異世界で転生者が現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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ヤークト・サラマンドル

 

 火山に轟いたその咆哮は、まるで少女の絶叫のような咆哮だった。怪物の咆哮というには甲高く、痛々しい咆哮。その痛々しい咆哮が、ガルゴニスの巨大な手に私の姉が握りつぶされそうになっているという恐怖を引き裂いた。

 

 その咆哮で恐怖が消え去る。

 

 だが、その咆哮は恐怖を蹂躙し、ガルゴニスに武器を向けている私たちを救済するために放たれたものではなかった。猛烈な殺意が含まれた痛々しい咆哮は、全てを蹂躙する合図だったのだ。

 

 ぞっとした私は、咆哮が聞こえてきた後ろを振り返った。確か私の後ろには力也がいた筈だ。先程も彼の小さな声が聞こえてきた。

 

 だが、私の後ろに立ってガルゴニスを睨みつけていたのは、私の見慣れた少年ではなかった。

 

「え・・・・・・?」

 

 身長は人間とあまり変わらないが、体格や皮膚の色は全く違う。全身をまるで力也がつけていたサラマンダーの義足のような赤黒い外殻で覆われているのだ。外殻の下にある筋肉の量は増えているらしく、手足の太さは人間の手足よりも太くなっている。左腕の外殻は他の外殻よりも発達したらしく、まるでガントレットのような形状に変化していた。

 

 まるでサラマンダーと人間が融合したような怪物だった。しかもその怪物は、私の見慣れた少年が身に着けていたフード付きの黒いコートを身に纏い、右手にアサルトライフルを持っている。彼のトレードマークでもあるハーピーの真紅の羽根がついたフードの左側からは、まるでダガーのような鋭い角が突き出ていた。

 

「ま、まさか・・・・・・」

 

 そんなわけがないだろう・・・・・・! 組み上げかけた仮説を必死に突き倒した私は、目を見開きながらゆっくりと首を左右に振った。

 

 その仮説を完成させたくなかったのだ。私の後ろに立っている怪物が、力也のコートを身に纏い、力也の武器を装備しているのだ。しかも頭にかぶっているフードから覗くのは眉間から2本目の角が突き出たサラマンダーのような顔で、その顔とフードの間からは、炎のように真っ赤な長髪が伸びている。

 

 どうしてあの怪物に力也の面影があるのだ・・・・・・!?

 

 馬鹿な。

 

 力也があんな怪物になってしまったとでも言うのか!?

 

『ウウウ・・・・・・・・・』

 

「りっ、力――――」

 

 恐る恐る呼びかけようとした瞬間、その怪物は右手に持っていたSaritch308ARから空になったマガジンを抜き取ると、まるで何度も経験してきたかのように新しいマガジンをコートのポケットから取り出してアサルトライフルに装着し、コッキングレバーを引いて再装填(リロード)を済ませた。そしてライフルを肩に担ぐと、一歩だけ太くなった右足を前に踏み出し――――脚力で岩石だらけの大地を抉り取りながら、私の隣を通過してガルゴニスへと襲い掛かった。

 

 恐ろしい速度だった。まるで私のすぐ隣を戦闘機が通過していったような速度だ。力也のようにレベルの高い転生者でも、あの速度に追いつくことは出来ないだろう。

 

 砕かれた岩石の破片が舞う中で、私はすぐに後ろを振り向いた。

 

『ぬ・・・・・・!?』

 

 ガルゴニスもあの怪物を恐れたらしい。私たちの攻撃を外殻で弾き続けていた時のように無視しようとはせず、姉さんを握りつぶそうとしたまま後ろを振り向く。

 

 力也はそのままガルゴニスに向かって突っ走った。だが、ガルゴニスは普通のドラゴンを踏み潰してしまうほどのサイズだ。まるで要塞の城壁に突撃していく1人の騎士にしか見えない。

 

 いつもの力也ならばもう既にトリガーを引き、銃撃で牽制している筈だ。そして敵の攻撃を回避して更に接近し、カウンターを叩き込んでいるだろう。

 

