俺がリョウと初めて出会ったのは、高校1年生の時だった。
憂鬱な数学の時間が終わり、購買に行ってパンでも買ってくるかと財布を取り出しながら席から立ち上がった時、教室の奥の方で男子生徒が何人か集まっているのが見えたんだ。何か雑談でもしてるのかと思ったが、よく見てみるとその生徒たちは、1人の男子生徒を取り囲んで何かを話しているようだった。
近くに行ってみると、そいつらは囲んでいる気の弱そうな生徒に購買までパンを無理矢理買いに行かせようとしているようだった。しかも囲まれていた哀れな生徒は、よく見るといつもそいつらに虐められている奴だった。
俺は彼を助けようとしないクラスメイト達を眺めてため息をつくと、その生徒を取り囲んでいた奴らに「おいおい、何虐めてんだよ?」と言ってやった。
もちろんそいつらは今度は俺に襲い掛かっていたよ。だが、どいつもこいつも弱過ぎだ。格下を虐めることしかできないクズばかりだった。昼休みに始まった喧嘩は1分足らずで終了し、俺の足元には先ほどまで調子に乗ってその男子生徒を虐めてた馬鹿共が顔中の殴られた後を押さえながら呻き声を上げていた。
「大丈夫か?」
「う、うん・・・・・・」
そいつは涙目になりながら、俺に礼を言ってきた。
その時に助けてやった男子生徒が、如月嶺一だ。後に異世界で銃を向け合うことになる、俺の親友だった。
それから俺はリョウと仲良くなった。あいつはいつの間にか俺の事をリッキーと呼ぶようになったし、あいつ以外にも虐められてた奴らが俺に相談しに来るようになった。そのうち俺の周りには、虐められてた奴らが集まってきたんだ。
俺の事を嫌ってる馬鹿が何度か喧嘩を仕掛けてきたが、全員返り討ちにしてやった。やがて喧嘩を売られることもなくなり、学校での虐めもなくなっちまった。
誰かを虐めれば、俺が仕返しに行く。馬鹿共はいつの間にか俺の事を恐れていたんだ。
確かあの時、リョウは俺に「リッキーはまるで抑止力だ」って言ってたな。
リョウはミリオタで、銃や兵器には詳しかった。俺は全く詳しくなかったんだが、リョウの話を聞いているうちに興味を持ち、1ヶ月後には俺もミリオタになってしまっていた。リョウの影響のせいなのか、俺もロシア製の兵器が好きになっちまったんだが、ボルトアクション式のライフルだけは一番好きなのはモシン・ナガンではなく、リー・エンフィールドMk.Ⅲだったんだ。
その話をしていると、よくリョウは「え!? モシン・ナガンじゃねえのかよ!?」って笑いながら言っていた。
懐かしいなぁ・・・・・・。
リョウとは進路が違ったから高校を卒業した後は離れ離れになっちまったが、もしまた会えたらそんな話をしたいと思ってた。
だが・・・・・・なぜ、異世界で銃を向け合わなければならない・・・・・・?
