異世界で転生者が現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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第13章
タクヤとラウラ


 

 ラトーニウス王国との国境の近くにあるネイリンゲンは、他の街と違って防壁に囲まれていない。勇者によって魔王が倒されてからは魔物たちが一気に凶暴化し、騎士団の駐屯地や街を襲撃するようになったため、他の街は魔物を撃退するために防壁を建設し、騎士団を駐留させているというのに、ネイリンゲンは防壁を建設せず、街の防衛を少数の騎士団の団員と傭兵ギルドの傭兵たちに任せている。

 

 一時的に魔物の襲撃が急増したため、ついにこの街も防壁を建設することになるのかと心配していたが、傭兵たちや騎士団が必死に魔物を掃討したおかげで、俺が気に行っているこの開放的な景色は殺風景な防壁で閉ざされずに済みそうだ。

 

 夕日が照らす草原で立ち止まり、背後に広がるネイリンゲンの街並みを見つめた俺は、伸び始めた顎鬚を少し指で弄ってから草原の道を歩き始めた。

 

 俺が転生してきたからもう7年も経っているというのに、初めてこの田舎の街を見た時と全く街並みは変わっていない。エミリアと2人でクガルプール要塞から飛竜を奪って国境を越え、何とか逃げ込んだ時の街並みのままだ。

 

 初めてこの異世界でできた俺の大切な仲間は、今頃子供たちと一緒に夕飯でも食べているんだろう。

 

 子供たちはそろそろ3歳になる。妻たちとガルちゃんには子供たちの世話をお願いしているため、基本的に職場に出勤するのは俺1人だけだ。

 

 草原から森に入った俺は、大きな木の根を飛び越えながら森の中にある我が家へと向かう。3年間もあの屋敷で生活していたため、質素な家で暮らすと狭いと思ってしまうこともあるが、ちょうどいい家だ。

 

 暗くなった森の中を支配する巨木の群れの隙間から見える橙色の光を目指して歩いていると、巨大な木の向こうに木造の質素な家が見えた。1階建ての家で、屋根から突き出ている煙突からは煙が上がっている。

 

 今夜のメニューはシチューだろうか。妻が作ってくれる料理の事を考えながら玄関のドアを開け、家の中へと足を踏み入れる。暖かい空気と共に家の中から流れてくる匂いは、やっぱりシチューの匂いだった。

 

「ただいまー」

 

「お帰り、力也」

 

 一番最初に微笑みながら出迎えてくれたのは、蒼い髪をポニーテールにしている女性だった。料理を作り終えたばかりだったのか、まだ服の上にエプロンをしたままだ。

 

 出会ったばかりの頃は彼女には騎士の防具が似合うと思っていたんだが、子供が生まれた後は一番エプロン姿が似合うと思う。

 

 俺はオリーブグリーンとモスグリーンの迷彩服の上着を脱ぐと、脱いだ迷彩服の上着を肩に担ぎながら、出迎えてくれたエプロン姿のエミリアを抱き締めた。俺に抱き締められた彼女は顔を赤くすると、俺の頬にキスをしてから俺の背中に手を回してくる。

 

 俺も彼女にキスをしようかと思っていると、リビングの方から椅子が動いた音が聞こえてきた。もう1人の妻も出迎えに来てくれるのかと思ったけど、その後に聞こえてきた足音は妻の足音よりも小さい。

 

 なるほど。お母さんよりも先に出迎えてくれるのか。

 

「あ、パパ! おかえりなさいっ!」

 

「おう、ラウラ。ただいま」

 

 リビングの方から飛び出して来たのは、炎のような赤毛が特徴的な幼い少女だった。瞳の色も炎のような赤で、頭の左右からは小さい真っ赤な角が生えている。髪と瞳の色は俺と同じなんだが、顔つきはもう1人の妻(エリス)を幼くしたような感じだった。

 

 彼女は俺とエリスの娘のラウラ。彼女の方がもう1人の子供よりも先に生まれたため、ラウラの方がお姉さんということになる。

 

 肩に担いでいた上着を床の上に置き、楽しそうに笑いながら廊下を走ってきた愛娘を抱き締めた。

 

