スコープの向こうに見える漆黒の外殻には、未だに傷が全くついていない。先ほどから
だが、ガルゴニスはエミリアが仕掛けたC4爆弾の爆発を喰らって激昂している。肉体が義足の影響で変異しているおかげで、ガルゴニスが激昂しているというのはすぐに理解できた。俺の体内に残っているサラマンダーの血が、あらゆるドラゴンの王であるガルゴニスを恐れているんだ。
ガルゴニスからの攻撃は間違いなく激化するだろうが、ガルゴニスの強烈な攻撃の矛先は俺たちに向けられた。これでエリスはガルゴニスに接近し、ロンギヌスの槍を叩き込む事が出来る。
でも、彼女が突撃するのはまだ早い。
空になったマガジンを取り外した俺は、ガルゴニスの外殻に散々
「突撃する。カレン、援護は頼むぞ!」
「任せなさい! でも無茶はしないでよ!?」
「分かってる! もうエミリアは泣かせない!」
狙撃しながら見送ってくれた彼女にそう言ってから走り出した俺は、目の前で魔術の詠唱を始めたガルゴニスを睨みつけた。
巨体の周囲に出現する無数の魔法陣。あらゆる属性の魔術の魔法陣がガルゴニスの周囲で膨張し、複雑な記号を熱風が吹き抜けていく空間に押し広げていく。
普通の魔術師や転生者ならば、複数の魔術を詠唱して使用するのは不可能だ。転生者には端末で生産できるスキルや能力があるけど、おそらく別々の魔術を使用できたとしても2つか3つが限度だろう。でも、あの最古の竜は巨体の周囲に別々の魔術を使用するための魔法陣を50個以上も出現させ、詠唱を続けている。
嘘だろ・・・・・・!?
つまり、今からあのドラゴンは全く別の種類の魔術を50種類も同時に繰り出そうとしているわけだ。当然ながら別々の魔術を同時に繰り出されれば回避は非常に難しくなる。攻撃範囲が広い魔術がいくつも繰り出されるかもしれないし、回避した直後に別の魔術が襲いかかってくるかもしれないんだ。
繰り出そうとしている魔術が1つだけならば攻撃を見切って躱すことも出来るんだけど、50種類も同時に繰り出されれば躱すのは不可能だ。
『消え去れ、人間め!』
「来るぞッ!」
俺は仲間たちに警告しながら走り続けた。熱風の中に浮かび上がった無数の魔法陣たちが一斉に煌めき始め、複雑な記号の群れの中から様々な属性の魔術を同時に吐き出し始める。
炎の矢や氷の槍が地面に突き刺さり、風の刃や電撃が陽炎と火山灰を引き裂く。土属性の魔術で地面から突き出た岩石の牙が、アサルトライフルを構えながら突っ走る俺に向かって突っ込んで来る。
セレクターレバーを既にグレネードランチャーに切り替えた俺は、アサルトライフルの銃身の下に装着しているチャイナレイク・グレネードランチャーに装填されている40mmグレネード弾を、ガルゴニスにではなく正面から進撃してくる岩石の牙へと叩き込んだ。
グレネード弾が隆起したばかりの岩石を吹き飛ばし、爆風と岩石の破片をまき散らす。躊躇せずにそのまま爆風の中へと飛び込んだ俺は、ハンドグリップを引いてグレネード弾のでかい薬莢を排出しながら爆炎の中から飛び出した。
「!」
爆炎から飛び出して再び走り出した直後、今度は太い木の枝がまるで触手のようにうねりながら俺に向かって伸びてきた。その木の枝の根元にあるのは、ガルゴニスが出現させた橙色の魔法陣だ。
くそったれ!
セレクターレバーをグレネードランチャーから3点バースト射撃に切り替えつつ左へとジャンプし、木の枝を躱した俺は、その木の枝の後ろから俺に向かって飛んできた氷の槍に向かって3発の7.62mm弾を叩き込んで粉砕すると、左腕を覆っているサラマンダーの外殻を盾にして飛び散った氷の破片を防ぎながら走り続けた。
普段の生活では手袋をして隠さなければならないから面倒だと思った事があったけど、この硬い外殻は戦闘ではありがたい。棘のような氷の破片を全て弾き飛ばしてくれた変異した左腕に感謝しながら、俺はちらりと他の仲間の様子を確認する。
エミリアはフィオナを守りながらクレイモアで飛来する岩石を真っ二つに両断し、ミラはサウンド・クローと柳葉刀の剣戟で触手のような木の枝を切り刻み続けている。
その時、信也に向かって飛んでいった無数の氷の弾丸が、あいつが指を少し動かした瞬間に一斉に切断された。
「!?」
今の攻撃は何だ・・・・・・!?
