異世界で転生者が現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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ギュンターが屋敷にやってくるとこうなる

 

 スコープのカーソルの向こうにいたゴーレムの頭が、真っ赤な血肉と外殻のような破片を草原にばら撒きながら弾け飛んだ。俺が手にしている得物の威力ならば、もし命中すればゴーレムの頭を容易く砕いてしまうだろうが、俺は何もしていない。先ほどまで雨が降っていたせいで湿っている草原の上に黙って伏せながらアンチマテリアルライフルを構え、土と草の臭いのする湿った空気を吸いながら、黙って魔物たちと交戦する2人を見守っていただけだ。

 

 片方はメガネをかけた男性だ。まるで軍隊の指揮官のような黒いコートを身に纏い、同じく真っ黒な軍帽をかぶりながら、フランス製ブルパップ式アサルトライフルのFA-MASのフルオート射撃でゴブリンたちを次々に蜂の巣にしている。

 

 FA-MASから空になったマガジンを取り外し、再装填(リロード)を始めた男性。散々仲間たちを穴だらけにされていたゴブリンたちは、再装填(リロード)の最中であるせいで攻撃が出来なくなったその男性に向かって雄叫びを上げながら、一斉に鋭い爪の生えた手を振り上げて飛び掛かり始める。

 

 ゴブリンの体格は人間よりも小柄だが、その腕力は簡単に鍛え上げられた騎士の腕の骨をへし折ってしまうほど強靭だ。そんな腕力で短剣のような鋭い爪を振り下ろして攻撃してくるため、小柄だからと油断した傭兵や冒険者たちはすぐに八つ裂きにされてしまう。

 

 だが、残念ながらゴブリンたちが飛び掛かった男性は、全く油断などしていない。むしろ、油断しているのはゴブリンたちの方だろう。この男の攻撃が止まったから、今すぐ飛び掛かれば、こいつを爪で八つ裂きにできるだろうと思っているに違いない。

 

 馬鹿な奴らだなぁ。可哀想に。

 

 ――――俺の弟が、いきなり敵の目の前で再装填(リロード)をするわけがないだろうが。

 

 哀れなゴブリンたちを見守っていると、その男性に爪を叩き付けようとしていた先頭の1体が、男性の身体を八つ裂きにするよりも先に、いきなりバラバラになった。他のゴブリンたちも新たに男性の攻撃の餌食になった仲間の存在に気付く前にいきなり切り刻まれ、肉片と鮮血で草原の草を真っ赤に染める羽目になった。

 

 全て彼の作戦通りだろう。攻撃を意図的に途切れさせて隙を作り、敵を誘い込む。そうすれば敵は、自分からこっちが仕掛けたワイヤーに両断されて全滅してくれる。わざわざ距離を取りながら再装填(リロード)する必要はないし、彼は演技をするだけで済むのだ。

 

 頼もしい仲間がゴブリンを全滅させたのを見守っていると、今度はその男性から少し離れたところで、まるでエレキギターの音を大きくしたような騒音が響き渡った。仲間たちとの距離は300m程度なんだが、距離が離れていてもまるで耳に直接騒音を押し込まれたような感じがしたから、俺よりも近くにいた彼はさぞびっくりしただろう。耳栓が無ければ鼓膜と脳が滅茶苦茶になっていたに違いない。

 

 その騒音を発したのは、ハーピーの相手をしていた銀髪の女性だった。セミロングの銀髪の中から突き出ているのは、人間よりも長くて尖っている耳。エルフのようだが、彼女の体の中には人間の血も流れているから、彼女はハーフエルフだ。耳を隠すための少し大きめのフードの付いたチャイナドレスのような黒い制服に身を包み、サバイバルナイフのような形状の鉤爪を振るっている。

 

 でも、彼女の得物はどう考えてもあんな騒音を発するような得物ではない。

 

 あの騒音の正体は、彼女が修得している希少な魔術だった。音響魔術という特殊な魔術で、魔力を炎や水などの属性に変換せず、様々な音波に変換して体外に放つ魔術で、既に廃れてしまったエルフの魔術だ。

 

 彼女の音響魔術は、喉を潰されて二度と喋れなくなってしまった彼女にとっての言葉であり、敵を葬るための矛でもある。もちろん、ハーピーたちに牙を剥いたのは矛の方だ。

 

 猛烈な音波で脳を砕かれたハーピーたちは、両目から血涙を流しながら、次々に草原に墜落していく。剣や矢で攻撃されたのならば躱す事ができるだろうが、残念ながら音響魔術は音による攻撃だ。その音が届く範囲にいる限り、餌食になるしかない。

 

