異世界で転生者が現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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復讐劇の終わり

 

 綺麗な蒼空に向かって、物騒な黒煙と火の粉が舞い上がり始める。先ほどから響いてくる爆音と乗組員たちの絶叫が波の音をかき消し、甲板に開いた大穴から吹き上がる火柱が夏の潮風を加熱する。

 

 艦橋の外にある手すりに手を置きながらその熱風を浴びていた僕は、静かに頭内かぶっていた軍帽を取った。

 

 僕の任務はここまでだ。

 

 エセックス級空母『アヴェンジャー』の艦長として、必死に指揮を執った。直掩部隊を突破してくる敵機のミサイルを次々に迎撃し、爆弾を必死に回避し、航空部隊が戻ってくるまで持ちこたえようと足掻き続けた。この空母の乗組員だって同じだ。対艦ミサイルを喰らって艦が傾斜しても、必死に排水作業と消火作業を続け、この空母を沈ませないように足掻き続けた。

 

 そうだ。僕たちは足掻いた。

 

 平和な世界に子供たちを送り出すために、僕たちは必死に足掻き続けた。圧倒的な数の敵を迎え撃ち、ボロボロになりながら戦ったじゃないか。

 

 立派な戦果だ。

 

 黒煙の混じった熱風を鼻孔から吸い込んで咳き込んだ僕は、この空母の隣で真っ二つにへし折れ、あらゆる場所から火柱と黒煙を噴き上げながら沈んでいくアーレイ・バーク級駆逐艦『サウスダコタ』の姿をちらりと見た。

 

 敵の猛攻で損傷し、速度が落ちたこのアヴェンジャーを死守するために、敵の攻撃でボロボロになりながらも必死にミサイルと速射砲で対空戦闘を続けていたサウスダコタは、先ほど敵攻撃機から放たれたハープーンミサイルによって止めを刺された。これから沈んでいく船から海に飛び込んだ乗組員たちは、隣にいるアヴェンジャーではなく、その後方を航行しているエンタープライズの方へと泳いで行っている。

 

 このアヴェンジャーも、これから沈没するところだ。第二次世界大戦中にアメリカ軍が使っていた旧式の空母だというのに、近代化改修を受けたこの艦は、勇者が用意した無数の最新の航空機を相手に奮戦し続けた。撃墜したミサイルの数は数えきれないし、戦闘機や攻撃機は間違いなく60機を超えているだろう。

 

 甲板に爆弾を投下され、更にハープーンミサイルを5発も叩き込まれたせいで、この空母も艦尾方向へと傾斜を始めている。甲板の上には航空機はもう残っていないため、大穴が開いた甲板が広がっているだけだ。

 

「艦長」

 

 艦橋の外で空を見上げていると、僕の後ろで軍帽を取っていた副長が僕に向かって敬礼をしていた。

 

「副長、お疲れ様。みんなのおかげで、この旧式の船も奮戦できたよ。・・・・・・これで子供たちに自慢できる」

 

「艦長・・・・・・あなたは、最高の艦長でした」

 

「ありがとう。――――さあ、早く退艦を」

 

「艦長は・・・・・・?」

 

「僕は・・・・・・」

 

 乗組員たちもボートで脱出したり、海に飛び込み始めている。僕もそろそろ飛び込むべきなんだろうけど、僕はもう少しここで空を見上げていたかった。

 

 この空母と運命を共にするわけではない。まだ、空で奮戦している不死鳥(フェニックス)の戦いが終わっていないんだ。

 

 片方のエンジンは機能を停止し、尾翼は千切れ飛び、ウェポン・ベイのハッチが剥がれ落ちながらも奮戦を続けるボロボロのF-22(フェニックス)。未だに敵のF-35が10機以上残っているというのに、彼女はたった1人で戦い続けている。

 

 もう、他の航空機は撃墜された。脱出に成功したパイロットたちは海に落下し、対空戦闘を続ける味方の艦へと向かって必死に泳いでいる。

 

 そろそろ機銃も弾切れする頃だ。それでも、あのF-22は戦いを止めない。爆炎を纏って炎上しながら、信じられない機動力で敵機の背後に回り込み、機銃で次々にF-35を撃墜している。

 

