火山灰で黒ずんだテーブルの上に愛用のアンチマテリアルライフルを置き、普通の12.7mm弾のマガジンを取り外してから、端末で生産しておいた
おそらくこの
だが、生身であの強烈な攻撃を躱しきれるだろうか? 岩石の大地を叩き割ったあの強烈な魔術を喰らえば、防御力のステータスが20000を超えている俺でも一瞬で消滅してしまうだろう。
もしかしたらガルゴニスに殺されてしまうかもしれない。
ぞっとした俺は、制服の内ポケットから赤黒い懐中時計を取り出した。時計の針はバスタードソードとダガーを模したデザインになっているけど、それ以外に装飾はない。シンプルな懐中時計だった。
この懐中時計は、俺のお守りだ。王都にエミリアとデートに行った時に、エミリアがチンクエディアのお返しに買ってくれた大切な懐中時計なんだ。
あれ以来、俺は常にこの懐中時計を持ち歩いている。
懐中時計の針を眺めながら秒針が動く小さな音を聞いていると、先ほど滲み出した恐怖が少しずつ消えていった。
「力也」
秒針を眺めていると、廃屋の廊下からエミリアが声をかけてきた。テーブルの上の持参したランタンに照らされながら、この懐中時計をプレゼントしてくれた彼女が静かに俺の近くへとやってくる。
眺めていた懐中時計を内ポケットに戻した俺は、
「その・・・・・・まだ休憩中だから、持ってきた食材でサンドイッチを作ってみたのだ」
「お、美味そうだな!」
「他のみんなにも渡してきた。・・・・・・ほら、お前の分だ」
彼女からサンドイッチの乗った小皿を受け取った俺は、彼女に礼を言ってからサンドイッチに齧り付いた。そういえば、彼女が最初に俺をナバウレアの駐屯地に連れて行ってくれた時も、彼女はサンドイッチをご馳走してくれた。
あの時と同じ味だ。彼女と出会った時のことを思い出しながらサンドイッチを咀嚼していると、エミリアも自分の分のサンドイッチを少しだけ齧りながら、俺の隣に腰を下ろした。
「相変わらず美味しいなぁ・・・・・・。やっぱり、エミリアの料理は美味い」
「ふふっ。嬉しいな」
彼女は微笑みながら、静かに俺の左肩に頭を寄せてきた。彼女の甘い匂いが、廃屋の中を支配していた硫黄の臭いを消し去ってくれる。消し去ったのは硫黄の臭いだけではなく、再び滲み出そうとしていた恐怖心も消し去ってくれた。
死ぬわけにはいかない。死んでしまったら彼女と一緒にいる事が出来なくなる。
それに、エリスも貰うと言ったんだ。少女を2人も悲しませるわけにはいかない。
必ず生き残ってやる。仲間たちと生きるために転生者の力を振るってやる。邪魔する奴がいるならば、徹底的に蹂躙して消し去るまでだ。
奴を殺さなければ生き残れないと思った瞬間、ガルゴニスに殺されるかもしれないという恐怖が、ガルゴニスへの殺意に変わった。エミリアは俺の殺意を感じ取ったのか、人間と同じ形状の右手を握りしめている俺の顔をちらりと見上げてきた。
「・・・・・・なあ、力也」
「ん?」
不安そうに俺の名前を呼んだ彼女は、俺の右肩を左手で掴むと、俺の胸に顔を押し付けてきた。
「――――今回は・・・・・・無茶をするんじゃないぞ?」
「ど、どうしたんだよ?」
「いや、お前はいつも無茶をするから・・・・・・し、心配なのだ」
確かに俺は、強敵との戦いで何度も死にかけている。帝都でのレリエルとの戦いでは時計塔の針を腹に突き刺されたし、魔剣を手に入れたジョシュアとの戦いでは、身体を乗っ取られるのを防ぐために左足を切断している。
何とか生き残っているけど、殆どの戦いで無茶をしている。きっと彼女は今回の戦いでも俺が無茶をするのではないかと心配しているんだろう。
彼女が俺の恐怖を消し去ってくれたように彼女の不安を消し去ろうとした俺は、一旦彼女の肩から左手を離すと、胸に顔を押し付けている彼女を優しく抱きしめる。
