もし耐え切れなかった場合、再生すら許されないほどの高熱の中で消滅する羽目になる。

 

 全力で回避するべきだ。そう思った私は、攻撃を断念して更に高度を上げ、全速力で右へと旋回を続ける。

 

 回転を続ける魔法陣が、サラマンドル・イェーガーの吐き出した炎の塊に呑み込まれる。その炎の塊ですら太陽から噴き上がるプロミネンスをそのまま吐き出しているかのような大きさだったのだが、その炎は魔法陣に触れた直後、その約10倍ほどの太さの火柱となり、急旋回する私に向かって放たれた。

 

「ぐっ!?」

 

 攻撃範囲が広すぎる・・・・・・!

 

 回避し切れないと焦りながら思った直後、接近してきた火柱の熱だけで、私の全身が一瞬で燃え上がった。だが、まだ燃え上がっただけだ。何とか火を消せば再生する事ができる。

 

 その時、私の全身を呑み込んでいる高熱が更に膨れ上がったかのような気がした。思わず呻き声を上げ、そのまま火達磨にされる激痛によって地上へと引きずりおろされそうになるが、何とか翼を広げて墜落しないように足掻き続ける。ひとまずどこかの建物の上に着地し、傷を再生させよう。

 

 先ほど熱が膨れ上がったのは奴のブレスが私の後ろを通過したのが原因だったのだと理解した私は、傷を再生させるために降り立つための建物を探す。何とか焼失せずに残っている建物を見つけた私は、そこに着地しようとして身体を動かすが、その時私の両足が全く動かないことに気が付いた。

 

 今のブレスでやられたのだろうか。恐る恐る両足の方を見てみると、伸びている筈の2本の足は、太腿から先が消滅してしまっていた。

 

「くっ・・・・・・!」

 

 回避し切れなかった・・・・・・!

 

「っ!?」

 

 このまま着地するわけにはいかない。飛行しながら傷口を再生させ、反撃していくしかない。奴に焼かれた両足を再生させながら旋回していると、今度は私の背後で奴の飛び道具が発する轟音が響き渡った。

 

 あの怪物は、力也の飛び道具を装備していた筈だ。しかもその飛び道具は、巨大化した彼の巨体に合わせて巨大化している。つまり、その得物から撃ち出される弾丸も巨大化しているということだ。

 

 ぞっとしたばかりの私のすぐ隣を、巨大な銀の弾丸が猛烈な衝撃波と共に駆け抜けて行った。全身の大火傷を再生させている最中だった私はその衝撃波を叩き付けられ、焼け焦げた蝙蝠の翼を傾かせながら焼け野原へと変貌している魔界の大地へと落下していく。

 

 怪物だ。

 

 あの怪物は―――――サラマンダーの王だ。

 

 倒壊した建物の壁面に叩き付けられた私は、焦げた肉片の混じった血で黒ずんだレンガを汚しながら、血のように紅い魔界の空を見上げた。

 

 あの炎に照らされているせいなのか、再生が遅い。激痛がなかなか消えない。あと数秒はこの焼死体のような姿で空を見上げる羽目になるだろう。

 

「・・・・・・」

 

 久しぶりだ。

 

 このレリエル・クロフォードをここまで追い詰める相手に出会ったのは、久しぶりだ。

 

 速河力也よ。貴様は10年前もこの私を追い詰めた。そして10年後のこの決戦でも、再び私を追い詰めている。

 

 私は貴様のような男と戦いたかった。絶望など全く感じない。むしろ追いつめられる度に高揚している。

 

「―――――来い、ブラック・ファングよ」

 

 真っ黒になった焼死体のような右腕を何とか天空へと伸ばし、私はそう唱える。すると、力也に右腕を切り落された際にどこかへと吹き飛ばされていったクロフォード家に代々伝わる漆黒の槍が、紫色の閃光と共に私の傍らへと姿を現した。

 

