異世界で転生者が現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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蹂躙のための暴風

 

 黴臭かった空気が、猛烈な血の臭いと火薬の臭いに飲み込まれ、俺が戦っている円柱状の空間から消え去っていた。冒険者に発見されるまでは静かだった筈の空間に響き渡っているのは、マチェーテとロングソードがぶつかり合う音と、仲間を俺に殺された転生者の罵声だけだった。

 

 左側から向かってきた剣戟をマチェーテで受け止め、押し返してからナックルダスターを装着した左の拳を突き出す。俺の左手がめり込んだのは防具が装着されていない腹の部分だったんだが、ナックルダスターを装着した左手のボディブローを喰らったその転生者には全く効いていないようだった。

 

 くそったれ! やっぱり防御力が高い!!

 

「効かねえんだよッ!」

 

「くそッ!」

 

 叫びながら振り上げたロングソードを後ろにジャンプして躱し、俺は少年から距離を取った。どうせあいつが走れば1秒以内に詰められてしまいそうな距離だったが、あのまま反撃しようとするよりは良い作戦だろう。

 

 動きは旦那よりも遅いし、旦那とは毎日模擬戦をやっているからこの転生者のスピードには対応する事が出来る。剣で攻撃されても、レベッカちゃんが作ってくれた優秀なナックルダスターとアサルトマチェーテがあるから受け止めることも出来る。防御力と攻撃力は問題あるまい。

 

 でも、手持ちの武器では間違いなくあの転生者に致命傷を負わせることは不可能だ。さっきから何度もマチェーテをめり込ませ、至近距離で12ゲージの散弾をぶっ放してるんだが、まだあの転生者は出血していない。

 

 やっぱりカレンがリゼットの曲刀を回収するまで待っているべきか? リゼットの曲刀は転生者を脅かすほどの力を持つ伝説の刀だ。カレンが無事にそれを持って来てくれれば、きっとこいつを倒す事が出来る。

 

 持久戦だ。手持ちの武器で倒す事が出来ない以上、リゼットの曲刀で倒してもらうしかない!

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 

 雄叫びを上げながら転生者が突っ込んで来る。さっきからロングソードで攻撃してくるんだが、こいつも何か端末で能力を生産してるんじゃないか? 湿地帯で戦ったデブの転生者はポリアフとかいう能力を使って俺を氷漬けにしようとしていたし、旦那にはナパーム・モルフォという強力な炎属性の能力がある。

 

 こいつも何か能力を装備しているに違いない。警戒しながら戦わなければ、あの湿地帯での戦いの二の舞だ。

 

 振り下ろしてきたロングソードを再び躱しながら、左手を背中に伸ばす。トレンチガンの銃床を掴んで取り出し、銃剣が装着された銃口を転生者に向けた俺は、そのまま12ゲージの散弾を至近距離で叩き込んだ。

 

 獣人の少女の頭を粉砕した散弾の群れが、転生者の側頭部になだれ込む。彼女の頭を吹っ飛ばしてグロテスクな死体を作り上げた獰猛な散弾の群れたちが転生者に戦いを挑んだんだが、やっぱり散弾はこいつの側頭部に少しだけめり込んだだけで、彼女のように頭を吹っ飛ばすことは出来なかった。

 

 俺は銃剣の切っ先を転生者の側頭部に叩き付けると、ぐらりと揺れた転生者にアサルトマチェーテで追撃しようとする。

 

「調子に乗るな、奴隷がぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

「拙い・・・・・・!」

 

 体勢を立て直しながら少年が叫ぶ。

 

 彼が叫んだ瞬間、持っていたロングソードが赤い輝きを放ち始めた。奴隷扱いされていた時や旦那たちと戦ってきた時に何度も見た色の輝きだ。蹂躙される敵を焼き尽くす、荒々しい赤い輝きだった。

 

 赤い光を放ちながら、ロングソードの刀身が燃え上がる。無数の火の粉を引き連れて熱気を纏ったロングソードを振り上げた少年は、絶叫しながらその炎の剣を俺に向かって振り下ろした。

 

「ぐっ!?」

 

 剣は受け止める事が出来た。だが、受け止めたロングソードから伸びた炎の棘が剣を受け止めている最中の俺の胸や腹に突き刺さり、俺の体を焼き始めたんだ。

 

 俺は呻き声を上げながら後ろにジャンプする。しかし、転生者の少年はすぐに地面に叩き付けられた炎の剣を引き抜くと、後ろに下がった俺を追撃して来る。

 

 転生者の必殺技か!