彼女を抱き締めているのは、人間の右手と怪物の左手だ。右半身は変異を殆ど起こしていないため、右腕は見慣れた自分の右腕だ。でも左腕はすっかり変異してしまっていて、人間の肌色の皮膚は全く見えない。サラマンダーの赤黒い外殻と鱗に覆われた禍々しい左腕だ。
「大丈夫だよ、エミリア」
「力也ぁ・・・・・・」
彼女を抱き締めながら右手を背中から離し、彼女の頭を撫でながら俺は言った。
「絶対に死なない。約束だ」
「・・・・・・うん」
抱き締めていた彼女から静かに両手を離した俺は、微笑んでから静かに立ち上がった。出来るならばずっと彼女を抱き締めていたかったんだが、そろそろ他のみんなの戦闘準備も整うだろう。
もう一度彼女の頭を撫でてから、俺は壁に立て掛けていたカールグスタフM3を拾い上げた。おそらく、ガルゴニスは俺たちの攻撃を回避しようとしないだろう。あの硬い外殻で俺たちの攻撃を弾きながら、強烈な魔術で攻撃してくるに違いない。
だからスティンガーミサイルではなく、無反動砲のカールグスタフM3を選んだんだ。
砲身の内部に対戦車榴弾が装填されているのを確認した俺は、壁に立てかけてあるもう1本のカールグスタフM3を拾い上げ、火山灰まみれのソファから立ち上がったエミリアに手渡した。
「行こう」
「ああ!」
俺はエミリアを連れて廃屋の部屋を出た。穴だらけのボロボロの床を歩いて廃屋の外へと出ると、再び強烈な硫黄の臭いがする火山の熱風が俺とエミリアを呑み込んだ。
その熱風の中で、ギルドの仲間たちが待っていた。
最古の竜を倒すために、剣ではなく現代兵器で武装した仲間たちと合流した俺は、俺の目の前に整列する仲間たちを見つめながら言った。
「――――今日の俺たちは、傭兵ではない」
この依頼はダークエルフの老人から引き受けた依頼だ。ガルゴニスを封印することが目的だったんだが、既にそのガルゴニスは復活してしまっている。
だから、倒さなければならない。
「――――俺たちは、
俺は目の前に整列するエリスをちらりと見た。彼女の右腕には、ガルゴニスを打ち倒すために先ほど端末で生産した最強のパイルバンカーが装備されている。
あのロンギヌスの槍が命中すれば、ガルゴニスを撃破する事が出来る筈だ。だから俺たちは、エリスがその一撃を叩き込めるように囮にならなければならない。
「最古の竜に、火薬の臭いと銃弾の威力を教えてやれ。・・・・・・行くぞッ!」
仲間たちの雄叫びを聴きながら踵を返した俺は、カールグスタフM3を肩に担ぎながら仲間たちと共に走り出した。
大昔に人類に戦いを挑んだ最古の竜は、火山灰と熱風の舞う岩石の大地の上に鎮座していた。陽炎と火山灰の向こうに、真紅の古代文字のような模様が浮かび上がった漆黒の外殻を持つガルゴニスの巨体が見える。
僕が立ち止まってカールグスタフM3の照準器を覗き込んだ瞬間、他のメンバーたちは散開し、それぞれ担いでいたカールグスタフM3の照準をガルゴニスへと向けた。
戦車に乗らずに戦いを挑んだのは、的を増やすためだ。
戦車に乗って戦いを挑めば、ガルゴニスは2両の戦車を狙って攻撃してくる。あいつの攻撃力は戦車を消滅させてしまうほどだ。もし喰らってしまったら、その戦車の乗組員は確実に全員死ぬことになる。
エリスさんのために囮になるためには数が少ないし、攻撃を喰らった場合の損失が大き過ぎるんだ。
でも戦車に乗らずに生身で戦いを挑めば、ガルゴニスは8人の歩兵を狙って攻撃しなければならなくなる。それに、あまり冷酷なことは言いたくないんだけど、もし誰かが攻撃を喰らったとしても損失は1人だけで済むんだ。
「―――攻撃用意。5、4、3、2、1・・・・・・発射(ファイア)ッ!!」
無線機に向かって号令を発すると同時に無反動砲のトリガーを引いた瞬間、僕の背後を駆け抜けていた熱風が、猛烈なバックブラストで蹂躙された。大地を覆っていた火山灰がバックブラストに噴き上げられ、まるで黒煙のように熱風の中に舞い上がる。
