旦那が置いて行ってくれたセトメ・アメリの弾薬がそろそろ底をつきそうだ。排出された薬莢だらけになったバリケードの中で舌打ちをした俺は、セトメ・アメリに最後のドラムマガジンを装填してコッキングレバーを引き、アイアンサイトを覗き込む。
今のところは何とか敵を食い止めているが、あと少しで殲滅できるというところで敵の増援がやってくる。既に俺たちの目の前は身体を縦断で撃ち抜かれた転生者の死体で覆われていて、地面に積もった雪が隠されてしまっていた。
俺とカレンが援護し、前衛は姐さんとガルちゃんに任せている。姐さんはK11複合型小銃と2丁の9mm機関拳銃で奮戦しているし、ガルちゃんは先ほどから旦那の仕込み杖1本で転生者を何人も両断している。さすが最古の竜だ。
だが、その2人も徐々に後退を始めていた。上空を舞うスーパーハインドが必死にロケットランチャーとターレットの掃射で歩兵を薙ぎ払い、対戦車ミサイルの攻撃で接近してくる戦車が主砲をぶっ放す前に撃破しているが、すぐにその残骸の後ろから別の戦車が進撃してくる。
「フィオナちゃん、まだか!?」
『あ、あと1分です!』
「姐さん、こりゃ殲滅は無理だぜ! 封印が終わったら旦那を連れて離脱しよう!」
敵の数が多過ぎる。そんな無数の敵にたった9人で挑むのは分が悪すぎるぜ! だから、敵に包囲される前にせめて核兵器だけでも封印し、旦那と姉御を連れて脱出した方が良い。俺はそう思って前衛で戦っている姐さんに向かって叫んだんだが、姐さんはエアバースト・グレネードランチャーを戦車の残骸の陰に隠れている敵兵にぶっ放して粉砕してから「ダメよ!」と叫んだ。
やっぱり、姐さんは敵を殲滅するつもりなんだ。
「殲滅しないと、彼らはまた核兵器を作ろうとするわ! フィオナちゃんの封印が水の泡になるッ!」
「くっ・・・・・・!」
なんてこった。
確かに、こいつらは殲滅した方がよさそうだ。俺は弱音を押し潰しながらトリガーを引き、セトメ・アメリのフルオート射撃でガルちゃんと姐さんを援護する。
俺の隣では、カレンがまだマークスマンライフルでの援護を続けている。彼女は敵の数が多過ぎるというのに、全く弱音を吐かずに先ほどから無言でスコープを覗き込み、冷静に敵を次々にヘッドショットしている。
アイアンサイトの向こうで、また敵兵が頭を撃ち抜かれて崩れ落ちた。間違いなくこれはカレンの狙撃だろう。
まるで早撃ちをしながら狙撃しているかのように、カレンは次々に敵兵の頭に狙いを定め、トリガーを何度も引く。敵兵たちがどんどん頭を撃ち抜かれて倒れていき、格納庫の壁やコンテナが血飛沫で真っ赤に染まる。
「む・・・・・・?」
「ガルちゃん、どうした!?」
そろそろ弾が切れてしまうのではないかとそわそわしながら射撃していると、敵を仕込み杖の刀身で両断していたガルちゃんが、戦車の残骸の上でいきなり立ち止まった。落ちそうになっていた大きなベレー帽を直し、旦那たちが戦っている方向を見つめている。
「リキヤが・・・・・・泣いておる」
「え?」
旦那が泣いている?
何で分かるんだ? 旦那は姉御と一緒に別の場所で戦ってるんだぜ?
