「か、可愛いなぁ・・・・・・! ふふふっ!」
さっき射的で撃ち落としたウサギのぬいぐるみを抱き締めながら、エミリアが幸せそうに笑っている。彼女が欲しがっていたそのぬいぐるみは思ったよりも大きかったから撃ち落とすために矢を3本とも使ってしまったけど、エミリアが喜んでくれているから問題ないだろう。
いつも凛々しい雰囲気を放っている彼女の楽しそうな笑顔を眺めながら、俺は残っていた生クリーム味のクレープを口の中へと放り込んだ。
しかし、笑ってるエミリアは可愛いなぁ・・・・・・。
「それにしても、すごかったぞ。あんな早業でこのぬいぐるみを落とすなんて・・・・・・!」
「だって、その・・・・・・お前のためだからな」
「ふふっ・・・・・・。ありがとな、力也」
「お、おう・・・・・・!」
大きなぬいぐるみを片手で抱えながら、もう片方の手で俺の手を握るエミリア。欲しがっていたぬいぐるみを手に入れる事が出来て、彼女はかなり喜んでくれているようだ。
どうやらエミリアは、こういうぬいぐるみが好きらしい。
彼女の笑顔を見て顔を赤くした俺は、咳払いしながら露店の並ぶ大通りを眺めた。当然ながら俺たち以外にも買い物客はいるんだが、殆どが仕事仲間や親子ばかりだ。男女で買い物に来ているのは俺たちだけらしいな。
できるだけ地味な私服を選んできたんだけど、同い年の男女で一緒に歩いていると目立ってしまう。
「ん?」
露店の列を眺めていた俺は、ずらりと並ぶ露店の向こうに立ててあった看板を凝視した。上品な装飾の付いた立派な看板で、何かの場面のような絵の上に作品のタイトルと公演の時間がかかれている。
映画館の看板かなと思ったんだけど、この世界には機械が存在しない。おそらくあれは演劇の看板なんだろう。
転生する前は何度か映画館まで行って映画を見に行ったことがあったんだけど、劇場に行って演劇を見たことはなかった。
「演劇か・・・・・・」
「ん? 演劇を見たいのか?」
看板を見つめながら呟くと、エミリアが隣で俺の顔を覗き込みながら尋ねてきた。
「いや、転生する前の世界でも演劇はやってたんだけど、見に行ったことはないんだよ。映画館にばかり家族で行ってたからさ」
「映画館?」
あ、この世界には映画はないんだよな。
「えっと、映画っていう映像を見る場所なんだよ。演劇みたいな感じかな」
「ふむ。・・・・・・なら、見に行くか?」
「演劇を?」
「ああ」
確かに、彼女と一緒に演劇を見に行くのもいいな。劇場に演劇を見に行ったことはないし、映画館に映画を見に行った時も家族と一緒だったからな。
「いいね。見に行こうぜ」
「ああ!」
彼女の手を引き、看板の立っている近くにある劇場の入口へと向かう。入口の向こうは映画館の入口のようになっていて、チケット売り場の壁には上演予定の演劇のポスターがずらりと張られていた。
どんな演劇があるんだろうか? 面白そうなのがあればいいんだが・・・・・・。
とりあえず張られているポスターを眺めてみる。伝説を題材にした演劇やラブストーリーの演劇ばかりだな。
伝説を題材にした演劇の中に、レリエルと大天使の戦いを題材にした演劇があった。『レリエルの最期』というタイトルがついてるけど、そのレリエルとは以前にヴリシア帝国で戦ってきたんだよな・・・・・・。まだレリエルは生きてるよ。まあ、レリエルは殺されたという説や封印されたという説があるからな。
他には、ガルゴニスっていうエンシェントドラゴンの伝説を題材にした演劇もあるみたいだ。
「エミリア、何か見てみたい演劇はある?」
「うーん・・・・・・。ら、ラブストーリーがいいな・・・・・・」
「ラブストーリーか・・・・・・」
今まであまり見たことはないが、見てみよう。
俺は彼女の手を引きながら財布を取り出すと、チケット売り場へと向かった。
「か、可愛いなぁ・・・・・・! ふふふっ!」
護身用に私が持ってきたマークスマンライフルのスコープを覗き込みながら、エリスさんはニヤニヤと笑っていた。私は双眼鏡から目を離し、隣でよだれを拭っている彼女をちらりと見てからため息をつく。
防壁の近くでハンヴィーから下りた私たちは、建物の屋根の上によじ登って双眼鏡やスコープで2人のデートをじっと見ていた。
一応私のマークスマンライフルにはサプレッサーが装着されているから、もし丸腰の状態の2人が何者かに襲撃されても、すぐに狙撃して援護する事が出来るわ。でも、あの2人ならば丸腰でも襲撃してきた奴を返り討ちにできるでしょうね。
この尾行は2人のデートの護衛ということになっているけど、2人とも強いから護衛する必要はないわ。
「あっ、頑張れエミリアちゃん・・・・・・!」
『射的ですか・・・・・・』
私も再び双眼鏡を覗き込む。どうやら力也とエミリアは、露店で射的をやってるみたいね。エミリアが挑戦してるみたいだけど、矢を外してるみたい。どんな景品を狙ってるのかしら?