トリガーに触れている指が震えている。まるで撃ちたくないと必死に絶叫しているかのようだった。
でも、俺はリッキーを倒さなければならない。あの核弾頭は、俺たちの組織の計画に必要なんだ。あの核弾頭を失えば、あいつの計画は確実に頓挫する。
リッキーはこっちが移動したことに気付いているらしい。早くもコンテナの陰から俺がいる格納庫の屋根の上へと銃口を向けている。
何度も移動を繰り返すスナイパーにアンチマテリアルライフルは相性が悪いと判断したらしい。リッキーはいつの間にか、OSV-96からイギリス製ボルトアクション式スナイパーライフルのL42A1に装備を変更していた。
L42A1か・・・・・・。第一次世界大戦と第二次世界大戦でイギリス軍が採用していたボルトアクション式ライフルのリー・エンフィールドをベースにしたスナイパーライフルだ。リー・エンフィールドの連射速度の速さを維持しつつ命中精度を上げた優秀なライフルで、使用する弾薬は7.62mm弾だ。しかも、マガジンの中の弾丸の数は、モシン・ナガンの倍の10発。連射速度が速い上に、弾数も多い。
リッキーはモシン・ナガンよりもリー・エンフィールドが好きだって言ってたな。あいつらしい。
カーソルをリッキーの頭に合わせる前に、リッキーは俺に向かって7.62mm弾をぶっ放してきた。俺は慌てて遮蔽物の陰に隠れ、ちらりとリッキーが狙撃している場所を確認する。
どうやらリッキーは観測手(スポッター)と一緒にいるようだ。リッキーの近くにいる蒼いポニーテールの女性が、双眼鏡を覗き込んでいるのが見える。
なるほど。レーダーを潰されたから索敵を観測手(スポッター)に頼んだんだな。ならば彼女から排除するべきだが、彼女を狙えば今度はリッキーに狙われる。やはりあの女性には手を出さず、リッキーから仕留めるべきだ。
それにしても、リッキーが転生者ハンターだったなんて・・・・・・。
確かに転生者は調子に乗ってこの世界の人々を虐げてる奴ばかりだ。まるで、学校にいた時に俺を虐めてきたクソ野郎共みたいだよ。転生者が人々を蹂躙し、女の奴隷を無理矢理連れて行っているのを見て、俺はいつもあのクソ野郎共を思い出していた。きっとリッキーだったらあんな奴らを許さないだろうな。
やっぱり、リッキーはそんな奴らを許さなかった。奴らを狩り続け、転生者ハンターと呼ばれるようになったんだ。
さすがだよ、リッキー。お前は俺にとってヒーローだった。
少々粗暴なヒーローだけどな。
遮蔽物の陰からもう一度狙撃しようと思ったが、俺が顔を出す直前に再び7.62mm弾が飛来。俺は再び狙撃を断念する羽目になった。そろそろ移動した方が良いかもしれない。
遮蔽物の反対側から走り出し、一旦格納庫との間にあった木箱の陰に隠れてから、再び格納庫へと向かって走り出す。リッキーの狙撃が足元の雪に着弾したけど、俺はそのまま走り続け、何とか格納庫の中へと辿り着いた。
格納庫の中には、まだM60パットンが残っていた。だが、俺1人でこの戦車を動かせるわけがない。それに今はリッキーと戦っているんだ。こいつを動かすのは部下たちに任せよう。
そのまま格納庫を通り抜け、格納庫の壁をよじ登り始める。雪で手が何度も滑りそうになったけど、構わずに壁を上り、屋根の上に積もった雪を踏みつけてから伏せた。
スコープを覗き込んで照準を合わせようとした瞬間、カーソルの向こうのリッキーがトリガーを引いた! カーソルの向こうでマズルフラッシュが輝き、俺が伏せている屋根の上に着弾する。
リッキーがボルトハンドルを引き、再び照準を合わせてくる。俺は慌てて右側に伏せたまま転がってリッキーの狙撃を回避すると、スコープを覗き込んでからトリガーを引いた。
だが、回避した直後に放った一撃だ。先ほど狙撃していた時のようにしっかりと狙いをつけたわけではなかったため、俺の7.62mm弾はリッキーには命中せず、彼が隠れているコンテナに命中し、火花を散らしただけだった。
ボルトハンドルを引きながら、ゆっくりと後ろに下がる。そのまま屋根の上の雪たちと一緒に地面に飛び降りて格納庫の中に入った俺は、再び格納庫から外に向かって走り出し、木箱の隣に山積みになっている空のドラム缶の陰に隠れる。
やっぱり、向こうの方が連射が速い・・・・・・!