俺は彼女になぜ分かるのか問い掛けようと思ったが、俺が彼女に向かって言う前にセトメ・アメリの弾丸が底をついた。俺はため息をつきながら目の前から弾切れになったセトメ・アメリを退けると、背負っていたSaritch308LMGを取り出してバイポットを展開し、再び射撃を再開した。
戦車の残骸の上では、まだガルちゃんが旦那のいる方向を見つめていた。
3発目の弾丸がリョウの胸に命中した直後、俺はボルトハンドルを引かずにライフルを背負い、格納庫の屋根の上から飛び降りた。別の格納庫の屋根の上で、周囲の雪を自分の血で真っ赤にしながら横たわっている量の元へと全力で走り出す。
木箱を飛び越えて格納庫の下に辿り着いた俺は、すぐに冷たい壁に手を伸ばして格納庫の壁をよじ登り始める。屋根の上の雪が俺の顔に落ちてくるが、俺は首を振って雪を払い落とし、そのまま上り続けた。まるでその雪は登って来るなとでも言っているかのようだったが、登らないわけにはいかない。この屋根の上では、俺の親友が死にかけているんだ。
屋根の上に手を伸ばしてよじ登った俺は、雪まみれの屋根の上で「リョウッ!」と叫んでいた。返事は聞こえなかったが、確かに彼はこの屋根の上で横たわっている筈だ。息を切らしながら屋根の上を見渡し、真っ赤になっている雪があることを確認した俺は、大慌てでその真っ赤な雪の上に横たわっている親友の傍らへと向かった。
そこで横たわっていたのは、間違いなく俺の親友だった。防寒用のコートには風穴が開き、その風穴からはまだ血が流れ出ている。風穴が開いているのは両肩と右側の胸の辺りだった。
全て、俺がつけた風穴だ。
「り、リッキー・・・・・・・・・はは・・・ははは・・・・・・。久しぶり・・・・・・だな・・・・・・」
「リョウ・・・・・・なんで核弾頭なんかを・・・・・・」
横たわるリョウの目はもう虚ろになっていた。口元には血を吐いた後もある。高校の時によく一緒に遊んでいた俺の親友は、その虚ろな目で俺の顔を見上げながら微笑んでいた。
お前を殺そうとしたのは俺なのに、なんで微笑むんだ・・・・・・?
「け、計画の・・・・・・ためだ・・・・・・」
「計画? お前らの計画か?」
「違う・・・・・・。あいつだ・・・・・・ゆ、勇者の・・・・・・・・・計画・・・だ・・・・・・」
「勇者? ・・・・・・誰だ?」
この世界には勇者と呼ばれている奴は何人もいる。本当に怪物を倒してこの世界を救った英雄もいるし、勇者だと名乗って旅に出る奴もいる。
「・・・・・・4年前に・・・・・・魔王を・・・倒した男だ・・・・・・」
「4年前・・・? まさか・・・・・・・・・」
4年前に魔王を倒した男と聞いた瞬間、俺はエミリアと出会ったばかりの事を思い出した。確かあの時、彼女は俺に魔王が半年前にもう勇者によって倒されたという話をしてくれたんだ。
まさか、その勇者がリョウに核弾頭を使わせようとしていたのか!?
「俺たちは・・・・・・核弾頭が・・・使えるかどうか試すための・・・・・・ぐっ・・・実験部隊に過ぎん・・・・・・・・・」
「馬鹿野郎・・・・・・! なんで核弾頭なんか・・・・・・!!」
「自由に・・・・・・なりたかったんだ。勇者の計画に協力すれば・・・・・・」
冷たい彼の手を握りしめながら言った俺に、リョウは小さな声で言った。俺は涙を拭いてから、まだ微笑んでいる彼の顔を見下ろす。
核兵器を持っている限り、自由を手に入れることは出来ない。その恐ろしい兵器は何かを手に入れるための兵器ではないのだから。
だから、自由になれる筈がない。計画に協力したとしても、自由になることは出来ないだろう。
すると、リョウはもう片方の手を痙攣させながら持ち上げ、俺の右手を握りしめた。
「リッキー・・・・・・ゆ、勇者に・・・気を付けろ・・・・・・! 奴は・・・・・・最強の・・・転生者だ・・・・・・!」
「勇者が・・・・・・転生者だと・・・・・・!?」
「奴は・・・・・・世界中の転生者を・・・・・・牛耳ろうとしている・・・・・・! 抗えば・・・・・・奴らは容赦なく・・・蹂躙する・・・・・・! あいつは勇者じゃない・・・・・・。ま、魔王だ・・・・・・!」
横たわっていたリョウが口から血を吐いた。俺は慌ててエリクサーを取り出そうとしたが、リョウは痙攣しながら首を横に振りながら微笑んでいた。もう自分は助からないから、エリクサーは使わなくていいという事なんだろうか。