 まだ落ちない。まだ彼女の戦いは終わらない。

 

 だから僕は、この艦を去るわけにはいかない。彼女を愛した男として、僕は彼女の戦いを見届ける。彼女の戦いを見届けて、子供たちに伝えてあげるんだ。

 

 自分の子供だけにではない。他の子供たちにもだ。

 

「・・・・・・もう少し、あの綺麗な不死鳥(フェニックス)を眺めてから行くよ」

 

「・・・・・・はっ!」

 

 もう一度僕に敬礼し、甲板へと下りて行く副長。

 

 僕は彼を敬礼しながら見送ると、再び蒼空を舞う不死鳥(フェニックス)を見上げた。

 

 炎に包まれた翼を広げ、黒煙の尾羽をたなびかせながら、敵の群れの中を舞い続ける1機のF-22(フェニックス)。彼女の操るあの戦闘機は、一体敵を何機撃墜したんだろうか? 

 

 しかもあの機体を操っているパイロットは、たった数回しか飛行訓練をしていない。なのに、あんなに損傷した状態の機体を操り、数多の敵を圧倒し続けている。

 

 また1機のF-35を食い破った。旋回している最中にキャノピーを撃ち抜かれたそのF-35は、キャノピーを真っ赤に染めながら、蒼い海原へと落ちていく。

 

 敵の数は圧倒的だった筈なのに、奮戦を続けた直掩部隊のおかげで、敵はもう全滅寸前だった。

 

 きっと生き残った敵のパイロットたちは、火達磨になりながら次々に戦闘機を食い破り続けるミラ(ヴェールヌイ1)を恐れていることだろう。

 

「・・・・・・ざまあみろ」

 

 僕の彼女は強いんだよ。

 

 思わずにやりと笑いながら、僕は呟いた。

 

 F-35がミラの背後に回り込む。でも、きっとそいつが辿る運命は他の敵機と同じだ。旋回で振り切られ、逆に背後に回り込まれてから撃墜されるか、クルビットでコクピットを狙い撃たれてしまうことだろう。

 

 僕の予想は的中した。いきなり速度を落としたミラがクルビットで機首を敵機へと向け、そのまま敵のコクピットを機銃で撃ち抜いたんだ。

 

 機銃を撃ち込まれて装甲が千切れ飛ぶ音が、ここまで聞こえてきた。

 

 すると、その残響が段々と別の音へと変わり始めた。爆音やエンジン音には呑み込まれずに、荒々しい音から綺麗な音へと変貌していく。

 

「・・・・・・子守唄?」

 

 蒼空から、子守唄が聞こえた。

 

 確かあの歌は、ミラがよく歌っていた子守唄だ。モリガンのみんなもこの歌を気に入っていて、よく仕事の最中や休憩時間に口ずさんでいるし、酔っぱらった兄さんとギュンターさんが歌っていたこともある。

 

 ミラが歌っているんだろうか?

 

 いつの間にか、熱風で熱くなった手すりを握りながら、僕も同じ子守唄を口ずさんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 銃声の残響が聞き覚えのある子守唄に聞こえた瞬間、身体中の風穴で膨れ上がり続ける激痛が消え去ってしまったような気がした。

 

 明らかに幻聴ではない。銃声と怒声が支配する荒々しい戦場には少々似合わないが、この子守唄は小さい頃からミラがよく歌っていたあの子守唄だった。

 

 ミラが歌っているんだろうか? 

 

 弾切れになったバレットM82A2を投げ捨てた俺は、連射し続けたせいで真っ赤になっちまったMG42の銃身を取り外した。新しい銃身をカバーの中に差し込んでハッチを閉じ、残っている弾丸を雄叫びを上げながら敵兵の群れにぶちまける。

 

 俺の雄叫びと銃声の中でも、彼女の子守唄ははっきりと聞こえてきた。

 

「兄貴、この子守唄は何ですか!?」

 

「ミラの子守唄だッ!」

 

 いい歌声だなぁ・・・・・・。

 

 ミラ。もし子供が生まれたら、この子守唄を歌ってやれよ。きっとお前の子供も気に入ってくれる筈だ。

 

 きっと、お前と信也の子供になるかもしれねえけどな。

 

 信也もかなり頼もしくなった。ミラの夫はお前が一番似合うぜ。

 

 ウエディングドレス姿のミラを見るのが楽しみだ。もしかすると泣いちまうかもしれねえ。

 

「ミラ・・・・・・」

 

 死ぬなよ。

 

 信也の妻になるんだろ?