信也は何も武器を持っていない。先ほどまで撃ち続けていたAK-12は腰の右側に下げている。手には奇妙なカートリッジが取り付けられた手袋をしているだけだ。
間違いなく端末で生産した武器だろう。でも、あんな武器は見たことがない。あの武器の正体について考察したいところだけど、今はガルゴニスの攻撃を躱さなければならない。
戦いが終わってからあいつに聞いてみよう。
3点バースト射撃で目の前の地面から隆起した氷の槍を砕いた俺は、今度はドットサイトとブースターでガルゴニスに照準を付け、トリガーを引いた。
7.62mm弾は威力が高い弾丸だけど、12.7mm弾や20mm弾を弾き飛ばしたガルゴニスの外殻を貫通することは出来なかった。予想通りに弾丸が火花を散らしながら弾き飛ばされたのを見た俺は、舌打ちをしてから接近してきた炎の矢を躱す。
先ほどから連続でカレンのGM6Lynxの狙撃がガルゴニスの外殻に命中しているけど、やはり外殻を貫通できないようだ。
『貴様か・・・・・・体内にサラマンダーの血を取り込んでいるのはッ!!』
セレクターレバーをグレネードランチャーに切り替えていると、長い首の先にあるガルゴニスの頭が俺の方を向いた。やはり、エンシェントドラゴンの変異種であるガルゴニスは俺の体内のサラマンダーの血を感知できるらしい。
エリスにロンギヌスの槍を任せたのは正解だったようだ。
「力也、狙われているぞッ!」
エミリアの警告を聞きながらガルゴニスの紅い眼を睨みつけた俺は、グレネードランチャーの砲口を目の前の巨大なエンシェントドラゴンの顔面に向ける。
トリガーを引いて40mmグレネード弾を顔面に叩き込んでやろうとした直前、ガルゴニスが巨大な牙の生えた口を開け、俺の目の前で咆哮を発した。あらゆるドラゴンの頂点に立つ最古の竜の咆哮の威圧感は、やはり今まで戦ってきた魔物とは別格だ。
普通のドラゴンとエンシェントドラゴンは、平民と王族のようなものだ。俺の義足の素材に使われているサラマンダーはドラゴンの中では強敵だと言われているけど、そのサラマンダーが分類されるのは普通のドラゴンだ。冒険者や騎士団に恐れられているサラマンダーでさえ、エンシェントドラゴンにとっては貧しい平民と同じなんだ。
俺の体内のサラマンダーの血が、ガルゴニスを恐れている。左腕と左足が怯えるようにぶるぶると痙攣を始めたせいで、ガルゴニスに向けているアサルトライフルの照準がずれてしまう。
もう俺の体の一部だろうが・・・・・・!
痙攣する左腕と左足に強引に力を入れて痙攣を無理矢理止めると、俺はガルゴニスを再び睨みつけながら40mmグレネードランチャーを叩き込んだ。
漆黒の外殻に激突したグレネード弾が弾け飛ぶ。俺は再びハンドグリップを引いて薬莢を排出し、ガルゴニスが俺に反撃してくるよりも先に走り出した。
『人間ごときが・・・・・・! ドラゴンの血を薄汚い血で抑え込むなッ! 無礼者め!!』
「やかましい! こっちは左足を切り落したんだぜ!?」
セレクターレバーをフルオート射撃に切り替えながら叫んだ俺は、ちらりと後方でクレイモアを構えているエミリアを見た。どうやら彼女はガルゴニスが繰り出した魔術をあのクレイモアで全て叩き落としてしまったらしい。
信也とミラも無事だ。フィオナものようだな。後方で狙撃していたカレンも無事だし、ロケットランチャーの準備をしているギュンターも無傷のようだ。
50種類の魔術を同時に繰り出されても、モリガンのメンバーは全員無傷だった。
『小癪な!』
魔術を全て避けられてさらに激怒したガルゴニスは、外殻に先ほどからフルオート射撃を叩き込んでいる俺を睨みつけながら再び口を開いた。
今度は咆哮ではない。猛烈な咆哮の代わりに、巨大な口腔の奥が段々と赤く輝き始める。その輝きの中に、俺たちを包み込んでいる火山の熱風が吸い込まれていくのが分かった。
こいつ、ブレスを放つつもりか!
