異世界で転生者が現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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エリスに夕飯を作らせるとこうなる

 

 薄暗い裏庭で、振り下ろされた大剣が炎のように赤く煌めいた。大剣と言うにはやや細身の刀身を持つこの剣は、切っ先に行くにつれて、まるで窯の中に放り込まれた鉄のように真っ赤になっている。鍔の端からは反対側の鍔へと向かって赤黒いリングのような装飾があるだけで、それ以外の装飾は全くない。

 

 信也とミラが倒してきたサラマンダーの素材で作ってもらったクレイモアだ。私の要望を聞いてくれた力也が、レベッカに頼んで作ってもらったらしい。

 

 刀身にはサラマンダーの角を使用し、他の場所には選りすぐりの鉱石とサラマンダーの外殻が使われている。強度は極めて高く、ドラゴンの外殻を両断しても全く傷がつかないらしい。

 

 ちなみに私が得意とする魔術は雷属性で、騎士団にいた頃は雷や電撃を剣に纏わせて攻撃していると剣が発熱してしまうことがよくあった。そのせいで支給された剣を何本も融解させてしまった事があり、上官によく怒られていた。だが、この剣は炎属性のドラゴンの素材を使っているため、発熱したとしても全く問題はない。むしろその強烈な熱で相手の防具や剣を焼き切ることも出来るらしい。

 

 これならば、気にせずに雷や電撃で攻撃できる。

 

 重さは前に使っていたクレイモアよりも少々重いが、問題はないだろう。

 

「・・・・・・そろそろ戻るか」

 

 サラマンダーのクレイモアを背中の鞘に戻し、私は踵を返した。そろそろ屋敷に戻ってシャワーを浴びて、朝食を摂りに行かなければならない。

 

 裏口のドアを開けて屋敷の中に戻る。壁に掛けられたランタンが薄暗い屋敷の中を照らし出しているが、もう太陽も上り始めている。私はランタンの中の炎を消してから階段を上り始めた。

 

 力也が義足を付けてから3日が経過している。リハビリでは松葉杖を使わずに歩ける距離が伸び、昨日からは手すりにつかまりながら階段を上り下りする練習を始めている。

 

 義手や義足を付けた者のリハビリに立ち会ったのは力也が初めてなのでよく分からないのだが、力也の回復速度は非常に速いとフィオナが言っていた。昨日のリハビリに私と立ち会った彼女は、たった3日で階段の上り下りを始めるのは信じられないと驚愕していたのだ。

 

 あいつはかなり無茶をする男だ。ジョシュアとの戦いでも私のために姉さんと2人で自分の心臓の一部を切り取り、私に移植してくれた。

 

 無茶をするなといつも言っているのだが、あいつは間違いなくこれからも無茶をするだろう。もしかしたらまた手足を失い、義手か義足を付ける羽目になるかもしれない。

 

 ―――だから、あいつが無茶をしないように私が支えるのだ。

 

 私も強くならなければならない。私も強くなれば、きっと力也は無茶をできなくなるだろう。

 

「あ、エミリア。おはよう」

 

「ああ、力也。おはよう。その・・・・・・足の具合はどうだ?」

 

「大分良くなってきたよ。まだ言う事を聞いてくれないけど、少しずつ馴染んで来てるし、指も動くようになったんだぜ?」

 

 階段の踊り場の所で出会った力也は、手すりにつかまりながら片手で自分の左足を軽く叩く。あのズボンの下にあるのは本来の肌色の皮膚を持つ左足ではなく、凶悪なドラゴンの素材を使って人工的に作り出された左足だ。彼は毎日リハビリを行い、サラマンダーの血液を投与しながら少しずつその新しい左足を馴染ませているのだ。

 

 昨日の夜に風呂から上がった時に左足を見せてもらったのだが、断面の肉と義足の肉が少しずつ融合を始めていた。最初は左足の断面がどこにあるかすぐに分かったのだが、昨日の夜に見せてもらった時は、義足から伸びた肉が力也の肉に染み込むように融合を始めていて、断面がどこなのか分からなくなり始めていた。

 

 レベッカは歩けるようになるまで一週間はかかると言っていたが、このままリハビリを続ければ一週間以内に歩けるようになるかもしれない。

 

 彼が歩けるようになったら――――2人で王都までデートに行く約束をしているからな。楽しみだ。

 

「じゃあ、朝飯の前に射撃訓練してくるわ」

 

「無茶するんじゃないぞ?」

 

「分かってるって」

 

「本当か?」

 

「はははっ。ああ、本当だ」

 

 力也は笑いながら、手すりにつかまって少しずつ階段を下りていく。まだ歩く速度は遅く、一歩下りる度に呻き声が聞こえてくる。

 

 私は手を貸そうかと思ったが、彼はリハビリの最中なのだ。手を貸すわけにはいかない・・・・・・!

