鞘から引き抜いた奇妙な形状の刀身は、周囲に暴風を纏っていた。暴風が刀身を包み込んでいるせいで巻き込まれた空気が引き裂かれ、長い間停滞し続けていた地下墓地の中の空気が荒れ始める。
我が民を守るため、我は一陣の風と成らん。
ギュンターは私のために、ボロボロになりながら転生者と戦ってくれていた。だから私は彼を守るために、あの転生者をこの力で蹂躙する。
きっと私が守るって言ったら、彼は「俺がお前を守るんだ」って否定するかもしれないわね。初めて転生者と戦った時も、彼は私たちを逃がそうとしてくれていたわ。
でもね。今回は私があなたを守る。
「後は任せなさい、ギュンター」
「・・・・・・おう、頼むぜ!」
火傷だらけになりながら、ギュンターが私に向かって親指を立てる。私は微笑むと、右腕を切り落されて呻き声を上げている転生者の少年を睨みつけた。
民には優しい風となる。
そして、敵には暴風となって蹂躙する!
「そ、その刀・・・・・・! まさか、それが――――」
「はぁッ!!」
「ひ、ひぃっ!!」
暴風を纏った純白の曲刀を構えながら、切り落された右腕が未だに握っているロングソードを拾おうとする転生者に向かって走り出す。転生者にはあの便利な端末があるんだけど、武器を装備し直すには装備している武器を一旦解除してからもう一度装備しなければならないから、拾い直した方がすぐに反撃できる。
少年は切り落された自分の右腕からロングソードをひったくって立ち上がったけど、彼が剣を構えるよりも先に私は彼に肉薄していたわ。少年は怯えながら剣で私の斬撃をガードしようとするけど、高い防御力の転生者の腕を簡単に切り落すほどの切れ味の曲刀を、そんな剣で受け止められるわけないでしょう?
真っ白な残像の突風が転生者の剣に襲い掛かる。刀身が纏っている暴風に触れた瞬間、転生者が端末で生産したロングソードの刀身が、まるで削られているかのように火花を発し始めたわ。
彼の剣は、リゼットの曲刀が纏っていた暴風に削られていた。刃が暴風の中で火花と塵をまき散らしながら急速に摩耗を始め、純白の刀身が少しずつ彼の剣に食い込んでいく。
曲刀の刀身は、彼の剣に全く触れていなかった。飛び散る鉄屑と火花も、曲刀の真っ白な刀身に触れる前に、周囲の暴風に吹き飛ばされて消えていく。
転生者でも触れる事が出来ない純白の刀身が、ついに彼のロングソードを両断した。血まみれになった床に、暴風でズタズタにされた鋼鉄の剣の刀身が落下する。
「な、何だとぉッ!?」
両断された刀身の向こうに、冷や汗を流しながら怯える少年の顔が見えた。私たちを見下しながらリゼットの曲刀を渡せと言っていた時のような表情ではない。調子に乗った小物が怯える顔というのは、本当に醜悪だったわ。
石の床を蹴って更に接近した私は、左手に持っていたもう1本の曲刀を左から右に向かって振り払った。暴風で周囲の空気を巻き込みながら、美しい刀身が駆け抜けて行く。
カマキリの鎌のように刃のある方向に曲がった奇妙な形状の刀身が、後ろに下がろうとしていた少年の腹を抉る。皮膚と腹筋を切り裂いて右側へと振り払われた刀身には、全く返り血はついていなかった。
「ギャアッ・・・・・・!!」
曲刀に切り裂かれた彼の腹も、さっき両断されたロングソードの刀身と同じだった。曲刀の刀身が纏う超高圧の暴風が刀身に切り裂かれる寸前の彼の皮膚を、露払いでもするかのように先に削り取り、そのまま引き裂いてしまう。
つまり、あの転生者の体はリゼットの曲刀の刃にすら触れていなかった。露払いの暴風に簡単に引き裂かれ、致命傷を負っている。
これが敵を蹂躙するための暴風の威力・・・・・・!
彼の腹を切り裂いた左手の刀を引き戻しながら、同時に右手の曲刀を突き出す。刺突ならば、幼少の頃から散々レイピアを扱っていたから得意なのよ!