他の仲間たちが放った8発の対戦車榴弾が、熱風の中に鎮座しているガルゴニスの巨体へと向かう。僕は対戦車榴弾がガルゴニスの外殻に激突するのを見届けず、すぐにカールグスタフM3を投げ捨てると、端末を素早く操作してアサルトライフルのAK-12を装備した。
AK-12はロシア製の最新型アサルトライフルで、命中精度と破壊力を両立したバランスのいいアサルトライフルだ。僕のAK-12は弾丸を破壊力のある7.62mm弾に変更し、フォアグリップとドットサイトを装備している。
セレクターレバーを操作してセミオート射撃に切り替えた僕は、ドットサイトを覗き込んでガルゴニスに発砲しながら走り出した。僕の隣で、同じくAK-12を装備したミラもガルゴニスに発砲しながら突撃している。
ギュンターさんは無反動砲を投げ捨てた後、用意していた4連発が可能なロケットランチャーのM202を担ぎ、8発の対戦車榴弾が生み出した爆風の中に、続けざまにロケット弾で追い打ちをかけていた。
ガルゴニスの巨体が爆風に呑み込まれる。すると、僕たちの背後で2つの猛烈な銃声が轟き、2発の銃弾が僕たちの方を振り向こうとしていたガルゴニスの顔面に直撃した。
今の銃撃はアンチマテリアルライフルの攻撃だろう。僕たちのアサルトライフルよりも大きな銃声だった。でも、20mmを弾いてしまう外殻に弾かれてしまったらしく、漆黒の外殻の表面に2つの火花が見えた。
やはり、無反動砲とアンチマテリアルライフルの攻撃でも傷をつける事が出来ない。戦車だったらとっくに吹っ飛んでいる筈なんだけど、ガルゴニスはまだ無傷だ。
これが最古の竜の防御力か・・・・・・!
(シン、やっぱり効いてない!)
「分かってる! でも、奴を倒すのは僕たちじゃない!」
僕たちはこのまま奴に攻撃を続け、エリスさんがロンギヌスの槍を叩き込むために囮にならなければならない。
冷や汗を流しながら射撃を続けていると、背後から続けざまに再び凄まじい銃声が轟いた。
片方は兄さんのOSV-96だ。OSV-96はロシア製のアンチマテリアルライフルで、12.7mm弾を使用する強烈なライフルだ。兄さんは更にその強烈なライフルの銃身の下にロケットランチャーを搭載し、攻撃力を強化している。
そして、先ほどからアンチマテリアルライフルで狙撃している射手は、普段は選抜射手(マークスマン)か戦車の砲手を務めるカレンさんだ。
彼女が使っているアンチマテリアルライフルは、ハンガリー製最新型アンチマテリアルライフルのGM6Lynxだ。兄さんのOSV-96と同じ弾丸を使用するブルパップ式の小型アンチマテリアルライフルで、非常に命中精度が高い。
2人が3発目の12.7mm弾を放った直後、アサルトライフルをセミオートでぶっ放しながら突撃する僕とミラの間を、漆黒の防具を身に纏った蒼い髪の少女が、サラマンダーの角で作られたクレイモアを構えて突き抜けていった。サラマンダーは炎属性のドラゴンなんだけど、その素材から作られた大剣は、炎ではなく彼女が得意とする電撃を纏っていた。
その時、カレンさんと兄さんの狙撃を喰らったガルゴニスが、僕たちを睨みつけながら咆哮した。まるで爆風が真正面から襲い掛かって来たかのような衝撃波が、最古の竜に挑もうとしていた僕たちを包み込む。
『愚か者共め、また挑みに来たか!』
「フィオナ!」
『はい!』
エンシェントドラゴンの咆哮にも臆さずに走り続けるエミリアさんが叫んだ瞬間、彼女の背後に白いワンピース姿の幽霊の少女が姿を現した。彼女はいつも使っているサラマンダーの素材で作られた焔刻の杖を背中に背負い、その代わりに巨大な武器を抱えていた。
彼女が抱えていた武器は、先端部にロケット弾が装着されたRPG-7だ。兄さんのOSV-96の銃身の下にも、同じロケットランチャーが搭載されている。
フィオナちゃんがスコープを覗き込んだ直後、僕たちの背後から銃声ではない音が聞こえてきた。マガジンを交換する僕とミラの頭上を、1発のロケット弾が通過していく。
兄さんがライフルの下に搭載されていたロケットランチャーを発射したんだ!