 

「―――――うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 だから、俺も死なねえッ!!

 

 弾切れになったMG42を投げ捨てた俺は、腰から液体金属ブレードを引き抜いた。一気にカートリッジの中の液体金属をすべて使って巨大な液体金属の大剣を形成すると、両手で柄を握り、銀色の巨大な刀身を右から左へと振り払った。

 

 逃げようとしていた敵兵を両断した刀身が、敵兵たちが隠れていた戦車の残骸に食い込む。火花を散らしながら両断される戦車の残骸の陰に隠れていた敵兵たちが、次々に胸や首を切断されて血飛沫を噴き上げていく。

 

 海兵隊員たちの奮戦のおかげで、敵兵たちはもう壊滅状態だ。戦車は全て破壊され、敵兵の数もかなり少なくなっている。

 

 液体金属ブレードを振り払った直後、素早く左手を柄から離して腰のホルスターに突っ込み、ホルスターからデザートイーグルを引き抜く。先ほど左肩に被弾したばかりだからグリップを握った手と指が痙攣したが、強引にそのままハンドガンのグリップを握り、残っている敵兵へと向けて発砲。海兵隊員を狙っていた敵兵の額に弾丸が命中し、頭を撃たれた敵兵が崩れ落ちる。

 

 何発被弾したんだろうな? 胸には何発も喰らったし、手足や肩にも喰らったから、俺の迷彩服は他の兵士たちの迷彩服よりも真っ赤だ。きっとフィオナちゃんに治療してもらっても、身体中に傷跡が残るだろうな。

 

 だが、これは子供たちのために奮戦した証だ。俺たちは子供たちを平和な世界に送り出すために、必死に足掻いたんだ。

 

「お前ら、もう少しで勝てるぞッ!!」

 

「おおッ!!」

 

 傷だらけの仲間たちに向かって叫んだ俺は、もう一度液体金属ブレードを振り上げると、雄叫びを上げながら振り下ろした。

 

 信也とミラも戦ってるし、旦那たちも今頃は勇者と戦っている筈だ。

 

 俺だけ負けるわけにはいかないんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 モシン・ナガンM1891/30の銃声の残響が血とオイルの混じった臭いのする空気の中に消えてしまったかと思うと、その残響が美しいハミングへと変わっていった。

 

 何度も聞いたハミングだ。喉を潰されたせいで声が出せなくなったミラが、いつも口ずさんでいるあの子守唄。あの曲はモリガンの仲間たちも気に入っていて、よく休憩時間中や移動中に口ずさんでいる。

 

 ボルトハンドルを引き、ライフルの中から7.62mm弾の薬莢を排出。素早くボルトハンドルを元の位置に戻した俺は、銃声の轟音の中でも聞こえてくる聞き慣れたハミングに合わせ、その子守唄を口ずさんでいた。

 

 弾丸は再生を終えて立ち上がったばかりの勇者の顔面に命中。せっかく再生したばかりの頭に再び大穴が開き、彼の背後にあったボロボロの壁をまたしても骨の破片と肉片で真っ赤に染めてしまう。

 

 天城が怯んでいる間に、俺の左右から2人の騎士が使い慣れた得物を構えながら、勇者へと向かって全力疾走していく。

 

 絶対零度の異名を持つ最強の騎士は、氷を纏ったハルバードを手にしている。そして、彼女の妹で、転生者を何人も葬ってきた凄腕の剣士は雷を纏った大剣を構えている。

 

 やっちまえ、2人とも。

 

 ――――あの馬鹿げた勇者を痛めつけてやれ!