景品を狙うエミリアを見守っていると、双眼鏡の向こうで彼女が落胆しながら弓を台の上に戻したのが見えたわ。景品を落とせなかったのね。
いつも彼女は凛々しい雰囲気を放ってるけど、涙目になりながら力也に抱き付いてるのは可愛らしいわ。
「あら、今度は力也くんが挑戦するみたいね」
『が、頑張ってください・・・・・・!』
きっと力也なら撃ち落とすわよ。
私は中距離射撃が得意だけど、力也は超遠距離狙撃を簡単に成功させるほど狙撃や射撃が得意なの。しかも、最近は早撃ちまでやるから、射撃の技術では間違いなくモリガンのメンバーの中でトップよ。私もよく彼から射撃を教わるわ。
力也はエミリアにクレープを渡すと、店主のおじさんに銅貨を渡してから弓矢を拾い上げる。そして矢をつがえると、エミリアが落とそうとしていた景品に狙いを定め、矢から手を離す。
矢を放った直後、力也はすぐに矢を拾い上げてつがえ、まるで早撃ちをするかのように素早く照準を合わせてからまた放ったわ。力也ならば一撃で撃ち落とせる筈なんだけど、大きな景品でも狙ってるのかしら?
3本目の矢も素早くつがえて放った直後、彼はにやりと笑いながら弓を台の上に戻した。どうやらエミリアが狙っていた景品を撃ち落とす事が出来たみたい。
おじさんが驚きながら露店の奥から持ってきたのは、真っ白なウサギの可愛らしいぬいぐるみだったわ。サイズは結構大きいみたいね。確かにあんなに大きなぬいぐるみは、力也でも矢を3本使わなければ落とせないでしょうね。
彼はそのぬいぐるみを受け取ると、にこにこと笑いながらエミリアに渡した。ぬいぐるみを受け取ったエミリアは、幸せそうに笑いながら受け取った大きなぬいぐるみに抱き付く。
「え、エミリアちゃんが笑ってるわッ! も、萌えるぅ・・・・・・!!」
『ちょ、ちょっとエリスさん! 鼻血出てますよぉっ!!』
フィオナちゃんが必死にハンカチを取り出すけど、既にエリスさんの鼻血は口から垂れているよだれと混ざり合って、まるでエリスさんが吐血したようになっていた。
「可愛らしい笑顔だわぁ・・・・・・! も、もう、デートから帰ってきたら押し倒していいかしらッ!?」
「お、落ち着いてください! 何考えてるんですか!?」
女同士だし、自分の妹じゃないの!