しかも、俺を狙ってやがる!!
俺は慌てて射撃を中止して走り出した。ガルゴニスは騎士団が使っている飛竜や義足の素材になったサラマンダーを踏み潰してしまえるほど巨大だ。そんな巨大なドラゴンのブレスは、間違いなく普通のドラゴンよりも攻撃範囲が広くなるだろう。
射撃しながら回避できるわけがない。
『燃え尽きるがいい、愚者め!!』
「くそったれッ!!」
拙いぞ。全力で走っているんだが、ブレスの攻撃範囲が広すぎるから躱しきれない。このままではガルゴニスのブレスで焼き尽くされてしまう!
ならば、この変異した身体の能力を使うしかない!
俺を睨みつけていたガルゴニスの巨大な口腔から、ついに真っ赤な炎が吐き出された。一撃で大都市を焼き尽くしてしまえるほどの炎の塊が、強烈な熱風を生み出しながら俺に向かって流れ込んでくる。
「隆起しやがれ、焔の城壁ッ! マグマ・フレンジー!!」
詠唱しながら左腕に魔力を集中させ、サラマンダーの外殻で覆われている変異した左腕で思い切り地面を殴りつけた。ドラゴンの外殻のように硬い拳が岩石で覆われた地面にめり込み、地面に向かって炎属性に変換を終えた魔力を流し込む。
すると、目の前の地面に真っ赤な亀裂が入った。その亀裂は徐々に広がり始め、中から橙色の光と熱風が吹き上がり始める。
そして、その亀裂の中から、ついに俺が流し込んだ魔力が巨大な火柱の群れとなって姿を現した。地中から立て続けに隆起してきたその火柱たちは俺の目の前で城壁を形成すると、超高熱のガルゴニスのブレスと激突する。
熱風が暴れ回り、火の粉と火山灰が舞い上がる。陽炎を引き連れた炎同士が激突し、俺とガルゴニスの間にあった地面を呑み込んだ。
「さすがだな・・・・・・!」
マグマ・フレンジーがガルゴニスのブレスを防いでくれたのを確認した俺は、変異した左腕を見下ろしながら呟いた。赤黒い外殻に覆われた左腕はガルゴニスの咆哮を聞いて痙攣していたけど、今は全く痙攣していなかった。
(え、エンシェントドラゴンのブレスを防いだ・・・・・・!?)
消えていく業火の残滓を眺めながら、僕の隣でAK-12を構えていたミラが呟いた。僕もAK-12の射撃を再開する準備をしながら、ブレスを防がれて激怒しているガルゴニスを見つめる。
どうやらガルゴニスは兄さんを狙っているらしい。
Saritch308ARをフルオートでぶっ放しながら走り始める兄さん。ガルゴニスは咆哮しながら、兄さんに向かって巨大な前足を振り下ろす。20mm弾や無反動砲を弾き飛ばしてしまうほどの硬さの外殻で覆われた前足で叩き潰されたら、きっとどんな魔物でも一撃で叩き潰されてしまうだろう。兄さんはその恐ろしい攻撃を走り回って躱しながら、弾丸を外殻に叩き込んでガルゴニスを挑発し続けている。
そろそろ、エリスさんの出番だ・・・・・・!
「エリスさん!」
『分かったわ!』
無線機の向こうから、エリスさんの真面目な返事が聞こえた。絶対零度の異名を持つラトーニウス王国騎士団で最強の騎士が、ついにガルゴニスに攻撃を仕掛けるんだ。
彼女の声が聞こえた直後、兄さんを追いかけ回しているガルゴニスの背後にあった小さな岩山の向こうから、漆黒のメイド服のような制服に身を包んだ蒼い髪の少女が、ガルゴニスに向かって走り出したのが見えた。左手にはパイル・ハルバードを持っているけど、最古の竜を仕留めるための得物はそれじゃない。あの硬い外殻を打ち砕くための槍は、右手に装備されている巨大な砲弾のような武器だ。
まるで戦車砲の砲弾に発射装置を取り付けたような巨大なパイルバンカーを装備したエリスさんが、ガルゴニスに向かって突っ走る。
あのロンギヌスの槍は、一度発射したら再装填(リロード)するのは不可能だ。しかも、射程距離はたったの10cmしかない。あの一撃が外れたら、また端末で生産して装備するしかないんだ。でも、ガルゴニスとの戦闘中にまた装備するのは不可能だろう。
頼むよ、エリスさん・・・・・・!
