彼が剣で貫かれた瞬間、私の腹も剣で貫かれたような感覚がした。
私にとって、
きっと姉さんやフィオナも同じ感覚を味わっていることだろう。姉さんにとっても、力也は大切な人だ。冷酷な騎士から、昔のような優しい姉に戻してくれた人物なのだから。
「ハッハッハッハッ! 何が魔王だ! 確かにさっきは焦ったけど、あの魔王と変わらないじゃないか!! 真面目に戦ってる転生者(プレイヤー)じゃチートには勝てないって言ってんだろうが、ボケッ!!」
力也が落下していったミサイルサイロを見下ろしながら罵る天城。今すぐあの嘲笑を浮かべている顔面をこの剣で真っ二つに両断してやりたいところだが、このまま突っ込んで攻撃したとしても、あの瞬間移動で躱されてしまうだろう。そしてそのまま反撃されてしまうに違いない。
落ち着くのだ。力也は私たちを心配させる悪い癖がある男だが、かなりタフな男だ。今までの戦いでも、重傷を負いながら生還してきた。きっと力也はまだ死んでいない。私たちの夫は、まだ生きている!
そうだ。だから、彼が死ぬわけがない。レリエル・クロフォードとの戦いで時計塔の巨大な針に腹を貫かれても生還した男なのだから。
それに、力也があの便利な端末で作ってくれた装備品は消えていない。もし力也があのまま転落して死んでしまっているのならば、装備している銃も全て消えてしまっている筈なのだ。
私たちが装備している銃はまだ健在。つまり、力也はまだ死んでいない!
何とか落ち着いた私は、まだミサイルサイロの下を見下ろしながら力也を罵り続けている天城を睨みつけた。姉さんもエアバースト・グレネードランチャーを装着したXM8を構え、照準を天城へと合わせる。
私の隣でも、フィオナがP90を構えていた。彼女の姿はこの中で一番幼いが、幽霊として100年以上も生活しているため、こういう場合は彼女が一番落ち着いている。
フィオナは私と姉さんが飛び出して行かなかったことに安心したように微笑むと、再びP90の銃身の上に装着されているドットサイトを覗き込む。
「――――おい、お前ら」
力也の血で真っ赤になった刀身を振り払ってから、天城がゆっくりと私たちの方を振り向いた。やはり私たちが今までつけてきた傷は全て消えてしまっている。どれだけ剣で切り裂き、銃弾で撃ち抜いても、奴の身体はまるで吸血鬼のように再生してしまうのだ。しかも、吸血鬼のように銀を撃ち込めば身体能力や回復力が落ちるというわけではない。弱点のない再生能力だ。
どうすれば倒せる? 私はちらりと隣に立つ姉さんとフィオナの方を見た。先ほど、力也はあの天城を宇宙へと打ち上げられるミサイルに突き刺し、ミサイルと共に打ち上げてしまおうとしていた。だが、奴は辛うじて打ち上げられていく最中に瞬間移動を使い、力也の背後に回り込んで彼を突き刺したのだ。
おそらく、どれだけ攻撃しても再生されてしまうだろう。この作戦に参加している海兵隊員たちが全員ここに駆けつけて来て、装備している重火器で一斉射撃を叩き込んでくれたとしても、あの転生者は再生してしまうに違いない。
どうすればいいのだ? あの再生能力は撃ち破れるのか!?
「――――フィオナちゃん、ダーリンの治療をお願い」
『は、はいっ!』
すぐに実体化を解除し、壁をすり抜けてミサイルサイロの下へと飛んでいくフィオナ。彼女の治療魔術ならば、力也の傷もすぐに治療できるだろう。
力也もエリクサーの瓶を持っている筈だが、もしかすると瓶を持ち上げられないほどの重傷を負ってしまっているのかもしれない。だからフィオナを向かわせ、彼を治療してもらうことにしたのだ。
私と姉さんの持っているエリクサーの瓶は3つ。これが全てなくなってしまえば、私たちはフィオナなしで回復する事ができなくなってしまう。
力也が戻ってくるまで、ダメージを受けないように耐えるのだ。もう既に核ミサイルは宇宙まで打ち上がっているから、この男を倒せば復讐劇は終わるのだ。
「何だ? 夫の仇討ちか?」
「ええ、その通りよ」
「いいぜ、かかって来い。ボコボコにして俺の奴隷にしてやる!!」
「あらあら。抱いてもらうならダーリンの方が良いわ」
「ふっ・・・・・・・・・私もだ」
姉さんの顔を見てにやりと笑った私は、すぐに天城の顔を睨みつけると、姉さんと同時に走り出した。
先ほどまで目の前に広がっていたミサイルサイロの焦げた床は消え去ってしまっていた。ミサイルから吹き出したエンジンの炎で真っ黒に焦げた床の代わりに目の前に広がっていたのは、その床の色と真逆の世界だ。
雪と吹雪に支配された真っ白な世界だった。足元も頭上も全て真っ白。この世界で色を持っているのは俺だけのようだ。相変わらず血まみれの迷彩服を身に纏い、銃をいくつも腰に下げた状態で、俺はその雪原の真っ只中に突っ立っていた。
何の臭いもしない。何の音も聞こえない。ミサイルサイロの中を支配していたオイルの臭いはこの吹雪に追い出され、落下していく俺を罵倒していた天城の憎たらしい声も聞こえない。息を吸い込めば口腔と鼻孔に冷気が流れ込んでくる、静かな世界だ。
俺は死んでしまったのだろうか?