腹から吹き出した鮮血が、曲刀が纏う暴風に切り裂かれていく。かつてリゼットが振るった蹂躙するための暴風を、私は仲間を守るためにこの転生者に振るおうとしていた。
純白の刀身が、鮮血が噴出していた少年の傷口に突き刺さった。カマキリの鎌のように少しだけ曲がった白い刀身は、やっぱり返り血で全く濡れないまま少年の背中から突き出ると、纏っていた超高圧の暴風で彼の内臓と骨を蹂躙し始める。
まるで骨の付いた肉をミキサーに放り込んだような音が、少年の断末魔を飲み込んだ。鋼鉄の剣すらも切り裂いてしまう風を纏った刀身で突き刺された少年の腹に大穴が開き、肉片と粉々になった肋骨の破片が彼の背後の床に降り注ぐ。彼はぐらりと揺れてから、自分が床にまき散らした肉片の上に崩れ落ちた。
私は静かに曲刀を引き戻すと、刀身が血で赤くなっていないことを確認してから鞘に戻した。
暴風が立ち去ってしまったかのように、再び血の臭いのする空気が停滞し始める。
「す、すげぇ・・・・・・!」
「はい、エリクサー」
「お、おう」
私は微笑みながら、私のためにあの転生者と戦ってくれていたギュンターにピンク色の液体の入った瓶を手渡した。きっと彼は、あの転生者との戦いでエリクサーを使い果たしてしまったのね。
ギュンターは私からエリクサーの瓶を受け取ると、蓋を開けて中の液体を少しだけ飲んだ。すると彼の体中にあった傷や火傷が塞がり始め、元通りになっていく。
「すまん」
「いいわよ。・・・・・・そのエリクサーはあんたが持ってなさい」
「いいのか?」
「ええ。あんたの方がよく傷を負うしね」
ギュンターはいつも重傷を負って帰って来る。最初に転生者と戦った時も凍傷を負って重傷だったし、レリエルと戦った時も腹に風穴を開けられていたわ。
でも、ギュンターはいつも生還してくれた。彼がいつも負う傷は、彼が仲間のために奮戦してくれたという証。
だからあの転生者との戦いで負った傷は、私のために奮戦してくれたということ。変態だけど、頼りになる男だわ。
「――――ありがとね、ギュンター」
「ん?」
スコップとつるはしが突き出た大きなリュックサックを背負いながら階段を上ろうとしていたギュンターが、立ち止まりながら私の方を振り向く。
仲間と民を守るために、私はこれからこの刀の力を使うわ。リゼットもこの曲刀の力を、家臣や民たちのために使ったのだから。
だから、今度は仲間と民たちのために優しい風になる。
「さあ、帰りましょう」
「ああ」
私は微笑むと、ギュンターと一緒に長い螺旋階段を再び上り始めた。
「これがリゼットの曲刀か・・・・・・」
「はい、父上」
真っ赤なカーペットの上で跪きながら、私はガラスケースの中の宝剣を眺めていた父上に腰に下げていたリゼットの曲刀を差し出した。真っ白な鞘に収まった純白の刀は、ガラスケースの中に納まっている黄金の装飾だらけの宝剣よりもシンプルだったけど、派手な装飾がついた宝剣よりもずっと美しかったわ。
父上は私から曲刀を片方受け取ると、そっと柄を掴んで鞘の中から引き抜いた。刀身に刻み込まれている古代文字をじっくりと見つめ、頷いてから刀を鞘に戻す。
「―――この曲刀は、お前が持っていなさい」
「はい」
「お前が最も相応しい使い手となるだろう。――――きっと、
父上から曲刀を受け取り、私は再び腰に下げた。
レイピアではなく刀を使うことになるのだから、全く違う戦い方をしないといけなくなるわね。あとでまたエミリアに剣術を教えてもらわないといけないわね。
「では、お前を当主として認めよう」
「ありがとうございます」
「それで、まだ傭兵を続けるのか?」
「―――出来るならば、まだ続けたいです。仲間たちと一緒にいたいですから」
「そうか・・・・・・。分かった。では、ネイリンゲンに戻るがいい」
私はゆっくり立ち上がると、父に向かってお辞儀をしてから踵を返した。
ギュンターはバイクを置いて先にネイリンゲンに戻っているから、私は今からバイクに乗ってネイリンゲンまで戻ることになる。バイクならば馬よりも速いから、魔物に遭遇しても無視して行く事が出来るし、早くネイリンゲンに到着する事が出来るわね。多分、今夜には到着できる筈だわ。
「待て、カレン」
「はい」
広間から廊下に出て行こうとした瞬間、父上が私を呼び止めた。
「お前は領主になったのだ。側近としてお前を支える者も決めておかなければならんぞ」
「大丈夫ですわ、父上」
ニヤリと笑いながら、私は静かに後ろを振り向く。
私の側近ならば、ぜひ側近になってほしい人がもう決まっているわ。
変態だけど、いつも傷だらけになりながら生還してくれる頼りになる男よ。そいつは一足先にネイリンゲンに戻っているわ。だから、ネイリンゲンに戻れば彼に会う事が出来る。
「もう、決まっていますわ」
「ほう」
屋敷に戻ったら、彼にお願いしてみようかしら?