ガルゴニスは先ほどから僕たちの攻撃を全く回避していない。僕たちの攻撃が通用しないと思って油断しているのか、それとも元々スピードが遅いのかもしれない。
出来るならば、そのまま油断していてくれ。エリスさんの攻撃も通用しないだろうと油断して躱さなければ、僕たちが勝てるんだ。
振り回した前足がまたしても兄さんに躱された瞬間、ロンギヌスの槍を構えたエリスさんが、ジャンプしてガルゴニスの背後から飛び掛かった!
『――――やはり、伏兵か』
「え・・・・・・?」
ガルゴニスが発した低い声は、先ほど激昂していた時のような声ではなく、冷静な声だった。
まさか、僕たちの作戦がバレていた・・・・・・!?
兄さんを攻撃していたガルゴニスが、ゆっくりと後ろを振り向き、背後から飛び掛かろうとしていたエリスさんを見下ろす。
『伏兵などお見通しよ。――――片腹痛いわ!』
「ま、拙い・・・・・・! エリスさん、逃げ―――――」
逃げられる筈がない。
彼女はもう既に奇襲のためにガルゴニスにかなり接近している。今すぐに逃げたとしても、あの前足で薙ぎ払われてしまうだろう。
『――――絶対静止(アブソリュート・スティル)』
僕の絶叫を核消すように、ガルゴニスが低い声で言った。
すると、ガルゴニスの背後から飛び掛かる途中だったエリスさんが、急に空中で静止してしまったんだ。ロンギヌスの槍を構え、奇襲を見破られて驚きながら、空中で止まっている。
止まっているのはエリスさんだけではない。熱風が舞い上げた火山灰の群れや、熱風が生み出した陽炎も、エリスさんと同じように止まっている。
まるでガルゴニスの周囲の空間の時間が止まってしまったかのようだった。
『――――人間の雌が、調子に乗りおって』
(あっ・・・・・・!)
ガルゴニスの周囲の空間と共に止まってしまったエリスさんの身体を巨大な前足で掴んだガルゴニスは、ロンギヌスの槍を装備したまま止まっているエリスさんの顔を見下ろしながら、彼女を掴んでいる前足に力を入れ始めた。
エリスさんを握りつぶすつもりだ!
「や、やめろぉっ!!」
(嫌ぁッ! やめてぇッ!!)
「カレンさん、狙撃を!」
『やってるわよ! でも、全然効かない!!』
拙い! どうすればいい!? このままではエリスさんがガルゴニスに握りつぶされてしまう!
落ち着くんだ。いつもみたいに作戦を考えろ。きっと彼女を助けるための作戦がある筈だ。
でも、何も思いつかない。いつもならばすぐに作戦を思いつく筈なんだけど、思いつく直前に、組み上がりかけていた作戦がいきなりバラバラになってしまう。
駄目だ・・・・・・! なにも思いつかない・・・・・・!!
どうすればいいのか分からないよ・・・・・・!
助けて、兄さん・・・・・・!!
「お、おい・・・・・・てめえ、何やってやがる・・・・・・?」
エリスを握りつぶそうとしているガルゴニスを見上げながら、俺は呟いた。ガルゴニスの巨大な前足に掴み上げられているエリスの顔は、奇襲を見破られて驚いた瞬間のままだ。このままでは握りつぶされてしまうというのに、ずっとその表情のままだった。
やめろ・・・・・・! やめるんだ・・・・・・!!
俺は右手に持っていたSaritch308ARをガルゴニスに向け、トリガーを引き続けた。でも、やはり7.62mm弾はガルゴニスの外殻に弾かれてしまう。漆黒の外殻の表面で火花が煌めくだけだ。
頼む、やめてくれ・・・・・・!
あのままでは、エリスが死んでしまう。ジョシュアと戦った時、俺はエミリアを一度死なせてしまった。このままでは今度はエリスが死んでしまう。
死なせてたまるか。エミリアと一緒に、彼女も貰うって言っただろうが!
やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!
俺はそう叫んだつもりだった。
でも、俺が発した声はそんな絶叫ではなかったんだ。
『キィィィィィィィィィィィィィッ!!』
俺が発した絶叫は―――人間の絶叫ではなかった。