「すげえ破壊力だな、旦那!」
格納庫にコルセアを格納したギュンターは、端末を操作してハンヴィーを装備した状態から解除していた俺にそう言った。
騎士団でも、飛竜に乗った騎士が地上で戦う味方を援護するために、ブレスで魔物の群れを焼き払うことがある。だが、爆撃機が搭載している爆弾は明らかにブレスによる攻撃よりも火力が上だし、爆弾の中には敵を焼き払うためのナパーム弾もある。それに、機動性と火力では飛竜よりも戦闘機や爆撃機が上回っているんだ。
今回の魔物の退治でも、最初の空爆で魔物の9割を殲滅してしまっている。おかげで俺たちの獲物はかなり少なくなってしまっていて、戦闘は5分くらいで終わってしまった。
「おう。ところで、操縦は大丈夫だったか?」
「ああ、優秀な教官がいるからな」
ギュンターが腰に手を当てながら、ちらりと格納庫の方を振り返る。彼らに操縦を教えているのは、シュトゥーカにミラと一緒に乗っていた信也だ。彼はギュンターやカレンたちのためにマニュアルを作ったらしい。
「それにしても、この破壊力は飛竜以上よ・・・・・・!?」
ギュンターの隣で、まだ黒煙が上がる草原を見渡しながらカレンが呟く。
爆撃を行ったのはシュトゥーカと2機のコルセアだけだ。騎士団の飛竜部隊がブレスで魔物の群れを焼き払っているのを見たことがあるけど、3機の爆撃の方が彼らよりも間違いなく火力は上だ。
草原を駆け抜ける冷たい風は、黒煙のせいで焦げ臭かった。
今日は爆撃だけだったかもしれないけど、今後は飛竜と空中戦を繰り広げることになるかもしれない。それに、他の転生者が操る戦闘機とも戦う事にもなるだろう。仲間たちにはもっと訓練してもらわなければならない。
「ところで、力也」
「ん? どうした?」
チャイナレイク・グレネードランチャー付きのアサルトライフルを肩に構えながら草原の向こうを眺めていると、ギュンターを連れて屋敷へと戻ろうとしていたカレンがいきなり俺の名前を呼んだ。
「あんたって、髪染めたの?」
え? 何で?
髪を染めたことはないぞ。俺はずっと黒髪のままだった筈だが・・・・・・。
何でそんなことを聞くんだ? 白髪でも生えてるんだろうか?
「ん? 何で?」
「いや、なんだか・・・・・・髪が赤くなってない?」
「え?」
髪が赤くなってる?
そんな馬鹿な。髪を染めた覚えはないぞ?
俺は静かに左手を頭の上に伸ばした。手鏡は持ち合わせていないため、今の自分の髪の色がどんな色になっているのか確認するためには屋敷に戻らなければならない。触ったところで色が分かる筈はないんだけど、反射的に左手で自分の髪を触ってしまっていた。
「なあ、エミリア。俺の髪って赤いか?」
「うーん・・・・・・。確かに、なんだか赤いな。染めたのか?」
「いや、染めた覚えはないんだが・・・・・・」
おかしいな。俺の両親は黒髪だし、爺ちゃんと婆ちゃんも黒髪だったぞ。親戚に赤毛の人はいない筈だ。
「・・・・・・と、とりあえず、屋敷に戻ろうぜ」
俺はそう言うと、仲間たちと一緒に屋敷へと戻ることにした。
端末を操作して装備している武器をすべて解除してから、裏庭の門を開けてから屋敷の裏口のドアを開け、屋敷の中へと入る。
どうやら信也とミラはシュトゥーカの整備をしてから戻ってくるらしく、屋敷に戻って来たのは6人だけだった。
そのまま地下の射撃訓練場に向かうカレンとギュンターと別れ、4人で自室へと向かって階段を上っていく。背後で爆撃の破壊力を目の当たりにした3人の話し声を聞きながら、俺は左手で長くなった自分の髪を触っていた。
2階で研究室へと向かうフィオナと別れ、3階へと上った俺は、部屋のドアを開けてから真っ先に部屋の中にある鏡の前へと向かった。
髪を染めた覚えはない。俺の髪は黒髪の筈だ。なのに、どうして赤くなったと言われたんだろうか。
「・・・・・・赤い」
鏡を覗き込んだ俺は、鏡に映った自分の髪の色を見て呟いた。
カレンとエミリアに言われた通り、俺の髪は毛先がまるで赤毛のように赤くなっていたんだ。
「おかしいな。染めた覚えはないんだが・・・・・・」
「でも、赤毛の力也くんも素敵よ?」
「はははっ。ありがとな、エリス」
それにしても、なんで変色したんだろうか?
