異世界で転生者が現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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サラマンドル・イェーガー

 

「うぐっ・・・・・・!」

 

 恐ろしい腕力だ。レリエルに殴り飛ばされ、宮殿から2km以上も離れた建物まで吹っ飛ばされた俺は、叩き付けられて陥没した壁面から何とか抜け出し、剥がれ落ちた白いレンガの破片を踏みつけながら周囲を見渡す。

 

 どうやらここは4階建ての建物の最上階のようだ。今の激突の衝撃で吹き飛んだ窓の向こうには無数のベッドと、奇妙な色の液体が入った瓶と包帯が並ぶ棚が見える。この建物は病院なんだろうか?

 

 呻き声を上げながら背中のアンチマテリアルラフルの銃身を展開し、今の衝撃で破損していないか確認する。ライフル本体も、銃身の下に搭載されている迫撃砲も辛うじて無傷だ。普通ならば銃身が真っ二つにへし折れていてもおかしくはないほどの衝撃だったんだが、地道にアップグレードを続けていたおかげで強度はかなり強化されているらしい。

 

 バイポットも折れていないし、歪んでいる様子もない。いいぞ。

 

 迫撃砲とライフルの銃身の間に装備されている大きめの伸縮式バイポットを展開した俺は、アンチマテリアルライフルによる遠距離狙撃を想定してライフル用に伸縮していた状態のバイポットを伸ばすと、折り畳んでいた迫撃砲用の照準器を展開し、迫撃砲の砲弾を準備する。

 

 照準器の目盛りの向こうには、背中から蝙蝠のような漆黒の翼を生やし、血のように紅い空へと舞い上がるレリエルが見える。空から魔術で狙い撃ちにするつもりなんだろうか。

 

 だが、ここから宮殿までの距離はおよそ2km。いくら動きが素早いレリエルでも、ここに到達するまでに10秒以上はかかる筈だ。迫撃砲で何度か砲撃してから狙撃に切り替え、それから接近戦に対応するための時間は十分にある。

 

 腰に下げていた迫撃砲の砲弾を掴んだ俺は、バイボットを展開した状態の迫撃砲の砲口に砲弾を放り込むと、砲身に背を向けながら両耳を塞いだ。

 

 背後で一瞬だけ猛烈な光が煌めき、耳を塞ぐのを忘れていたのではないかと疑ってしまうほどの凄まじい轟音が弾け飛ぶ。

 

 OSV-96の長い銃身の下に搭載されている迫撃砲は、かつてソ連軍が第二次世界大戦の際に使用していた82mm迫撃砲のBM-37だ。射程距離はなんとアンチマテリアルライフル以上の約3kmで、当然ながら破壊力も凄まじい。

 

 俺が今ぶっ放した砲弾は、雪山での戦いの際に使用していた普通の砲弾や対戦車用の形成炸薬(HEAT)弾ではない。命中すればレリエルでも粉々になるだろうが、今のレリエルは空を飛んでいるため、奴に迫撃砲を命中させるのは遠距離戦に自信がある俺でも不可能だ。

 

 だから端末で用意した特殊な砲弾を使ったんだ。

 

 放たれた砲弾が、落下しながら次々に部品を剥離させて空中分解を始める。すると、落下していく砲弾の中から、次々に剥離していく部品に混じって無数の銀の散弾が姿を現した。

 

 普通の砲弾のように地面に着弾してから爆発するのではなく、先ほどのフレシェット弾と同じように砲弾の内部に搭載していた無数の散弾を敵にばら撒くという代物だ。広範囲攻撃用に用意した砲弾なんだが、散弾ならば対空戦闘にも対応できる筈だ。いくらレリエルでも、頭上から降り注ぐ銀の散弾の嵐を全て回避するのは不可能だろう。

 

 まるで戦艦大和の三式弾のように拡散した無数の銀の散弾が、照準器の向こうでレリエルに襲い掛かる。いきなり頭上から銀の散弾で攻撃されると思っていなかったレリエルは、左右に急旋回を繰り返して降り注ぐ銀の散弾を回避し始めた。

 

 何発か命中したようだが、やはり致命傷にはなっていない。だが、レリエルの攻撃開始を遅延させることには成功した。もう1発ぶっ放してやろうかと思ったが、今の距離は約1.7km。そろそろアンチマテリアルライフルの出番だろう。

 

 レリエルが必死に回避している間にバイポットを狙撃用の長さに戻した俺は、ベランダにある木製の柵にバイポットを置き、銃床に肩を当ててスコープを覗き込んだ。

 

 銀の散弾に抉られた翼と背中を再生させ、ふらつきながら飛行を続けるレリエル。もう1発同じ攻撃が来るかもしれないと警戒しているんだろうか?