「やっぱり・・・・・・リッキーは・・・強かった・・・・・・・・・。羨ましいなぁ・・・・・・俺も・・・リッキーみたいに・・・・・・なりた・・・かっ・・・・・・た・・・・・・・・・」
「おい・・・・・・リョウ・・・・・・?」
横たわっている彼の身体を揺すりながら呼びかけた。だが、高校の時に出会った俺の親友は、もう返事を返してくれることはなかった。俺の手を先ほどまで握っていた彼の手からは、もう力が抜けてしまっている。
冷たくなった彼の手をそっと離した俺は、静かに彼の目を閉じさせると、歯を食いしばりながら血まみれになった雪に拳を叩き付けた。
如月嶺一は死んだ。
あっちの世界で死に、この異世界でも死んでしまった。
彼は2回も死ぬ羽目になったんだ。
「・・・・・・リョウ」
俺はもう一度彼の名を呼びながら、横たわっている彼の亡骸を抱えた。端末を取り出して背負っているスナイパーライフルを装備から解除し、親友の亡骸を代わりに背負う。
「――――お前を置き去りにはしない」
こんな冷たい場所で眠りたくはないだろう。せめて暖かい場所に埋葬してやりたい。そう思った俺は、彼の亡骸を背負ったまま踵を返した。
格納庫の屋根の淵へと歩き始めると、格納庫の下では俺を追ってきたエミリアが壁を上ろうとしているところだった。俺がリョウを背負って下りようとしていることに気が付いたエミリアは、何も言わずに壁から手を離し、後ろへと下がる。
屋根の上から飛び降りて彼女の傍らに着地した俺は、左手で涙を拭ってから彼女の顔を見つめ、頷いた。
「・・・・・・行こう」
「ああ・・・・・・」
まだギュンターたちは戦っている。彼らを助けに行かなければならない。
端末を操作して、腰に2丁のプファイファー・ツェリスカを装備した俺は、エミリアと共に仲間たちが戦っている格納庫へと向かって走り出した。
格納庫の周辺では、まだ戦いが続いているようだった。マズルフラッシュの光が見えるし、敵兵たちの怒声も聞こえてくる。俺がC4爆弾で爆破した格納庫は未だに火柱を噴き上げ続け、その火柱で吹雪を貫いていた。
右手をホルスターに伸ばし、プファイファー・ツェリスカを引き抜く。隣を走っているエミリアもAK-12をフルオート射撃に切り替え、戦闘準備に入った。
「少佐!」
「司令官ッ!」
その時、俺たちの方を見た敵兵たちが、銃撃を止めていきなりそう叫び出した。俺に向かって言っているのではなく、きっとリョウに言っているんだろう。
こいつらのリーダーはリョウだったのか・・・・・・。高校の時はよく虐められてた奴だったんだがな・・・・・・。俺はそう思いながら、右手のリボルバーの銃口を空へと向けてトリガーを引いた。
プファイファー・ツェリスカの銃声が、雪山の夜空に轟いた。その銃声は他の銃声を全て飲み込み、掻き消してしまう。俺のリボルバーの銃声が残響へと変わった頃には、もう他の銃声は聞こえなくなっていた。
「・・・・・・お前たちの司令官は、俺たちが討ち取った」
敵兵たちはまだ俺に銃口を向けてくるが、撃とうとしている奴はいない。俺は敵兵たちの顔を見渡してから、くるりと後ろを振り向き、格納庫の前で奮戦していた仲間たちを見渡した。
負傷者はいないようだ。安心した俺は、再び敵兵たちを睨みつける。
「ただちに武装を解除しろ。・・・・・・頼む」
「何だと!?」
「てめえ、よくも如月さんをッ!!」
自分たちの大将の亡骸を目の当たりにして、他の兵士たちも俺に銃を向けてくる。リョウの部下ならば殺したくはないと思ったのだが、やはり殲滅する羽目になるのか・・・・・・。
彼らをいつでも撃ち抜けるように、俺の隣にいるエミリアも彼らにAK-12を向けている。格納庫の前の仲間たちも、再び戦闘を再開できるように射撃の準備を済ませていた。
「――――止めろ、お前ら」
「しかし――――」
その時、俺に銃を向けていた兵士のAK-74を、防寒用のコートに身を包んだ少年がゆっくりと下げさせた。銃を下げさせられた兵士は抗議しようと彼を睨みつけるが、その少年はゆっくりと首を横に振ってその兵士を黙らせてしまう。
何者だ? やはりこいつも転生者なんだろうか? 持っている武器は中国製アサルトライフルの95式自動歩槍のようだ。
彼は俺の目の前までやってくると、端末を取り出して自分の95式自動歩槍を装備から解除した。そのまま俺の顔を見つめながら敬礼をする。
「副司令官の
「モリガンの速河力也だ。・・・・・・驚いたな。中国人の転生者か?」
「ええ、自分は中国出身です」
