3年ぶりに、屋敷の会議室にモリガンのメンバーが全員集まっていた。大きなテーブルに腰を下ろす仲間たちは、目の前のテーブルの上に用意された紅茶には全く手を付けずに、会議室のテーブルの上に用意された地図を凝視している。
テーブルの上に用意されている地図は、世界地図ではない。オルトバルカ王国内の地図だ。広大な国土の南端にネイリンゲンと書かれた小さな街が書かれていて、その正反対の方向には雪山が広がっている。国土の4分の1の広さを持つバルエーニュ山脈だ。ここもダンジョンということになっているんだが、先代の国王はダンジョンの調査を騎士団にも行うように命令していたらしく、騎士団と冒険者ギルドの連携によって、雪山の大半は調査が済んでいる。
その雪山の中に、赤い丸印が描かれていた。仲間たちが凝視しているのは、間違いなくこの赤い印だ。
目の前に用意された紅茶には全く手を付けずに地図を凝視する仲間たち。会議室の中を覆い始めた緊張感を打ち崩すかのように、メガネをかけ直した信也が席から立ち上がると、地図を凝視する仲間たちを見渡してから口を開く。
「――――その赤い印が、大爆発が確認された地点です」
地図に書かれている赤い印は、偵察用のドローンによって、巨大なクレーターが確認された地点だ。大爆発の影響で発生した雪崩で一部が埋まっていたが、爆発で抉り取られた跡が確認されたらしい。
「大爆発の原因は・・・・・・核兵器である可能性があります」
「核兵器・・・・・・?」
腕を組みながら信也の顔を見上げたのはカレンだ。彼女が問い掛けると、俺以外のメンバーたちが一斉に地図を凝視するのを止め、信也の顔を見つめ始める。
この世界に核兵器は存在しない。だから、メンバーたちは核兵器を知らないんだ。
「リキヤ、お前たちの世界の兵器なのか?」
「ああ」
地図を見下ろしたまま、俺はガルちゃんの質問に答えた。
「力也、どのような兵器なのだ?」
「――――恐ろしい破壊力を持つ兵器だ。たった1つの核兵器があるだけで・・・・・・・・・王都のような大都市が、消し飛ぶ」
腕を組んで地図を見下ろしながら低い声で答えた直後、核兵器の威力を知る俺と信也以外のメンバーたちが一斉に絶句した。絶句の後に滲み出した絶望が、会議室の中を覆い尽くしていた緊張感を変色させていく。
オルトバルカ王国は過去に勃発した殆どの戦争に勝利している大国だ。その大国の首都が、たった1つの兵器に消し飛ばされる光景は想像できないだろう。
核兵器。出来るならばこの世界で一番出くわしたくない兵器だった。俺たちの世界で戦争を繰り返していた人間たちが手にした最も危険な兵器。しかもそんな危険な兵器を手にしているのが、転生者なんだ。
「しかも、放射能っていう危険な物質をばら撒く」
「放射能?」
「ああ。俺たちの世界では、核兵器と放射能で大量の犠牲者が出ている」
『そ、そんな兵器を・・・・・・転生者が使ったんですか!?』
(そんな・・・・・・!!)