エリスに礼を言いながら、俺は変色した理由について考えていた。
やっぱり、どうして変色してしまったのか分からない。
訓練をしている間や部屋で過ごしている間も考えてみたし、フィオナにも聞いてみたんだけど、全く分からなかった。
何故なんだろうか。髪は染めてないぞ?
「とりあえず、風呂にでも入ろう・・・・・・」
もうギュンターやカレンたちは入浴を済ませている。エリスはエミリアを連れて地下の射撃訓練場で射撃訓練中だ。
あの姉妹はかなり仲が良くなった。エリスは変態になってしまったけど、昔のように優しい姉に戻ってくれたみたいだ。
それにしても、昨日の夜は大変だった。手足を縛られた状態でエリスとエミリアに襲われたんだからな。やっぱり、速河家の男は女に襲われ易いらしい。
脱衣所でタオルを腰に巻きながら、端末を操作してスモークグレネードを生産してから装備しておく。もしかすると、前みたいに訓練を終えたエリスが風呂場に突入してくるかもしれない。さすがに風呂場で襲われるわけにはいかないので、逃走用に用意しておいた方がいいだろう。
装備したスモークグレネードをさりげなくシャンプーとボディソープの容器の隣に置いた俺は、浴槽の蓋を取ってから桶にお湯を入れ、変色してしまった髪をお湯で濡らしてから髪を洗い始める。
「痛っ・・・・・・!?」
シャンプーを始めたその時だった。
頭を洗っていた左手の中指と人差し指が、何かに刺さったんだ。慌ててシャンプーを止めた俺は、指から出血してしまったせいで少しだけ赤くなってしまった泡に包まれた指を見てから、左手についている泡を洗い落として傷口を確認する。
まるで刃物で切ってしまったような傷だった。それほど深い傷ではないからすぐに塞がるとは思うんだが、なんで切れたんだろうか?
俺は目の前の鏡を凝視しながら、恐る恐る泡だらけの髪に触れて確認し始めた。もしかしたら、空爆の際に飛び散った爆弾の破片や魔物の外殻の破片が髪の中にあったのかもしれない。
毛先が赤くなった髪を指で退けていると、指を切ってしまった辺りの頭皮から、見慣れないものが突き出ているのが見えた。
何だこれ?
髪で隠れてしまう程度の長さだけど、頭皮から何かが突き出ている。先端部は剣のように鋭くなっているから、おそらくこれで指を切ってしまったんだろう。その鋭い先端部は、まるでサラマンダーの角のように真っ赤になっている。
まさか、これは角なのか・・・・・・?
「う、嘘だろ・・・・・・?」
指で挟んで引っ張ってみようとするけど、まるで俺の頭蓋骨と一体化しているかのように全く動かない。
俺は人間だぞ・・・・・・? 何で頭から角が生えてるんだ・・・・・・!?