私はフィオナちゃんから貰ったハンカチで鼻血と一緒によだれを拭き取るエミリアの姉を見ながら、ため息をついた。
「なかなか面白かったな」
「ああ。感動したよ」
薄暗い劇場からエミリアと一緒に出て来た俺は、背伸びをしてから再びエミリアを手を繋ぎ、大通りへと歩き出した。
俺たちが見た演劇の内容は、異世界からやって来た少年が、騎士の少女に助けてもらって恋をしてしまうというラブストーリーだった。なかなか面白い話だったんだけど、なんだか俺とエミリアが出会った時を何度も思い出してしまって、俺はずっと舞台の方を見つめながらにやりと笑っていた。
ちなみに、ラストシーンではその少年は元の世界に戻ってしまうんだ。元の世界に帰ってしまう少年を少女が見送るシーンでは、観客が殆ど涙を流していた。もちろん、俺の隣でぬいぐるみを抱き締めながら演劇を見ていたエミリアも泣いていた。
「な、なあ、力也・・・・・・」
「ん?」
ラストシーンを思い出していると、隣を歩いていたエミリアが、大通りの中を歩きながら俺の手を軽く引っ張った。
「そ、その・・・・・・もし元の世界に帰れるようになったら、力也も・・・・・・帰ってしまうのか・・・・・・?」
今のところ、転生者が元の世界に戻る方法は不明だ。俺と信也は向こうの世界では死んでしまっているから、もしかしたら帰ることは出来ないのかもしれない。
おそらく彼女は、あの演劇のラストシーンを見て不安になっているんだろう。あの演劇に登場した少年のように、俺が元の世界に帰ってしまうのではないかと思っているに違いない。
エミリアは俺の手をぎゅっと握ると、俺の左手にしがみついた。
「・・・・・・そんなわけないだろ」
向こうの世界には俺の家族もいる。父さんと母さんは、俺と信也がどちらも死んでしまって悲しんでいるだろう。
元の世界に戻って両親に会いたいとも思うけど、エミリアやギルドの仲間たちと離れ離れにはなりたくない。出来るならば、俺はエミリアとずっと一緒にいたい。
だから、もし元の世界に変える方法が判明したとしても、俺はこの世界に残るだろう。
他の転生者たちも残りたがるだろうが、彼らは自分の持つ力と地位を手放したくないだけだ。でも、俺はエミリアと離れ離れになりたくないから残ろうと思っている。
「もし元の世界に戻れるようになっても、俺はずっとお前と一緒にいる」
「・・・・・・本当?」
「ああ。お前は俺が貰うって言ったろ? 手放すわけないじゃないか」
あの時、俺はあの駐屯地でそう宣言して彼女を連れ去ったんだ。手放すわけがないだろう。
俺がそう言うと、いつの間にか涙を浮かべていたエミリアは、涙を拭い去ってから俺の顔を見上げた。
「・・・・・・ありがとう」
「ああ。――――ところで、そろそろ昼飯でも食べに行かないか?」
そろそろ12時になる。さっきはクレープを食ったけど、あれが昼食代わりになるわけがない。
彼女を悲しませるような話題を何とか別の話で追い出した俺は、まだ涙目で俺の顔を見上げてくる彼女にそう言った。
「・・・・・・そ、そうだな。確かにお腹が空いた・・・・・・」
「レストランでも探すか?」
「そうしよう。・・・・・・そういえば、この近くにカレンがよく行っていたレストランがあるらしいぞ? よく父親と一緒に会議に行った帰りに食事を摂っていたらしい」
「へえ。カレンがよく行ってたレストランか」
「ああ。彼女がこの前教えてくれたのだ」
そこで飯を食べようかな。でも、カレンって領主の娘だから、もしかしたらそのレストランって滅茶苦茶高級なレストランなんじゃないだろうか? 地味な私服姿で入れるようなレストランならいいんだけどなぁ・・・・・・。
「なあ、そこって普通のレストランなの?」
「ああ。普通のレストランだから問題はないぞ」
よ、よかった・・・・・・。どうやらこの服装でも入れるような普通のレストランらしい。
もしかすると、カレンは庶民的な料理が好きなのかもしれない。ギュンターが言ってたんだけど、依頼が終わった後に外食する時は必ず普通のレストランで食事を摂ってるらしい。あまり高級なレストランには行かないんだろうか?
「じゃあ、そこに行ってみるか」
「うんっ!」
涙を拭いたエミリアが、楽しそうに笑いながら頷く。
「確か、この大通りの向こうだな」
今度は逆に、エミリアが俺の手を引きながら大通りを歩き始めた。
俺が元の世界には戻らないと言ったから安心してくれたようだ。デートを始めたばかりの時のように、楽しそうに俺の手を引っ張りながら大通りの向こうへと進んでいくエミリア。俺は楽しそうに歩く彼女を見つめながら、彼女の後について行く。
奥に進むにつれて、露店が段々と少なくなっていく。ずらりと並んでいた露店の列に取って代わったのは、喫茶店やギルドの事務所の看板の群れだ。やはり王都はネイリンゲンの街よりも大きいから、店やギルドの数も多い。傭兵ギルドや冒険者ギルドの看板の近くを通り抜け、おしゃれな喫茶店を通り過ぎてから右へと曲がったは、エミリアが「ここだな」と言って指差したレストランの看板を見上げた。
そこは、確かに普通のレストランのようだった。貴族たちが高級な料理を食べて行くようなレストランではなく、転生する前の世界にもあったファミリーレストランのような感じの店だ。
入り口のドアを開け、2人でレストランの中へと足を踏み入れる。カウンターの向こうの店員の声を聴きながら2人で窓の近くの席に腰を下ろした俺は、ぬいぐるみを隣に座らせたエミリアにメニューを手渡した。
「何食べる?」
「うーん・・・・・・。ペスカトーレにしようかな。力也はどうする?」
「俺は――――」
彼女からメニューを受け取り、注文する料理を決めようとしたその時だった。窓の外を歩いていた人々が、いきなり悲鳴を上げながら逃げ惑い始めたんだ。
何か起きたんだろうか?