殆どの転生者は、あの端末を利用して人々を虐げている。俺たちのように人々を虐げずにこの世界で生活している転生者は少数だろう。
俺は腕を組むのを止め、席から立ち上がっている信也の顔を見上げた。この核実験をやった馬鹿は消さなければならない。放っておけば、この馬鹿は間違いなく核兵器を使い、この異世界を蹂躙する事だろう。
信也、こいつは消すべきだ。そう思いながら弟の顔を見上げていると、信也は軍帽をそっとテーブルの上に置いてから首を縦に振った。
端末を取り出して画面をタッチし、偵察に使ったドローンと、そのドローンを制御するための小型モニターを装備する信也。ドローンをテーブルの真ん中に置いてからモニターを操作し、ドローンが撮影した映像をモニターに映し出した信也は、テーブルの上に小型モニターを置いた。
彼が置いたモニターには、雪山の光景が映し出されていた。強烈な吹雪の中で撮影したらしく、雪がドローンのカメラに付着しているせいで画面は殆ど真っ白だ。辛うじて雪に覆われた山脈の斜面が見える程度の映像だったんだけど、よく見てみると、その白い映像の真ん中あたりに、黒い点がいくつも集まっているのが見える。
信也はモニターを操作して、徐々にその黒い点を拡大していった。最初は岩肌かと思ったんだが、強烈な吹雪の中で、雪の下にある筈の岩肌が露出しているわけがない。
「これは・・・・・・建造物?」
「はい、エリスさん。核実験が行われた地域から20km離れた雪原で確認された施設です」
更に映像を拡大する信也。猛烈な吹雪の中に鎮座しているその建造物の群れの中には、司令塔のような建造物や、格納庫のような建物が見える。その群れの周囲にはフェンスが用意されていて、施設の敷地内に立ち入るには、ゲートから入らなければならないようだ。
この世界に銃や機械は存在しない。建築物は基本的に木造かレンガ造りのものばかりだ。だから、このようなコンクリートで作られた建造物が存在するわけがない。この基地は、転生者が用意したものに違いない。
「おそらく、核兵器はこの施設に貯蔵されています」
信也はそう言いながら映像を一時停止にすると、テーブルの上の地図に更に赤い印を書き込んだ。先ほどの基地があった場所なんだろう。
仲間たちが地図を凝視する中で、俺は再び腕を組みながら一時停止にされている映像を凝視していた。
映像の中の施設には、確かに格納庫らしき建物もある。核兵器はおそらくそこに貯蔵されているだろう。だが、核兵器を使うための施設にしては、設備が足りないような気がする。
もし核を
奴らはどうやって核兵器を使うつもりだ?
「兄さん」
「どうした?」
施設の映像を凝視していると、信也に声をかけられた。俺は考察を続けながら凝視を止め、信也の顔を見上げる。
「実は――――この端末では、核兵器は生産できないんだよ」
「なに?」
「核兵器を搭載できるような兵器は生産できるんだけど、核兵器だけは・・・・・・生産できないようになってるんだ」
俺は試しに端末を取り出し、兵器の生産のメニューをタッチしてから表示された生産可能な兵器を確認していく。だが、生産できる兵器は戦車や戦闘機ばかりだ。様々な砲弾やミサイルも生産できるんだけど、確かに核兵器だけは見当たらない。
つまり、転生者は核兵器を使えないような仕組みになっているんだ。確かに転生者に核兵器を使わせれば、この異世界はあっさりと滅んでしまうだろう。この端末を作った奴は、この世界を滅ぼさせないために核兵器を除外したに違いない。
「核兵器が作れないということは・・・・・・奴らは自分たちで核兵器を作ったって事になるぞ・・・・・・!?」
「うん。彼らはきっと・・・・・・自分たちで核兵器を・・・・・・」
「馬鹿な・・・・・・。何を考えてるんだ・・・・・・!」
核兵器を搭載できる兵器はある。だから、中身を作ってから端末でその兵器を生産すれば、転生者は核兵器を使う事ができる。
だが、ミサイルサイロと飛行場は見当たらない。こいつらはどうやって核兵器を使うつもりなんだ?
「とにかく、彼らに核兵器を使わせるわけにはいかない。このまま放っておけば、奴らは間違いなく核兵器でこの世界を蹂躙するぞ」
「分かってる。阻止するための作戦は考えてあるんだ」
そう言いながらにやりと笑う信也。彼はメガネをかけ直してから端末を取り出し、装備を解除してドローンとモニターを消滅させると、ちらりとフィオナの方を見た。
どうやらこの作戦にはフィオナが必要らしい。
「フィオナちゃん、ガルゴニスを封印し直そうとしていた魔術って、確か封印する対象を異次元に封じ込める魔術なんだよね?」
『は、はい』
「お主ら、私をそんな恐ろしい魔術で封印するつもりじゃったのか・・・・・・」
封印に使う予定だった魔術がどのようなものだったのかを知ってぶるぶると震え始めるガルちゃん。仲間たちの笑い声の中でちらりと俺の方を見てきたガルちゃんに向かって苦笑いをすると、俺はやっと目の前に用意されている紅茶のカップを拾い上げ、口へと運んだ。
仲間たちも少しずつ紅茶に口をつけ始める。ガルちゃんのおかげで、絶望と緊張が消え去ったらしい。ガルちゃんはこのためにわざとぶるぶると震えて笑わせてくれたのだろうか?