しかも、頭から生えているその小さな角は、レベッカの鍛冶屋の工房で見かけたサラマンダーの角にそっくりだった。彼女が素材にした角ほど大きくはないけど、先端部に行くにつれて真っ赤になっているという特徴は間違いなくサラマンダーの角だ。付け根の方は真っ黒になっている。
「何で角が・・・・・・?」
もう一度角に触れようとした瞬間、いきなり左腕と腰の後ろの辺りがむずむずし始めた。角に向かって伸ばしていた左手を引っ込めた俺は、むずむずする自分の左腕を見下ろす。
泡だらけになった自分の左腕を見下ろした瞬間、俺は絶句した。
「え・・・・・・?」
左腕の皮膚が、変色していたんだ。
左腕を覆っている筈の肌色の皮膚は赤黒く変色し、まるで俺の義足を覆っているサラマンダーの外殻のようになっている。指先も人間の指よりも尖っていて、生えている爪も真っ黒になっていた。
恐る恐る右手を伸ばし、まるでサラマンダーの外殻のようなもので覆われてしまった左腕に触れた。まるでドラゴンの外殻で作られた自分の義足を触っているかのような感触がして、俺はぞっとしながら右手を離してしまう。
まるで、馴染んだ状態のサラマンダーの義手を取り付けたようだ。でも、義足を取り付けたばかりの頃のように痙攣するわけではなく、いつもの腕のように自由に動いてくれるらしい。
「何だよこれ・・・・・・・・・!」
変色してしまった左腕を見下ろしていると、風呂場の床の上に見慣れない物が転がっているのに気が付いた。
左腕や義足と同じく、赤黒い外殻のようなもので覆われている。まるで何かの尻尾のようだ。
左腕を伸ばしてその細い尻尾のようなものを掴んだ俺は、そっとそれを持ち上げた。先端部はナイフのように鋭くなっている。
これはどこから生えているんだろうか?
尻尾のような物を少しだけ引っ張ってみる。すると、タオルが巻いてある腰の後ろの辺りが引っ張られたような感じがした。
まさか、この尻尾は俺から生えているのか・・・・・・!?
「そんな・・・・・・!」
ぞっとしてしまった。
角が生えた上に、尻尾まで生えてしまったんだ。
「力也くんっ!」
「力也、その・・・・・・私たちも入っていいか・・・・・・?」
「!!」
尻尾を見下ろしながら驚愕していると、背後にある脱衣所のドアの向こうから、楽しそうな姉妹の声が聞こえてきた。どうやら今から俺と一緒に風呂に入るつもりらしい。
一緒に入るということは、この変異した左腕と生えてきた尻尾を見られてしまうということだ。
もし2人にこの姿を見られたら、嫌われてしまうかもしれない。
「ちょ、ちょっと待て!」
俺はそう言いながら、反射的にスモークグレネードを拾い上げていた。
でも、安全ピンを引き抜く前に脱衣所のドアが開いてしまう。
「力也くんっ! お姉さんも一緒に――――」
「力也――――」
「・・・・・・!」
ドアの向こうから、楽しそうに笑いながらエリスとエミリアが入ってくる。でも、すぐに2人の楽しそうな顔は消えてしまった。
エリスとエミリアは、変異してしまった俺の左腕と、腰の後ろから生えている尻尾を見下ろしながら目を見開いていた。
「り、力也・・・・・・!?」
「何で尻尾が生えてるの・・・・・・?」
「わ、分からないんだ。シャンプーしてたら左腕と腰の後ろがむずむずし始めて・・・・・・」
拙い。もしかしたら、2人に嫌われてしまうかもしれない。
風呂場に入り込んできた2人は、変異した俺の左腕をまじまじと見つめた。
「フィオナちゃんに検査してもらった方がいいかもしれないわ」
「あ、ああ・・・・・・」
彼女に検査してもらえば、もしかしたら治るかもしれない。
俺は変異してしまった自分の左腕を見下ろしながら頷いた。
研究室の中は、薬品と石鹸が混じったような匂いがする。いつもここに籠って研究をするフィオナの匂いだろうか。研究室というよりは病室の中にいるような感じがしてしまう。
俺の目の前で、フィオナは先ほど俺の身体から抜き取った血液を試験管の中に垂らし、その中に薬品を混ぜて検査をしているようだった。俺は先ほどから用意してもらった椅子の上に腰を下ろし、黙って彼女の姿を眺めていた。
変異の原因が分かれば、もしかしたら元の身体に戻るかもしれない。魔物や魔術に詳しいフィオナならば、もしかしたらその原因を突き止めてくれるかもしれないんだ。
エリスとエミリアと一緒に結果が出るのを待っていると、フィオナが持っていた試験管の中の俺の液体が、まるでマグマのような色に変色したのが見えた。
『・・・・・・やっぱり』
「原因は・・・・・・?」
『原因は分かりました』
マグマのような色に変色した血液の入った試験管をビーカーの中に入れてから、フィオナは俺の目を見つめながら言った。
『――――原因は、サラマンダーの義足です』
「なっ・・・・・・!?」
「力也くんの義足が・・・・・・!?」
思わず俺も左足を見下ろしてしまう。
今の俺の左足は、サラマンダーの外殻で覆われた義足だ。外殻の内側にある筋肉や骨や神経も俺の左足の中にあったものではなく、サラマンダーから取り出したものを流用しているだけだ。
ジョシュアに身体を乗っ取られるのを防ぐために切り落した左足の代わりに、レベッカに作ってもらったこの義足が原因ということなんだろうか?