 

 なんとか後ろに下がりながら剣を受け止め続けるが、受け止める度に炎が棘のような形状になって俺の肩や頬を焼いていく。

 

 くそ、まだカレンはリゼットの曲刀を手に入れていないのか!?

 

 俺はちらりと広間の方を見た。壁面から緑色の結晶が突き出ている広間は緑色の光で埋め尽くされていて、カレンの姿が全く見えない。

 

 カレン―――。

 

 彼女ならきっとリゼットの曲刀を手に入れてくれる。そして領主になってくれるだろう。だから俺は、彼女のためにここで転生者と戦う。勝率なんか関係ない。迫害されているハーフエルフの俺とミラを自分の民だと言って受け入れてくれた優しい少女への恩返しなんだ。

 

 恩返しのための戦いに、勝率なんか関係ない!

 

「だぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 アサルトマチェーテで炎の剣を受け止めながら、俺は少年の顔面をナックルダスターで思い切り殴りつけた。剣を押し込むために前傾姿勢になろうとしていた頬を斜め下から振り上げられた拳に殴打され、転生者の少年が壁に向かって吹っ飛んでいく。

 

 あいつの炎の棘が何本も俺の体に突き刺さり、傷口を焼いていた。胸ポケットからヒーリング・エリクサーを取り出して一口飲むと、エリクサーの瓶をポケットに戻してから起き上がった転生者を睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あなたは、何のためにこの曲刀を欲するのかしら?』

 

 微笑みながら、目の前に立っているリゼットは私に向かって問い掛けてきた。彼女は私を見つめながら微笑んでいる筈なのに、草原の光景と彼女の表情にあまりにも似合わない強烈な威圧感が私に襲い掛かって来る。

 

 私が彼女の刀を欲するのは、あの刀を回収して屋敷に持ち帰り、当主になるため。そう答えればいい筈なのに、私は黙って彼女を見つめていた。

 

 どうして答えられないの?

 

『私は、この刀の持つ力を民と家臣たちのために使った。ドルレアン領に攻め込んでくる敵を返り討ちにして民を守るために、家臣たちと共に剣を抜き、戦場で敵を何人も葬ってきた』

 

 リゼットが微笑むのを止めた。その瞬間、私と彼女の足元に広がっていた筈の草原が一斉に燃え上がった。緑色の草むらたちが次々に炎に飲み込まれていき、真っ黒な草原に変貌していく。

 

 そして、黒くなったその草原には、いつの間にか甲冑を身に着けた騎士たちの死体が転がっていた。無数の矢が突き刺さった者や、長い槍で貫かれて絶命した騎士の死体もある。リゼットは静かにしゃがみ込むと、足元で仰向けに倒れていた騎士の頬にそっと触れた。彼の頬についている血は、返り血なのか彼が流した血なのか分からない。血と泥で赤黒くなっている騎士の頬を優しく撫でた。

 

 リゼットが静かに立ち上がった瞬間、黒くなった草原の向こうから剣のぶつかり合う音と男性の雄叫びが聞こえてきた。立ち上がったリゼットは、目を瞑ってから雄叫びの聞こえてきた方向を見つめる。

 

 死体が転がる草原で、誰かが戦っていた。身に着けている甲冑には何度も斬りつけられた跡がいくつも刻まれていて、その騎士が持っているロングソードには返り血がついていた。その返り血まみれのロングソードを振るう騎士の頭髪の中からは、長い耳が突き出ているのが見える。肌は浅黒いから、彼はきっとハーフエルフなのかもしれないわね。

 

 突き出された槍を剣で弾き飛ばし、雄叫びを上げながら敵の騎士に斬りかかっていくその騎士の顔が一瞬だけ見えたわ。長い耳の持ち主の顔は、私が領主になるためのこの試練に同行してくれた仲間の顔にそっくりだった。

 

「ギュンター・・・・・・!?」

 

 まさか、ギュンターが戦ってるの?

