異世界で転生者が現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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第10章
エリスがギルドの仲間になるとこうなる


 

  開けた窓から入り込んでくるそよ風は、すっかり冷たくなっていた。もう10月なのだから当たり前だろう。草原の向こうに見える森も少しずつ緑色一色から褐色に変わり始めている。

 

 オルトバルカ王国はどちらかというと北国であるため、あと半月ほどで暖炉に薪を突っ込んで火を付けなければならないらしい。幸い薪は以前から貯め込んであるし、最近ではギュンターが液体金属ブレードで調子に乗って伐採しまくっているので、冬場に森の中まで薪を拾いに行く事はないだろう。片足を失っている俺にとってはありがたい事だった。

 

 ジョシュアとの戦いで片足を失った俺の最近の仕事は、書斎でのデスクワークばかりだった。基本的にギルドの予算の管理などで、銃を握る回数は以前よりもすっかり減ってしまっている。

 

 予算が記載されている書類に目を通しながら、羽ペンを走らせてサインをしていく。モリガンは銃器を多用する傭兵ギルドなんだけど、その弾薬は端末が用意してくれるし、銃器のメンテナンスなどは装備を解除すれば端末が自動でやってくれるため、機材を使って自分でメンテナンスをする必要はない。だから武器関連にかかる費用は、端末を利用せずに購入する剣や防具程度で、その他はフィオナの研究費や食費くらいだ。

 

 このギルドのルールでは、報酬を受け取った場合、その報酬の3割をギルドに提出することになっている。残りの7割は依頼を成功させて帰って来たメンバーが好きに使って良い事になっていた。

 

 弾薬やメンテナンスに全くコストがかからないため、低予算でも十分にギルドを運営する事が可能だ。転生者の端末は強力な能力を提供してくれる最高のパートナーだが、低予算でギルドを運営させてくれる頼もしいパートナーでもある。こんなメリットもあるんだね。

 

 フィオナのエリクサーに使う薬草の一覧表に目を通したところで、両肩に襲い掛かっている重さに耐えられなくなった俺は、ため息をつきながら羽ペンを置き、俺の両肩にその重さを与えている現況を見上げた。

 

 別に肩が凝っているというわけではない。片足でも筋トレは出来るので、ギュンターが行う筋トレは彼と一緒に行っている。だから基本的に体力は全く衰えていない。だからこの肩の上に乗っている重さは俺の運動不足が原因ではなく、ある人物が原因だった。

 

「おい、エリス」

 

「あら、どうしたの?」

 

「俺の両肩におっぱいを乗せるんじゃない」

 

 原因は、数日前にこのギルドの仲間になった蒼い髪の美少女が原因だった。

 

 彼女の名はエリス・シンシア・ペンドルトン。俺が初めてこの異世界で仲間にしたエミリアの姉であり、元ラトーニウス王国騎士団の切り札。絶対零度の異名を持つハルバード使いだった。

 

 正確には彼女はエミリアの姉ではない。エリスの遺伝子を元にエミリアがホムンクルス(クローン)として生み出されているため、正確には彼女とエミリアは姉妹ではないんだけど、ギルドの中では姉妹ということになっている。

 

 エミリアと同じく蒼い髪を持つ少女で、彼女とは違って両側をお下げにしている。妹と同様に凛々しい雰囲気を放っていて、清楚そうな雰囲気も兼ね備えている。エミリアとの見分け方は瞳の色と髪型だろう。エミリアの瞳の色は紫色で髪型はポニーテールだから、すぐに見分ける事が出来る。

 

 俺は彼女の顔を見上げながらもう一度ため息をついた。彼女はさっきからずっと書類にサインを書き込む俺の背後に居座り、両肩にエミリアよりも若干大きな胸を乗せたまま俺の仕事を見守っている。さっきから両肩と首筋の辺りにずっと柔らかい彼女の胸が当たっているから、そのせいでさっきから何回も自分のサインを間違えそうになったり、購入予定の薬草の一覧を見落としそうになっている。

 

 ちなみに、彼女が身に纏っているのはフィオナが作ってくれたモリガンの制服だった。制服のデザインは作ることになった時にフィオナに言えば、彼女は注文したとおりに制作してくれる。俺の制服のフードも、彼女にお願いして追加してもらったんだ。

 

 エリスの制服はまるでメイド服のようだった。胸元が大きく開いていて、スカートも短めになっている。白いフリルもちゃんとついていて、ヘッドドレスも用意してもらったらしい。頭の右側には百合の花を模した白い髪飾りを付けている。

 

 彼女が俺の両肩におっぱいを乗せていなければ、まるでデスクワークをする主人を見守るメイドのようにも見えただろう。俺は彼女の顔を見上げて「なあ、エリス?」ともう一度呼びかけてみるけど、彼女は楽しそうに笑いながら俺の顔を覗き込むだけで、退いてくれる様子がない。