 耳栓を使えば問題はないんだが、ハーピーにそんな知能があるわけがない。

 

『終わったよ、シン』

 

『ちょっと、ミラ! それ使うならもっと早く言ってよ!』

 

『あはははっ。ごめんねっ』

 

 人間の脳まで破壊しかねない恐ろしい音波を操る彼女は、抗議してきた信也に笑いながらそう言うと、鉤爪を両手に装着しているカバーの中に収納しながら彼に頭を下げた。

 

 モリガンの仲間に加わったばかりの頃はまだ15歳だったミラはもう22歳になっている。さすがに彼女ももう立派なハーフエルフの女性になっているんだが、性格は全く変わっていない。

 

 スコープの向こうで信也に抱き付き、あの時よりもエミリア並みに大きくなった胸を押し付けて信也の顔を真っ赤にさせているミラを見た俺は、苦笑いをしながらスコープから目を離した。

 

 もう少しで義理の妹ができるな。今のうちに大暴れしそうなギュンターを落ち着かせる作戦を考えておかなくては。

 

 OSV-96の長い銃身を2つに折り畳んで背中に背負った俺は、頭を掻きながら後ろに広がるネイリンゲンの街並みから離れたところに建っているモリガンの屋敷を見つめた。

 

 俺たちのギルドの規模はかなり小規模だが、メンバーは1人で騎士団の一個大隊並みの戦闘力を持つと言われており、世界最強の傭兵ギルドと呼ばれることもある。だが、モリガンのメンバーだけではリョウが言っていた勇者を倒すのは難しいだろう。勇者は魔王を倒した男で、最強の転生者と李風たちは言っていた。

 

 それに、モリガンの戦力にも弱点がある。それは、戦闘機や爆撃機が旧式の機体ばかりということだ。

 

 戦車ならばレオパルト2A6や10式戦車があるし、戦闘ヘリならばスーパーハインドがある。でも、戦闘機は第二次世界大戦の際にアメリカ軍が使っていたF4Uコルセアを使っているし、爆撃機もB-29やシュトゥーカを使っている。もし最新の戦闘機と戦う事になれば、確実に負けてしまう。

 

 だから何とかして滑走路を改造し、ジェット機も離陸できるようにしなければならない。使う予定の機体は、今のところはアメリカのF-22やロシアのPAK-FAにする予定だ。

 

 前に李風たちのギルドの戦闘機部隊の訓練を見学したことがあったんだが、兵器が大好きなミラはずっと目を輝かせたままだった。信也も彼女のために何とか滑走路を改造したいと考えているらしいんだが、今は戦力の増強も済んでいるから、勇者についての情報収集に力を入れなければならない。

 

 それに、ジェット機を使うならば、李風たちの基地にある滑走路を使わせてもらえばいいだろう。

 

 屋敷の近くにある滑走路を見つめながらそんなことを考えていると、俺の後ろから信也とミラが手を繋ぎながら歩いてきた。

 

「よし、帰ろうぜ。早く帰って酒でも飲もう」

 

(了解っ!)

 

「ちょっと、ミラ! あまり飲み過ぎないでよ!?」

 

(うふふっ。いいじゃん)

 

「良くないよ!」

 

 ミラが20歳になったお祝いに、ギュンターとカレンがエイナ・ドルレアンの酒屋から買ってきた酒をみんなで飲んだあの時の事を思い出したらしく、信也は再び顔を真っ赤にしていた。

 

 あの時は大変だったなぁ・・・・・・。酒を飲んで酔っ払ったミラが、いきなり服を脱ごうとしたんだ。当然ながら信也が必死に止めたんだが、今度はギュンターがキレて、LMGとロケットランチャーを担いで信也の事を追いかけ回し始めた。俺たちも止めようとしたんだが、シスコンのギュンターを止めることは出来ず、結局全員で物騒な鬼ごっこを酒を飲みながら観戦する事しかできなかった。

 

 ちなみにその日の夜、部屋に戻ってから信也は酔っぱらったミラに押し倒されたらしい。もしギュンターがその事まで知っていたら、更に物騒な鬼ごっこが幕を開けることになるだろう。

 

 あんなに真面目だった同志シンヤスキーもエッチになったもんだ。今では訓練と実戦のせいであいつの筋肉は増えているから、転生してきたばかりの頃の信也の面影はない。

 

 俺はちらりと後ろでイチャイチャし始めている2人を見てから早足になった。俺はいない方が良いだろう。すまんが、お兄ちゃんは先に屋敷に戻って酒の準備でもしているよ。

 