俺はあの戦いで勇者に腹を剣で貫かれ、そのままミサイルサイロの底まで落っこちてしまった。かなりの高さがあったから、あのままだったら転生者でも死んでいたかもしれない。生きていたとしても凄まじい出血で絶命していることだろう。
なんてこった。家族を残して死んでしまうなんて・・・・・・。
唇を噛み締めながら、俺は迷彩服のポケットの中から娘が書いてくれた絵を取り出した。紙はくしゃくしゃになっていたけど、その紙に描かれている絵は全く変わっていない。蒼い髪の女性が2人描かれていて、その2人の間には角の生えた赤毛の男性が描かれている。
まだ3歳の娘が、頑張って書いてくれた絵だった。
ごめんな・・・・・・。ラウラ。タクヤ。
お前たちを狩りに連れて行くって約束していたのに。俺たちの帰りを待っているのに、俺だけ帰らなかったら約束が守れなくなってしまう。それに、俺が死んでしまったと知ったら、間違いなく子供たちは悲しんでしまうだろう。
『――――帰りたいか?』
「お前は・・・・・・」
娘の書いてくれた絵を握りしめながら唇を噛み締めていると、吹雪の向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。この声を聞くのは、確か4年ぶりだったような気がする。
だが、この声はもう二度と聞く事ができない筈だった。4年前にあの雪山で、俺は彼と対峙して、彼を射殺してしまっているのだから。
このような吹雪の中で、俺は大切な友人を殺してしまったんだ。彼は俺に殺された。だから、悪夢の中に出てこない限り、彼の声を聞くことはないと思い込んでいた。
娘が書いてくれた絵を慌ててポケットの中に隠した俺は、声が聞こえてきた方向を凝視した。まさか、本当に彼なのだろうか? 高校の時に知り合い、一度死んでから異世界で再会し、今度は俺が殺してしまった哀れな友人。虐げられていた人々を守り続けた本当の勇者。
本当にお前なのか?
そう思いながら吹雪の中を凝視していると、その真っ白な吹雪の壁の向こうに人影が現れた。身長は俺よりも少し低くて、体格も俺より細い。だが細身というわけではなく、身体はちゃんと鍛えた筋肉でがっちりとしている。身に纏っているのはオリーブグリーンの防寒用のコートで、背中には愛用のモシン・ナガンM1891/30をかけている。
やっぱり、俺の知っている男だった。
如月嶺一。高校時代の友人で、この世界で俺が殺してしまった男。
友人の仇でもある勇者に戦いを挑み、返り討ちに遭った無様な俺を笑いに来たんだろうか? それとも、俺を迎えに来てくれたのだろうか?