撃ち合いになれば、連射が遅いモシン・ナガンの方が不利だ。しかも弾数も向こうの方が多い。
やっぱり、奇襲するしかない。
「ハハハッ。・・・・・・本当に強敵だぜ」
愛用の得物を抱えながら、俺はそう呟いた。
「くっ・・・・・・」
狙いを外してしまった。だが、リョウの奴も回避した直後だったから、ちゃんと狙いをつけられなかったらしい。あいつの7.62mm弾は俺とエミリアが隠れているコンテナに命中し、火花を散らしただけだった。
ボルトハンドルを引いて薬莢を排出し、ちらりと格納庫の屋根の上を見た。奴はもう移動したか? 屋根の上からもういなくなったようだ。リョウが伏せていた跡を睨みつける俺の隣では、エミリアが双眼鏡を覗き込み、屋根の上から下りたリョウを探してくれていた。
あいつにとって観測手(スポッター)のエミリアは厄介な筈だ。だが、エミリアを狙うということは一時的に俺を攻撃しなくなるということ。そうなれば、俺はリョウを狙いやすくなる。
しかし、リョウはエミリアを狙うことはないだろう。あいつの狙いは俺だし、エミリアを狙っている間に俺に逆に狙われると思っている筈だ。
それにしても、あいつまで転生しているなんて・・・・・・。
何でこうなるんだ・・・・・・!?
「見つけたぞ、力也。ドラム缶の陰だ。格納庫の右側」
「あれか?」
俺たちから見て、格納庫の右側にドラム缶が山積みになっている。エミリアが言っている場所はあそこか?
「ああ、それだ。距離は500mだな。・・・・・・相変わらず吹雪が続いているが、いけるか?」
「問題ない」
そうだ、撃たなければならない。
敵が俺の親友だとしても、躊躇してはならない。躊躇すれば、また彼女を失う羽目になるかもしれないからだ。
だからもう躊躇はしないと誓った。敵と出会ったのならば容赦なく蹂躙するだけだ。
ドラム缶の山に向かって照準を合わせていると、カーソルの端の方にちらりとスパイク型銃剣の取り付けられた長い銃身が揺れたのが見えた。その揺れた長い銃身がリョウのモシン・ナガンだと気付いた俺は、慌てて「隠れろッ!」と叫びながら左手をライフルから離し、エミリアの腕を引っ張って無理矢理コンテナの陰に隠れさせた。
エミリアを狙わないだろうとは思っているが、やはり銃を向けられると、エミリアが撃たれてしまうのではないかと思ってしまう。反射的に彼女の手を引いて隠れさせた俺は、彼女に「す、すまん」と誤ってから、リョウがボルトハンドルを引いているうちにコンテナの陰からL42A1を構え、ドラム缶の山に向かってトリガーを引いた。
ドラム缶の中身は空だったらしく、7.62mm弾に突き飛ばされたドラム缶の山は積もっていた雪を舞い上げながら崩れ始めた。その陰に隠れていたリョウは慌てて崩れ始めたドラム缶の山から近くにあるコンテナの陰に向かって走り出す。
「移動しよう」
「了解だ」
いつまでもこの戦いを長引かせるわけにはいかない。早く決着をつけなければ、フィオナたちがリョウの部下にやられてしまう。
このコンテナの陰からは散々狙撃した。リョウは遮蔽物の陰に隠れて体勢を整えた後、真っ先にこのコンテナの陰に照準を合わせて確認するに違いない。
だから、あいつがこのコンテナを確認している間に仕留める。
エミリアを連れ、格納庫の中を通過する。オイルの臭いがする格納庫を通り抜けた俺は、エミリアと一緒に格納庫の脇に重なっていた木箱の上に上り、格納庫の屋根の上へと上った。リョウに移動したのが気付かれる前に雪の上に伏せ、カスタマイズで追加したバイポットを展開すると、そのままスコープを覗き込んでエミリアと共に索敵を始める。
どこだ? どこに隠れた?
崩れたドラム缶の山の近くにはコンテナがあるが、あいつはそこに隠れたのか? それとも、まだ移動しているのか?
「――――いたぞ。1時方向だ」
「・・・・・・!」
1時方向にあるのは、別の格納庫だ。リョウはもうそこまで移動していたのか!?