 

 彼が転ばずに階段を下りるのを見守ってから、私は部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、まず滑走路を作ろうか」

 

 屋敷の外に集まってくれた仲間たちに言った俺は、屋敷の周囲に広がる草原を見渡しながら言った。ネイリンゲンの周囲の草原にはあまり魔物が出没しないため、ネイリンゲンの街は他の街と違って防壁に囲まれていない。以前にジョシュアがゾンビたちを連れて攻め込んできたことがあったが、あれは人為的な襲撃だ。

 

 この草原は特に誰かが所有しているわけではないから、好きに使っていいらしい。

 

 だから俺たちは、屋敷の近くに飛行場を作ることにした。飛行場と言っても8人で作れるような簡単な滑走路と格納庫代わりの木造のガレージがあるだけの飛行場だ。ヘリ用のヘリポートも何とかして作るつもりだけど、さすがにジェット機は使えないだろう。

 

 今のところ、使う予定の戦闘機はアメリカ製のF4Uコルセアという事になっている。エンジンは強力で強烈な武装を搭載できるし、爆弾も装備できる。でも、もし敵の拠点を空襲するならば爆撃機も用意しておいた方がいいだろう。

 

 何がいいかな? さすがにB29みたいなでっかい爆撃機を飛ばすわけにはいかないから、ドイツのシュトゥーカみたいな2人乗りの爆撃機がいいんじゃないかな。

 

 使う予定の戦闘機や爆撃機の事を考えながら、俺は端末を取り出してM2火炎放射器を装備した。ギュンターの故郷で転生者と戦った時にも使っていた火炎放射器だ。俺は義足からブレードを展開して倒れないように地面に突き刺すと、大きな燃料タンクを背負いながら、噴射口を目の前の草原へと向ける。

 

 滑走路を作るにはまず草原の草を取り除かなければならない。でも、たった8人で草を毟るとかなり時間がかかってしまう。だから、火炎放射器を使う事にしたんだ。

 

「エリス、頼むぜ」

 

「ふふっ。分かったわ」

 

 エリスは俺の隣に立つと、両手を目の前の草原へと向けながら魔術の詠唱を始める。彼女が一番得意とするのは氷属性の魔術で、その氷属性の魔術とハルバードを併用して戦っていたことから、彼女は絶対零度の異名を持っている。

 

 彼女の両腕に魔法陣に描かれているような蒼い複雑な記号が浮かび上がり、段々と蒼く輝き始める。

 

「隆起せよ、氷の城壁! アイス・フレンジー!」

 

 詠唱を終えた瞬間、いきなり目の前の草原の中から、無数の蒼白い氷の柱たちが草むらを突き破って何本も隆起を始めた。2列に並んだ柱たちが草原を蹂躙しながら氷の防壁を形成し、寒くなってきた草原に冷気をばら撒き始める。

 

 アイス・フレンジーは地中から氷の槍を何本の出現させて攻撃する魔術だ。普通の魔術師ならば氷の槍を出現させるんだけど、エリスの場合は体内にある魔力が多いらしく、かなり手加減しない限り氷の柱になってしまうらしい。こんな魔術を喰らったら騎士の隊列や魔物の群れは一瞬で串刺しにされてしまうだろう。

 

 しかも、普通の魔術師がこの氷の槍を出現させられる距離はせいぜい十数m程度なんだけど、エリスが使ったアイス・フレンジーの氷の柱たちは、明らかに数百m先まで隊列を作っている。しかも2列だ。

 

「エリス、柱の列の距離は?」

 

「900mよ?」

 

『ええッ!?』

 

 な、長すぎる・・・・・・。近くで柱の列を見ていたフィオナも、エリスの強烈な魔術を目の当たりにして驚いていた。

 

 エリスから聞いたんだが、武器に氷を纏わせながら戦うのは非常に難しいらしい。魔力を属性に変換してから武器に流し込む必要があるらしいんだけど、ちゃんと変換しないと魔力が無駄になってしまうし、流し込む量が多すぎると暴発し、自滅することもあるらしい。しかもその調整を、近距離で敵と戦いながらやらなければならないらしい。

 

 屋敷でエリスと戦った時、彼女は暴発の危険性がある調整を俺とエミリアと2対1で戦いながらやっていたという事になる。エリスには才能があるのかもしれないけど、才能以外に彼女は凄まじい集中力を持ち合わせているということになるな。

 

「すげえな、エリス・・・・・・」

 

「ふふふっ」

 

(さ、さすが絶対零度ですね・・・・・・!)