 だが、あの怪物は恐ろしい速度で疾走しているだけだった。

 

『静止せよ、アブソリュート――――――ガッ!?』

 

『えっ!?』

 

「なっ!?」

 

 その時、いきなりガルゴニスの魔術の詠唱が呻き声で遮られた。姉さんを静止させた恐ろしい謎の魔術を使って力也を止めようとしたガルゴニスの顎に、強烈な何かが打ち込まれたのだ。

 

 明らかに銃撃ではない。サプレッサーを装着していないから、銃撃をすれば銃声が轟く筈だ。しかし、彼が持っているアサルトライフルの咆哮は全く聞こえなかった。もちろん私の銃や仲間たちの銃の咆哮も聞こえない。いきなりガルゴニスの顎に何かが叩き込まれ、詠唱が強引に止められたのだ。

 

 私ははっとしてガルゴニスを見上げた。先程ガルゴニスの巨体に向かって疾走していった力也が見当たらないのだ。

 

「―――ば、馬鹿なッ!?」

 

 攻撃の正体を知った私は、その正体を凝視しながら叫んだ。

 

 ガルゴニスの巨大な頭がのけ反っている。その下顎を覆っている外殻に攻撃を叩き込んだのは、力也の面影を持つ怪物だった。ガントレットのように発達した外殻で覆われた左手を握りしめ、一瞬でガルゴニスの頭までジャンプしてから、強烈なアッパーカットを叩き込んでいたのだ!

 

 ガルゴニスの頭までの高さは30mほどだ。しかもその先にある顎を覆っているのは、無反動砲まで弾き飛ばしてしまうほど硬い外殻だ。だが、あの怪物は一瞬でそこまでジャンプした上に、外殻で覆われている顎にアッパーカットを叩き込み、猛烈な衝撃で頭をのけ反らせた。

 

 つまり、あのパンチの威力は無反動砲の砲弾以上ということだ。

 

 アッパーカットをお見舞いされたガルゴニスが体勢を立て直し、口を大きく開けて怪物を食い千切ろうとする。だが怪物は空中で時計回りに回転すると、強烈な7.62mm弾を放つアサルトライフルを右手だけで構え、ガルゴニスの口の中にある舌に向かってフルオート射撃を叩き込んだ。

 

 ガルゴニスの巨体は外殻で覆われているが、舌まで外殻に覆われているわけではない。人間の頭を木端微塵にできるほどの威力がある弾丸で舌を穴だらけにされたガルゴニスは呻き声を上げながら口を閉じようとするが、力也は容赦せずにそのままセレクターレバーをグレネードランチャーに切り替えると、閉じ始めたガルゴニスの口の中に、アサルトライフルの下に搭載されたチャイナレイク・グレネードランチャーの40mmグレネード弾を叩き込んだ。

 

『ぐぉッ!?』

 

 巨大な口を閉じた直後、ガルゴニスの口の中でグレネード弾が弾け飛んだ。爆風と破片で口の中をズタズタにされ、再び頭をのけ反らせるガルゴニス。

 

 その時、姉さんの身体を握っていた巨大な前足が開き、静止したままの状態の姉さんが地面に向かって落下していった。

 

『あっ!』

 

「くっ!」

 

 私は持っていたクレイモアを投げ捨てて走り出した。あのまま地面に叩き付けられれば、姉さんが死んでしまう! 

 

 先ほど力也がガルゴニスに疾走したように突っ走った私は、落下してくる姉さんに向かって必死に両手を伸ばした。何とか姉さんが岩石に覆われた地面に落下する前に真下に辿り着いた私は、落下してきた姉さんを受け止める。

 

「あ、危なかった・・・・・・!」

 

「ん・・・・・・。あれ? エミリアちゃん?」

 

「ああ、姉さん・・・・・・! よ、良かった・・・・・・!」

 

 姉さんを下ろそうとしていると、パイルバンカーを構えたまま静止していた姉さんが動き始めた。どうやらガルゴニスの魔術が切れてしまったらしい。元通りになった姉さんを地面に下ろした私は、先ほど投げ捨てたクレイモアを拾い直すと、背中の鞘に戻してから姉さんの傍らに駆け寄る。