「パパ、はやくごはん食べようよ! ママがおいしいシチューをつくってくれたんだから!」

 

「あはははっ。分かった、一緒に食べような」

 

「えへへっ!」

 

 エミリアとラウラから手を離し、床に置いた上着を拾い上げてからまた肩に担いだ俺は、ラウラに右手を引っ張られながらリビングの方へと向かう。

 

 リビングの真ん中に置いてあるテーブルの上には、既に全員分のシチューとパンが用意されていた。愛娘に手を引かれてリビングに入って来た俺を出迎えてくれたのは、私服姿のエリスと、相変わらず8歳くらいの少女の姿をしたガルちゃんと、エミリアにそっくりな息子だった。

 

「おとうさん、おかえりなさい!」

 

「ただいま、タクヤ」

 

 彼は俺とエミリアの息子のタクヤだ。瞳の色だけは俺と同じく赤なんだけど、どうやらタクヤは母親であるエミリアに似たらしく、髪の色はエミリアと同じ蒼だ。顔立ちもエミリアに似ているから、よく女の子と間違われてしまうらしい。エリスはよく笑いながら小さい頃のエミリアにそっくりだと言っているんだけど、タクヤは男の子だ。

 

 そして、その隣の席に腰を下ろしているのは、かつて俺たちと戦った最古の竜のガルゴニス。今は魔力を失って人間の少女の姿をしているけど、その姿は俺の遺伝子情報を元にしているため、顔立ちは俺にそっくりだ。子供たちが生まれる前までは従妹だと言って誤魔化していたんだが、ガルちゃんはあの時から姿が全く変わっていないため、初対面の人には娘だと思われているらしい。

 

「今日は遅かったのね、ダーリン」

 

 エリスも結婚する前からあまり髪型を変えていない。髪を長くのばして、両側をお下げにしている。優しそうな雰囲気を放つ彼女にもエプロン姿は似合うと思うんだが、彼女の料理は下手だからな・・・・・・。

 

 そういえば、前にエリスにカレーライスを作ってもらったんだが、味見をしたガルちゃんがルウを少し舐めただけで死にかけたことがあった。伝説のエンシェントドラゴンを追い詰めるほどの味のカレーを子供達に食べさせるわけにはいかないため、俺が全部食べる羽目になったんだ。妻を傷つけるわけにはいかないため、水の中にエリクサーを混ぜて一口食べるごとにエリクサー入りの水を飲んで胃と舌を治療しつつ完食したんだが、その次の日に腹を壊した上に、41度の高熱を出して仕事を休む羽目になっちまった。

 

 もしかしたらエリスの料理ならば、勇者を倒せるかもしれない。だってレベル749の俺が死にかけたんだからな。

 

「ああ、ちょっと仕事が長引いてな」

 

 先ほどまで、俺たちはアラクネ退治の依頼を引き受けていた。草原で大量発生したアラクネを殲滅してくれとネイリンゲンの市長から依頼され、ギルドの仲間たちと共に草原に向かっていたんだ。 

 

 メンバーは俺と信也とミラとフィオナの4人だ。治療魔術師(ヒーラー)のフィオナに俺たちの回復を任せ、残った3人でアラクネの群れをひたすら蹂躙していたんだが、アラクネの数が多過ぎたため、掃討作戦が長引いてしまったんだ。今まで何度も強敵と戦ってきた俺でも挫けてしまいそうなほどの数だった。なんであんなに大量発生したんだろうか?

 

 おかげで信也はもうレベルが500以上になっているというのにレベルがいくつも上がるし、俺も久しぶりにレベルが3も上がって749になった。まだ勇者のレベルには及ばなかったが、俺たちのレベルも上がっているし、李風たちも戦力の増強を進めている。今では彼らのギルドに所属する転生者の平均的なレベルは200にまで上がっているらしい。

 

 迷彩服の上着を椅子に掛けてから腰を下ろすと、俺の隣の席に座っていたラウラが、腰を下ろしたばかりの俺の顔を見上げていた。

 

「ねえ、パパ! あしたのおしごとはおやすみ?」

 

「ん? ああ。どうしたんだ?」

 

「あしたは狩りにいくの?」

 