 

「ふざけんな、クソ野郎がッ!!」

 

 頭の風穴を再生させながら勇者が叫ぶ。チートを使っているというのに、普通の転生者と、転生者ですらないこの世界の人間に痛めつけられているのが許せないんだろう。

 

 自分の方が勝っている。自分はチートを使っているのだから負ける筈がない。そう思い込んでいるからこそ、その染み付いた考えが怒りとなって膨れ上がる。

 

 エリスにマテバ6ウニカを向けて発砲し、彼女がハルバードで弾丸を弾いている間にエミリアに剣を振り下ろす勇者。全てのステータスがカンストしているため、その速度はやはり俺やエミリアよりも速い。しかも、片腕のパワーだけでも俺を押し込んでしまうほどだ。

 

 だが、技術ならば俺たちの方が上だ。チートに頼って今まで簡単に敵を倒してきたような奴に、強敵と戦って技術を身に着けてきた俺たちが負けるわけがない。

 

 天城の剣戟はエミリアよりも素早い。だが、その剣戟はスピードと攻撃力の2つのステータスで強化されているだけで、振り下ろし方は素人と同じだ。だから狙いをつけるのは容易かった。

 

 リョウが託してくれたモシン・ナガンの照準を、剣を振り下ろしている勇者の腕に合わせる。

 

 トリガーを引いた直後、銃声が轟くと同時に7.62mm弾がマズルフラッシュを突き破り、エミリアに向かって振り下ろされていた右腕の肘の辺りの肉と骨を食い破った。

 

 XM8の5.56mm弾やシャープシューターの6.8mm弾よりも口径の大きい7.62mm弾だ。勇者の皮膚を突き破り、纏っていた運動エネルギーを皮膚の下の筋肉と骨にすべて注ぎ込んで粉砕した弾丸が突き抜けていく。

 

 大穴を開けられた上に筋肉と骨を滅茶苦茶にされた勇者の手から、振り下ろされている最中だったバスタードソードが落下する。今の剣戟を見切り、愛用の大剣で受け流そうとしていたエミリアにとっては、攻撃を受け流す難易度が一気に下がったようなものだ。

 

 容易く落下してくるバスタードソードをクレイモアで弾き飛ばしながらこちらを見たエミリアは、ボルトハンドルを引いている最中の俺を見てにやりと笑った。

 

 妻を死なせるわけにはいかないからな。

 

 それに、俺が一番得意なのは接近戦ではなく狙撃だ。チートに頼ってきた雑魚の剣戟なんか簡単に見切って狙撃できるんだよ。

 

「この――――ギャア!?」

 

 攻撃を邪魔されて激怒した勇者だったが、俺に向かって放たれる筈だった罵声は、彼の口から飛び出す直前にエミリアの剣戟によって呻き声へと強制的に変貌させられた。

 

 首筋に向かってクレイモアを振り下ろしたエミリアは、そのままサラマンダーの角で作られた堅牢な刀身を押し込んで一気に鎖骨を粉砕すると、更に体重を乗せて胸骨を両断してしまう。

 

 そのまま両断するのだろうかと思ったが、すぐに彼女は勇者の身体から大剣を引き抜いて離脱していた。

 

 呻き声を上げながら傷を再生させ始める勇者。だが、俺の狙撃が命中した時点で、彼が片手に持っていたリボルバーの射撃は止まっていた。

 

 次に襲いかかったのは、そのリボルバーから放たれる無数の銃弾を弾き続けていたもう1人の騎士だった。

 

「!」

 

「ふふっ」

 

 再生しながら勇者は大慌てでマテバ6ウニカをエリスへと向けるが、彼女はもう既に氷を纏ったハルバードを突き出している。銃口を彼女へと向けてトリガーを引くよりも、間違いなく彼女の得物が天城へと突き刺さる方が速いだろう。

 

 既にボルトハンドルを引き終えていた俺は、薬莢が落下する音とハミングを聞きながら、マテバ6ウニカを握る腕へと照準を合わせていた。

 

 転生者のステータスの中に、射撃の技術を強化するようなステータスは存在しない。存在するのは攻撃力と防御力とスピードの3つのみだ。だからどれだけレベルが高くてもスタミナは鍛えなければ強化されないし、射撃も訓練を続けなければ命中することはない。

 

 今まで狩ってきた転生者の中にはニートだったと思われるような転生者もいたが、そういう奴は俺に向かって攻撃をしてきたり、逃げ出そうとして走り出せばすぐに息切れをしていたものだ。

 

 こいつも同じだ。この勇者と名乗っている転生者も、ニート共と変わらない。チートのおかげでカンストしたステータスとチートに頼っているだけだ。技術や体力は全くない。

 