 

 カーソルをふらつくレリエルに頭に合わせると、俺は容赦なくトリガーを引いた。

 

 マズルフラッシュの煌めきで俺が発砲したことに気付いたのか、カーソルの向こうのレリエルがひらりといきなり右に急旋回。カーソルの中央に向かって飛んでいった12.7mm弾をなんと回避し、そのまま高度を下げてから2階建ての建物と3階建ての建物の陰に潜り込む。

 

 くそったれ、外しちまったか・・・・・・!

 

 もう1発迫撃砲をお見舞いしておくべきだったんだろうか。そう思いながらレリエルを探していると、いきなり3階建ての建物の壁面から紫色の閃光が溢れ出し、その輝きを押さえつける事ができなくなった壁面が崩壊を始める。砕け散り、融解する白いレンガの破片の嵐を突き破って突き出てきたのは、ニードル状のエネルギー弾だった。

 

「!?」

 

 咄嗟にライフルを抱えながら左へとジャンプ。木製の柵を容易く食い千切ったエネルギー弾は俺の鼻孔に木が焦げる臭いを流し込んでから壁に突き刺さると、薬品が並ぶ棚を貫通していった。

 

 拙いぞ。今度はレリエルが俺を狙撃しているらしい。

 

 既にあいつには、俺が狙撃している位置がバレているんだ。このままここで狙撃を続けていたらいずれあのエネルギー弾に貫かれてしまう。そろそろ移動しなければ。

 

 ライフルを肩に担ぎ、レリエルの狙撃を警戒しながら屋根の上を進む。普段から実戦で木の上や屋根の上を走り回っていた事と、子供たちとの鬼ごっこでこんな場所ばかりを駆け回っていたおかげで、10年前よりも俊敏に屋根の上を駆け抜ける事ができた。

 

 4階のベランダから隣の建物の屋上に飛び降り、レリエルの狙撃をジャンプで回避しながら更に隣の建物のベランダへとジャンプ。ベランダに散乱していた木の破片の上に着地した俺は、義足のブレードを展開して壁面に突き刺すと、そのまま白いレンガで覆われた壁を蹴って壁面を駆け上がり、建物の屋上へとよじ登る。

 

 カウンター・スナイプをされるとは思っていなかったが、奴のエネルギー弾の餌食になることはなさそうだ。あいつのエネルギー弾の貫通力は凄まじいが、発射する直前に魔力が膨れ上がる気配を察知できるし、閃光を発しながら飛んで来るため、狙撃地点と発射のタイミングを知るのが容易だ。あの威力に驚愕せずに冷静に考察できれば、すぐに分かる弱点だな。

 

 だからあの貫通力と弾速にビビらなければ、奴に狙撃で反撃するのは容易い。

 

 俺の周囲を突き抜けていく閃光が放たれている地点は、やはりレリエルが先ほど隠れた3階建ての建物の陰からだ。距離はおよそ1.6km。発射されている地点も把握している。

 

 だが、すぐに反撃するわけにはいかなかった。まるで機関銃のような連射速度で次々に放たれる闇属性のエネルギー弾が、スナイパーライフル並みの精度で俺のいる建物の屋上へと飛来を続けているんだ。

 

 あの攻撃には発射した地点がすぐにバレるという欠点があるが、このように真っ向から連射し、敵を釘付けにするのならば全く欠点にはならない。現代兵器は魔術よりも使い勝手がいいし、魔力を消費せずに使えるという大きな利点を持つが、魔術には銃のようにマガジンなどの再装填(リロード)を必要としないという同等の大きさの利点がある。

 

 しかも、そんな攻撃を繰り出しているのはレリエル・クロフォードだ。普通の人間ならばとっくに魔力を使い果たして動けなくなっているほどの魔力を使ってこれほどエネルギー弾を連射しても、奴の魔力はまだまだ残っているらしい。

 