 

「よし、次は俺だな」

 

 M2火炎放射器の噴射口をエリスが生成した氷の柱の列の間に向ける。彼女に氷の柱を召喚してもらったのは、火炎放射器で草原を焼き払う際、炎が燃え広がらないようにするためだ。だからこうやって巨大過ぎる氷の柱で仕切ってもらえば、草原が全焼することはない。

 

 滑走路の長さはこの氷の城壁の長さでいいかな。

 

 俺は火炎放射器のトリガーを引いた。噴射口から噴き出た炎が氷の柱の間で生き残っていた草たちに襲い掛かり、次々に焼き払っていく。その炎は次々に他の草に燃え移っていき、俺の目の前が瞬く間に火の海へと変貌した。

 

 これ以上噴射する必要はないだろう。火の海がどんどん奥の方へと燃え移っていくのを見つめた俺は、火炎放射器のトリガーから指を離し、端末で火炎放射器の装備を解除した。

 

 草を焼き終えたら、あとは地面を固めて板を敷けば簡単な滑走路の出来上がりだ。機体を格納しておくためのガレージは、戦車用のガレージを作る際に業者に依頼すればいいだろう。

 

 俺は燃え上がる草原を見つめながら、飛行場で使う機体を選ぶために端末を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 今日の分のリハビリを終えた俺は、自室に戻ってソファに腰を下ろしていた。今日は階段の上り下りをやったんだが、昨日よりは階段を移動しやすくなっている。指も少しずつ動くようになってきたし、義足も馴染んで来たようだ。

 

 さてと。そろそろサラマンダーの血液を投与しないとな。

 

「・・・・・・」

 

 ソファの下にあるケースの中から赤黒い血の入った注射器を取り出し、静かにティーセットの脇に置く。レベッカが置いて行ってくれたサラマンダーの血液だ。

 

 義足の素材に使った魔物と俺の身体は、当然ながら遺伝子的に全く違う生物であるため、ただくっつけてリハビリをするだけでは拒否反応を起こしたり、全く馴染まない場合があるらしい。だから毎日少しずつサラマンダーの血液を投与して、義足を馴染ませる必要がある。

 

 右手で注射器を拾い上げた俺は、左足のズボンを捲った。サラマンダーの外殻と鱗で作られた俺の新しい赤黒い左足があらわになる。断面は義足から伸びた肉と融合を始めていて、赤と肌色のグラデーションが出来上がっていた。

 

 義足はあくまでもサラマンダーの素材を使って作られているため、右足と全く同じ形状というわけではない。人間の足とドラゴンの足を融合させたような形状をしている。だから指先から生えている爪の色や形状も、右足の爪とは全く違う。左足から生えている爪は真っ黒で、右足の爪よりも鋭いんだ。だからちゃんと切っておかないとブーツや靴下に穴が開いてしまう。

 

 でも、義足に使われている筋肉はサラマンダーの筋肉だから、当然ながら筋力は人間よりも遥かに上だ。しかもその筋力が転生者のステータスで強化されるわけだから、完全に馴染んだらきっと身体能力がかなり上がるだろう。

 

「えっと、断面の近くに注射すればいいんだっけ?」

 

 血液を投与する場所は断面の近くだ。だから、色が赤黒くなりかけている左足の太腿の部分に注射すれば問題ないらしい。

 

 俺は左足に針を近づけると、そのまま注射器の針を突き刺し、中に入っていたサラマンダーの血液を流し込んだ。

 

 静かに針を引き抜き、フィオナが作ってくれたエリクサーを一口だけ飲んですぐに傷口を塞ぐ。空になった注射器をケースの中に戻した俺は、ズボンを戻しながら左足の指を動かしてみた。

 

 初日は動かそうとすると痙攣するだけだったんだけど、あの時よりも動かしやすくなっている。でも、まだこの義足で走るのは無理だろう。

 

 ちゃんと歩けるようになったらエミリアと王都までデートに行く約束をしている。だから早く歩けるようになって、彼女とデートに行きたいな。

 

「お、そろそろ夕飯だな」

 

 今の時刻は6時30分だ。そろそろ夕飯が出来上がる頃だろう。確か、今日の夕飯を作るのはエリスだったような気がする。彼女が仲間になってから彼女に料理を作ってもらったことは一度もないんだけど、彼女の料理は美味しいんだろうか? きっとエミリアの姉だから料理は上手いだろう。