そして、フィオナちゃんも、巨体の周囲に無数の魔法陣を出現させたガルゴニスに向けて、ロケットランチャーのトリガーを引いた!
『消え去るがいい!』
「!」
フィオナちゃんと兄さんが放ったロケット弾がガルゴニスへと向かって飛んでいく。でも、ガルゴニスはロケット弾が着弾する前に魔術の詠唱を終えたらしい。蒼白い光を放つ無数の魔法陣が一斉に電撃を吐き出したかと思うと、ガルゴニスの正面で融合し合い、まるで散弾のように弾け飛んだんだ。
その電撃の弾丸に貫かれ、兄さんが放ったロケット弾が着弾前に爆発する。四散したロケット弾の隣を通過したフィオナちゃんのロケット弾も、爆炎を穿って飛来した電撃の弾丸に食い破られ、同じように弾け飛んだ。
2発分のロケット弾の爆炎が黒煙に変わる。でも、エミリアさんはそのままガルゴニスへと向かって走り続ける。
『ふん。叩き潰してくれる』
「ふっ・・・・・・やってみろッ!」
ガルゴニスを睨み返しながら、エミリアさんは黒煙の中に飛び込んだ。ガルゴニスは普通の飛竜を踏み潰してしまうほど巨大な前足を持ち上げ、大剣を構えて突撃していくエミリアさんを叩き潰そうとする。
エミリアさんは前足に木端微塵にされる前に懐に入り込むと、そのままジャンプして大剣を振り上げ、落下しながらガルゴニスの腹を思い切り斬りつけた。
でも、相手はこちらの攻撃を全て弾き飛ばしてしまうほど硬い外殻を持つエンシェントドラゴンだ。当然ながらエミリアさんの本気の剣戟は火花を散らしながら外殻にあっさりと弾かれてしまう。
『ふん、そんな攻撃が―――』
「馬鹿者め」
攻撃が弾かれたというのに、エミリアさんはにやりと笑った。
そして、彼女は左手を大剣の柄から離し、腰に下げていた物を落下しながらガルゴニスの腹を覆っている外殻に押し付けると、そのまま地面に着地してガルゴニスから離れながら絶叫する。
「ギュンター、やれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
「任せろ、姉御ぉッ!!」
彼女の絶叫に返事をしたのは、僕たちの背後で起爆装置の準備をしていたギュンターさんだった。
エミリアさんが突撃したのは、ガルゴニスの腹を斬りつけて致命傷を負わせることではない。無反動砲まで弾かれてしまったんだから、いくらエミリアさんの剣戟でもあの外殻を切り裂ける筈がない。
先ほどの突撃は、C4爆弾を仕掛けるためのフェイントだったんだよ。
さっきのロケット弾が着弾した場合は、そのままエミリアさんが突撃してC4爆弾を仕掛ける予定だった。もし迎撃されたとしても、爆発の残滓はエミリアさんを隠すためのスモークグレネード代わりになる。
僕たちの背後で、ギュンターさんがニヤニヤと笑いながら起爆スイッチを押した。
ガルゴニスの腹に仕掛けられたC4爆弾が起爆し、爆風と衝撃波が火山灰を吹き飛ばす。
「どうだ、化け物めッ!!」
爆風の向こうには全く傷がついていない漆黒の外殻が見えた。やはりC4爆弾も全く通用しないようだ。でも、人間の事を見下しているプライドの高いガルゴニスにとっては挑発に等しい筈だ。
『人間風情が・・・・・・!!』
ガルゴニスの外殻に浮かび上がっていた真紅の模様が煌めき始める。どうやら僕たちの攻撃を受け続けて激昂したらしい。
あとはガルゴニスの攻撃を回避し続け、エリスさんがガルゴニスにロンギヌスの槍をお見舞いするまで持ちこたえれば、僕たちの勝ちだ。
僕は冷や汗を拭い去りながら、ミラと共にアサルトライフルの射撃を再開した。