 何とか両足の再生は終わっている。身体はまだまだ黒焦げだが、立ち上がれるのならば問題は無かろう。激痛を発し続ける身体で何とか立ち上がった私は、猛烈な陽炎と熱風の向こうで唸り声を上げるサラマンドル・イェーガーを睨みつけ、にやりと笑った。

 

 貴様が切り札を出したというのならば、私も切り札を見せてやろう。

 

「―――――クロフォード家に伝わる奥義を見せてやる」

 

 クロフォード家初代当主が、魔神との戦いで編み出したと言われている大技だ。闇属性のエネルギー弾が焼き尽くされてしまうのならば、この奥義で攻撃するしかない。

 

 ブラック・ファングをくるりと回し、先端部を地面に突き立てる。すると、槍の先端部を突き立てられた地点を中心に紫色の魔法陣が出現し、無数の複雑な記号が凄まじい速さで地面を侵食し始める。

 

 やがてその魔法陣は半径3mほどの大きさに膨れ上がると、そこで一度肥大化を止め、今度は天空へと向かって紫色の記号を伸ばし始めた。何もない空間に根付いた闇属性の記号はそこで新たな魔法陣を生成すると、地面の魔法陣と同じように3mほどの大きさで成長を止め、記号を触手のように伸ばして枝分かれを続けていく。

 

 やがて、血のように紅い空の中に、無数の紫色の魔法陣が星のように煌めき始めた。猛烈なフレアとプロミネンスで街を焼き尽くしていたサラマンドル・イェーガーも、この禍々しい星の存在に気付いたらしく、巨大な角の生えた頭で紅い空を見上げる。

 

 ブラック・ファングは流し込んだ魔力の量に応じて自由自在に伸縮する槍だが、それはまだこの槍が持つ本来の機能ではない。あくまでもあの伸縮する機能は、この槍が持つ機能を派生させたものでしかないのだ。

 

 本当の機能は、この一撃を放つためにある。

 

 このブラック・ファングが持つ本当の機能は『魔力の増幅』だ。槍を伸ばしていたのも、増幅させた魔力で槍を構成する物質を生み出し、それを継ぎ足したり削除していただけに過ぎない。

 

 周囲の空間に形成された無数の星のようなこの魔法陣は、先ほどサラマンドル・イェーガーに焼き尽くされたエネルギー弾の100倍の出力を持つエネルギー弾を放つ事ができる魔術の魔法陣だ。その魔法陣の数は合計で2000個。一撃でドラゴンを消し飛ばしてしまうほどのエネルギー弾で、今からあの怪物に集中砲火をお見舞いしてやるのだ。

 

「この一撃を放つのは――――大天使との戦い以来だよ、魔王」

 

 ブラック・ファングが絶え間なく魔力を増幅させているとはいえ、私の体内の魔力は底をつく寸前だ。

 

 だが、相手は私をここまで追い詰めてくれた友人だ。この一撃でお返しをしなければ、この決闘に応じてくれた彼に失礼だろう。

 

 だからこそ、この一撃を叩き込む。クロフォード家の初代当主が編み出したこの摂理を。

 

「―――――絶対的なる死の摂理(アブソリュート・プロヴィデンス)ッ!!」

 

 私が奥義の名を唱えた直後、紅い空に展開していた無数の魔法陣が、一斉に巨大な柱のようなエネルギー弾を放ち始めた。今まで放っていた閃光の10倍の大きさを持つ無数の光が紅い空を駆け抜け、巨大な怪物へと襲い掛かっていく。

 

 怪物は右肩に担いでいた巨大な飛び道具から連続で巨大な弾丸を放ったが、私のエネルギー弾の数は彼の飛び道具が放った弾丸の数よりも圧倒的に多い。いくつかの閃光が怪物の放った弾丸で相殺されたが、それでもまだエネルギー弾は残っている。

 

 フレアやプロミネンスが閃光を呑み込んでたちまち焼き尽くしてしまうが、そのプロミネンスとフレアの壁を通り抜け、猛烈な高熱に耐えきった最初の1発が、ついにサラマンドル・イェーガーの巨体に勢いよく突き刺さった。

