草原から、見慣れていたあの開放的な街並みが姿を消していた。
噴き上がった巨大な火柱が蒼空を蹴散らし、その上には巨大なキノコ雲が、まるで巨木のように鎮座している。
アサルトライフルとククリ刀を腰に下げ、仲間たちと共に必死にネイリンゲンに向かって走る。火柱とキノコ雲のせいで街がどうなっているのかはよく見えないが、間違いなく壊滅してしまっている筈だ。
誰が撃った? その疑問が組み上がった直後、俺の脳裏に勇者がやったんだという自分の声が聞こえてきた。勇者がネイリンゲンに向かって核ミサイルを撃ったんだ。俺たちが自分たちに武装蜂起するまえに核ミサイルで叩き潰そうとしたんだろう。
だが、武装蜂起を計画していたのはあくまで俺たちだけだ。核ミサイルを撃ち込めば、関係のないネイリンゲンの市民まで巻き込むことになる。勇者が市民を巻き込むことについて躊躇したかは不明だが、奴は市民もろとも俺たちを葬ることを選び、こうして核ミサイルを撃ってきたんだ。
悪魔め・・・・・・! 何が勇者だ!
全力で走っていると、街から少し離れた草原の上に、辛うじて残っているモリガンの屋敷が見えた。あの猛烈な爆風と衝撃波に耐え抜いてくれたのかと少し安心したんだけど、すぐにその安心は砕け散ることになる。
見慣れたその屋敷は、半分ほど倒壊していた。信也たちの部屋やキッチンがあるあたりはすっかり崩れ落ち、壁を形成していたレンガがまるで崩れかけの砂山のように積み重なっている。猛烈な熱線のせいでそのレンガも色が変色していて、まるで返り血のように赤黒く染まっていた。
確か、屋敷には信也たちだけではなく、共同訓練のために李風たちの部隊もやってきていた筈だ。彼らは無事なのか!?
『そんな・・・・・・屋敷が・・・・・・!』
「なんということを・・・・・・!」
全力で突っ走って裏口の門へと辿り着く。遠征する際によく使っていた裏庭へと続く鉄製の門は表面が溶けていて、どんな装飾が刻まれていたのかよく見えなくなってしまっていた。爆風の熱で溶けてしまったらしく、門は全く動かなくなっていた。
「下がれ、2人とも!」
腰に下げていたSaritch308ARを取り出し、銃身の下に搭載されているGM-94の砲口を融解した門へと向ける。ちらりと左右を見てガルちゃんとフィオナが下がったのを確認した俺は、目の前の門へと向かって43mmグレネード弾を叩き込んだ。
あの核爆発に比べればかなり小さな爆風が、鉄製の門の表面を食い破る。見慣れた門が爆風で吹っ飛ばされ、その向こうに鎮座する倒壊しかけの屋敷と、すっかり爆風で吹っ飛ばされた戦車のガレージの姿があらわになった。ミラが俺に作ってくれとお願いしてきた戦車のガレージは核爆発の衝撃波で吹き飛ばされ、中に格納されていた戦車たちは大破してしまっている。
「う・・・・・・」
「何だ?」
ハンドグリップを引いてポンプアクションを済ませた直後、薬莢が地面に落下する音と同時に人間の呻き声が聞こえてきた。苦しそうなその声は薬莢が地面に叩き付けられる際に発する金属音を容易く呑み込んでしまう。
ぞっとしながら、俺は裏庭へと足を踏み入れた。聞き覚えのない呻き声だったから、おそらく訓練中だった李風の部下なのかもしれない。
その呻き声を発したのは、倒壊した物置の近くに立っていた迷彩服に身を包んでいる男性だった。おそらく20歳くらいだろう。真っ黒に焦げてしまった迷彩服に身を包んでうつ伏せに倒れている男性の傍らへと駆け寄った俺は、ライフルを足元に置いてから彼の肩に手を置いた。
「おい、しっかりしろ! 大丈夫か!?」
「その声・・・・・・同志・・・ハヤカワですか・・・・・・?」
「安心しろ。治療魔術師(ヒーラー)を連れてきた」
「同志・・・・・・じ、自分の足を・・・・・・見かけませんでしたか? あ、足が・・・・・・足が、千切れてしまったんです。痛いんです。同志・・・・・・た、助けて下さい・・・・・・」
「何だって?」
まるで泣きながら喋っているような彼の声を聞いた俺は、恐る恐る彼の足へと目を向けた。でも、彼の両足に辿り着く前に、俺の視線はこの転生者の兵士の腹の辺りで立ち止まってしまうことになる。
