アンチマテリアルライフルのマズルブレーキの下に括り付けたペレット・ダガーを連続で突き出し、ジョシュアがそれを何とか受け流して反撃してくると、俺はジョシュアの振り下ろした剣を銃剣で受け止めた。
「ぐ………!」
「どうした? エミリアを連れ戻すんじゃなかったのか?」
ジョシュアはこのまま剣を押し込もうとしているようだけど、逆に俺に押し返されそうになっていた。歯を食いしばりながら両手に力を込めるジョシュアを挑発しながら、俺はジョシュアの剣を押し戻すように銃剣を前へと押し込んでいく。
あの時の俺のレベルは3だったけど、今はもう8になっている。恐らくジョシュアはあの時折られた剣を新調し、俺を倒すための訓練をして来たんだろう。
でも、あの時よりも俺たちの戦闘能力の差は開いているように思えた。ジョシュアが反撃してきたのを受け止めた時、また衝撃が俺の腕に激痛をばら撒いていくんじゃないかと覚悟してたんだが、全く衝撃は感じなかった。
今まではそんなことよりもポイントで武器を作る事ばかり考えてたから気が付かなかったんだが、敵を倒すことによって上昇するレベルとステータスはかなり卑怯な代物だった。騎士たちのように訓練を積まなくても、敵を倒すだけで俺のレベルは上がり、ステータスの上昇によって強くなっていく。つまり、普通の人よりも強くなる速さが全く違うんだ。
俺はあっさりとジョシュアの剣を押し返し、後ろへと下がったジョシュアを追撃。銃剣を振り回し、剣でガードしたジョシュアを横へと思い切り吹き飛ばす。
「がっ………!?」
ジョシュアは木箱を粉砕して地面へと叩きつけられ、呻き声を発しながら立ち上がる。身に着けた防具のおかげで木箱の破片が体に刺さるようなことはなかったみたいだけど、叩きつけられた衝撃でダメージは負っている模様だった。
剣を拾い直すジョシュアに銃口を向け、俺はスコープを覗き込む。いくら剣や矢から身を守ることができる防具でも、ゴーレムを一撃で木端微塵にしてしまう12.7mm弾は絶対に防御できないだろう。さっき防壁の上でバラバラにされた騎士たちの二の舞にならないためには、森の中で戦ったフランシスカのように回避するしかない。
「ふざけるな…………この余所者がぁッ!!」
立ち上がって左手を俺に向けてくるジョシュア。魔術を放つつもりなのだろう。左の掌に真っ赤な火の粉が集まり始めると、すぐに炎の球体が形成される。
ナバウレアで俺に放とうとしていた魔術とは違うみたいだった。
「エミリアは僕の許嫁なんだ………!」
ジョシュアの手のひらの上で火球が回転を開始すると、無数の火花を散らしながら真っ直ぐに俺の方へと向かってきた。スコープの向こう側に、舞い散らせた火の粉の尾を刻みながら向かってくる火球が映り込む。
もしあれに当たってしまえば、騎士たちのように防具を身に着けていない俺はあっという間に火達磨にされてしまうだろう。レベルが8だろうと関係ない。
でも、俺は回避しようとはしなかった。スコープを覗き込み、右手でバレットM82A3のグリップを握ったままだ。
「そのまま火達磨になれッ!!」
「――――うるせえ」
あの時俺が勝ったから、俺はエミリアを連れて逃げたんじゃないか。
俺は真っ赤に染まったスコープの向こう側を睨み付けると、トリガーを引いた。
まるで先ほどのジョシュアの声を掻き消すかのように轟く銃声。このアンチマテリアルライフルがこの銃声を轟かせる度に、魔物も人間も粉砕されてきた。
その銃声が次に牙を剥いたのは、ジョシュアだった。