 次々に穴だらけになっていく建物の群れ。中にはエネルギー弾が命中し過ぎたせいで壁が崩れ、土煙を上げながら倒壊していく建物もある。

 

 俺はアンチマテリアルライフルを担いだまま隣の建物へと飛び移ると、ちらりともう一度レリエルの居場所を確認してからにやりと笑った。

 

 未だに奴の狙撃地点は変わっていない。

 

 ちょっと無茶な狙撃になるが、奴はこんな連射を躱しながら反撃するとは予想していない筈だ。伝説の吸血鬼に一泡吹かせてやろう。

 

 背中を連続で飛来してくる紫色の閃光で照らされながら目の前の別の建物へと向かって突っ走った俺は、先ほどまでと同じようにその建物へと向かって思い切りジャンプし――――着地する前に、右肩に担いでいたOSV-96の銃口を、右手だけでグリップを握ったままレリエルへと向けた。

 

 俺のアンチマテリアルライフルは、迫撃砲を搭載したせいで重量は60kg以上になっている。ステータスがかなり強化されているためあまり重くは感じないんだが、片手で持つと久しぶりに重く感じるし、片手で構えている上にジャンプしながらの照準だから、当然ながらバイポットを使った状態での狙撃よりも照準は非常に難しくなる。

 

 2kmからの狙撃を成功させたことはあるが、このように攻撃を回避するためにジャンプしつつ、片手で狙撃するのは初めてだ。俺は賭け事はしない主義なんだが、何とか攻撃を命中させなければレリエルのエネルギー弾による遠距離からの掃射は止まらないだろう。

 

 揺れる巨大なライフルを右腕だけで何とか制御しながら、俺はスコープを覗き込む。カーソルの向こうはレリエルが放つエネルギー弾の残光と飛び散る白いレンガの破片で滅茶苦茶だったが、既にレリエルの位置を知っていたおかげで、照準は素早く合わせる事ができた。

 

「――――当たれッ!!」

 

 建物がへし折られる轟音の中で叫んだ俺は、トリガーを引いた。

 

 T字型のマズルブレーキから弾丸が飛び出すと同時に、アンチマテリアルライフルが発する凄まじい銃声が、周囲で荒れ狂う轟音を全て黙らせる。レリエルのエネルギー弾によって倒壊させられていく建物の轟音がその瞬間だけ聞こえなくなった。

 

 命中したかどうか確認したいところだったが、このままスコープを覗き続けていれば着地に失敗するだろう。しかも外れていた場合、レリエルのエネルギー弾の掃射で止めを刺される羽目になる。

 

 すぐにスコープから目を離し、何とか隣の建物の屋上に着地。レリエルのエネルギー弾の餌食になる前にライフルを構えて走り出す。

 

 だが、もう建物の上を走り回る必要はなさそうだった。

 

 先ほどまで建物の壁に風穴をいくつも開けていたあの恐ろしいエネルギー弾の掃射が、いきなりぴたりと止まったんだ。まさか、先ほどの狙撃が命中したのか? 俺は担いでいたライフルを今度は両手でしっかりと構えると、スコープを覗き込む。

 

「おお・・・・・・」

 

 スコープの向こうでは、胸の左側と左腕を12.7mm弾によって抉り取られたレリエルが傷口を再生させている最中だった。心臓も一緒に抉り取られた筈だが、あの怪物はまだ傷口の再生を続けている。

 

 くそったれ。胸を半分抉られてもまだ生きてるのかよ!?

 

 やはり、あの男は怪物だ。

 

 俺はライフルを構えたまま、再びトリガーを引いた。

 

 今度は先ほどのような無茶な狙撃ではない。何度も経験してきた、いつも通りの狙撃だ。カーソルの向こうで身体を再生させているレリエルに2発目の銀の12.7mm弾が命中したのを確認した俺は、今度は胸の右側を右腕と共に抉り取られたレリエルに向かって、ここぞとばかりに3発目の弾丸を放つ。

 

 3発目は腰に命中。ふらついていたレリエルの両足と共に下半身が砕け散り、上半身だけになったレリエルが建物の陰に崩れ落ちる。

 

 マガジンの中に残っているのはあと1発だ。こいつをぶっ放したら空になったマガジンを取り外し、再装填(リロード)しなければならない。

 

 下半身を再生させながらゆっくりと起き上がるレリエル。しゃがんでいた状態から再び立ち上がった彼の頭にカーソルを合わせた俺は、今度はレリエルの頭を木端微塵にしてやろうと思いながらトリガーを引いた。

 

 その直後、カーソルの向こうからレリエルが消失した。

 

「っ!?」

 

 再生している最中に頭にお見舞いしておけばよかったと後悔しながらスコープから目を離す。あの禍々しい闇属性の魔力の持ち主は、まだあの建物の影にいるようだ。狙撃を防ぐために隠れたのか?