「フィオナちゃんのその魔術で、核兵器を異次元に封印して欲しいんだ」
『い、異次元にですか?』
なるほど。核兵器を異次元に封印すれば他の転生者たちは封印を解除しない限り核兵器を使う事ができなくなる。しかもフィオナのその魔術は、強力なエンシェントドラゴンを封印できるような代物だ。いくら転生者でも簡単に封印を解くことは出来まい。
「名案だな。さすが信也だ」
(でも、シン。警備が厳重なんじゃないの?)
「そうよ。その核兵器を貯蔵している施設なら、警備はかなり厳重な筈よ?」
ミラとカレンの言う通りだ。核兵器を貯蔵している施設ならば、警備が手薄になっているわけがない。それに、攻撃を仕掛ければ核兵器を搭載した兵器を施設から退避させてしまうかもしれない。
ならば、何とかしてあの基地に潜入し、核兵器を封印するしかない。だが、いくらフィオナが実体化を解除すれば霊感のない人間には姿が見えなくなるといっても、彼女を1人で潜入させるわけにはいかない。
全員で潜入するわけにもいかないぞ。
「フィオナを1人で潜入させるわけにはいかないだろ。それに、封印している最中は無防備なんだろ?」
「うん。だから、護衛が必要なんだ」
そう言いながら俺の方を見てくる信也。封印を担当することになったフィオナも、申し訳なさそうに俺の方をじっと見つめている。
え? 俺がフィオナの護衛をするの?
「・・・・・・俺が護衛を担当するのか?」
「うん。兄さんが適任だ」
「だが、警備は厳重だぞ?」
「大丈夫だよ。作戦は考えてあるって言ったでしょ? ・・・・・・でも、ちょっとお願いがあるんだよね」
「お願い?」
問い掛ける俺の声を聞きながら、信也は会議室の窓の方へと向かっていく。今の時刻は午後5時頃だろうか。懐から取り出した懐中時計で時間を確認した俺は、信也が開けた窓から入り込んできた赤い光を眺めながら懐中時計を内ポケットに戻した。
真っ赤な夕日の輝きが、薄暗かった会議室の中を薙ぎ払う。夕日の光が入り込んでくる窓の外には、木の板を敷いた簡単な滑走路が見えた。信也はにやりと笑いながら、夕日の中の滑走路を見つめているようだ。
メガネをかけ直しながら後ろを振り向いた信也は、席についている仲間たちの顔を見渡しながら言った。
「――――滑走路を、もう少し大きくしてほしいんだ」
「な、なるほどね・・・・・・。さすが信也だ。・・・・・・ゆ、ユニークな作戦じゃないか」
プロペラの音が響き渡る機内で、何とか強がりながら笑う俺。先ほどから腹に巻き付いて俺を束縛している忌々しい金具を睨みつけてから、暇つぶしに今回の潜入の際に使用する武器の点検でもしようと思った俺は、腰のホルスターからマカロフPB/6P9を引き抜こうとする。
だが、俺がハンドガンのグリップを握ってホルスターから引き抜いた直後、ホルスターの中から姿を現したばかりのマカロフは、俺の手から零れ落ち、俺の目の前へと落下していった。
ハンドガンが床に落下し、金属音を立てる。
「く、くそったれ・・・・・・!」
マカロフを拾い直そうともがくんだけど、みぞおちの辺りと腹を金具で束縛されているせいで床まで手が届かない。試しに尻尾も伸ばしてみるけど、身体が変異したせいで生えた尻尾もマカロフまでは届かなかった。
な、なんてことだ。俺のマカロフが・・・・・・。
「あらあら、ハンドガンを落としちゃったの?」
「え、エリス・・・・・・」
にこにこと笑いながらやってきたのは、俺の妻のエリスだ。彼女は天井に金具で縛りつけられている俺の顔を覗き込むと、俺の頬にキスをしてから床に転がっているサプレッサー付きのマカロフを拾ってくれた。
俺たちが乗っているのは、信也が大量のポイントを使って生産してくれた爆撃機のB29だ。第二次世界大戦中に日本軍を苦しめたアメリカ製の大型爆撃機で、分厚い装甲と機銃を装備している。
でも、本来ならば大量の爆弾を吊るしている筈の機内の金具には、1発も爆弾が吊るされていない。その代わりに吊るされているのは、敵基地に潜入する俺とフィオナだった。
爆弾の代わりに金具に縛り付けられて天井に吊るされている俺を見上げながら笑うエリス。彼女からマカロフを受け取って点検をしていると、機首の方にあったハッチが開き、酸素マスクを首に下げたエミリアがやってきた。俺とフィオナの様子を見に来てくれたらしいんだが、まるでこれから投下される爆弾のように金具に吊るされている俺たちの姿を見た途端、いきなり片手で口元を押さえながら下を向いて「プッ・・・・・・!」と笑い始めた。
信也、なんでこんな作戦にしたの?
