ふらつきながらなんとか壁までたどり着いた俺は、壁に掛けてあった制服の上着に手を伸ばした。数日前にフィオナにお願いして作ってもらった新しいモリガンの制服だ。
前まで着ていたオーバーコートよりも薄着に見えるコートで、襟は高めになっているから、襟の一番上まで締めてしまえば鼻まで隠れてしまうだろう。首の後ろにはちゃんとフードもあるし、そのフードには転生者ハンターのトレードマークの真紅の羽根がちゃんと飾ってある。コートのあらゆるところにベルトがついているから、まるで拘束具のようなデザインになっている。
オーバーコートでは少々動きにくかったため、フィオナに新しく作ってもらったものだ。ズボンもこのコートに合わせたデザインのものに変更してあるから、ちゃんと上着も身に付ければ拘束具を身に付けながら歩いているようにも見えてしまうかもしれない。
上着を羽織った俺は、テーブルの上に置いてある角の生えた黒い頭骨のようなものを拾い上げた。その頭骨の眉間から生えている角は先端部に行くにつれて溶鉱炉の中に放り込まれた金属のように真っ赤になっている。頭骨はまるで石炭のように真っ黒で、人間の頭の骨のように丸くはなく、馬や鹿の骨のように細長い形状になっている。
その頭骨は、レベッカに頼んで作ってもらった仮面だった。当然ながら、使った素材はサラマンダーの頭骨の一部と角の一部で、サラマンダーの頭の骨格を模したものになっている。さすがにサラマンダーの頭骨そのものを仮面にすると大き過ぎるので、骨を削り出して作ってもらったんだ。
何のために作ってもらったかというと、十戒殲焔(ツェーンゲボーテ)を発動した際に顔を隠すためだ。
あの能力は超高温の炎を自由自在に操る事が出来るようになるんだけど、発動中はガソリンを浴びせられて火を付けられたような激痛に襲われ続ける上に、姿もまるで真っ黒に焦げた焼死体のようなグロテスクな姿になってしまうんだ。ちなみに、この姿を見たエミリアとエリスはドン引きしていた。
頻繁には使いたくない能力だけど、使いたくない理由は激痛に襲われ続けるというリスクが高い能力であるだけではなく、彼女たちに嫌われたくないんだ。
試しに制服の上着をちゃんと着てフードをかぶり、レベッカから貰った真っ黒な仮面をかぶってみる。そのまま鏡の前まで歩こうとした瞬間、部屋のドアが開いた音が背後から聞こえてきて、俺は立ち止まった。
今の時刻は6時30分。いつもならば外で剣の素振りを終えたエミリアが戻ってくる時間だ。
つまり、今ドアを開けたのは――――エミリアと言う事になる。
「きゃあああああああああッ!?」
恐る恐る後ろを振り返る前に、背後から聞き慣れた少女の悲鳴が聞こえてきた。間違いなくその悲鳴は、部屋の中にいる全く見慣れない格好の俺を見て発した悲鳴だろう。
またSMG(サブマシンガン)のフルオート射撃を室内でぶっ放されては困るので、俺は彼女がホルスターから愛用のPP-2000を引き抜くよりも先に仮面を取り、ホルスターの中のSMGに手をかけていた彼女の名を呼んだ。
「エミリア、俺だよ」
「え・・・・・・? り、力也・・・・・・?」
彼女はきょとんとしながら、ホルスターの中の銃から手を離す。どうやら落ち着いてくれたようだ。
「な、何だその格好は・・・・・・?」
「いや、フィオナに新しく作ってもらった制服を試しに着てただけさ」
「そ、その仮面は?」
「レベッカに作ってもらったんだ」
「な、なんだ・・・・・・。びっくりしたぞ、まったく・・・・・・」
「はははっ。ごめん」
そういえば、この制服はまだエミリアに見せてなかったな。
とりあえず、仮面は腰に下げておこう。かぶるのは義足が馴染んで実戦に復帰してからだ。
今のところピエールから特に転生者の情報は入っていないけど、まだこの世界には人々を虐げている転生者がいる筈だ。今までかなりの人数の転生者を殺して来たけど、まだ彼らは残っているだろう。
それに、信也までこっちの世界にやって来たと言う事は、転生者は次々に増えているのかもしれない。
どれだけ狩っても減らないって事か。