 

 姉さんは駆け寄った私は抱き締めようとしたみたいだけど、すぐにガルゴニスを圧倒している怪物を目の当たりにして絶句する羽目になった。

 

「な、何よあれ・・・・・・!」

 

「分からない・・・・・・!」

 

「ねえ、なんで力也くんの制服を着て、銃を使ってるの・・・・・・!?」

 

 姉さんも認めたくないらしい。

 

 だが、あの怪物には力也の面影が残っている。彼と同じ制服を身に纏い、彼と同じ武器を使っているのだ。

 

『キィィィィィィィィッ! キャアアアアアアアアアッ!!』

 

 少女の絶叫のような痛々しい咆哮が私たちの頭上から聞こえてきた。咆哮を発した怪物は地面に着地すると、再び恐ろしい脚力でガルゴニスの頭まで一気にジャンプする。彼の両足に踏みつけられた岩石だらけの大地は、まるでクレーターのようになっていた。

 

 ガルゴニスの着地する寸前に、怪物の左足の脹脛の辺りから先端部が真っ赤に染まったブレードが伸びる。あのブレードは、力也の義足に搭載されていたブレードだ。

 

 怪物はそのブレードを展開したままガルゴニスの右目に着地した。あんな脚力とブレードで踏みつけられた眼球はあっさりと潰され、血まみれの破片が舞い散った。

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

『グルル・・・・・・キャアアアアアッ!!』

 

 もう潰れてしまったガルゴニスの右目から踏みつけていたブレードを引き抜き、再びガルゴニスの眼球の残骸を踏みつける。血飛沫で真っ赤になりながら絶叫する怪物は、何度もガルゴニスの右目を踏みつけながらアサルトライフルを腰に下げると、腰の後ろにあるホルスターから2丁の水平二連ソードオフ・ショットガンを引き抜き、強烈な8ゲージの散弾を放つショットガンを眼球の残骸に押し付けた。

 

 ガルゴニスは慌てて顔面にとりついた怪物を払い落とそうとしたが、巨大な腕が人間ほどの大きさの怪物を叩き落とすよりも先に、2丁のソードオフ・ショットガンが火を噴いた。

 

 猛烈なマズルフラッシュが煌めいた。マズルフラッシュの残光を吹き上がった血飛沫が覆い尽くす。

 

「まるで狂戦士(バーサーカー)ね・・・・・・」

 

 圧倒されるガルゴニスを見上げていた姉さんが呟いた。

 

 ガルゴニスは絶叫しながら前足を振り回し、怪物を叩き落とそうとする。だが怪物はまたあの恐ろしい脚力でジャンプして巨大な腕を回避すると、落下しながら尻尾を伸ばして腰に下げていた対戦車手榴弾を取り出し、ドラゴンのような牙が何本も生えている口で安全ピンを引き抜くと、落下しながらガルゴニスの口の中へと対戦車手榴弾を放り込む。

 

 力也が着地した瞬間、ガルゴニスの口の中で今度は対戦車手榴弾が大爆発を起こした。牙の破片や肉片が爆風と共にブレスのように吹き上がり、ガルゴニスがゆっくりと火山灰だらけの大地に崩れ落ちていく。

 

 巨体が大地に倒れ込み、黒煙のように火山灰が舞い上がった。

 

『まるで・・・・・・ヤークト・サラマンドルみたい』

 

「ヤークト・サラマンドル?」

 

 私たちの攻撃を散々弾き飛ばしていたガルゴニスが圧倒されているのを見ていると、私たちの隣でフィオナが呟いた。

 

 サラマンダーならば聞いたことはあるが、ヤークト・サラマンドルという名前は聞いたことがない。魔物の名前なのだろうか?