 

 でも、彼はあの転生者たちと戦っている筈よ。どうしてここにいるの? しかも、なんで騎士の甲冑を身に着けているの?

 

『彼は、私を裏切らずに最後まで一緒に戦ってくれた家臣よ』

 

 リゼットは家臣に裏切られて殺された。でも、彼女を裏切らず、彼女を殺そうとした騎士たちを迎え撃った家臣がいたの。

 

 ウィルヘルムという名前の、ハーフエルフの騎士よ。

 

 大昔からハーフエルフは迫害され、世界中で他の種族と共に奴隷として売られていた。ウィルヘルムももちろん奴隷として売られていたらしいわ。でも、彼はリゼットに助けられ、彼女の家臣として共に戦った。他の家臣たちがリゼットの曲刀を欲して何人も裏切っても、少数の家臣たちと共に彼らを迎え撃ったの。

 

「ああっ・・・・・・!」

 

 槍や剣を何度も受け止めて奮戦していたハーフエルフの騎士が、背後から襲い掛かってきた騎士の槍に貫かれた。彼はロングソードで自分を突き刺した騎士の首を切り落としたけど、他の騎士たちに次々に串刺しにされてしまう。

 

 リゼットの家臣の中でも最も有名なウィルヘルムの最期だったわ。

 

『彼も・・・・・・殺されてしまった』

 

「リゼット・・・・・・」

 

 彼の最期を眺めていたリゼットは、いつの間にか涙を流していた。

 

 700年戦争を終結させた彼女は、殆どの家臣に裏切られてしまった。彼女に使えた時から一緒に戦ってくれたウィルヘルムと数人の家臣は彼女を裏切ることはなかったけど、彼らも裏切った家臣たちに殺されることになる。

 

『彼らは、この刀を欲したのよ。・・・・・・この刀の力を使えば、自分たちが世界を支配できると考えてね』

 

 涙を拭いたリゼットは、もう一度私を見つめた。

 

 彼女の家臣たちが裏切ったのは、彼女の刀を欲したからだった。リゼットの曲刀の強大な力を手に入れれば、世界を支配できると思い込んで自分たちの主君に牙を剥いたの。

 

 なんと愚かしい家臣たちなんだろう。

 

『――――だから、きっとこの地下墓地にやって来る人々も同じ目的だと思っていたわ。・・・・・・ねえ。あなたもこの力を使って、世界を支配しようと思うの?』

 

「そんなわけないじゃない・・・・・・!」

 

 私は首を横に振ると、リゼットを睨みつけながら答えた。

 

「その刀の力は、私の民のために使うわ!」

 

『民のため・・・・・・?』

 

「そうよ。あなたもそのために刀を振るったんでしょう?」

 

『・・・・・・・・・』

 

 リゼットも同じように、民のために刀の力を使っていた筈よ。彼女は刀の力を決して人々を虐げるために使わず、民を守るために振るっていた。

 

 私も同じよ。領主になって民を守るために強くなろうとしたのだから。

 

『あなたの民や仲間が、この力を欲して裏切るかもしれないわよ?』

 

「そんなことしないわ」

 

 ドルレアン領の民たちやモリガンの仲間たちは、絶対にそんなことをする筈がない。もう一度首を横に振った私は、微笑みながら答えた。

 

「みんな、私の領地に住む民なの。だから、私がその曲刀の力で皆を守るわ」

 

『・・・・・・立派な民と仲間たちなのね』

 

 リゼットは嬉しそうに笑ってくれた。すると、転がっている死体たちと真っ黒な草原が消滅し始め、再び緑色の光が私を包み込む。

 

 私と同じように、リゼットも緑色の光に飲み込まれていた。でも、消えていった死体たちほど早くはなかったけど、リゼットの体も少しずつ消滅を始めていたわ。両足の爪先や両手の指先が崩れ始め、消えていく。

 

『今、あなたの仲間が扉の外で戦っているわ』

 

「私の仲間・・・・・・? ギュンターの事ね!?」

 

 リゼットは静かに頷いた。

 

 ギュンターがまだ戦っている。ならば、私は早く彼女から刀を受け取って彼を助けてあげなければならない。

 