俺に敬礼をする李風の後ろでは、他の兵士たちも次々に端末を取り出し、装備を解除しているところだった。
今まで俺が勝ってきた転生者は日本人ばかりだったから、日本人以外の転生者と出会うのは初めてだ。俺も端末を取り出して自分の武器を全て装備から解除してから、彼に向かって敬礼をする。
「李風、教えてくれ。・・・・・・勇者の計画って何だ?」
「なるほど、如月さんが言ったのですね? ・・・・・・分かりました」
彼は敬礼を止めると、ちらりと核兵器が格納されている格納庫の方を見た。そういえば、そろそろフィオナの作業は終わるだろうか? 俺もそう思いながら敬礼を止め、後ろの格納庫を振り返る。
「・・・・・・勇者の計画とは、転生者たちで結束し、この世界を支配しようという計画です」
「馬鹿馬鹿しい」
「ええ。私たちもそんな妄想に力を貸すつもりはありませんでした。ですが――――――」
李風は自分の後ろにいる兵士たちを見渡した。まだ俺を睨みつけている奴もいるが、銃を手にしている兵士はもういない。だが、彼が後ろを振り返ったのは、全員武装解除してくれたかどうかを調べるためではなかったらしい。
仲間を見渡すのを止め、再び俺の顔を見つめてきた李風の目つきは、先ほどよりも優しくなっているような気がした。
「――――ここにいる転生者は、全員レベルが低く、他の転生者に虐げられていた奴らばかりなんですよ。おそらく、レベルは平均で50程度でしょう」
今の俺のレベルはもう500を超えている。それに、信也ももう390に上がっている。モリガンの仲間たちでも次々に彼らを倒す事ができたのは、彼らのレベルが低かったせいなのかもしれない。
「ですが、如月さんが私たちを助けてくれたのです。あの方は、私たちの命の恩人でした」
「・・・・・・」
「レベルが低かった転生者たちは次々に如月さんの元へと集まり、このような組織になりました。――――そして、勇者たちに目を付けられたのです」
「勇者に?」
「はい。核兵器をこの世界で使うための実験に協力してくれと。・・・・・・従わなければ、魔王の二の舞になるぞと脅されました」
やはり、その勇者は魔王を倒した男なんだろう。俺の傍らで話を聞いていたエミリアは、先ほどから驚きながら俺と李風の話を聞いていた。
「レベルが100を超えている転生者は如月さんと自分だけです。そんな組織では、勇者たちには太刀打ちできません。・・・・・・我らが生き残るためには、従うしかなかったんです・・・・・・」
悔しそうに言う李風。いつの間にか彼は両手の拳を握りしめていた。
きっと彼も、かつては自分よりも強い転生者たちに虐げられていたんだろう。せっかくリョウと共に自由になったと思っていたのに、また勇者たちに利用される羽目になったのが悔しいに違いない。
だからリョウは、彼らを守るために勇者たちの計画に協力していたんだ・・・・・・。
「核兵器を使えば、この世界は滅ぶぞ」
「ええ。・・・・・・おそらく、切り札として使うつもりなのでしょう」
「・・・・・・そうか。すまない、李風」
「気にしないでください」
「お前らはこれからどうする?」
「・・・・・・如月さんの遺志を継ぎます。各地で虐げられている人々を救うために戦いを続けるつもりです」
「そうか・・・・・・・・・」
リョウはそうして彼らを救ったんだ。あいつは虐められていたから、強者に虐げられる理不尽さをよく知っている。だからあいつは人々を虐げるのではなく、転生者の力を人助けに使った。
俺よりも、お前の方が立派じゃないか。
静かに背負っていたリョウの亡骸を雪の上に下ろした。目を瞑ったまま微笑んでいる彼の顔を見た瞬間、俺は再び涙を流しそうになったが、彼が救った部下たちの前で涙を流すわけにはいかない。何とか堪えながら顔を上げて李風を見つめた俺は、もう一度彼に敬礼をした。
「――――どこか暖かい所に埋葬してやってくれ」
「そのつもりです。オルトバルカは寒い国ですから・・・・・・」
敬礼を止めた俺は、踵を返して格納庫の方へと歩き出した。エミリアはこの核兵器を作るように指示を出した者が勇者だったと聞いてかなり驚いているようだ。屋敷に帰ったら、仲間たちにも黒幕が勇者だったという事を説明しなければならない。
リョウ、お前は俺みたいにならなくて良かったよ。
俺は怪物だ。自分の親友に銃を向け、そのまま撃ち殺してしまうような怪物なんだよ。でも――――お前は立派な人間だ。
お前の事は、絶対に忘れない。
本当の勇者は――――お前だ。