「リョウ・・・・・・」
『リッキー・・・・・・4年ぶりだな』
ああ、4年ぶりだ。本人を撃ち殺してしまったのも4年前だし、エリスのおかげでもう彼は俺の悪夢に出て来なくなっている。
だが、声は覚えていた。顔も覚えているし、思い出もちゃんと覚えている。自分の大切な親友を忘れるわけがないだろう。
「すまねえ・・・・・・仇を取りたかったのに・・・・・・」
『はははっ、バーカ。まだ戦いは続いてるぜ?』
「だが、俺は・・・・・・」
『まだ死んでない。・・・・・・俺たちを救ってくれた速河力也(ヒーロー)が、あんなクソ野郎の攻撃でくたばるわけがないだろうが』
リョウはそう言うと、微笑みながら俺の肩を優しく叩いた。高校時代のテストの点数が低くて落ち込んだり、好きだった女子に告白できなくて落ち込んでいる時に、よくリョウの肩をこうやって優しく叩いたものだ。
今度は俺が逆に叩かれてるけどな。
『ずっと見守ってたぜ。やっぱり、リッキーは強いよ。俺を殺したことを乗り越えて、ちゃんと生きてるんだからさ。・・・・・・だから、まだ投げ出さないでくれ』
「リョウ・・・・・・」
『――――俺はもう死人だが、リッキーはまだ生きてる。お前にはまだまだチャンスがあるんだ。・・・・・・勝負を投げ出すな。戦うんだ』
そうだよな・・・・・・。エミリアたちがまだ戦ってるんだ。それに、子供たちとも約束している。ここで死ぬわけにはいかない。必ず生きて帰って、この復讐劇を終わらせるんだ。そして、子供たちを妻たちと育てて、平和になった世界に送り出す。
それが父親と母親の役目だ。俺がやるべきことだ。まだその役割は終わってない。
拳を握りしめながらリョウの顔を見上げ、俺は頷いた。リョウは安心してくれたらしく、微笑みながら肩にかけていた自分のモシン・ナガンを取り出すと、弾丸が装填されているかどうか確認してから、その得物を俺に渡してきた。
立派な銃だった。銃身を覆っている木製の部品には傷がついていたけど、しっかりと手入れされているらしく、汚れはない。ボルトハンドルなども錆びついていないし、スコープのレンズやスパイク型の銃剣もしっかりと磨かれている。
かなり使い込まれている銃だった。
「おい、これって・・・・・・」
『
受け取ったモシン・ナガンを肩にかけ、俺はリョウの瞳を見つめた。
『リッキーの好きなリー・エンフィールドじゃなくてごめんな』
「何言ってやがる・・・・・・」
最高のライフルだぜ。
この得物を託してくれた友人と握手をしてから、俺は涙を流してしまう前に踵を返した。こいつは俺の事をヒーローと呼んでくれた。ならば、彼の前で涙を流すわけにはいかないだろう。
俺はまだ、戦わなければならない。
だからまだ、投げ捨てるわけにはいかない。
リョウが応援してくれているのだ。俺が殺してしまった大切な
『あ、言い忘れてたぜ』
「あ?」
涙が流れる直前で呼び止めるんじゃねえよ、馬鹿・・・・・・!
俺は大慌てで左手で流れかけていた涙を拭い去ると、吹雪の中へと立ち去ろうとしながら俺を呼び止めたリョウのいる方向を振り返った。
得物を託してくれた俺の友人は、先ほどのような慰めるような微笑みではなく、安心したような顔で昔のように笑いながら、俺に向かって手を振っていた。
『おい、幸せ者! あんな綺麗な姉妹と結婚しやがって! ふざけんな、馬鹿野郎ッ! 結婚おめでとうッ!!』
「やかましいッ! それは4年前に夢の中に出て言えよ、馬鹿ッ!!」
『浮気するんじゃねえぞ!!』
「するわけねえだろッ!?」
楽しそうに笑いながら吹雪の中へと戻っていくリョウ。俺はもうリョウが吹雪の向こうへと行ってしまったというのに、まだ手を振っていた。
もう一度涙を拭い去ってから、俺も踵を返す。
みんなの仇を取り、子供たちとの約束を守らなければならない。
「――――ありがとう、同志(リョウ)」
吹雪の中でそう呟いた俺は、彼のライフルを肩にかけながら歩き始めた。
先ほどとは真逆の色をした地面が見える。真っ黒に焦げていて、強烈なオイルの臭いが支配している巨大な円柱状の空間。明らかに先ほどリョウと話をしていたあの雪原ではない。
復讐劇を終わらせ、約束を守るために俺は戻ってきたんだ。
開いている巨大な天井から流れ込んでくる光を目を細めながら眺めていた俺は、上の方から響いてくる銃声を聞き、そっと体を起こし始めた。
『きゃっ!? り、力也さん!?』
「ん? あれ? フィオナ・・・・・・?」
俺の傍らで杖を構え、魔術の詠唱を続けていたフィオナがいきなり大きな声を上げる。どうやら、俺がいきなり起き上がるとは思っていなかったらしい。
驚いたせいで愛用の杖を落としてしまった彼女に謝った俺は、勇者に貫かれた筈の腹を見下ろした。確か、腹の辺りにはバスタードソードで貫かれた傷があった筈だが、もう塞がってしまったんだろうか?