いいじゃないか。レベルは上がるだろうし、ポイントも簡単に手に入る。俺や仲間たちのレベルアップに利用させてもらうとしよう。
ちなみに、今のところ転生者を倒したメンバーは、俺とカレンだけだ。カレンは例のリゼットの曲刀を回収するために地下墓地に向かった際に転生者と遭遇し、回収したばかりのリゼットの曲刀を使って撃破している。
おそらく、彼女以外のメンバーでももう転生者を倒すことは可能だろう。特にエリスは俺とエミリアを相手にしても互角に戦っていたから、彼女ならば転生者を瞬殺してしまうに違いない。
「ん・・・・・・」
「・・・・・・?」
仲間の戦力について考察していると、ベッドの方から眠そうなエリスの声が聞こえてきた。エミリアは朝早くからトレーニングをしているけど、エリスはいつも目を覚ます時間は遅い。今までギュンターが一番起きてくるのが遅かったんだけど、エリスはギュンターよりも起きるのが遅いんだ。
部屋の奥にあるベッドの毛布を退けながら、髪を下ろしたエリスが瞼をこすって起き上がる。いつも彼女は蒼い髪をお下げにしているんだけど、髪を下ろした状態だとエミリアに本当にそっくりだ。
「ふぁぁ・・・・・・。あら、力也くんとエミリアちゃん・・・・・・もう起きてたのぉ?」
「おう、おはよう」
「姉さん、しっかりしてくれ。だらしないぞ?」
「仕方ないじゃないのぉ・・・・・・。夢の中でエミリアちゃんを思いっきり可愛がってたんだからぁ・・・・・・。はぁ、起きたくなかったなぁ・・・・・・」
ベッドから起き上がり、俺たちの方へとやってくるエリス。起き上がって歩き始めた彼女の姿を見た瞬間、俺とエミリアは絶句してしまった。
パジャマ姿じゃなかったんだ。なぜか下着姿だったんだよ・・・・・・。なんで脱いでるの? もう秋だぞ? 寒くないのか?
「ねっ、ね、姉さん!? ぱっ、パジャマは!?」
「分かんない・・・・・・多分脱いじゃった」
「なんで脱いだの!?」
なぜ脱いだんだろうか。まだ雪は降っていないけど、オルトバルカ王国は北国だ。秋に下着姿で寝てればすぐに風邪をひくぞ?
エリスは白い下着姿のまま、まるでリハビリをしている最中の俺のようにふらつきながらこっちへとやって来ると、眠そうな顔でエミリアの顔を見てにやりと笑ってから、いきなりエミリアを抱き締めた。
「ね、姉さんッ!?」
「んー・・・・・・やっぱり私の妹は可愛いなぁ・・・・・・」
「だ、だから姉さん! 力也もいるから・・・・・・!」
「んー・・・・・・」
エミリアを抱き締めながら、くんくんと彼女の匂いを嗅ぎ始めるエリス。助けるべきだろうかと思ったけど、もしかしたら俺まで巻き込まれて、そのままこの前みたいに2人仲良く押し倒される危険性があったので、とりあえず一歩後ろに下がって仲睦まじい姉妹の様子を見守ることにする。
「姉さん、もっ、もういいだろう!?」
「やだぁ・・・・・・。エミリアちゃん、良い匂いがするんだもん・・・・・・」
「訓練が終わったばかりだぞ!? 姉さん、そろそろ離し――――きゃっ!?」
「あははっ。やっぱりエミリアちゃんの胸は大きいねー・・・・・・」
エリスに胸を触られて顔を真っ赤にするエミリア。彼女は涙目になりながらなんとかエリスを引き離そうとするけど、エリスは転生者並みの戦闘力を持つラトーニウス王国騎士団の切り札だ。かなり強靭な腕力で押さえつけられているから、エミリアが必死にもがいてもびくともしなかった。
「エリス、そろそろエミリアを離して――――うおっ!?」
いきなりエリスの手が伸びてきて俺の肩を掴んだかと思うと、そのまま俺まで抱き締められてしまう。片手で俺を抱き締めているからエミリアの胸を揉むのはやめたみたいだけど、俺のすぐ隣にまだ顔を赤くして涙目になっているエミリアがいて、俺まで顔を赤くしてしまう。
「んー・・・・・・力也くんも良い匂いがするぅ・・・・・・」
「え、エリス・・・・・・」
寝起きの状態で片手で抱きしめられている筈なのに、俺が全力で逃げようとしてもエリスの腕は全く動かない。
俺はため息をつくと、くんくんと俺の臭いを嗅ぎ始めたエミリアの姉を見下ろした。