 

 ちなみに、今のところギルドのメンバーの中で料理が下手なメンバーはいない。

 

 制服の上着を羽織ってソファから立ち上がった俺は、ふらつきながらドアの方へと向かった。部屋のドアを開けて廊下に出て、階段へと向かう。

 

 すると、下の階から奇妙な臭いがしてきた。まるで腐臭と香水を混ぜ合わせたような臭いだった。

 

 何の臭いだ? 今まで一度も嗅いだことのない奇妙な臭いを嗅ぎながら、俺は手すりにつかまって少しずつ階段を下り始める。どうやらこの臭いの発生源は1階らしく、階段を下りる度に奇妙な臭いが濃くなっているようだ。

 

 まさか、発生源はキッチンじゃないよな? 嫌な予感がするぞ・・・・・・?

 

 何とか2階を通過して階段の踊り場へと到着すると、更に奇妙な臭いが濃くなった。もし臭いの発生源がキッチンからだったら、原因はエリスかもしれない。

 

 そして1階へと辿り着いた瞬間、俺はため息をついてしまった。この腐臭と香水の匂いを混ぜ合わせたような奇妙な臭いの発生源は、やっぱりキッチンからだったんだ。

 

 キッチンの扉の前では、鼻を押さえながらカレンとギュンターとエミリアとフィオナの4人が待っていた。エミリアは俺がキッチンにやって来たことに気付いたみたいだけど、俺がふらつきながら歩いて来たのを見て、慌てて俺の隣へとやってきて肩を貸してくれた。どうやら彼女は俺がこの強烈な臭いで具合を悪くしてしまったと思ったらしい。

 

「だ、大丈夫か!?」

 

『え、エリクサーは準備してますよ!?』

 

「あ、ああ。別にこの臭いで具合が悪くなったわけじゃないぞ。・・・・・・ところで、この臭いは・・・・・・?」

 

「あー、旦那。この臭いの原因は・・・・・・」

 

「え、エリスさんよ・・・・・・」

 

 や、やっぱりか。

 

 俺は彼女の料理について、恐る恐るエミリアに聞いた。

 

「なあ、エミリア。エリスって料理は上手いのか?」

 

「騎士団に行く前に屋敷で料理を作ってくれたことがあったんだが・・・・・・その・・・・・・」

 

「ど、どうだったんだ・・・・・・?」

 

「―――――ひ、酷かった」

 

 酷かったのか・・・・・・。

 

 つまり、エリスは料理が下手過ぎるって事か。そういえばエミリアが料理が上手い理由は、駐屯地に配属されて1人暮らしをするために練習したかららしい。エリスは騎士団に配属された後、すぐに王都の精鋭部隊に引き抜かれていったらしいからな。きっと自分では料理せず、騎士団本部の食堂でも使ってたんだろう。

 

「あら、力也くん。どうしたの?」

 

 キッチンの中に入ると、いつもの制服の上にエプロンを付けたエリスが待っていた。いつもみんなで食事に使っている大きなテーブルの前では、信也とミラが目の前に置かれている皿の上の真っ黒な液体を見つめて固まってしまっている。

 

 何だあれ? 真っ黒な液体の中に浮かんでいるのは何とか野菜だというのは分かるんだけど、まるで硫酸の中に放置されてるみたいに溶けかけてるぞ。

 

「い、いや、変わった臭いがしてさ・・・・・・」

 

「ね、姉さん? 今日のメニューは・・・・・・?」

 

「え? かぼちゃのシチューだけど?」

 

「か、かぼちゃのシチューだとぉッ!?」

 

 まさか、あの黒い液体がかぼちゃのシチューなのか!? 何で真っ黒になってるの!? しかも中の野菜が溶けかけてるんだけど、どうやって調理したんだよ!?

 

 俺はエミリアと一緒にキッチンに置いてある鍋の中を覗き込んだ。やっぱりあの奇妙な臭いの発生源はこの真っ黒なかぼちゃのシチューだったらしい。鍋の中には、溶けかけの野菜が入った真っ黒な液体が詰まっていた。

 

「う、嘘でしょ・・・・・・?」

 

「や、やっぱり姉さんは料理が・・・・・・」

 

 騎士団に入団する前と料理の技術が変わっていないことを知って落胆するエミリア。俺は彼女と一緒に、真っ黒な液体の詰まった鍋の中を見下ろしていた。

 

 

 


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