開きかけていたメニューを閉じて窓の外を見ようとした瞬間、いきなり入り口のドアが蹴破られたように開き、ベルが悲鳴を上げるように大きな音を立てた。
「きゃあああああああッ!!」
「静かにしろ!」
「おい、動くんじゃねえぞッ!!」
カウンターの向こうにいた女性の店員の悲鳴が聞こえた直後、男たちのやかましい罵声が聞こえてきた。彼らの声を聴いた瞬間、先ほどまで楽しそうに笑っていたエミリアが、いつも戦闘中に発するような威圧感を発し始める。
入口の方から入り込んできたのは、サーベルや短剣を手にした男たちだった。剣で客や店員を脅しながら、客席の方へとやって来る。
強盗だろうか?
出来るならば空気を読んでほしいものだ。せっかくエミリアと2人っきりでデートを楽しんでたのになぁ・・・・・・。
全員ぶち殺してしまおうかな。
「お? おい、リーダー! こっちに可愛い女の子がいるぜ!?」
「ほう? どいつだ?」
俺はちらりとその強盗の男を見た。そいつが指差しているのは、明らかに俺の向かいに座っているエミリアだ。
強盗の男に呼ばれ、サーベルを持っていたリーダーがゆっくりと俺たちの客席へと近付いてくる。ギュンターよりも背のでかい大男だ。だが、俺たちは依頼でいろんな強敵と戦ってきたから、全く怖くなかった。
「へえ。確かに良い女だなぁ! 何だ? デートの最中だったか?」
リーダーはニヤニヤと笑いながら俺を見下ろすと、持っていたサーベルの刀身を俺の顔に近づけた。
デートの邪魔をしやがって・・・・・・。
「悪いけどよぉ、この彼女は貰っていくぜ。こんないい女を人質にするのは勿体ないから、俺の女にしてやるよ! ガハハハハッ!」
「残念だったなぁ! 彼女は貰うぜ! ハハハハッ!!」
「――――おい、おっさん」
リーダーがエミリアに手を伸ばそうとした瞬間、俺はため息をついてからその大男に言った。リーダーは俺がビビってると思い込んでいたらしく、俺の方を見下ろして驚いたけど、すぐにまたニヤニヤと笑い出す。
「何だぁ?」
「・・・・・・あんた、子供はいるか?」
「子供? ――――ハハハッ! ああ、何人もいるぜ! 女を何人も抱いてきたからなぁッ!」
「――――そうか」
大笑いする大男の顔を睨みつけながら、俺は静かに立ち上がった。リーダーと近くにいた男はニヤニヤと笑いながら俺に剣を突き付けてくるが、全く意味はない。俺は何度も強敵との戦いで死にかけてきたから、剣を突き付けられた程度では全く恐ろしいとは思わない。
俺は一瞬だけにやりと笑った。今まで仕留める寸前の獲物に見せてきた俺の笑みを見たリーダーが、俺に更に剣を近づけて脅そうとする。
だが、俺はリーダーが剣を俺に近づけるよりも先に左足に力を入れ、サラマンダーの素材で作られた義足を蹴り上げながらブレードを展開していた。
脹脛のカバーの中に収納されていたブレードが、スリットに沿いながらスライドする。
蹴り上げながら展開した切っ先の赤いブレードは、俺の目の前に立っているリーダーの両足の間をそのまま上昇し―――――リーダーの息子に突き刺さった。
「ひっ・・・・・・ぐえっ・・・・・・ギャアアアアアアアアアッ!!」
ゆっくりと下を見下ろし、絶叫するリーダー。俺たちに蹂躙された敵よりもすさまじい絶叫を聞きながら、俺は崩れ落ちた強盗のリーダーを見下ろした。
「――――もう、それはいらないだろ?」