 

 空になったマガジンを取り外し、新しいマガジンを装着。コッキングハンドルを引いて再装填(リロード)を済ませる。

 

 再び索敵を続けようとしたその時、レリエルが最初に風穴を開けた3階建ての建物が、ついにぐらりと揺れ、そのまま地面へと向かって倒壊を始めた。レリエルが隠れているのはあの建物の陰だ。あの建物が倒壊すれば、俺は容易くあの男を見つける事ができるだろう。

 

 そう思いながら再びスコープを覗き込もうとしたその時、倒壊していく筈だったその建物が、いきなり倒壊する途中で、まるで何かに持ち上げられたかのようにぴたりと停止した。

 

 何故倒壊が止まったのかと考えるよりも先に、その建物の残骸が猛烈な土煙の中で少しだけ浮き上がったのを目の当たりにした俺は、アンチマテリアルライフルを折り畳んで再び走り出していた。

 

 隣の建物に飛び乗った瞬間、その浮かんでいた建物の残骸が今度は後ろに向かって少しだけ傾いたのが見えた。やがてその傾斜も止まったかと思うと、建物の残骸が起き上がるかのように俺のいる方向へと倒れ始め――――回転しながら、まるで何かに放り投げられたかのように迫ってきたんだ!

 

 回転しながら接近してくる巨大な建物の残骸の向こうに、背中から蝙蝠のような形状の翼を生やした男の姿が一瞬だけ見えた。10年前の帝都での戦いで、あの男は何と帝都の宮殿の近くに屹立する巨大な時計塔を強引に倒壊させ、それを俺に向かって投げつけてきたことがあった。時計塔を腕力だけで倒壊させられるような男だから、あの3階建ての建物を放り投げるのは朝飯前なんだろう。

 

「マジかよ・・・・・・!」

 

 土煙を突き破って向かってくる建物の残骸。パイルバンカーでも装備していない限り、迎撃するのは不可能だろう。しかも接近してくるスピードが速すぎる。おそらく、弾着まであと3秒くらいだろう。全力で走ったとしても逃げ切れない・・・・・・!

 

「くそったれ・・・・・・!!」

 

 どうやら、またしても賭ける羽目になったようだ。

 

 俺は走るのを止めて立ち止まると、サラマンダーの血液の比率を50%ずつに変更し、右腕をサラマンダーの外殻で覆いながら接近してくる建物を睨みつけた。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 全力でジャンプしながら両手を伸ばし、回転しながら飛来してくる建物の残骸の表面に外殻で覆われた指を喰い込ませる。凄まじい運動エネルギーと衝撃で食い込ませた指が砕け散りそうになったが、俺の予想以上にこの外殻は硬かったらしい。激痛は指にへばりついたままだが、俺の身体はまだ無事だ。

 

 そのまま両腕に力を込める。レリエルが放り投げてきた建物の回転がゆっくりと停止し始め、俺の指にへばりついている激痛も少しずつ薄れていく。

 

「―――――УРаааааааа(ウラァァァァァァ)!!」

 

 回転の止まった残骸を持ち上げた俺はいつもの雄叫びを上げると、今度は両腕を抉り取ろうと荒れ狂う激痛を雄叫びで黙らせながら、逆にレリエルに向かって建物の残骸を投げ返した!