彼の腹の辺りには、まるで剣のような大きさのガラスの破片が突き刺さっていた。明らかに貫通しているだろう。背中から突き刺さったと思われるそのガラスの破片の切っ先が、彼の胴体を貫通して地面に突き刺さっているため、この転生者は這って動くことすらできなくなってしまっている。
何とかそのガラスの破片から目を離し、今度こそ彼の足を確認する。右足は膝の下からなくなっていて、左足は何とか残っていたけど、熱線のせいで皮膚が黒焦げになっているようだった。明らかに歩ける状態ではない。
「フィオナ・・・・・・ち、治療を―――――」
彼女のヒールならば、彼を苦痛の中から助け出してやれるかもしれない。そう思いながら後ろを振り返ろうとしたその時、俺はこの助けを求めてきた俺よりも若い転生者の兵士が、助けを求めるように俺の足を掴みながら動かなくなっていることに気が付いた。
虚ろな両目の周囲には、涙の跡がある。
俺よりも年下なのに・・・・・・。
唇を噛み締めてから左手を伸ばし、彼の虚ろな両目を静かに閉じさせてやった俺は、首を横に振ってから周囲を見渡した。
他にも李風の部下たちが倒れているが、息がある奴は見当たらなかった。熱線に焼かれて黒焦げになったり、吹き飛ばされてきた破片が突き刺さって絶命している奴ばかりだ。
もう一度唇を噛み締め、異世界で死ぬ羽目になった彼らに両手を合わせてから、俺は辛うじて残っていた裏口のドアに八つ当たりするように左足の蹴りを叩き込んで蹴破った。
「信也! ミラ! 無事か!? 返事をしろッ!!」
屋敷の中に向かって怒鳴りながら、俺は階段を駆け上がっていく。
階段の反対側にある廊下の奥にはキッチンがあった筈だ。俺がエミリアに野菜炒めを振る舞った場所でもあり、エリスがリョウを殺して苦しんでいる俺を受け止めてくれた場所だ。仲間たちと共に食事を摂っていたあのキッチンは、崩れ落ちてきた無数のレンガに塞がれてしまっている。
焦げ臭い臭いを嗅ぎながら、俺は必死に階段を駆け上がった。彼らはどこにいる? 自室か? それとも地下の射撃訓練場か!?
この瓦礫の下敷きになっていないことを祈りながら2階へと辿り着くと、会議室の方から聞き慣れた声が聞こえてきた。おそらくミラの声だろう。誰かに向かって必死に叫んでいるようだ。
つまり、ミラは生きている!
3階への階段を上ろうとしていた俺は、すぐに会議室の方へと向かって走り出した。爆風で吹き飛んで床に転がっていた会議室のドアを踏みつけながら中へと駆け込んだ俺は、変わり果ててしまった会議室の中で、床に仰向けに倒れている信也の姿を見てぞっとした。ミラが信也に向かって必死に叫びながら、何度も何度も彼に心臓マッサージと人工呼吸を繰り返している。
会議室の隅の方には、呻き声を上げる李風と部下の転生者がいた。奥の方にももう1人いるようだけど、彼は窓から入り込んできたと思われる熱線を全身に浴びてしまったらしく、焼死体と化しているようだった。
「お、遅かったじゃないですか・・・・・・」
「李風・・・・・・」
「部下は・・・・・・外にいた私の部下は・・・・・・?」
「・・・・・・」
俺は俯いてから、首を横に振った。外で屋敷を警備していた李風の部下たちは、熱線と衝撃波で全滅してしまっていた。
李風は「そうですか・・・・・・」と悲しそうに言うと、ちらりと焼死体になった部下を見つめてから咳き込んだ。
彼の傍らに、持ってきたエリクサーの瓶を置いておいた俺は、信也に心臓マッサージを繰り返しているミラの方へと向かった。7年前と比べて筋肉が増えてがっしりした体格になった信也は、両目を閉じたまま横になっている。よく見ると、信也の右腕が見当たらなかった。肩から先が少し黒くなっているだけで、そこから先は千切れてしまったらしく、無くなっている。
「信也・・・・・・!」
腕が千切れているだけではない。レンガの破片や金属の破片が、顔や胸に何本も突き刺さっている。傷だらけになった弟の姿を見た瞬間、俺は思わず涙を流しそうになった。
だが、俺はモリガンのリーダーだ。仲間たちの前で涙を流すわけにはいかない。
『ミラさん、治療は任せてください!』
(フィオナちゃん、お願い! シンを助けて・・・・・・!)