 狼狽する信也に向かってにやりと笑ってから、俺は屋敷に向かって早足で進み始めた。信也はまるで進撃してくる敵の軍勢の前に置き去りにされた負傷兵のような顔で俺を見つめながら手を伸ばすが、すぐにその伸ばした手をミラに掴まれてしまう。

 

 同志シンヤスキーを置き去りにした俺は、そのまま早足で屋敷へと向かい、裏庭の門を開けてドアから屋敷の中へと戻った。広間を左に曲がって地下の射撃訓練場へと続く階段の前を横切り、廊下の奥にあるキッチンの扉を開ける。

 

 初めてこの屋敷にやってきた時にエミリアに野菜炒めを振る舞った時のことを思い出しながら、棚の中から酒瓶を取り出す。ラム酒の酒瓶もあったけど、今日はブドウ酒にしておこうか。

 

 つまみは何にしようかと考えながら食糧庫のドアに手をかけようとしていると、背後からキッチンの扉が開いたような音が聞こえてきた。もう信也たちが戻ってきたんだろうか? でも、背後で開いたドアの方から聞こえてきた音は1人分だけだし、足音も信也とミラの足音とは違う。

 

 誰だ? 侵入者か?

 

 食糧庫の扉に向かって伸ばしていた右手を素早く引き戻し、腰のホルスターに収めておいたシングルアクションアーミーを引き抜きながら後ろを振り返る。狙撃の訓練だけではなく、早撃ちの訓練もやっているから、もし背後から敵に武器を突き付けられていても、その武器で攻撃される前にリボルバーをホルスターから引き抜き、敵の顔面に弾丸をお見舞いする自信はある。

 

 まるでガンマンのように素早くリボルバーを引き抜きながら後ろを振り返った俺は、ドアの近くに立っている人影に向かって銃口を向けた。

 

 やはり、そこに立っていたのは信也とミラではなかった。黒い服に身を包んでいるのは仲間たちと同じだが、その人影が身に纏っているのはモリガンの制服ではなく、まるで紳士が身に纏うような黒いスーツだ。右手には柄頭に黄金の装飾がついている杖を持っていて、頭にはシルクハットをかぶっていた。

 

 おいおい、この紳士は誰だ? スーツを身に纏っているが、細身というわけではない。かなり鍛えられているらしく、杖を握っている手はがっしりとしている。

 

 シルクハットの後ろの方から覗いているのは短い銀髪だ。しかも耳は人間よりも長く、肌は若干浅黒い。ハーフエルフか?

 

「さすがはハヤカワ卿ですな。恐ろしい速さだ」

 

「ん? ちょっと待て。お前・・・・・・」

 

 聞き覚えのある声だぞ? だが、俺の知り合いにこんな紳士はいない筈だ。でも、この声は・・・・・・。

 

 俺がはっとした瞬間、その紳士は目深にかぶっていたシルクハットを静かに持ち上げた。シルクハットの下にあったのは、ニヤニヤと笑う見覚えのある顔だった。

 

「―――よう、旦那!」

 

「おお、ギュンターじゃないか! びっくりさせるなよ!」

 

「ガハハハハハッ、すまねえ。久しぶりだからさ」

 

 屋敷の中に入って来た紳士の正体は、ギルドのメンバーのギュンターだった。荒々しい彼には紳士の格好は全く似合っていない。だからこの紳士はギュンターではないかと予想する事ができなかった。

 

 滅茶苦茶似合わないスーツに身を包んだギュンターは、杖をテーブルに立て掛けると、近くにあった椅子に腰を下ろした。

 

 彼の住んでいた町では姓を持たない人々ばかりだったため、ギュンターとミラは姓が無かったんだが、今の彼はカレンと結婚しているため、フルネームは『ギュンター・ドルレアン』になっている。

 

 カレンの側近となって彼女と共にエイナ・ドルレアンへと向かった彼は、ドルレアン領の領主であるカレンと結婚し、彼女を支え続けている。政治には全く詳しくないため、彼の仕事は基本的に妻の護衛のようだ。

 

 最近では領内のスラムを拠点にしている荒くれ者たちを統率し、自警団を結成させているらしい。酒場で喧嘩を売ってきた男たちをボコボコにしたらいつの間にか「ギュンターの兄貴」と慕われるようになったんだとか。

 

 ギュンターらしい。相変わらずこいつも変わっていないようだ。

 

「調子はどうだ?」

 

「大変だぜ。奴隷制度の廃止のためにいろいろカレンが頑張ってくれているんだが、議会の奴らが猛反対しててなぁ・・・・・・。しかもカレンは来週に子供を出産するし・・・・・・」

 

「そういえば、来週だったな。・・・・・・ところで、名前は決めたのか?」

 

「おう。検査したら女の子らしいからな。――――カノンって名前にしようかと思ってる」

 