 

 白いレンガで覆われた壁面から、赤黒い外殻に覆われた指が抜ける。建物を持ち上げていた苦痛が、レリエルに向かって放り投げられた建物と共に遠ざかっていく。

 

 あの建物でレリエルが押し潰されたとしても、奴はまた再生して襲いかかってくるに違いない。あの建物はレリエルの弱点による攻撃ではなく、ただのレンガと木の塊に過ぎないのだから。

 

 しかも、レリエルの腕力は巨大な建造物を投げ飛ばしてしまうほどだ。そんな恐ろしい腕力を持っている男が、目の前から飛来してくる脆い残骸を避けようとする筈がない。

 

 次の瞬間、俺が放り投げた建物の残骸が、目の前で木端微塵に砕け散った。無数のレンガの破片と木片をまき散らし、黒煙の代わりに土煙を噴き上げる残骸の向こうから、翼を生やしたレリエルがゆっくりと俺の目の前に降り立つ。

 

「――――強くなったな、力也」

 

「それはどうも。・・・・・・あんたこそ、その再生能力は反則だぜ」

 

 そろそろ、切り札を出すべきだろうか。

 

 あまりにもリスクが大き過ぎるし、まだ一度も実験したことがない危険な切り札だが、この魔界に太陽がない以上、レリエルを倒すにはこの切り札を使うしかないだろう。

 

「――――なあ、レリエル」

 

「なんだ?」

 

「俺の身体は、俺の血とサラマンダーの血の比率を変化させることで、意図的に変異させられるんだ」

 

「・・・・・・便利な身体ではないか」

 

「まあな。普段はサラマンダーの血は20%以下にしているんだが・・・・・・80%以上になると、化け物みたいな姿になっちまう」

 

 80%に変更した状態が、かつて火山でガルゴニスを圧倒したヤークト・サラマンドルの姿だ。あの時は理性を失ってしまっていたが、今では訓練とガルゴニスからの助言のおかげで理性を保てるようになっている。

 

 あの頃はサラマンダーの血を抑え込み、支配しようとしていたから暴走して理性を失った。暴走しないようにするためには抑え込むのではなく、共生しなければならない。

 

 だが、それでも80%以上に変化させるのは非常に危険だ。

 

「――――――もし、サラマンダーの血の比率を100%にしちまったら、お前に勝てると思うか?」

 

「なっ・・・・・・・・・!?」

 

 俺がそう言った瞬間、あのレリエル・クロフォードが目を見開いた。

 

 サラマンダーの血の比率を100%に変更するということは、俺の身体をサラマンダーの血に明け渡すということだ。つまり俺は理性を保てなくなるし、変異した姿はヤークト・サラマンドルのような人間の面影のある姿ではなく、完全にドラゴンのような姿になってしまうことだろう。

 

「・・・・・・き、貴様・・・何を考えている・・・・・・・・・!?」

 

「リスクが大き過ぎる。だから、使いたくなかった」

 

 比率を100%にしてしまったら、俺の身体は完全な怪物に変貌してしまう上に、俺の心まで怪物に変貌してしまうだろう。俺の面影は殆どなくなってしまうに違いない。

 

「・・・・・・こんな身体になっても、妻たちは俺を受け入れてくれた。戦場では敵に怪物呼ばわりされても、家族と過ごしている間は・・・・・・俺は怪物ではなく、人間だったんだ」

 

「・・・・・・」

 

「でも、こいつを使っちまったら―――――もう、本物の怪物だ」

 

 いいじゃないか。相手も怪物なのだから。

 

 こうしなければ、この男には勝てないんだ。

 

「無茶をする男だ・・・・・・」

 

「その通りだな。――――俺の悪い癖だよ」

 

 レリエルは苦笑すると、首を横に振った。

 

「・・・・・・いや、そこまで自分を殺す男を初めて見た」

 

 妻たちに何度もやめろと言われた悪い癖を、初めて肯定された。俺の悪癖を肯定してくれたレリエルは、肩をすくめてから目を細め、俺の目を見つめる。

 

 彼はもう、戦い始めた時のように笑ってはいなかった。

 

「―――――かかって来い、魔王よ」

 

「――――ありがとう、レリエル」

 

 もう子供たちには戦い方を教えた。まだまだ未熟だけど、きっと俺の妻たちがあの子たちを立派に育ててくれることだろう。

 

 ラウラ。タクヤ。

 

 俺の子供として生まれてきてくれて、ありがとう。

 

 そしてエミリア。エリス。

 

 子供たちを・・・・・・頼む。

 

 家族で集合写真を撮った時のことを思い出した俺は、両目に浮かんだ涙が零れ落ちるよりも先に、サラマンダーの血液の比率を100%まで引き上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ママ。パパは?」

 

「お仕事ですって」

 