スコープを覗き込んでみると、俺たちと同じように格納庫の上に伏せ、先ほど俺が狙撃していたコンテナの方に照準を合わせているリョウの姿が見えた。やはり、俺たちには気付いていない。
照準を合わせようとしていると、斜め下へと向けていたリョウのモシン・ナガンの銃身がぴくりと動いた。どうやらコンテナの陰から俺たちがいなくなっていることに気が付いたらしい。
そのモシン・ナガンの銃口が、素早くコンテナの陰から俺たちが隠れている格納庫の方へと向けられる。
――――俺たちが狙っていることに気付いた!
「力也ッ!」
「くっ・・・・・・・・・!」
撃たなければならない。
奴を倒して、核弾頭を封印しなければ・・・・・・!
この異世界で核兵器を使わせないためにも、リョウを倒さなければならない。
リョウ・・・・・・許せ・・・・・・。
俺は瞼を一瞬だけ閉じてから――――L42A1のトリガーを引いた。
聞き慣れている銃声が、いつもよりも大きな音に聞こえる。煌めいたマズルフラッシュの向こうでスナイパーライフルを構えていたリョウの身体がぐらりと揺れた。左肩の辺りに7.62mm弾が喰らい付いたらしく、左の鎖骨の辺りに風穴が開いている。
その時、高校の時に彼と一緒に遊んでいた思い出にも風穴が開いたような気がした。その風穴から亀裂がどんどん広がっていく。
ボルトハンドルを引き、薬莢を排出する。格納庫の屋根の上に落ちた薬莢が奏でる金属音を聞いた瞬間、その亀裂の入った思い出が砕け散り、消えて行った。
左肩を撃たれたリョウも反撃してくる。だが、左肩を撃たれたせいなのか、彼の弾丸は俺の左側の頬を掠め、ほんの少しだけ切り裂いただけだった。
リョウがボルトハンドルを引いている間に、俺はもう一度トリガーを引いた。またこのライフルの銃声が大きな音に聞こえた。
ボルトハンドルを引き終えたリョウの右肩に、俺の7.62mm弾が突き刺さる。その瞬間、今度は彼と休み時間に銃の話をしていた思い出に風穴が開いたような気がした。
リョウを撃っている筈なのに、何故か俺も撃ち抜かれているような痛みに襲われる。
突然、スコープのカーソルがかすみ始める。カーソルの線がはっきりと見えなくなり、目から涙が零れ落ちる。
2発も7.62mm弾で撃たれても、リョウはまだ俺を狙い撃とうとしていた。何とか俺に照準を合わせてトリガーを引くリョウ。だが、両肩を撃ち抜かれている状態で正確に狙撃が出来るわけがない。あいつの撃った弾丸は俺の頭の上を掠めただけだった。
もうやめてくれ・・・・・・。
リョウ、もう撃つな・・・・・・!
だが、リョウは痙攣する両腕を伸ばして必死にボルトハンドルを引こうとする。もう力が入らないのか、彼が掴んだボルトハンドルは全く下がらない。
スナイパーライフルの銃床が涙で濡れる。もう撃ちたくない。もう俺の親友を傷つけたくない。出来るならば今すぐ彼の傍らに行って、フィオナのエリクサーを飲ませてやりたい。
しかし、その考えはまるで俺の涙が雪に冷却されていくかのように、すぐに消えていった。
モシン・ナガンの銃身が震える。あんな状態でもう1発ぶっ放しても、俺に命中させられるわけがない。何とかボルトハンドルを引いたリョウはスコープを覗き込むが、目はもう虚ろになっていた。
あいつはまだ戦うつもりだ。
あれ以上戦えば、あいつは苦しむことになる。
ならば、俺が彼の戦いを終わらせてやろう。
ボルトハンドルを引き、薬莢の金属音を聞きながら照準を合わせる。
カーソルの向こうの彼を涙を流しながら睨みつけたその時、必死に俺を狙い撃とうとしていた親友が、微笑んでいるように見えた。
すまない・・・・・・。
零れ落ちた涙が、頬から流れ落ちる鮮血と混じり、真っ赤な涙になって雪の上に流れ落ちる。まるで血の涙を流しているようだ。
俺はもう一度瞼を閉じてから――――トリガーを引いた。
その銃声を聞いた瞬間、彼と出会った時の思い出が砕け散った。