 だから、攻撃目標に銃を向けるまでの速度がまだ遅い。

 

 エリスの頭を狙おうとしている勇者の腕に向かって、俺はまたしてもトリガーを引いた。

 

 リョウから託されたモシン・ナガンが放った獰猛な7.62mm弾は、先ほどと同じく、今度は反対側の腕の肘を食い破った。努力家だったリョウが何度もアップグレードして強化したモシン・ナガンの7.62mm弾の運動エネルギーが叩き込まれ、もう片方の腕にも風穴が開く。

 

 ちょうど肘の関節に命中したせいなのか、今度は勇者の腕が肘の辺りから弾け飛んだ。鮮血と共に骨の破片と肉片が飛び散り、天城の絶叫が広間の中に響き渡る。

 

 やかましい絶叫だ。まだハミングは聞こえるが、この美しい歌声が聞こえなくなったらどうする。

 

 そう思いながらボルトハンドルを引いていると、薬莢が落下すると同時にエリスのハルバードが天城の肺の辺りに突き刺さったのが見えた。彼女もエミリアと同じように得物を更に押し込むと、斧の辺りまで天城の身体に少し突き刺さったあたりで、長い柄に装着されているスイッチを押した。

 

 天城の灰の中で、銃声のような轟音が響き渡った。エリスのハルバードに内蔵されているパイルバンカーが、天城の灰を貫いた状態で発射されたんだ。

 

 強引にハルバードを引き抜き、くるりと得物を回してからエミリアの方を見るエリス。攻撃の準備をしていたエミリアも、姉の顔を見てから首を縦に振る。

 

「行くわよッ!!」

 

「喰らえ、勇者ッ!!」

 

「この・・・・・・・・・!!」

 

 ハルバードを左から右へと振り払うエリスと、クレイモアを右から左へと振り払うエリス。対になるように同時に振り払われた2人の得物は、同時に天城の首へと叩き込まれると、まるでギロチンのように天城の首を刎ね飛ばしてしまう。彼はまだ2人の事を見下して罵倒しようとしていたようだが、いくらチートを使っていると言っても首を刎ねられた状態で喋れるわけがない。

 

 首を刎ね飛ばされた天城の身体が仰向けに崩れ落ち、また再生を開始する。厄介な再生能力だ。どれだけ攻撃しても、このように再生されてしまう。

 

 ボルトハンドルを引いて銃身の上にあるハッチから7.62mm弾を再装填(リロード)しながら、俺はちらりと後方で魔術の詠唱を続けているフィオナの方を見た。杖を構え、自分の目の前に生成された魔法陣を詠唱して組み上げている彼女は、自分の身体から大量の魔力が抜けていく苦痛に耐えながら詠唱を続けている。

 

 今から彼女が発動させる魔術は、光属性の魔術の中でも最高クラスのものだ。異次元空間に封印する対象を隔離するための魔術で、発動するためには長い詠唱と凄まじい量の魔力が必要になる。

 

 天城はまだ再生の途中だし、あいつが狙っているのはフィオナではなく、散々彼を攻撃して頭や腕を吹き飛ばし続けている俺たちだ。フィオナではなく、あいつは俺たちばかりを狙っている。

 

 こいつは判断力もないのか。チートに頼っているような奴だから、判断力も育っていないんだろう。

 

 フィオナが生成している魔法陣は、かなり複雑な記号や模様がびっしりと浮かび上がっている。おそらく、あと1割くらいで完成する筈だ。

 

 もう少しで、このクズ野郎を封印できる・・・・・・!