12.7mm弾がジョシュアの放った火球と激突する。いくらゴーレムを粉砕する大口径の弾丸とはいえ、ジョシュアの火球と比べると当然小さい。きっとジョシュアは俺がこのまま焼き尽くされるだろうと思ってるんだろうな。
スコープの向こうで、俺の放った12.7mm弾が火球へと突き刺さった。弾丸は焼き尽くされることなく火球の中を突き抜けていくと、渦巻く熱風と火の粉の中を駆け抜け――――その向こう側で、俺が焼き尽くされると思い込んでいたジョシュアへと襲い掛かった。
「ぎゃああああああああッ!!」
12.7mm弾が貫通した火球が膨れ上がると、そのまま無数の火の粉となって消えていく。俺に降りかかったのはその火球の残滓だけだった。
スコープから目を離し、俺は火球の残骸が降り注ぐ向こう側へと視線を向ける。もし胴体に直撃していたのならあんな絶叫を発することすらできないだろう。つまり、狙いがずれたということになる。
左手でバレットM82A3のキャリングハンドルを掴んだ俺は、火の粉の向こうで地面に膝をつき、剣から手を離して必死に左腕を押さえるジョシュアを睨み付けた。
彼の周囲には防具の破片と肉片が飛び散っていた。その周りに飛び散った肉片の中に防具で覆われたままの腕が転がっているのを確認した俺は、今の一撃がジョシュアの左腕を引き裂いたんだと知った。
火球ごとジョシュアを撃ち抜いてやるつもりだったんだが、どうやら命中したのは左腕の肘のあたりらしい。
「ぐうっ………! 腕を…………ッ!」
「お前は俺に負けたんだ、ジョシュア」
あの時も同じことを言った。ナバウレアでルールを破ろうとしたジョシュアにペレット・ブレードの散弾を叩き込んだ時と同じセリフを言った俺は、腕を押さえたまま動かないジョシュアへと銃口を向けた。
トリガーを引けば、12.7mm弾が今度こそジョシュアを粉砕する。エミリアを連れ戻そうと追っ手を派遣してきたこいつを始末することができる。
トリガーを引こうとしたその時、俺の周囲を影が覆い尽くしたのが分かった。頭上から唸り声も聞こえる。
そういえば、飛竜に乗った騎士もいるんだった。まさか要塞に戻ってきたのか!?
俺の頭上には、やはり戦闘機くらいの大きさの漆黒の飛竜が舞っていた。要塞に侵入する前に確認した飛竜と同じ種類だ。
拙いな。バレットM82A3の弾丸はあと9発しかないぞ。対戦車ミサイルも撃ってしまったし、これが弾切れになったらウィンチェスターM1873かレイジングブルで応戦するしかない。
「力也!」
「エミリアか!?」
バレットM82A3を頭上の飛竜に向けようとした時だった。先ほど飛竜を奪うように頼んだエミリアの声がその飛竜の背中から聞こえたんだ。
ゆっくりと高度を下げ、俺の傍らに降り立つ飛竜。その背中には要塞の上空を旋回しながら俺たちを探していた騎士が乗っていたように、エミリアが乗っていた。傷を負っている様子はない。
「飛竜は奪ったぞ。――――ジョシュアか?」
「ああ。たった今決着がついたところだ」
腕を吹っ飛ばしてやったことは言わなかったけど、ボロボロになって転がる左腕と、出血の止まらない傷口を必死で押さえているジョシュアを見ればエミリアもすぐに知るだろう。彼女は膝をついたまま傷口を押さえるジョシュアを見た後に俺の方をちらりと見ると、静かに「……行くぞ、オルトバルカへ」と言った。
俺はマズルブレーキの下に括り付けていたペレット・ダガーを外して鞘に戻すと、バレットM82A3を背中に背負って飛竜の背中へと乗った。
飛竜が唸り声を発し、翼を大きく広げながら高度を上げていく。その時俺は、左腕を失ったジョシュアが飛竜と共に舞い上がっていく俺たちを睨み付けていることに気が付いた。大量に出血したせいで動けないからなのか、立ち上がって追って来ようとはせずに、黙って俺を睨み付けている。