 瞼をこすりながらパジャマ姿で階段から下りて来たラウラが、私の隣でスプーンとフォークを棚の中から取り出している姉さんに問い掛けた。

 

 いつもならば裏庭で剣の素振りをやっている筈の夫は、ベッドの枕元に置手紙を残し、どこかへと出かけている。だが、今までこんなに早く仕事に行ったことはなかった筈だ。最近は特に他の会社や騎士団との会合も予定にはなかったから、おそらく会社の仕事ではないのだろう。

 

 そう言えば彼は、結婚する前はよくこっそりと窓から屋敷を抜け出して、転生者を狩りに行っていた。結婚してからは夜中にこっそり出かけることはなくなったのだが、彼は何をしに行ったのだろうか?

 

「大丈夫よ、きっとすぐに帰ってきてくれるわ」

 

「ああ。・・・・・・ほら、ラウラ。朝ごはんだぞ。早く着替えてきなさい」

 

「うんっ」

 

 姉さんの言葉を聞いて、私も安心していた。

 

 きっと帰ってきてくれる筈だ。

 

 私たちの夫は、魔王なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その光に照らされた瞬間、私は幼少の頃に初めて太陽の光を浴びてしまった時の事を思い出した。母上や父上から日光は吸血鬼の弱点だから、決して昼間に外に出てはいけないと言いつけられていたにもかかわらず、あんなに太陽がきれいなのになぜ外に出てはいけないのかと思っていた私は、こっそりと昼間に外に出たことがあった。

 

 クロフォード家の吸血鬼は日光を浴びた程度では死ぬことはないほど強靭だ。だが、まだ4歳だった私にとって日光を浴びるのは、マグマに放り込まれたかのような苦痛と同じだった。

 

「これが・・・・・・!」

 

 私の目の前に鎮座する怪物が纏う炎は、それと同じ輝きだった。まるで巨大な竜の姿をした太陽が、私の目の前に舞い降りたかのような姿だ。

 

 赤黒い外殻に覆われた巨大な後脚。左足の外殻の形状は少し異なっていて、脹脛の部分にはブレードが収納されていたカバーのようなものがある。普通のサラマンダーならば前足など存在しない筈なのだが、私の目の前に姿を現したこのドラゴンには確かに前足が生えている。左腕はガントレットのように変形した外殻に覆われていて、外殻の割れ目からは小さな火柱が噴き出ている。右腕にはガントレットのような外殻は見当たらないものの、やはり強靭な外殻に覆われている。しかもその右腕は、彼がこの姿になる前に背中に背負っていた得物がそのまま巨大化したような武器を持って肩に担いでいた。

 

 背中からは燃え上がる巨大な翼が生えている。形状は若干違うが、その翼はサラマンダーと同じだ。外殻に覆われた尻尾の先についている大剣のような外殻も同じだが、最も異なるのは頭の部分だろう。

 

 頭はドラゴンやエンシェントドラゴンには存在しない筈の真っ赤な頭髪に覆われていて、その長い頭髪の中からはダガーのような形状の角が2本も隆起している。その角の先端部は溶鉱炉に放り込まれた金属のように真っ赤になっていて、その先端部の更に上には、真っ赤な円で囲まれた魔法陣が、まるで天使の輪のように浮かんでいた。

 

「・・・・・・これがお前の切り札か、力也」

 

 私は目の前に鎮座する彼の面影を少しだけ残したドラゴンに語り掛けた。当然ながら帰ってきたのは呻き声だけだ。

 

 彼が手にしていた武器をそのまま巨大化させた状態で全身に装備した重装備の巨大なドラゴンが、全身にまるで太陽のフレアやプロミネンスのような炎を纏いながら、私を見下ろしていた。

 

 幼少期に読んだ本には、ヤークト・サラマンドルという魔物が登場していた。人間とサラマンダーの間に生まれた子供だが、当然ながらそんな魔物が存在するわけがない。大昔のお伽噺だ。

 

 そのヤークト・サラマンドルは、人間共に母親を殺された怒りで『サラマンドル・イェーガー』というさらに恐ろしい魔物へと変貌し、人間たちを焼き尽くしてしまう。

 

 私が読んだ絵本に登場したその魔物にそっくりだった。

 

「サラマンドル・イェーガーか・・・・・・」

 

 私が呟いた直後、力也(サラマンドル・イェーガー)が咆哮した。

 


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