 

「こ、こんな奴らに・・・・・・負けるわけがあるかぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

「!」

 

 頭の再生を終えた天城が、激昂しながら立ち上がる。奴はいきなり何もない空間から日本刀を取り出すと、刀を引き抜いてから鞘を投げ捨て、また瞬間移動を使って姿を消す。

 

 おそらく、次に攻撃してくるのは俺だろう。今の罵声は自分の首を切り落としたエミリアとエリスにではなく、俺に言っているように聞こえたからそう思ったんだが、どうやら天城は予想通りに俺を狙っていたらしい。

 

 いきなり俺の目の前に姿を現した天城が、スナイパーライフルのスコープを覗き込んでいた俺に向かって日本刀を突き出してくる。だが、俺に攻撃をしてくるだろうと予測していたおかげで、容易く受け流す事ができた。

 

 スコープからすぐに目を離してスパイク型銃剣を振り上げ、日本刀の刀身を下から押し上げる。そのせいで切っ先が上に振り上げられ、俺の胸から頭の上へと突き抜けていった。

 

 頭から生えている左側の角の脇を掠めていった日本刀の刀身。攻撃を受け流されて目を見開く天城を冷たい目で睨みつけると、俺は素早く左手をライフルから離し、そのまま腰の左側にあるホルスターからプファイファー・ツェリスカを引き抜いた。

 

「そんな攻撃が当たるわけがねえだろうが。―――片腹どころか両方の腹が痛い! 最早ただの腹痛だぜッ!!」

 

 でかい銃口を天城のみぞおちに押し付け、至近距離でトリガーを引いた。

 

 .600ニトロエクスプレス弾の弾丸が皮膚を突き破り、弾丸が纏っていた猛烈な運動エネルギーが彼の体内で荒れ狂う。弾丸に内臓を木端微塵にされた天城は手から日本刀を落とし、呻き声を上げながら撃ち抜かれた腹の風穴を両手で押さえた。

 

 容赦せずに、俺は天城の頭へともう1発弾丸をお見舞いする。またしても天城の頭が砕け散り、床が真っ赤に汚れる。

 

「チートに頼るような雑魚が、普通の転生者(プレイヤー)に勝てるわけがねえだろうが」

 

「な、何だとぉ・・・・・・!?」

 

 頭を再生させながら俺を睨みつける天城。

 

 また再生させて襲い掛かって来るんだろう。おそらく、また攻撃してくるのは俺だ。

 

 そう思いながら撃鉄(ハンマー)を元の位置に戻していたんだが、弾丸に頭を吹っ飛ばされた天城の傷の再生が、いきなり遅くなり始めた。先ほどまでは腕を吹っ飛ばされても10秒以内に再生していたんだが、まるで疲れ切ってしまったかのように再生の速度が急にぎこちなくなったんだ。

 

 やがてそのまま速度が落ち、左側の側頭部の再生が終わっていない状態で、ついに傷口の再生が止まってしまった。

 

「え? ・・・・・・なんでだ? さ、再生が・・・・・・あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

「何だ? フリーズしちまったのか?」

 

 どうやら何度も再生を繰り返していたせいで、再生能力がフリーズしてしまったらしい。もちろん傷口は塞がらず、再生している途中のままだった。

 

 チートに頼ってるからこうなるんだよ。

 

「く、くそ・・・・・・! ちくしょうッ!! 早く再生しろよ! 痛てぇんだよッ!! 早くしろぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 再生能力がフリーズしたということは、フィオナの封印は必要ないんじゃないだろうか? そう思いながらもう1発弾丸をお見舞いしようと思っていると、フリーズしていた再生が再開され始めた。まだ途中だった側頭部の再生が進み、傷口が閉じてしまう。

 

 俺は舌打ちしてからもう1発頭に叩き込むと、再生が始まる前に天城の身体を壁の方へと蹴り飛ばした。

 

『――――できましたッ!!』

 

 もう一度彼女の魔法陣を確認しようと振り向きかけていたその時だった。俺の背後で懸命に魔力を流し込み、複雑な魔法陣を形成し続けていたフィオナが、息を切らしながらそう叫んだんだ。

 

 彼女の方を見てみると、フィオナの目の前にはあの複雑な模様や記号がびっしりと描かれた巨大な魔法陣が鎮座していた。フィオナはその魔法陣へと向かって杖の先端部を突き出し、天城の方を睨みつける。

 

『終わりです、勇者! ――――サラの仇ですッ!!』

 

「な、なんだと・・・・・・!?」

 

「みんな、離れろッ!!」

 

 巻き込まれたら、俺たちまで異次元空間に吹っ飛ばされちまう!