信也の傍らに舞い降り、フィオナが早速彼の傷口の治療を始める。光属性の魔術が発する真っ白な光を見つめながら拳を握りしめていると、涙を拭いながら心配そうに信也を見守っていたミラが呟く。
(シンは・・・・・・私を庇ってくれたんです・・・・・・。ミサイルが爆発する前に、私を突き飛ばしてくれて・・・・・・でも、彼は・・・・・・!)
「心配するな。・・・・・・きっと助かる」
助かってくれ。
信也はミラにとって大切な人だ。俺にとっても大切な肉親なんだ。
右腕を失ってしまった信也を見下ろしながら、俺はまたしても唇を噛み締めた。戦いで手足を失うのは俺だけだろうと思っていたんだが、ついに信也も右腕を失う羽目になってしまった。
「ゲホッ、ゲホッ!」
(シン!)
「しっかりするのじゃ!」
「み・・・・・・ミ・・・・・・ラ・・・・・・。だいじょう・・・ぶ・・・・・・?」
ヒーリング・フレイムが発する白い光に包まれながら、信也がゆっくりと目を開けた。でも、その目つきはいつもの信也の目つきではなく、先ほど裏庭で絶命した兵士のような虚ろな両目だった。作戦を考えるのが得意だったモリガンの参謀としての心強い目つきではなく、弱々しい目つきだった。
でも、彼は意識を取り戻してくれた。ミラは再び両目に涙を浮かべながら、信也がかけているレンズに亀裂の入ったメガネを静かに外した。
(私は大丈夫だよ、シン・・・・・・!)
「よかった・・・・・・君が・・・無事・・・・・・なら・・・・・・」
レンガや金属の破片が何本も刺さった顔で、信也は微笑む。ミラは信也が笑ってくれて安心したのか、涙を拭ってから彼の傍らにしゃがみ込み、弱々しい微笑を浮かべ続けている彼を思い切り抱き締めた。彼女から零れ落ちた涙が、血で赤黒く染まった信也の皮膚へと流れ落ちていく。だが、皮膚を赤黒く染めている信也の血は、ミラの涙でも消えることはなかった。
「醜悪じゃのう・・・・・・リキヤよ、これが人間なのか・・・・・・?」
傷ついた弟を見下ろしている俺に、ガルゴニスが訪ねてくる。
俺は彼女を仲間にした時、俺も人間が嫌いだと言った筈だ。俺が最も嫌いな人間は、力を好き勝手に振るって人々を虐げるような人間だ。だから転生者を狩り続け、転生者ハンターと呼ばれた。
「・・・・・・いや、奴らは人間じゃない」
俺たちを消すためだけに、ネイリンゲンに核を落とした。しかもネイリンゲンの市民たちまで巻き添えだ。
人間ならばこんなことはしないだろう。
少しずつ傷を塞がれていく信也を見守っていると、窓ガラスがすっかり吹き飛んでしまった窓の向こうから爆音が聞こえてきた。聞こえてきたのは街の方からだ。
弟の右腕を奪われ、親しかった街の人々を虐殺されたことに怒りながら拳を握りしめていた俺は、静かに窓の近くへと向かう。爆風と衝撃波に抉られ、もはや他の壁に開いた大穴と見分けがつかなくなってしまった窓から外を眺めてみると、散々核爆発に叩きのめされて瓦礫の山になってしまった街の方で、小さな火柱がいくつか上がっている。
「銃声・・・・・・?」
爆音の残響から顔を出したように聞こえてくる小さな銃声たち。ライフルやマシンガンの銃声が、街の方から聞こえてくる。
李風の部下たちが何かと戦っているのか? それとも、転生者たちが攻め込んで来たのか?
俺はちらりと後ろを振り向いた。右手で左肩を押さえながら何とか立ち上がった李風は、窓の外から聞こえてくる銃声を聞きながら「街に部隊を展開させた覚えはありませんよ・・・・・・!」と言った。
どうやら、核ミサイルを落とした大馬鹿野郎の部下たちが、俺たちの止めを刺すためにネイリンゲンに攻め込んできたらしい。
「・・・・・・フィオナ、負傷者を連れてエイナ・ドルレアンに向かえ」
『え?』
エイナ・ドルレアンにはカレンたちがいる筈だ。彼女ならばきっと、ネイリンゲンから逃げ延びた人々を受け入れてくれるだろう。
(待ってください! 力也さんはどうするんですか!?)