 彼だって、私の民なのだから。

 

『―――持って行きなさい』

 

「リゼット・・・・・・」

 

 彼女は微笑みながら、腰に下げていた曲刀を鞘ごと外し、私に手渡した。私が持ってきたペレット・レイピアよりも遥かに軽い。純白の鞘に収まっている刀を2本とも受け取った私は片方を腰に下げると、もう片方の柄と鞘を掴み、静かに刀身を引き抜く。

 

 鞘の中から現れたのは、純白の美しい刀身だったわ。刃のある方向に刀身が曲がっている変わった刀で、まるでカマキリの鎌のような形状だった。柄の近くには、古代文字が刻まれている。

 

「なんて書いてあるの?」

 

『――――我が民を守るため、我は一陣の風と成らん。・・・・・・風の精霊からその刀を与えられた時、私は精霊にそう言ったの』

 

「一陣の風・・・・・・」

 

『そう。民には優しい風となり、敵には暴風となって蹂躙するという意味なの』

 

「・・・・・・」

 

 私はその古代文字を眺めてから、刀を鞘に戻した。鞘を腰の右側に下げ、私にこの刀を与えてくれた先祖の顔を見つめる。

 

 やっぱり、私の顔にそっくりな女性だったわ。

 

『行きなさい、我が末裔』

 

「――――ありがとう、ご先祖様(リゼット)

 

 私は彼女に礼を言うと、踵を返して緑色の光の向こうに向かって走り出した。

 

 まだギュンターは転生者と戦っている。リゼットに託されたこの力で、彼を助けてあげなければならない。

 

 我が民を守るため、我は一陣の風と成らん。

 

 ギュンターを助けるために、まずは転生者を蹂躙する暴風になるわ。

 

 緑色の光の中を走りながら、私は刀を引き抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 炎の剣を受け止めた瞬間、奥の広間から風が吹いてきたような気がした。

 

 地下墓地の中には当然ながら窓はない。だから、風が吹いて来る筈なんてないんだ。錯覚かもしれない。

 

 体中を炎の棘で貫かれ続けた俺は、何とか炎の剣をアサルトマチェーテで受け止め、転生者の少年を殴りつけて再び吹っ飛ばした。でも、激痛に邪魔されたせいで壁に激突させた時のように力を入れる事が出来ず、少年はすぐに体勢を立て直してしまう。

 

 もう、殴り飛ばすことは出来ないかもしれない。フィオナちゃんから貰ったエリクサーは全部使い果たしてしまった。だからもう傷を塞ぐことは出来ない。

 

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

「くそ・・・・・・・・・!」

 

 その時だった。

 

 広間の奥から吹いていた風が暴風に変わったかと思うと、叫びながら俺に剣を振り下ろそうとしていた転生者の少年の腕に真っ赤な線が刻まれたんだ。

 

 そして、剣を握っていた少年の右腕が、血で濡れて赤黒くなった埃まみれの床の上に落下した。断面から大量の血をぶちまけ、床の上の埃を更に赤黒くしていく。

 

「ひぃっ・・・・・・!? ギャアアアアアアアアアアアアッ!! う、腕が! な、なんでだぁッ!? あああああああああああああッ!!」

 

 今まで散々響き渡った轟音や絶叫たちと同じように、少年の絶叫は螺旋階段の上層へと駆け上がっていった。

 

「―――ギュンター」

 

「カレン・・・・・・?」

 

 聞き覚えのある少女の声が、風が吹いて来る広間の方から聞こえてきた。その声はいつも通りの強気な彼女の声だった。

 

 広間の中を満たしている緑色の光の中から、2本の刀を持った少女がゆっくりと歩いて来るのが見える。袖や裾が紅いドレスのような漆黒の制服を身に纏い、風を引き連れた金髪の少女が、ボロボロになった俺を見つめながら微笑んでいる。

 

 カレンだ。彼女は、リゼットの曲刀を手に入れて戻ってきたんだ!

 

「カレン! 待ってたぞぉッ!!」

 

 先祖が愛用していた刀を持って戻ってきた彼女に向かって、俺は笑いながら叫んだ。

 

 

 

 


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