 

 フィオナの魔術の準備が完了したのを確認したエリスとエミリアが、天城への追撃を止めて後ろへとジャンプする。仲間が天城から離れたのを確認したフィオナは、杖を持った手をゆっくりと前へ突き出すと、その魔法陣を広間の天井へと浮かび上がらせた。

 

 天井へと張り付いた複雑な模様の魔法陣が膨れ上がり、広間の天井へと広がっていく。その魔法陣に張り付いていた複雑な模様が魔法陣から剥離すると、そのまま空中でバラバラに分解されて魔法陣の中心へと集まり、形成された白銀の球体が魔法陣の中心に沈み込み始める。すると、まるで天井へと向けて沈んでいく球体に魔法陣が引きずり込まれるかのように歪み、そのまま天井を陥没させ、真っ白な光を放つ大穴を形成してしまった。

 

 あれが、異次元空間へと続く入口なんだろう。

 

『虚無の果てへと去りなさい。―――――絶対隔離(ワームホール)ッ!!』

 

 彼女がそう詠唱した直後、その天井の大穴が、床や壁に散らばっていた破片を吸い上げ始めた。まるでブラックホールに呑み込まれていくように壁の破片やモニターの破片が舞い上がり、白銀の光の中へと消えていく。

 

 勇者は慌てて逃げ出そうとしたが、あいつが吹っ飛ばされた場所から広間の出口へと向かうには反対側に行かなければならないし、ミサイルサイロへと逃げるには俺とフィオナを突破していかなければならない。距離的には俺のいる方が近いが、リスクは高いだろう。

 

 もちろん、逃がすつもりはない。奴は確実にあの中へと叩き込んでやる。

 

「こ、この・・・・・・!!」

 

 吸い込まれないように必死に踏ん張りながら、再び瞬間移動を使う天城。やはり再び俺の目の前へと姿を現した天城は、俺を突破してミサイルサイロへと逃げ込むためにホルスターから武器を引き抜こうとするが、奴の腕がホルスターの中のリボルバーを掴んだ直後に、俺のプファイファー・ツェリスカが火を噴いていた。

 

 手首を.600ニトロエクスプレス弾で食い破られた天城は、左手で手首を押さえながら絶叫する。俺は彼を嘲笑いながら撃鉄(ハンマー)を元の位置まで戻すと、彼を突き飛ばすように、シリンダーに残っていた最後の1発の弾丸を叩き込んだ。

 

 今度は腹に命中。再生している途中だった天城は腹を押さえながら後へと吹き飛ばされてしまう。

 

 弾丸に突き飛ばされて天井のワームホールへと近付いてしまったことに気付いた天城は慌てて踏ん張ろうとするが、巨大なエンシェントドラゴンまで引きずり込んでしまう強烈な引力に転生者が逆らえる筈がない。

 

 あっさりと床から天城の両足が浮き上がり、たちまち天井の大穴へと吸い上げられていく。

 

 あのワームホールの向こうは何もない異次元空間だ。あいつはチートを使っているから解除しない限り自殺もできない。空腹でも死ぬ事ができない。たった1人だけで、何もない異次元空間に永遠に隔離される羽目になるんだ。

 

「じゃあな、天城」

 

 ホルスターにリボルバーを戻しながら、俺は吸い上げられていく天城にそう言った。

 

「ふ、ふざけるなッ! 俺は勇者だぞ!? この世界を魔王から守った勇者なんだぞッ!? 封印なんてされてたまるかぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 吸い上げられながらそう叫んだ天城は、天井の真っ白な大穴へと呑み込まれる直前に、また瞬間移動を使いやがった。もう少しであいつを異次元空間に隔離する事ができたのに・・・・・・!

 

 天城が瞬間移動を使って現れたのは、またしても俺の目の前だった。俺はすぐに右足を振り上げて天城の頭を蹴り上げたが、天城は鼻血を流し、血走った眼で俺を睨みつけながら、自分の頭を蹴りつけた俺の右足に手を伸ばすと、そのまま俺の足にしがみつきやがった。

 

 こいつ、俺まで道連れにするつもりかよ!?