「俺は――――街の生存者を助けに行く。それに、攻め込んできた奴らの相手をしなければならん」
奴らは追撃してくる筈だ。だから俺が殿(しんがり)になって、攻め込んできた奴らをここで食い止めなければならない。
エミリアたちが聞いたら絶対に反対するだろう。ミラやフィオナも反対する筈だ。だが、李風たちは負傷しているし、重傷を負っている信也も何とか連れて行かなければならない。誰かが食い止めなければ、あっさり追いつかれて殲滅されてしまうだろう。
「ならば、私も残ろう」
「ダメだ。お前は撤退する奴らの護衛につけ」
「な、何を言っておる!? 私はガルゴニスじゃぞ!? 私がいれば人間なんぞ―――――」
だが、俺は彼女の言葉を聞きながら首を横に振った。確かにガルゴニスはメンバーの中でも手強い。だから、手強いからこそ逃げる人々の護衛を任せたいんだ。
ガルゴニスはまだ反論しようとしていたようだけど、彼女が喋る前に屋敷の近くから爆音が聞こえてきて、その荒々しい爆音がガルゴニスの言葉を木端微塵に砕いてしまった。
どうやら敵が、こっちに接近しているらしい。早く信也や李風たちを脱出させなければならない。
「・・・・・・無茶はするでないぞ、リキヤ。――――死んだら許さん」
「ああ。・・・・・・みんなを頼む」
もちろん、死ぬつもりはない。俺には妻と子供たちがいるんだ。だからあの馬鹿野郎どもをさっさと蹂躙して、家族の所に戻るつもりだ。
端末を操作していつもの武器を装備する。背中にはロシア製アンチマテリアルライフルのOSV-96を折り畳んだ状態で装備し、腰の両側には.600ニトロエクスプレス弾をぶっ放す強烈なプファイファー・ツェリスカを2丁装備した俺は、仲間たちの顔を見渡してから、会議室を後にした。
いつの間にか、俺の頭の角は伸びていた。
被曝を防ぐために迷彩模様の防護服に身を包み、グレネードランチャーとホロサイトを装備したHK416を構えた隊員たちが、半壊した屋敷に向かって走っていく。
核ミサイルの一撃でモリガンは壊滅した筈だが、奴らはリーダー都産貿以外は転生者でないにもかかわらず、転生者を圧倒してしまうほどの実力者たちだ。もしかしたらあの核爆発でも死なずに生き残っている可能性がある。
だから、止めを刺すために我々が派遣されたのだ。
モリガンは転生者を狩り続ける厄介な存在。しかも国王から騎士団に誘われているというのに、何度も断っているという。権力者の勧誘を断るような奴らなのだから、勇者様が計画に加われと言ったとしても、逆に我らに銃を向けて来るに違いない。
だから、狂犬を始末する。狂犬を始末するのが我々の任務だ。
この世界には奴隷制がある。そして人種差別もある。そんな下らない制度で苦しんでいる人々は何人もいることだろう。だからこそ、勇者様はそのような制度が消え去った世界からやってきた転生者たちでこの世界を統率し、この異世界を救済しようとしているのだ。なのに、あのモリガンの愚か者共は何を考えているのだろうか?
「隊長、戦闘準備が完了しました」
「よろしい。さっさと駆除を済ませるぞ」
「はっ」
部下たちに命令をしようとしていたその時だった。
半壊した屋敷の正面にある玄関が、ゆっくりと開いたのだ。熱線で変色した大きな扉の向こうから姿を現したのは、迷彩模様のコートを羽織った赤毛の男性だった。髪は女性のように長く、後ろ髪は結んであるらしい。年齢は20代前半だろうか。
よく見ると、その男性の頭の左側からはダガーのような形状の角が突き出ていた。まるで頭蓋骨の内側からダガーの刀身が伸びているかのようだ。あの男は人間なのか?
その男性は銃を装備していた。大型のリボルバーやアサルトライフルを腰に下げ、背中には迫撃砲が搭載された奇妙なアンチマテリアルライフルを背負っている。
おそらく、あの男が速河力也なのだろう。数多の転生者を消してきた転生者ハンターだ。部下たちがHK416を向けているというのに、転生者ハンターは全く驚かずに屋敷の外へと出ると、赤い瞳で俺の方を睨みつけてきた。
どうやら怒り狂っているらしい。仲間があの核爆発で命を落としたのか?
勇者様に逆らったからだ。逆らわなければ仲間を失うことはなかっただろう。愚か者め。
俺の任務は
「――――撃てぇッ!」
俺は手を振り上げると、振り下ろしながら部下たちに命令した。