モリガンの制服は基本的に真っ黒だ。場合によっては迷彩模様の制服に着替える事があるが、いつもみんなはあの黒い制服姿で依頼を受けている。
ハーフエルフの耳と夜間での隠密行動の際に目立つ銀髪を隠すためにフィオナちゃんがつけてくれたフードをかぶった俺は、裏庭にある物置の陰に隠れながら屋敷の様子をうかがっていた。俺の制服は胸元が開いたダスターコートのようなデザインで、旦那やミラの制服のようにフードがついている。
「ちっ。ドローンか・・・・・・!」
屋敷の周囲を巡回しているのは、旦那が端末で生産したドローンという無人兵器だ。本体の下には汎用機関銃のMG3とセンサーを搭載している。この前の会議で配備された屋敷の番人たちだ。
だが、俺はギルドのメンバーだ。発見されたとしても撃たれることはない。だが、あの3階の窓の近くを巡回しているドローンだけは、間違いなく発見次第俺をゴム弾で攻撃してくるだろう。
あのドローンは、カレンが旦那に配備してくれと頼んだドローンだ。どうやらあのドローンは俺だけに反応するドローンらしい。
サプレッサー付きの銃でもあれば撃ち落せるんだが、撃ち落せばすぐに旦那にバレてしまうだろう。だから武器を使うわけにはいかない。
物置の影から飛び出した俺は、姿勢を低くしながら建設中の戦車のガレージへと向かって走り出した。取り付けられたばかりの屋根の上によじ登って屋敷の窓に飛び移ると、そのまま窓の淵を掴みながら上へと上っていく。
2階まで上ったところで、例のドローンが俺の近くまでやって来た。俺はドローンに発見されないように少しだけ下に下がると、ドローンが飛び去るまでそこで待機する。
「・・・・・・行ったか」
よし、登るぞ。
3階のあの窓まで辿り着けば――――風呂場をのぞく事が出来るぜッ!!
旦那が本当に俺にだけ反応するドローンを風呂場の周囲に配備してるけど、俺はそいつらを突破して絶対に風呂を覗いてみせる!
確か、さっきカレンが訓練を終えて風呂場に向かった筈だ。フィオナちゃんもそろそろ薬草の研究を切り上げて風呂場に向かう頃だろう。つまり、そろそろ風呂に入って来るのはカレンとフィオナちゃんの2人ということだ。
出来るなら姉御や姐さんの風呂に入ってる姿も見てみたいんだが、あの2人にはすぐバレそうだし、旦那にバレたら俺が旦那に殺されるかもしれない。
ドローンが窓から離れた隙に、俺は一気に風呂場の窓の近くまで上った。おそらくドローンがまたここに戻ってくるまで1分くらいかかるだろう。その間に風呂場の中を覗き、ドローンが近づいて来たら離れればいい。
『お疲れ様です、カレンさん』
「ええ、お疲れ様。どう? 薬草の研究は」
『はい。エリクサーの調合にも役立っていますし、もしかしたら新しいエリクサーを作れるかもしれません』
「あら、それは楽しみね」
もう風呂に入ってるみたいだな。風呂の中から聞こえてきた話声は、確かにカレンとフィオナちゃんの声だ。
そういえば、旦那は前に姉御や姐さんと一緒に風呂に入ったらしい。羨ましいなぁ・・・・・・。
『ところで、カレンさんってギュンターさんと仲がいいですよね?』
窓の近くに行こうとしていると、フィオナちゃんがいきなりそんな話を始めた。
「え? あいつと?」
『はい。訓練もよく一緒にやってるみたいですし、前も地下墓地まで一緒に行ってたじゃないですか』
「それは・・・・・・まあ、あの馬鹿が頼りになるから一緒に来てってお願いしたのよ」
『確かに、ギュンターさんは頼りになりますよね!』
「ええ、頼りになるわ。・・・・・・でも、ギュンターと力也って結構無茶をするわよね?」
『そ、そうですよね・・・・・・。無茶をしない男の子は信也くんだけですよ』
俺ってそんなに無茶をするか? 旦那はかなり無茶をしてるらしいけどな。姉御と出会ったばかりの頃なんか、ワイヤー付きの対戦車ミサイルで駐屯地の防壁を飛び越えて逃げたらしいし、この前の魔剣との戦いでは死んでしまった姉御のために心臓の一部を移植してるんだぜ? 俺よりも旦那の方が無茶してるぞ?