「いい名前じゃないか。きっとママ(カレン)みたいなしっかり者になるぜ」

 

 コップにブドウ酒を注いでギュンターの前に置いた俺は、自分の分のブドウ酒も準備しながら椅子の上に腰を下ろした。

 

 カレンはしっかり者だったからなぁ・・・・・・。きっとギュンターみたいな荒々しい性格にはならないだろう。お母さんがしっかり者だから、ちゃんと次期領主として教育するに違いない。

 

「で、旦那の方は? ラウラちゃんとタクヤくんは元気か?」

 

「ああ。一昨日は一緒に狩りに行って来たぜ」

 

「へえ、親子で狩りか! 楽しそうだなぁ!」

 

「お前も娘が生まれたら狩りに連れて行ってやりな。楽しいぜ」

 

 領主になるための勉強は疲れるだろうからな。だから、息抜きに連れて行ってあげたらきっと喜ぶと思う。それに、でかい獲物を仕留めれば娘に尊敬してもらえそうだからな。

 

 メンバーの中で一番子供を溺愛しそうなギュンターならば、連れて行こうとするだろう。ギュンターは早くも娘を狩りに連れて行く時のことを考えているらしく、ブドウ酒の入ったコップを口元で傾けながらニヤニヤしている。

 

 おいおい・・・・・・。

 

 俺もブドウ酒の入ったコップを口元で傾けながら苦笑いをする。

 

「ところで、カレンは元気か?」

 

「ああ。お腹も大分大きくなってきたから仕事は出来ないけど、元気だぜ」

 

「まさか、まだ風呂を覗きに行ってるわけじゃないよな?」

 

「そんなわけないだろうが。その・・・・・・もう抱いちまったしよ・・・・・・」

 

「ほう? ちなみに、押し倒したのはどっちだ?」

 

「お、俺だよっ」

 

 酔い始めた上に変な質問をされたせいで、ギュンターが顔を真っ赤にしながらそう答える。

 

 なるほど。俺と信也は襲われちまったが、ギュンターの場合は逆に襲ったんだな。まだ顔を赤くしているギュンターの顔を見ながらニヤニヤしていると、ギュンターは俺から目を逸らすのを止め、コップの中のブドウ酒を飲み干した。

 

「ところで、旦那の方はどうなんだよ?」

 

「相変わらず襲われっ放しだよ。まったく、あんなに搾り取られたのに子供が2人で済んだのは奇跡だぜ」

 

 ニヤニヤ笑ったまま酒瓶を手渡してやると、その酒瓶を受け取ってブドウ酒をコップに注ぎながら今度はギュンターが聞き返してくる。

 

 俺も答えた後にブドウ酒を飲み干すと、コップに注ぎ終えたギュンターから酒瓶を奪い取り、空っぽになったコップの中にブドウ酒を注ぎ込む。

 

 もしかしたら、信也たちがキッチンに来る前に酔っぱらっちまうかもしれない。そう思いながら、俺はコップを口元へと近づけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに、仲間たちと冒険をしていた頃の夢を見た。

 

 与えられた端末の力で様々な能力を生み出しながら仲間たちと旅を続け、みんなで魔王を倒した僕は、人々から勇者と呼ばれるようになった。

 

 この世界を支配しようとする魔王から、世界を救ったんだ。俺はこの世界で英雄になった。

 

 でも、この世界はまだ平和になったわけではない。旅をしていた時にも散々叩きのめしてやったが、まだ奴隷を売り続ける商人たちがいるし、魔物たちも生き残っている。

 

 それに、同族(転生者)を殺し続けている愚か者もいるようだ。転生者ハンターと呼んで部下たちは恐れているけど、所詮は俺よりもレベルの低い転生者の1人。簡単に捻り潰せるだろう。

 

 しかし、奴はあのレリエル・クロフォードと戦っている。厄介なあの吸血鬼に深手を負わせることのできる転生者は数人しかいないだろう。殺してしまうには惜し過ぎる。

 

 第二の魔王になりかねない厄介な人物だが、仲間になってくれれば、眷族を集めて世界を支配しようとしているレリエル・クロフォードと戦うための戦力になる筈だ。

 

「・・・・・・でも、きっと仲間にはなってくれないだろうな」

 

 俺たちに銃を向けて来るに違いない。あの転生者ハンター(速河力也)ならば、レリエルに牙を剥く前に僕たちに牙を剥く。

 

 だから、俺たちも奴に牙を剥こう。俺たちの牙の方が鋭いということを思い知らせてやるんだ。

 

 そのための(兵器)は、既に準備してあるのだから。

 

 

 


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