返り血と自分の血で湿っている迷彩服の上から腹をさすってみたが、傷が開いている様子はない。もうフィオナがヒールで治療してくれたらしい。
「ありがとな、フィオナ」
『は、はい・・・・・・。そっ、そうだ! 早く戻らないと、エミリアさんたちが!!』
「おう」
そうだな。妻たちを助けないと。
俺は壁を上り始める前に、装備している武器が破損していないか確認しておくことにした。ホルスターの中に納まっていたプファイファー・ツェリスカは無傷だ。背負っていたOSV-96もレリエルとの戦いで破壊されてからは強度をかなり強化しているため、こちらも無傷で済んでいる。仕込み杖も同じく無傷だ。
「フィオナ、作戦がある」
『作戦ですか?』
「ああ」
勇者を倒すための作戦だ。
高校時代に俺とリョウが一緒にオンラインゲームをプレイしていた時、チートを使ってくる馬鹿野郎に出会った事がある。確かあの時は、俺とリョウはすぐにそいつをブラックリストにして隔離したんだ。
だから、あの勇者も隔離してやる。フィオナならばあの瞬間移動の能力を無視して、あの馬鹿を永遠にこの世界から隔離させる事ができる。
「俺たちが時間を稼ぐ。フィオナは封印の魔術の詠唱を進めてくれないか?」
『え? まさか、あの勇者を―――――』
その通り。前代未聞だが、世界を救った勇者を異次元に封印させてもらう。
元々あの封印は、普通の封印ではすぐに解除されてしまうような強力な力を持ったエンシェントドラゴンを別の空間に封印するために編み出された魔術だ。この世界に封印しようとすれば封印は破られてしまう。だから、封印する対象を丸ごと異次元空間に隔離してしまうのだ。
エンシェントドラゴンならばその封印も解除してしまうだろうが、解除には数万年もかかる。伝説のドラゴンたちを封じ込める魔術ならば、転生者を永遠に異次元空間に隔離する事ができる筈だ。チートを使って瞬間移動をしても、あの勇者は異次元空間に連れて行かれるため、こっちの世界に戻ってくることは出来ない。
しかもその魔術が生み出す異次元空間への入口は、様々な物を吸い込んでしまう。瞬間移動でも逃げ切ることは出来ないだろう。
仕込み杖を腰に戻そうと思って下を向くと、真っ黒に焦げてしまった床の上に、茶色い木製の部品で覆われた旧式のライフルが転がっていた。先端部にはスパイク型の銃剣が装着されていて、銃身の下にはバイポットが装備されている。
リョウが託してくれたモシン・ナガンM1891/30だ。旧式のボルトアクションライフルだが、かなりアップグレードされているし、リョウはこいつを使って雪山の戦いで俺のレーダーを破壊している。勇者との戦いにも使わせてもらおう。
行こうぜ、同志(リョウ)。
「行くぞ、フィオナ」
『はいっ!』
モシン・ナガンを肩に担ぎ、俺は目の前の壁を駆け上がり始めた。フィオナの治療のおかげでもう傷口は塞がっているし、当然ながら痛みもない。これならばすぐに勇者と戦えるだろう。
壁の穴に向かって駆け上がっていくフィオナをちらりと見た俺は、キャットウォークの鉄柵に足を引っ掛けてから思い切りジャンプすると、左手を伸ばして壁にぶら下がっているケーブルを掴むと、そのケーブルをよじ登ってからまたキャットウォークに飛び移り、そこから一気に壁の穴までジャンプする。
広間の中では、エリスとエミリアが奮戦していた。勇者に何発も攻撃を叩き込んでいるようだが、再生能力のせいで苦戦しているようだ。
俺は空中でライフルを構え、スコープを覗き込んだ。もう既にリョウが7.62mm弾を装填してくれている。あとは俺がトリガーを引くだけだ。
エミリアの剣戟を受け止め、エリスのハルバードを瞬間移動で回避する天城。俺はすぐに広間の隅の方へと瞬間移動したクソ野郎にカーソルを合わせると――――モシン・ナガンのトリガーを引いた。
ライフルの銃声でエミリアとエリスが驚く。ミサイルサイロの下からジャンプして戻ってきた俺を見た勇者も、目を見開きながら怯えていた。
その怯えている顔面に、7.62mm弾が飛び込んだ。旧式のライフルとはいえ、アサルトライフルよりも口径はでかい。頭に弾丸を叩き込まれた天城は、血飛沫と肉片を後頭部の風穴から吹き出しながら頭を大きく揺らし、そのまま壁に叩き付けられた。
ボルトハンドルを引きながら広間の床に着地する。俺の両足が真っ赤になった広間の床を踏みつけた直後、空中で排出された空の薬莢が、先ほど俺が天城に腹を刺されて真っ赤に染めた床の上に落下し、金属音を広間に響かせた。
「ただいま、2人とも」
「り、力也・・・・・・?」
「良かった・・・・・・!」
「ま、全く・・・・・・心配させおって・・・・・・!」
「ははははっ、ごめんな。フィオナのおかげで助かったよ」
『えへへっ』
心配をかけてしまった妻たちに苦笑いをした俺は、モシン・ナガンを肩に担ぎながら再生している最中の天城を睨みつけた。
どんな攻撃を叩き込んでも、天城の野郎は再生してしまう。だから、
俺は再びライフルを構えると、スコープを覗き込みながらにやりと笑った。