「最初に転生者と戦った時、あの馬鹿は自分が戦ってる隙に逃げろって言ったのよ?」
あの時の事だ。俺が初めてこのギルドにやってきて、旦那たちにあの転生者を倒しに行った時、確かに俺はカレンにそう言ったな。
だって、旦那が宇宙まで吹っ飛ばされちまったんだぜ?
「あいつだって私の仲間なんだから・・・・・・死んでほしくないわ」
『カレンさん・・・・・・』
「だから、もう無茶させない。私も強くなってあの馬鹿に無茶をさせないようにしてやるんだから」
カレン・・・・・・。
その時、俺のすぐ上にあった風呂場の窓がいきなり開いた。俺はぎょっとして逃げようとしたけど、俺が逃げ出すよりも先に窓の向こうから湯気と共に真っ黒な銃身が突き出たかと思うと、その銃身が窓の真下にいた俺の方に向けられる。
確かあの銃はM14EMR。カレンが使用するマークスマンライフルの1つだ。
まさか、覗こうとしてたのがバレてたのか?
「―――かっ、カレン?」
「・・・・・・・・・」
濡れた金髪から温くなった水滴を垂らしながら、バスタオルを体に巻いて俺を見下ろすカレン。マークスマンライフルを俺に向けている彼女の顔は、何故か少しだけ赤くなっていた。
「あんた、また覗きに来てたの?」
「い、いや・・・・・・」
「・・・・・・こ、この馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「ぶっ!?」
絶叫した瞬間、カレンはマークスマンライフルのトリガーを引いた。銃口でマズルフラッシュが煌めいた瞬間、その光を突き破って飛んできた7.62mmゴム弾が、容赦なく俺の顔面に直撃する。
彼女がぶっ放したゴム弾に被弾した俺は、窓の淵を掴んでいた両手を離してしまい、そのまま3階から地面まで落下する羽目になった。
キッチンに置いてあったラム酒の酒瓶の栓を抜いた俺は、棚の中からコップを1つ取り出すと、椅子に腰を下ろしてコップの中にラム酒を注いだ。キッチンの中には昨日の夕飯の時にエリスが作り出した真っ黒なかぼちゃのシチューの臭いが残っている。1日中キッチンの窓を開けておいた筈なのに、まだあの強烈な臭いが残っているんだ。
こっちの世界に転生してからは何故か17歳くらいに若返ってるけど、転生する前は24歳だったんだし、飲んでも問題ない筈だ。
ラム酒を注いだコップを口元に運んでから傾け、中に入っている酒を一口だけ飲んでからコップをテーブルの上に置く。
今日のリハビリも済ませたし、血液も投与した。昨日よりも大分歩けるようになったし、まだふらついてしまうけど手すりにつかまらなくても階段を上り下りできるようになった。明日辺りにはそろそろ走ってみようと思っている。
早く歩けるようになって、エミリアとデートに行きたいしな。
『あ、力也さん。・・・・・・お、お酒飲んでるんですか!?』
「おう、フィオナ。どうしたんだ?」
彼女は幽霊だから、壁やドアをすり抜ける事が出来る。背後からドアが開いた音が聞こえなかったのは、ドアをすり抜けて入って来たからだろう。
フィオナは俺の向かいの席までやって来ると、静かに腰を下ろした。
「フィオナも飲む?」
『わ、私もですか? ・・・・・・まあ、私はメンバーの中で最年長ですし・・・・・・』
確かにフィオナはメンバーの中で最年長だな。彼女は見た目は12歳の幼い少女なんだけど、彼女が死んでしまったのは今から100年前だから、フィオナの年齢は112歳ということになる。ちなみに彼女以外のメンバーで最年長はエリスなんだけど、彼女はまだ18歳だ。
俺はふらつきながら立ち上がると、棚の中からもう1つコップを取り出した。
『大分歩けるようになったんですね』
「まあな。結構馴染んで来たみたいだ」