 

 俺を悩殺するつもりか。

 

「あのさぁ、仕事が進まないんだよ・・・・・・」

 

「あらあら、頑張って」

 

「いや、せめておっぱいを退けてくれないかな?」

 

「嫌よ。こうやって見上げてくる力也くんが可愛いんですもの」

 

「はぁ・・・・・・」

 

 ため息をついてから、試しに残っている右足を踏ん張って椅子を少し横にずらしてみる。でもエリスは楽しそうに「あら?」と言いながら、すぐに俺について来る。

 

 ちょっとした抗議のつもりだったんだが、無駄だったらしい。

 

 仕方なく、俺は両肩に彼女の大きな胸を乗せたまま再び書類にサインを続けることにした。

 

 ええと、次は食費だな。最近は外食をあまりしてなかったからキッチンの食材が大分減っている。特に肉が減ってるみたいだな。あとで街で買ってくるか、森に行って狩猟でもしてくるか。

 

「力也、紅茶を持って来たぞ! ――――り、力也・・・・・・?」

 

「あ、エミリ――――ひぃっ!?」

 

 サインするために羽ペンを書類に近づけた瞬間、書斎のドアが開いて制服姿のエミリアがティーセットを持って入って来た。

 

 エリスは未だに俺の両肩にでかいおっぱいを乗せたままだ。その光景を見たエミリアはティーセットの乗ったトレイをとりあえず近くにあった棚の上に置くと、肩を震わせて俺を睨みつけながら、腰のホルスターに収まっていたPP-2000を引き抜く。

 

「ま、待て! 落ち着けエミリア!!」

 

「人の姉と何をしてるんだバカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

「いや、俺だって退けてくれってお願いしたん―――わぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 エミリアは俺の話を聞かず、ホルスターから引き抜いた2丁のPP-2000のフルオート射撃をぶっ放し始めた! 俺はエリスに退けてくれって何回もお願いしたんだけど、彼女が退けてくれなかったんだよ! 俺のせいじゃねえぞ!?

 

 誤解だよエミリア!

 

 抗議しようと思ったんだけど、2丁のSMG(サブマシンガン)の銃声が俺の叫びをかき消す。俺は慌ててデスクの上の書類を掴み取ってから倒れ込み、デスクの陰に隠れた。このままだと彼女に風穴を開けられてしまうかもしれない。

 

 でも、彼女が次々に放つ9mm弾はデスクに命中した様子はなかった。跳弾する音は聞こえるんだけど、木製のデスクに弾丸が当たれば跳弾せずにめり込むか風穴が開く筈だ。それにエミリアは射撃が苦手だけど、さすがにこんな至近距離で全弾外すほど下手じゃない。

 

 俺は両腕で床を這いながら、恐る恐るデスクの影から顔を出した。

 

「エミリア、落ち着いて?」

 

「くっ・・・・・・」

 

「おお・・・・・・」

 

 どうやら、エリスが氷属性の魔術で分厚い氷の壁を生み出し、彼女の銃弾を全て弾き飛ばしてくれたらしい。おかげで書斎に並ぶ本棚は滅茶苦茶になっているが、デスクと俺は無傷だ。

 

 エリスが氷属性の魔術を解除した瞬間、目の前に出現していた分厚い氷の壁が消滅する。その向こうに立っていたエミリアは、空になったマガジンを取り外してから再装填(リロード)し、PP-2000をホルスターに戻していた。

 

 どうやらもう撃たないらしい。というか、あれはエリスのせいなんだよ。誤解だって。

 

「す、すまない、力也・・・・・・」

 

「き、気にしないでくれ。というか、あれはエリスが―――」

 

「エミリアぁっ!」

 

「きゃっ!? ちょ、ちょっと姉さん!?」

 

 俺が彼女に本当のことを話そうとしたその時だった。デスクの上に持って来てくれたティーセットをエミリアが置いた瞬間、いきなりエリスが俺の目の前でエミリアを思い切り抱き締め、そのまま幸せそうな顔をしながら頬ずりを始めたんだ。

 

 いきなり姉に抱き付かれた上に頬ずりされ、いつも凛々しいエミリアが狼狽している。

 

 俺が本当のことを言おうとしたタイミングで抱き着いたのは、俺の本当のことを言わせないためなんだろうか。もう抗議する気がなくなった俺は、諦めてエミリアが持って来てくれたポットから紅茶をティーカップに注ぎ始める。

 

「ね、姉さんっ! り、力也の前だぞ!? は、離して・・・・・・!!」

 

「いいじゃないのぉ。今まで離れ離れだったんだし。ふふふっ・・・・・・!」

 

「仲がいい姉妹だなぁー」

 

「り、力也ぁっ!」

 

 とりあえず、俺は紅茶を啜りながら目の前で抱きしめられて狼狽しているエミリアを見守ることにした。

 