「狩り? ああ、行くよ?」

 

 最近、俺は草原や森に狩りに行くようになった。この家が建っている森は魔物が全くいない安全な森だ。だから鹿などの動物が多く生息している。

 

 野菜は裏庭にある小さな畑で収穫するか、ネイリンゲンの露店で購入するようにしているんだけど、肉は俺が狩りをして調達してくるようにしている。端末で生産した武器の弾薬は半日くらいすれば勝手にまた用意してもらえるし、当然ながらコストもかからない。だから獲物を見つけることさえ出来れば、タダで肉が手に入るというわけだ。

 

 獲物が見つからなかった時は、しょんぼりしながら街に買いに行くけどな。

 

 ちなみに俺が狩猟に使っている銃は、イギリス製ボルトアクションライフルのリー・エンフィールドMk.Ⅲだ。第二次世界大戦でイギリス軍が採用していたライフルで、非常に連射がし易い上にマガジンの中には10発も弾薬が入るようになっている。第二次世界大戦のボルトアクション式のライフルの中では一番気に入っているライフルだ。

 

「ねえ、ラウラも狩りにいきたい!」

 

「ラウラも? 危ないぞ?」

 

「だいじょうぶだもん!」

 

 俺の顔を見上げながら胸を張るラウラ。テーブルの上の皿からパンを取って自分の皿の上に置いていたタクヤも、じっと俺の顔を見上げている。タクヤも行きたいんだろうか?

 

 でも、まだ子供たちは3歳だ。連れて行きたいとは思うが、さすがにまだ子供たちに銃を撃たせるわけにはいかないし、この森には魔物はいないけど狼や熊の生息している。

 

「おとうさん、ぼくも狩りにいきたいな・・・・・・」

 

「タクヤもか? うーん・・・・・・」

 

「ダメよ、ラウラ」

 

「えぇ!? ママ、なんで!?」

 

「森には狼さんや熊さんがいるのよ? 食べられちゃったらどうするの?」

 

「食べられないもん! ラウラがやっつけちゃうんだから!」

 

「ねえ、おとうさん。おねがい」

 

 どうしよう・・・・・・。連れて行ったら子供たちは喜んでくれるだろうけど、森には熊や狼がいる。魔物がいない安全な森とはいえ、子供たちにとっては危険な森だ。

 

 タクヤとラウラがじっと俺の顔を見上げている。ここでダメだと言ってしまったら、子供たちは泣いてしまうかもしれない。

 

 俺は右手で頭を掻きながらちらりとエミリアの方を見た。エミリアはエプロンを外して椅子に掛け、パンをガルちゃんの皿の上に置いてから俺の方を見てにやりと笑った。

 

「私たちの子供だ。大丈夫だろう」

 

「エミリア・・・・・・」

 

「やった!」

 

「ありがとう、おかあさん!」

 

 大喜びするラウラとタクヤ。ガルちゃんはパンを齧りながらニヤニヤと笑い、エリスは苦笑いしながら肩をすくめている。

 

「ただし、お前たちは銃を撃っちゃダメだ。パパの狩りを見学するだけだからな?」

 

「はーいっ!」

 

「うん、おかあさん!」

 

 俺は大喜びする子供たちを眺めながら、スプーンでシチューを掬って口へと運んだ。

 

 エミリアが作ってくれたシチューは、暖かいままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 入浴を終えた俺は、自分と妻たちの部屋の床に腰を下ろし、明日の狩りに使うライフルの手入れをしていた。端末が勝手にメンテナンスをしてくれるから自分で手入れをする必要はないんだが、なんとなく手入れをしたくなったんだ。

 

 いつもは狩りに使っているライフルだけど、明日の狩りでは、このライフルは俺の子供たちを守る矛になる。だから手入れをしておきたかったのかもしれない。

 

 マガジンの中から取り出した.303ブリティッシュ弾を床に並べ、ボルトハンドルを引いたまま空になったマガジンの中を覗き込む。ランタンの光に照らされて黄金に煌めく弾丸たちを再びマガジンの中に戻し、ボルトハンドルを元の位置に戻した俺は、トリガーから指を離したままライフルを構え、アイアンサイトを覗き込んだ。

 

 緊張しているのだろうか? 