私は父上に挨拶してから、実家の広間を後にした。
ネイリンゲンの街の外れにある大きな屋敷には、明かりが全くついていなかった。いつもならば部屋の窓からはランタンの橙色の光が見えている筈なんだけど、2階にあるフィオナちゃんの研究室や3階にあるみんなの部屋の窓は真っ暗になっていたわ。
依頼を受けてどこかに行っているのかしら? それとも、もう眠っているの? でもみんなが就寝するのはいつも遅い時間だから、眠っている筈はないわね。
バイクを屋敷の裏庭に停めてから、私は静かに裏口のドアを開けた。1階の広間に続いている通路の壁にはランタンが掛けられている筈なんだけど、そのランタンは取り外されていたわ。
何かあったのかしら? 私はそっと両手をリゼットの曲刀の柄に近づけながら、広間に向かって歩き続ける。
全く物音が聞こえない。誰も屋敷の中にいないの?
警戒しながら広間に足を踏み入れたその時だったわ。いきなり暗闇の中で橙色の強烈な光が輝きだしたかと思うと、その光たちは広間を支配していた暗闇を一瞬で食い尽くしてしまった。橙色の光に照らされ、次々にいつもの広間の光景があらわになっていく。
広間を照らしていたのは、大量のランタンの光だったわ。さっきの通路の壁に掛けてあった筈のランタンも、広間の壁に掛けられていた。
「お帰り、カレン」
「り、力也・・・・・・?」
そして、橙色の光で照らされた広間で、モリガンの制服に身を包んだ仲間たちが待っていたわ。広間にはご馳走とケーキが乗った大きなテーブルが用意されていて、まるで今からパーティーでも始めるかのような光景だった。でも、広間で待っていた仲間たちはいつもの黒い制服姿で、手にはアサルトライフルのAK-47を持っていたわ。
え? 今から戦いに行くの? それともパーティーでも始めるの?
広間で待っていた仲間たちを見渡していると、ハーピーの真紅の羽根がついているフードを取った力也が、ニヤリと笑いながらAK-47の銃口を天井に向けた。他の仲間たちも笑いながら、アサルトライフルの銃口を天井へと向ける。
そして、ギュンターが私の顔を見つめながら叫んだ。
「カレン! ―――領主就任、おめでとうッ!!」
「発射(ファイア)ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「きゃああああああああああああッ!?」
ギュンターがそう叫んだ瞬間、力也が号令を発しながらアサルトライフルのトリガーを引いた。他の仲間たちも彼と同じように、笑顔でアサルトライフルのトリガーを引き始める。
ランタンで照らされた明るい広間の中で、まるで依頼を引き受けて戦っている時と変わらない猛烈な轟音が響き渡った。室内で7.62mm弾の銃声が暴れ回り、6人分のフルオート射撃のマズルフラッシュが煌めく。
多分、彼らが装填してるのは空砲だから、弾丸が屋敷の天井を穴だらけにすることはないと思うわ。でも、あとで空の薬莢を片付けておかないといけないわね。
「ちょっと! な、何やってんの!? 近所迷惑よッ!?」
「大丈夫だ! この屋敷は街の外れにあるからなぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
楽しそうに連射しながら叫ぶギュンター。やがて、彼らがトリガーを引いていたAK-47が銃声を発するのを止めた。きっとマガジンの中の空砲を全て撃ち尽くしてしまったのね。
「ふう・・・・・・。というわけで、みんな! カレンがドルレアン領の領主になったぞ!」
「やったな、カレン!」
『すごいです、カレンさん!』
(おめでとうございます!)
「みんな・・・・・・・・・!」
いきなりAK-47のフルオート射撃で出迎えられたのはびっくりしたわ。これがモリガンなりの祝い方なのかしら?
私は火薬の臭いのする広間で、お祝いしてくれた仲間たちに向かって微笑んだ。
リゼット。私は必ずこの力を民や仲間を守るために使うわ。
我が民を守るため、我は一陣の風と成らん。
彼らのために、私は優しい風になる。そして敵が仲間や民を脅かすのならば、その敵を蹂躙する暴風になる。
あなたのように、立派な領主になるんだから。
本当は、みんなでカレンを出迎えたシーンでレオパルト2に空砲をぶっ放させて祝砲でもやろうかと思っていたのですが、没にしました(笑)