「わ、笑うなよッ!!」
『そ、そうですよ! 笑わないでください!』
「ははははははっ!!」
「ふふふっ・・・・・・!」
2人の妻に大笑いされて落ち込んだ俺は、マカロフをホルスターに戻してから、腰の後ろに下げていたPP-19Bizonの点検を始める。
敵基地への潜入は、地上から潜入するのではなく、高度9000mからパラシュートで降下して潜入することになっている。フィオナと2人で敵基地の近くへと降下した後、基地へと潜入して核兵器を封印するという作戦だ。フィオナが核兵器を封印するために魔術を使っている間は無防備になってしまうため、俺が彼女を護衛しなければならない。
場合によっては、俺が敵に攻撃を仕掛けて囮になる必要があるかもしれない。
核兵器を封印した後は、俺がアンチマテリアルライフルの銃身の下に装備している迫撃砲を使い、信号弾を撃ち上げて待機している仲間たちに合図を送り、敵を殲滅するという作戦になっている。
信也が滑走路を大きくしてくれと頼んだのは、B29を使うためだったらしい。B29は分厚い装甲に守られているし、機銃を何門も装備している優秀な爆撃機だから、もし敵の戦闘機に襲われても機銃で弾幕を張りながら離脱できるだろう。さすがにミサイルを撃ち込まれたら撃墜されてしまうので、カスタマイズでチャフとフレアを装備しているらしい。
『間もなく降下地点です。降下要員以外は退避してください』
「あら、そろそろ降下するみたいね」
「頼んだぞ、2人とも」
「おう、任せろ」
『がっ、頑張りますっ!』
天井に吊るされながら、俺とフィオナはハッチの方へと歩いていく2人に手を振る。エリスとエミリアはハッチを潜る前にもう一度こっちを振り返って微笑みながら手を振ってくれたんだけど、その微笑みはすぐに爆笑に変わってしまった。
お、覚えてろよ、信也ぁ・・・・・・!!
2人がハッチを潜っていった直後、俺たちの真下の床が開き始め、猛烈な冷たい風と共に雪が機内へと入り込んできた。俺は酸素マスクを装着してからもう一度パラシュートを確認し、バイザーの向こうに広がる雪山を睨みつける。
『降下準備』
「了解。パラシュートに問題はないぜ」
『了解。・・・・・・降下10秒前』
スピーカーからミラの声が聞こえてくる。俺はちらりと隣に吊るされているフィオナの様子を確認した。いつもの白いワンピースではなく、真っ白なコートに身を包んでいる彼女は、顔に酸素マスクを装着したままぶるぶると震えている。高所恐怖症なんだろうか?
「フィオナ」
『は、はいっ!』
「怖がるな。俺も一緒だぜ」
『だ、大丈夫です!』
彼女が大声でそう答えた直後、スピーカーから聞こえていたカウントダウンが終わった。
『――――同志リキノフ、投下ッ!!』
「信也ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
俺は爆弾じゃないぞ! 覚えてろよ!? この作戦が終わったら、お前をシュトゥーカの胴体に縛り付けて、爆弾の代わりにお前を急降下しながら投下してやるからなッ!!
そんなことを考えている最中に、俺とフィオナを機内に吊るしていた金具が外れた。俺とフィオナはB29から投下された爆弾のように、冷たい風と雪の激流の中へと放り出されていった。