 エリスがモリガンのメンバーになってから、彼女の性格はかなり変わった。まず、今まで冷たくしていた上に離れ離れだったエミリアによく抱き着くようになった。どうやら今まで冷たくしていた分可愛がるつもりらしい。

 

 それならば問題はない。仲睦まじい姉妹の姿を見ていられるのは微笑ましいからな。

 

 だが、エリスはその・・・・・・シスコンから、そのまま変な性癖に足を踏み入れてしまった。どうやら、男よりも女の方が好きらしい。

 

 でも、俺だけは特別で惚れているらしい。どういう事なんだろうか。

 

 今まで凛々しくて清楚そうな雰囲気を放っていた彼女が、モリガンの仲間になった途端に一気に変態になってしまったということだ。・・・・・・俺のせい?

 

 だから、よく俺やエミリアと一緒に風呂に入りたがったり、同じベッドで寝たがるんだ。俺はソファで寝てるから問題ないんだが、一番被害を受けているのはエミリアなんじゃないだろうか。

 

 彼女はよく女に襲われるんだなぁ・・・・・・。前にも女の吸血鬼に襲われてたし。

 

 でも、俺も彼女のせいで被害を受けてるんだよね。朝起きたらいつの間にか俺の上にエリスがのしかかって寝てたり、1人で風呂に入ってると一緒に入ろうとして風呂場のドアの向こうで服を脱ぎだすんだ。だから、彼女が入ろうとしていることを察知すると、俺は大慌てで泡を洗い流して身体を拭き、腰にタオルを巻いてからスモークグレネードを用意して風呂場から脱出している。

 

 俺は姉に抱き締められて助けを求めるエミリアを見守りながら、空になったティーカップにもう一杯紅茶を注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『え? 義足ですか?』

 

「ああ。出来るなら早く歩きたいんだ」

 

 サインを終えた書類を持ってフィオナの研究室を訪れた俺は、薬草を調合している最中の彼女に義手について尋ねていた。

 

 この世界には銃や機械は存在しないんだけど、義手や義足は存在するらしい。俺が片腕を吹っ飛ばしたジョシュアも義手を付けていたからな。

 

『義足でしたら、鍛冶屋さんが取り扱ってますよ。魔物の素材を持って行って注文すれば作ってくれます』

 

「魔物の素材?」

 

『はい。骨や鱗ですね。ドラゴン系ならば外殻も使いますよ』

 

 何だって? この世界の義手や義足には魔物の素材を使うのか?

 

 どんな義足になるんだろうか? 

 

『あ、それと魔物の血も必需品ですね』

 

「ち、血ぃッ!? な、何に使うんだよ!?」

 

『義手や義足を移植してから定期的に投与するんです。―――えっと、この世界の義手や義足は、魔物の素材から人間の手足と同じくらいのサイズの手足を人工的に作るんです。まず魔物の骨を使って手足の骨代わりにして、次に筋肉繊維をくっつけていって・・・・・・』

 

 つまり、機械の義手や義足ではなく、魔物の素材で手足を作って移植するっていうことなのか。

 

『皮膚や外殻で肉を覆ってから、人体にくっつけるんです。でも、当然ながら人間と魔物は遺伝子的に全く違う生物ですから、拒否反応を防いで馴染ませるために毎日その魔物の血を投与する必要があるんですよ』

 

「へえ。俺の世界じゃ機械を使ってたんだが、こっちの世界だと魔物の素材を使うんだ・・・・・・」

 

『はい。特にドラゴン系の素材を使った義手や義足は大人気ですよ』

 

 なるほどね。素材を鍛冶屋に持って行って注文すれば作ってくれるんだ。

 

 とりあえず、いつかレベッカの鍛冶屋に行ってみるか。いつまでも片足のままでいるわけにはいかないし、このまま傭兵を引退するつもりはないからな。それに、片足のままだとエリスから逃げられない。

 

 俺の貞操のためにも、義足を早めに作ってもらわなければ!

 

「よし、さっそく魔物でも倒しに―――」

 

『か、片足でですか・・・・・・?』

 

「あっ・・・・・・」

 

 そうだよなぁ・・・・・・。さすがに片足でドラゴンに挑むわけにはいかないよなぁ。あっさり捕まって喰われちまう。

 

 でも、左足を切り落したのは俺だしなぁ・・・・・・。

 

『と、とりあえず、鍛冶屋さんに行ってみたらどうですか?』

 

「ああ。ありがとな、フィオナ」

 

 俺は松葉杖を掴んでふらつきながら立ち上がると、彼女の研究室を後にした。

 

 とりあえず、レベッカの店に行って義足の話を詳しく聞いてみよう。出来るならばドラゴン系の素材を使って義足を作ってもらいたいところなんだが、片足じゃ無理だからな。

 

 


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