 

 炎と閃光と高熱の壁の向こうで、赤黒い外殻が融解する。突き刺さったエネルギー弾はそのまま膨れ上がると、あの堅牢な外殻の下にあった筋肉繊維を吹き飛ばし、周囲の外殻を内側から抉り取った。左肩を抉られて咆哮する怪物に、更に炎と高熱に耐え抜いた2発目のエネルギー弾が襲いかかる。

 

 今度は背中の翼の付け根に命中した。同じように外殻をあっさりと貫通し、体内で大爆発を起こす。外殻の内側から付け根を抉り取られたせいで、炎を纏っていた怪物の巨大な右側の翼が、溶岩のように赤い鮮血を吹き上げながら崩壊し始めた。

 

 咆哮しながら暴れ回るサラマンドル・イェーガー。手足と尻尾を振り回し、あらゆる方向にブレスを放って必死に閃光を迎撃しようと足掻くが、生き残ったエネルギー弾が続けざまに突き刺さり、怪物の巨体と炎が、やがて紫色の閃光と残光に埋め尽くされ始める。

 

 翼を抉られ、尻尾を千切り取られた怪物。だが、まだ奴の纏う炎は全く消えていない。肩に担いでいる得物が閃光の爆風でへし折られても、あの怪物はまだ私との戦いを続けようとしている。

 

 あの男の心は、まだ生きているのかもしれない。今のあの怪物の姿は、まるで10年前の帝都の戦いでボロボロになっても立ち上がって戦いを挑んで来た力也と全く同じなのだ。

 

 人間は、やはり執念を持つ怪物なのか。

 

 その怪物たちの中の王が、この(怪物)なのか。

 

『――――――ウラァァァァァァァァァァァァァァァッ!!』

 

「!?」

 

 その時、集中砲火を浴び続けているサラマンドル・イェーガーが、あの姿になる前に力也が発していた雄叫びを上げた。

 

 へし折られた得物を投げ捨て、腰に下げていた仕込み杖を引き抜く怪物。既に翼は抉られているため、飛行することは出来ない。まるで人間と同じように後ろ脚で立ち上がり、得物を構えて私に突っ込んでくるつもりか。

 

 怪物は仕込み杖を捻ると、分離させた杖の中から銀色の刀身を出現させた。あの姿になる前の剣は細身の刀身だったのだが、今のあの刀身はまるで大剣のようだ。

 

 身体中の外殻を抉られている怪物が、爆炎を突き破って走り出す。周囲の残骸を焼き尽くしながら迫ってくる怪物に向けて更に閃光の集中砲火をお見舞いするが、掠めた閃光によって片方の角をへし折られようが、続けざまに突き刺さった閃光で右目を吹き飛ばされようが、あの速河力也(サラマンドル・イェーガー)は止まらない。周囲の物質を焼き尽くし、空気を熱風に変えながら突っ込んで来る。

 

「そうか」

 

 決着をつけるつもりか。

 

 いいだろう。面白い。

 

 すぐに槍を引き抜き、攻撃を中断すれば回避することは出来るだろう。だが、私はそのまま槍に魔力を流し込み、集中砲火を続けた。

 

 あの男が私と決着を付けようとしているのだ。私も彼の闘志に応えなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 緑色の草原が見えた。

 

 緑と蒼しか存在しない開放的な世界。その草原へと向かって、俺がかつて転生者を狩り続けていた頃に身に纏っていたコートを身に着けた蒼いポニーテールの少女のような少年と、胸元が開いた上着と黒いミニスカートを身に着けた少女が一緒に歩いていく。

 

 蒼い髪の少年はタクヤだろうか。成長したおかげで大人びた顔つきだが、相変わらずエミリアにそっくりだ。彼女の服を着たら見分けがつかないんじゃないだろうか。

 

 もう片方の赤毛の少女は、おそらくタクヤの姉のラウラだろう。活発な彼女は楽しそうに笑いながら、タクヤと手を繋いで一緒に草原の向こうへと歩き続けている。

 

 俺はレリエルと戦っていた筈だ。なぜ、成長した姿の子供たちの姿が見えるのだろうか?