 

 アイアンサイトを覗くのを止め、リー・エンフィールドを装備から解除するために端末を拾い上げようとしていると、廊下の方から小さな足音が聞こえてきた。

 

 ガルちゃんではないだろう。もっと小さな足音だ。

 

「ねえ、パパ」

 

「ラウラ? どうしたんだ?」

 

 部屋のドアを開けて入って来たのは、眠そうな顔のラウラだった。タクヤは先に眠ってしまったんだろうか?

 

「あのね、ねる前におはなしを聞かせてほしいの」

 

「お話?」

 

 瞼をこすりながら頷くラウラ。何の話を聞かせればいいんだろうか? モリガンの傭兵たちの戦いの話を聞かせればいいんだろうか? でも、グロ過ぎる話しかないぞ? 

 

 リー・エンフィールドを肩に担ぎながら首を傾げていると、ラウラはふらつきながら俺の近くまでやってきて、俺の目の前の床に腰を下ろしてからあくびをした。

 

「ねえ、ラウラ。何のお話が聞きたいの?」

 

 ベッドの上で小説を読んでいたエリスが、栞を挟んで本を枕元に置きながらラウラに尋ねる。ラウラはもう一度眠そうに瞼をこすると、帰ってきた俺を出迎えてくれた時のように楽しそうに笑いながら言った。

 

「あのね、てんせいしゃハンターのおはなしが聞きたいの」

 

「ぶっ!?」

 

「てっ、転生者ハンターだと!?」

 

 ちょっと待って、ラウラ。誰から転生者ハンターの話を聞いたの? しかも何で俺にその話をしてほしいってお願いしたの? 転生者ハンターの正体は俺なんだけど。

 

 しかもグロい話しかないぞ。.600ニトロエクスプレス弾で転生者の頭を吹っ飛ばしたり、12.7mm焼夷弾で転生者を火達磨にした時の話を3歳の娘にできるわけがない。

 

「ね、ねえ、ラウラ。その・・・・・・転生者ハンターってどんな人か知ってる?」

 

「うん、しってるよ。あかいはねのついたまっくろな服を着てる人で、わるいてんせいしゃをやっつけてるせいぎのみかたでしょ?」

 

 ち、違うぞ。転生者ハンターは正義の味方じゃない。むしろ怪物だ。しかも正体はパパだぞ。

 

 どうやら正体は知らないみたいだけど、誰から聞いたんだろうか?

 

「ねえ、誰から聞いたの?」

 

「ガルちゃん!」

 

「おい、ガルちゃん!?」

 

「はっはっはっはっ。タクヤとラウラにこの話をしたら喜んでくれてのう。おままごとを止めて転生者ハンターごっこを始めおったわい」

 

「転生者ハンターごっこ!?」

 

 おいおい・・・・・・。頼むからそんな遊びは止めてくれ。

 

 俺は頭を掻きながらため息をついた。ソファの近くで紅茶を飲んでいたエミリアも、腕を組みながら苦笑いをしている。

 

「ラウラ、実はな・・・・・・転生者ハンターは、正義の味方じゃないんだよ」

 

「ちがうの?」

 

「うん、そうだ。正義の味方じゃない。――――とても怖い人なんだよ」

 

 眠そうな顔をしているラウラの頭を撫でながら、俺はそう呟いた。

 

 転生者ハンターは、人々を虐げる転生者を狩り続ける転生者たちの天敵だ。確かに虐げられていた人々からすれば正義の味方かもしれないが、俺は正義の味方ではない。

 

 返り血で真っ赤に汚れた怪物だ。

 

 だから、正義の味方じゃない。俺は勇者にはなることは出来ない。

 

「さあ、そろそろ寝よう。明日狩りに来るんだろう?」

 

「うん。じゃあ、おやすみなさい」

 

 ラウラはまたあくびをすると、瞼をこすってから廊下の方へと歩いて行った。

 

 ――――俺は確かに怪物だ。でも、子供たちには怪物になって欲しくない。

 

 端末を操作してリー・エンフィールドを装備から解除した俺は、そっとラウラの頭を撫でていた右手を握りしめていた。

 

 

 

 


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