 

『生前に読んでいた絵本に登場した魔物です。人間とサラマンダーの間に生まれた子供なんですよ・・・・・・。でも、そんな魔物が存在するわけがありません・・・・・・』

 

 魔物は人間を襲う凶悪な存在だ。だから、人間と魔物の間に子供が生まれるというのはありえない。しかも、サラマンダーは普通のドラゴンの中ではかなり凶悪なドラゴンだ。

 

 その時、着地した力也が倒れ込んでいるガルゴニスの頭を両手で掴んだ。外殻の隙間に先端部が剣のようになっている尻尾を突き刺し、両手で外殻を掴んでガルゴニスの巨体を持ち上げようとしている。

 

 持ち上げられる筈がない。ガルゴニスはドラゴンを踏み潰すほどの巨体を持っているのだ。しかもその巨体を、無反動砲の砲弾を弾いてしまうほどの硬さの外殻が覆っている。いくらガルゴニスを圧倒したヤークト・サラマンドルでも持ち上げられる筈がない。

 

 そう思っていると、ガルゴニスの頭が少しだけ持ち上がった。そのまま首が地面から浮き上がり始める。

 

「う、嘘でしょ・・・・・・!?」

 

「持ち上げているだと・・・・・・!?」

 

 信じられない。

 

 あの怪物は恐ろしい腕力でガルゴニスを持ち上げ、そのまま放り投げようとしているのだ。

 

『キィィィィィィィィィィィィィ・・・・・・アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!』

 

 またしても、少女の絶叫のような咆哮が響き渡った。そしてガルゴニスの胴体が浮き上がり、うつ伏せに倒れ込んでいたガルゴニスが持ち上げられる。ガルゴニスは必死にもがいたが、ヤークト・サラマンドルはそのままガルゴニスを投げ飛ばし、漆黒の岩石で覆われている大地にガルゴニスの背中を叩き付けた。

 

『ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』

 

 絶叫するガルゴニス。怪物は拳を握りながら咆哮を発し、ゆっくりと私たちの方を振り向く。

 

 ヤークト・サラマンドルが、最古の竜に勝利したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『な、何よあれ・・・・・・!』

 

『おいおい、あれが旦那なのかよ!?』

 

 無線機からはギュンターさんとカレンさんの戸惑う声が聞こえてくる。僕は双眼鏡でガルゴニスを圧倒した怪物を見つめながら絶句していた。

 

 いきなり少女の絶叫のような咆哮が聞こえたと思ったら、兄さんがまるでサラマンダーと人間が融合したような姿の怪物になっていたんだ。怪物は兄さんと同じコートを身に纏っていて、フードからはダガーのような鋭い角が突き出てしまっている。しかもドラゴンのような顔の眉間からも、2本目の角が生えていた。

 

 ガルゴニスを投げ飛ばした怪物が、近くにいるエミリアさんとエリスさんとフィオナちゃんの方を振り向く。ガルゴニスはまだ生きているようだけど、かなりダメージを負ったようだ。兄さんに潰された右目を前足で押さえながら呻き声を上げている。

 

 双眼鏡の向こうで兄さんの方に駆け寄るエミリアさん。でも、兄さんは怪物の姿のままだった。

 

 元の姿には戻れるんだろうか? そんな疑問が浮かんだ瞬間、僕はすぐに無線機に向かって叫んだ。

 

「エミリアさん、逃げてッ!」

 

(ど、どうして!?)

 

 僕の隣で絶句していたミラが、僕の指示を聞いて驚愕する。僕は双眼鏡を覗き込みながら彼女に説明した。

 

「あの戦い方は明らかに兄さんの戦い方じゃない・・・・・・! もしかしたら、理性を失っているかもしれないんだ!」

 

(そんな! だって、力也さんにとってエミリアさんは大切な人なんだよ!? エミリアさんを攻撃する筈が―――――)

 

 確かに、兄さんにとってエミリアさんは大切な人だ。でも、理性を失っている状態の兄さんならば彼女を攻撃するだろう。

 

 その時、双眼鏡の向こうの兄さんが、腰の右側に下げていたアサルトライフルのグリップに赤黒い右手を伸ばしたのが見えた。そのままアサルトライフルを引き抜き、ナイフ形銃剣を展開してから銃口をエミリアさんへと向ける。

 

「いけない! エミリアさん――――」

 

 叫んだ直後、無線機の向こうから銃声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 


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