 

「こ、この野郎・・・・・・!!」

 

「封印されるのは、魔王の方がお似合いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 ふざけるな。

 

 あの中に放り込まれるのは、お前の方だ。

 

 俺の足にしがみつき、俺を道連れにしようと足掻く天城。エミリアたちは吸い込まれないように必死に踏ん張っているため、俺を援護する事ができない。

 

 クソ野郎が・・・・・・。

 

 ため息をついた俺は、呆れながら言った。

 

「――――教えてやるぜ、天城」

 

「あ?」

 

 もし武器がなくなった場合や、装備していた武器を紛失してしまった場合に備えて、半年前から俺は非常用の武器を携帯しておくようにしている。

 

 もちろん、その非常用の武器をホルスターに収めているわけではない。

 

 ――――コートや私服の袖の中に、その得物を隠し持っているんだ。

 

 俺の足にしがみつきながらニヤニヤ笑っているみっともない勇者を嘲笑いながら、俺はその袖の中に隠し持っている武器を取り出した。

 

 真っ赤になった迷彩服の袖の中から飛び出したのは、非常に短い銃身と小さなグリップを持つ、ハンドガンよりも小さな小型のリボルバーだった。

 

 袖の中に隠し持っていたこの得物は、イギリスで製造された小型リボルバーのブリティッシュ・ブルドッグだ。第一次世界大戦よりも前に製造された旧式のリボルバーだが、小型の銃の中では装填できる弾丸の数が多めだから、非常用の武器として持つことにしていた。

 

 使用する弾薬は、.450アダムス弾。さすがにプファイファー・ツェリスカの.600ニトロエクスプレス弾のような獰猛な破壊力はないが、俺よりもレベルが上の転生者を撃ち抜けるほどの威力がある。

 

 まだ俺が銃を隠し持っていたことに気付いた天城が、ブリティッシュ・ブルドッグの銃口を見つめながら目を見開いた。

 

 容赦はしない。この引き金を引けば、天城の頭に風穴が開き、今度こそこの男は異次元空間へと永久に隔離されてしまうのだから。

 

 チートにばかり頼っていたクズ野郎を嘲笑いながら、俺は言った。

 

「―――――異世界で転生者が現代兵器を使うと、こうなるんだぜ?」

 

「や、やめろぉぉぉぉぉッ!!」

 

 必死に叫ぶ天城の顔を見ながらにやりと笑った俺は、ブリティッシュ・ブルドッグのトリガーを引いた。

 

 撃鉄(ハンマー)が小さなシリンダーの中へと潜り込み、普通のハンドガンよりも小型のリボルバーが轟音を発する。銃口から噴き出たマズルフラッシュの向こうで、必死に叫んでいた天城の額に.450アダムス弾が飛び込んでいったのが見えた。

 

 額に風穴を開けられた天城が、額の風穴と両目から血を流しながら、俺の右足から手を離す。そのまま広間の中で浮かび上がった天城は、他の壁の破片やモニターの部品の一部と共に、天井のワームホールの中へと吸い込まれていく。

 

「助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 やっと再生を終えた天城だったが、再生を終えたのはワームホールに下半身が飲み込まれ始めている時だった。

 

 瞬間移動を使って逃げられる時間もない。奴は必死に叫んだが、誰も助ける筈がない。弾丸を放ったばかりのリボルバーを持ったまま、俺は天城が吸い込まれていくのを眺めていた。

 

 やがて、あの憎たらしい勇者の上半身も白銀の光を放つ穴の中に呑み込まれてしまった。白い光も段々とワームホールの中へと呑み込まれていき、天井の魔法陣も崩壊を始める。

 

 これで、天城は異次元空間へと吹っ飛ばされてしまった。エンシェントドラゴンでも封印を解除するのに何万年もかかるのだから、人間では出てくることは出来ない。

 

 あいつは一生異次元空間の中に隔離され続けるんだ。

 

『お、終わりました・・・・・・』

 

「や、やった・・・・・・!」

 

「私たちが、勇者を・・・・・・・・・!」

 

「ああ。――――これで終わりだ」

 

 奴に止めを刺してくれたブリティッシュ・ブルドッグを再び袖の中へと戻した俺は、ため息をついてから微笑む。

 

 リョウ、お前のおかげで俺たちは勇者に勝ったぞ。子供たちとの約束も守れたし、ネイリンゲンのみんなの仇を取ったんだ。

 

 これで、俺たちの復讐劇は終わりだ。

 

 ありがとう、同志(リョウ)――――。

 

 

 

 

 

 

 


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