椅子の上に腰を下ろした俺は、彼女の目の前にコップを置き、コップの中にラム酒を注いだ。
『じゃあ、いただきます』
「おう」
小さな手でコップを持ち上げ、ラム酒の入ったコップを口元へと運ぶフィオナ。俺もコップを持ち上げ、もう一口飲む。
「そういえば、サラマンダーの装備は届いた?」
『はい。届きましたよ?』
「確か、フィオナの装備は杖だっけ?」
『はい』
彼女はレベッカにサラマンダーの素材で杖を作ってくれと頼んでいたんだ。しかも彼女が頼んだ杖は魔術の詠唱のために使う普通の杖ではなく、中に剣を仕込んでいる。刀身はエミリアのクレイモアや俺の義足のブレードと同じくサラマンダーの巨大な角から作られているから、強度も非常に高いらしい。
『明日からエミリアさんに剣術を教えてもらうつもりです』
「そうか。エミリアは騎士団で剣術を習ってたから、教わるなら彼女の方がいいぞ」
『力也さんのは我流でしたっけ?』
「ああ。俺のは我流だ」
俺の話を聞きながら、フィオナはコップを傾けて中に入っていたラム酒を飲み干してしまう。気に入ったんだろうか?
彼女に「もう一杯飲む?」と聞いてみると、フィオナは顔を少し赤くしながら頷いた。俺は酒瓶を掴むと、彼女のコップの中にさっきよりも多めに酒を注ぐ。
『でも、力也さんは我流でも強いですよぉ』
「はははっ。ありがとな。・・・・・・でも、習うならエミリアの方がいいぜ。あいつはちゃんと騎士団で訓練を受けてきたし・・・・・・」
『そうですよねぇ・・・・・・。エミリアさんは騎士団にいましたからねぇ・・・・・・ひっく』
ん? もしかして酔っぱらった?
さっきコップに酒を注いだ時、確かフィオナの顔が少しだけ赤くなってたような気がする。
するとフィオナは、何故かちらりと自分の胸元を見てから再び酒を一口飲んだ。
『エミリアさんって、おっぱい大きいですよね』
「ぶっ!?」
ラム酒を口に丁度含んでいた俺は、吹き出す前に両手で口を押えた。落ち着いてから口の中の酒を飲み込み、口の周りを制服の袖で拭い去る。
何でいきなり胸の話を始めるんだよ!?
『羨ましいんですよぉ。私、12歳の時からずっと姿が変わらないんです。だからずっと幼女のままなんですよぉ・・・・・・ひっく』
「お、おい、フィオナ・・・・・・?」
『今日はカレンさんと一緒にお風呂入って来たんですけど、カレンさんもおっぱいが大きかったです。本当に羨ましいです・・・・・・ひっく』
「落ち着けって。な?」
『だって・・・・・・私はもう成長しないんですよ? これからも幼女のままなんですよ?』
拙いな。フィオナは酒に弱かったのか。
とりあえず彼女から酒の入ったコップを取り上げようとしたんだけど、フィオナは俺にコップを取り上げられる前に中身を全部飲み干すと、ふわりと浮き上がってからテーブルを飛び越え、椅子に腰かけている俺の膝の上に舞い降りた。
酒の臭いと彼女の甘い匂いが混ざり合う。まだ少しだけ湿った白い前髪を俺の胸元に押し付けながら、フィオナは言った。
『ミラちゃんだって私より大きいんですよぉ? 私だけずっと小さいままなんですよぉ? ねえ、力也さん。ひっく』
「落ち着けって。大丈夫だよ、フィオナは可愛いから」
『うふふふっ。じゃあ、いつもみたいに撫でてください』
「はははっ」
酔っぱらってても可愛らしいな。
俺は片手で彼女を抱き締めながら、まだ湿っている彼女の真っ白な髪を撫でた。フィオナは俺やエミリアに撫でてもらうのが好きらしく、頭を撫でてあげるといつも気持ちよさそうにしている。
『にゃ・・・・・・』
「ん?」
『・・・・・・』
胸元から彼女の寝息が聞こえてきた。どうやら眠ってしまったらしい。
俺はコップの中のラム酒を飲み干すと、寝息を立てた彼女の頭を撫で続けた。