「………行こう、エミリア」
「ああ」
俺はジョシュアから目を逸らすように騎士団の飛竜が追ってこないか警戒をはじめながら、エミリアに言った。
さすがにクガルプール要塞に俺たちが現れたと飛竜に乗った騎士たちは気が付いたようだったけど、彼らが慌てて要塞の方へと戻ってきた頃には、俺とエミリアは飛竜に乗って国境を越える直前のところまで来ていた。
地上は森で覆われている。このまま直進していけばすぐにオルトバルカ王国に入国できるんだけど、エミリアは直進せずに少し迂回するつもりらしかった。理由は、このまま直進するとオルトバルカ王国の要塞があるらしくて、そこの騎士たちにラトーニウス王国の攻撃だと勘違いされては困るかららしい。
確かに、俺たちはジョシュアから逃れたいだけだ。ラトーニウス王国とオルトバルカ王国の戦争を引き起こすつもりはない。
「ところで力也。オルトバルカ王国についたらどうするつもりなんだ?」
「傭兵ギルドでも作ろうかと思ってるんだ」
前にエミリアが言っていたギルドの話を思い出しながら、俺は彼女の問いに答えた。街や騎士団の拠点を襲撃する魔物に対して、すぐに迎撃に派遣できる傭兵ギルドがこの世界で多くの利益を得ているらしい。いつまでも金がないまま旅をするわけにもいかないからな。
それに、普通の傭兵ギルドと違って俺たちには銃がある。
「傭兵ギルドか………。確かに、それならすぐに金が集まるな」
「だろ? 悪くはないと思うぜ?」
進路を変えていた飛竜が、ゆっくりと進路を戻し始める。オルトバルカ王国の要塞を避けるために迂回していたんだが、そろそろ国境を越えて入国するらしい。
段々と森が無くなり始め、また俺たちの下に草原が広がる。エミリアは「よし、国境を越えたぞ」と嬉しそうに言うと、飛竜の高度をゆっくりと下げ始めた。真下の草原が段々と近付き始める中で、俺はちらりと後ろの方に広がる森を見る。
俺がエミリアと初めて出会ったラトーニウス王国。ジョシュアからの追っ手と彼を退けて、俺たちは無事に国境を越えることができたんだ。
転生した時にポケットに入ってた端末のおかげだ。もしこれがなかったら、俺は間違いなくもう死んでるだろう。
そういえば、レベルが8に上がってから全然武器を作ってなかったな。とりあえず街に到着したら確認してみよう。次はアサルトライフルでも作ろうか。
飛竜がゆっくりと草原の上に降り立つ。エミリアの後に草原に降り立った俺は、オルトバルカ王国の草原を見渡し、近くに魔物がいないか確認した。
「ありがとう、ここまで連れてきてくれて」
「ん? エミリア、飛竜って人間の言葉が分かるのか?」
ここまで俺たちを乗せてきてくれた飛竜の頭を撫でているエミリアを振り向いた俺は、彼女にそう聞いた。要塞で俺を迎えに来てくれたこの飛竜の眼は鋭かったんだが、彼女に優しくなでられている今は、まるで彼女に甘えているかのように優しい眼をしていた。
「いや、多分分からないだろう」
飛竜にもう一度「ありがとう」と礼を言ったエミリア。彼女はくるりと踵を返すと、バレットM82A2を背中に背負って草原を歩き始める。
草原の上に広がるのは綺麗な青空だった。ラトーニウスの草原と全く同じように思えるけど、少しだけ雰囲気の違う草原。背後で俺たちを乗せてきてくれた飛竜が舞い上がり、その青空の中へと飛び去っていく。
この国で彼女と傭兵ギルドを作るという目的を決めた俺は、エミリアと共に草原の向こうにある街へと向かって歩き始めた。
次回から第3章です。よろしくお願いします!