『普通ならば、義足を馴染ませるために投与する血液はすぐに取り込まれて消滅してしまう筈なんです。でも、力也さんの場合は、まだ血液中にサラマンダーの血液が残っているんです』
「それが変異を誘発したということか・・・・・・?」
『おそらく・・・・・・。もしかすると、この世界の人間ではない転生者の血液とは完全に結びつく事が出来なかったからではないでしょうか?』
「俺以外に、義手や義足を付けて変異したケースはあるのか?」
『いえ、聞いたことがありません。それに、転生者への義足の移植は前例がありませんから・・・・・・』
「・・・・・・」
普通ならばすぐに取り込まれてしまう筈の血液が、俺の血液の中にまだ残っているらしい。この世界の人間ではない転生者の血液には馴染む事が出来なかったんだろうか?
この世界には他にも転生者が存在する筈だけど、転生者の存在を知っているこの世界の人間はかなり少ない。しかも、転生者は基本的に高い戦闘能力を持っている者ばかりだから、手足を失うような重傷を負うことは殆どない。
つまり、転生者が俺みたいに義足を移植した前例はないということだ。
『今のところ、変異は角と左腕と尻尾だけで済んでいるみたいです。これ以上悪化することはないと思います』
「治療は・・・・・・出来るのか・・・・・・?」
俺は恐る恐る彼女に聞いた。もしかしたら治療する事が出来るかもしれないと思っていたんだけど、前例がないということはこの変異を治療したという前例もないということだ。
治療することは出来るかもしれないけど、それは賭けになってしまうだろう。
俺の傍らで、エリスとエミリアもフィオナを見つめている。
フィオナは少しだけ俯いてから、そっと首を横に振った。
『・・・・・・ごめんなさい。治療は・・・・・・できないかもしれません。前例がありませんし、下手に薬品を投与すればさらに変異を誘発することになるかも・・・・・・』
「そうか・・・・・・」
これからは、ずっとこの身体のままということか。
「・・・・・・怖いだろ?」
変異してしまった左腕を見下ろしながら、俺は小さな声で3人に問い掛けた。もしかしたら治療方法が見つかるかもしれないけど、俺の身体はこのままだろう。人間のような身体で、ドラゴンのような手足と尻尾を持つ怪物だ。
俺は怪物になってしまったんだ。
仲間のために戦ったというのに、俺は怪物になってしまった。
「――――そんなことはないぞ、力也」
俺の傍らに立っていたエミリアが、いつも俺を見つめている時のような優しい目つきでそう言った。変異したせいで怪物になってしまったというのに、彼女はいつもと同じように俺を見つめてくれている。
「ええ。怖くないわよ」
隣に立っていたエリスも、微笑みながらそう言ってくれた。彼女もエミリアと同じように、いつものように微笑みながら俺を見下ろしている。
『そうですよ。気にしないでください、力也さん』
フィオナも同じだった。身体が変異してしまった俺の事を全く怖がっていない。彼女もいつものように微笑んでくれている。
「みんな・・・・・・」
ギルドの仲間たちは、俺の事を全く怖がっていなかった。もしかしたら拒まれてしまうのではないかと思っていたんだけど、3人の笑顔のおかげで、その不安が少しずつ消滅していく。
エミリアたちは、俺の事を仲間だと思ってくれているんだ。
「―――ありがとう・・・・・・・・・!」
赤黒い左手と人間の右腕を握りしめながら、俺は呟いた。