 

 そう思った瞬間、今度は草原から荒れ果てた建物が連なるスラム街が見えた。道端に積み上げられているガラクタを、ボロボロの服を着た男たちが漁っている。

 

 その傍らを、黒い制服に身を包んだ赤毛の少年が通過した。どこかの学校の制服なのだろうか? ボタンは全て外していて、頭にはハンチング帽をかぶっている。彼はスラム街に住んでいるのではなく、スラム街を訪れているのだろうか。

 

 その少年の顔つきは、17歳の頃の俺にそっくりだった。自分ではないかと思ったが、俺は学校の制服みたいな恰好でスラムに入ったことはない。あの少年は誰だ? 

 

『――――彼らはあなたの子供たち。そしてスラムにいた男の子は、あなたの孫』

 

 スラムの光景が消え、真っ白な空間へと変貌する。何もなくなったその空間に次に姿を現したのは、蒼いワンピースを身に纏った蒼い髪の少女だった。

 

 瞳の色は紫色で、雰囲気は何故かエミリアに似ている。だがエミリアとは口調が違うし、髪型も違う。

 

 彼女は誰なんだ?

 

「君は・・・・・・?」

 

『私は――――生まれて来る筈だった、もう1人のエミリア』

 

 確か、エリスの妹は生まれる前に死亡している筈だ。その死亡した赤ん坊にエミリアという名前が付けられる筈だった・・・・・・。彼女たちから聞いた話を思い出した俺は、彼女に次の質問をするよりも先に納得し、彼女の瞳を見つめながら頷いた。

 

『あなたの戦いは、まだ終わっていないわ』

 

 そうだ。俺はレリエルを倒さなければならない。

 

 さっきの光景が子供たちや孫たちの姿ならば、俺がここでレリエルを倒さなければあの未来は消えてしまう。吸血鬼に蹂躙される世界になってしまう。

 

『だから、戦わないと』

 

「ああ」

 

 そうだな。

 

 俺たちの子孫のためにも、(先祖)が頑張らなければ。

 

 俺はまだ死んでいない。戦っている途中なんだ。

 

「――――ありがとう、エミリア」

 

 蒼い髪の少女に礼を言った直後、あの何もない世界と共に彼女は姿を消していた。その瞬間に猛烈な熱風と激痛が全身を包み込み、轟音が俺に襲い掛かって来る。

 

 右目が見えない。目を開けようとしても瞼は開かず、激痛が返事をしてくるだけだ。俺が意識を失っている間にどうやら片目を吹き飛ばされていたらしい。

 

 いつの間にか、俺は仕込み杖の剣を構え、周囲に無数の魔法陣を展開したレリエルへと向かって走っていた。レリエルの形成した魔法陣が次々に閃光を放ち、俺の身体を抉り取っていく。

 

 もう、俺の姿はドラゴンのような姿ではなく、いつもの人間のような姿へと戻っていた。元の姿に戻る事ができたのは喜ばしいが、早くレリエルに剣戟を叩き込まなければ俺が吹き飛ばされてしまう。

 

 レリエルの身体は火傷だらけだった。いつもならばとっくに再生している筈なのに、あいつの身体に残っている火傷は全く再生している気配がない。彼は自分の身体が再生していないことに気が付いていないのか、爆炎と閃光の中を突っ切ってくる俺にエネルギー弾を連射し続けている。

 

 ――――転生したばかりの頃、俺はこんな恐ろしい相手と戦うとは思っていなかった。便利な端末を使って何とか生き残る事ができればいいと思っていた。

 

 でも、エミリアという仲間ができた。彼女と隣国に逃げ延び、傭兵を始め、仲間を増やし始めてからは、俺は別の目標を持つようになった。

 

 仲間たちを守りたい。仲間たちと幸せになりたい。

 

 色んな奴らに大切なものを奪われた。でも、俺たちは血まみれになっても戦い続け、奴らから同じように大切なものを奪い続けた。

 

 血まみれの人生だった。―――――だが、俺は彼女たちのおかげで幸せになる事ができた。

 

 最高の人生じゃないか。怪物に成り果てても、彼女たちと共に生きる事ができたのだから。

 

 俺は――――幸せ者だ。

 

 飛来した閃光が右腕の肘の部分に突き刺さる。一瞬で肉を焼き尽くした閃光が右手の剣もろとも俺の右腕を抉り取り、後ろにある廃墟を吹き飛ばしていく。

 

 でも、俺は立ち止まらない。片腕を吹き飛ばされてもそのまま走り続ける。

 

 いつの間にか、俺は雄叫びを上げていた。かつて転生者戦争の際に、俺たちと共に戦ってくれた勇敢な海兵隊員たちと叫んだ雄叫びだった。

 

「―――――УРааааааааа(ウラァァァァァァァァァァ)!!」

 

 立ち止まってたまるか。

 

 ここでレリエルを倒すんだ。俺が家族を守るんだ!

 

 今度は閃光が俺の胸に突き刺さる。胸の肉が燃え上がり、閃光が心臓の近くまでめり込んでいく。

 

 このままでは俺の上半身が吹き飛んでしまう。このエネルギー弾が爆発したら、レリエルに一撃を叩き込む前に俺は死んでしまうだろう。

 

 雄叫びを上げたまま、俺は左手の剣を胸に突き刺さっている紫色のエネルギー弾に向かって振り下ろした。猛烈な閃光の中で銀の刀身は一瞬で融解してしまったが、アップグレードを繰り返していたおかげなのか、閃光も爆発する前に残光へと変貌して消滅していった。

 

 そう言えば、俺の心臓の一部はエミリアに移植しているから、俺の心臓の形状は少し欠けているんだったな。もしかすると今のエネルギー弾が突き刺さったのは、ちょうど心臓が欠けていた部分だったのかもしれない。

 

 エミリアに心臓の一部を移植していたおかげで、今の一撃で死なずに済んだんだ。

 

 刀身が融解した仕込み杖を投げ捨てた俺は、内ポケットの中からいつも大切にしていたお守りを取り出した。エミリアと初めてデートに行った時に、彼女にプレゼントしてもらった大切な懐中時計。いつも手入れをしていたから全く汚れていなかったんだが、彼女から貰ったそのお守りは戦闘の影響で表面は融解しており、中にある時計は割れて銀の針が止まってしまっていた。

 

 ちくしょう。彼女から貰った大切なお守りが・・・・・・。

 

 でも、彼女(エミリア)はこの場にはいないけど、俺とずっと一緒にいてくれた。

 

 この世界で最初に出会ってから、この決戦までずっと一緒だった。

 

 エミリア、ありがとう。お前と出会う事ができた俺は、本当に幸せ者だ。

 

 ずっと一緒だよ、エミリア―――――。

 

 壊れた懐中時計の中から銀の針を取り出し、それを握りしめながらレリエルへと向かって突っ走る。

 

「――――――レリエェェェェェェェェェェェェェェルッ!!」

 

 もう轟音は聞こえない。全く痛みも感じない。

 

 胸に大穴を開けられ、片腕を吹き飛ばされてもうボロボロになっているのに、何故か俺の身体はいつものように動いてくれる。

 

 目の前にいるレリエル・クロフォードが、楽しそうに笑っている。まるで誕生日に両親からプレゼントをもらって大喜びする子供のような、幼い笑顔だった。

 

 俺は左腕に力を込めると、握りしめていた銀の針を笑っているレリエルの心臓へと向けて突き出した。伝説の吸血鬼を仕留めるにはあまりにも小さ過ぎる矛だが、この銀の針こそが俺たちの本当の切り札だった。

 

 その針がレリエルの心臓に突き刺さった瞬間、彼の周囲に展開していた紫色の光が消えた。

 

 

 

 

 


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